親王殿下の御誕生を迎え、後継者問題には一段落ついた形となりました。ただ、新聞の記事やニュースで言われているように、長期的には根本的な問題は持ち越しなわけであり、一一般人としては、「一体どうなるのかなぁ。」と思う他はない。
一一般人としては、一体何処から何処までが「情報」として広く公開されているのか判断しようがないから、余り取り組みたくはない話題なのだけれど、余りにも機が出来過ぎている観を否めないため、言葉に出したい気持ちがある一方で、言葉が上手く出てこない。
私は民族主義者ではないけれど、そうしたことを含んだ背景について考えたりはする。
そのため、今回の男子誕生が、雅子さまではなく、紀子さまにおいてなされたことを前提として、「若しかして、こういう背景があるのだろうかな?」と、考えてしまうことはある。
日本国憲法により、天皇は「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であると定められているわけだから、そうした天皇を含む皇族(並びに、皇族に連なる人たち)が、その定義の影響を少なからず受けるだろうことは、普通に考えられる。
だから、そうして考えてしまうことが、強ち全くの的外れとも思うことは出来ないから、(書く人は書くだろうけれど、)少なくとも私は、その内容を記すことは出来ない。
…。私は別に名家や富豪の家の下に生まれているわけではないし、そうした人たちの心象など、知ったことではない部分もあるわけだけれども、「知ったことではない。」と言葉に出して断じることが出来るような人生を歩んで来ているわけでもない。
これまでに経て来た苦悩の一部分には、彼らのような人たちの心象もあるであろうことは事実だし、それを起点(基点)として様々に考えることが出来ないわけでもない。もちろん、頭の良し悪し以前に、知的・教養レベルが違うから、全くもって分かるというわけでもないけどさ。
一体、何のためにあるのだろうな。この人生って。