そういえば、青春時代 笑。
すっかり忘れていたが、大学の一時期は英語ゼミの黒川先生が劇団を持っており、3年くらい、べったり演出のお手伝いをやっていたのでした。
芝居については、実はそうド素人でもなかったのだった。
すっかり忘れてた。
忘れるなよ、そういうこと 笑。
で、この時期、バブルあたりのせいか、海外劇団の来日があり、結構見ていた(ことを思い出した)。
印象に深かかったのは、ポーランドのタデウシュ・カントール『死の教室』。ライブで見るシュワンクマイエルのアニメみたいな面白さ。
あとは、映画監督でもあるアンジェイ・ワイダの『ナスターシャ』とか。
ドストエフスキーの『白痴』をわずか二人で演じる。ロゴージンと、ムイシュキン&ナスターシャの二役が玉三郎。
↑ ↑ ↑ ↑
実は、ちょっと狙ってます 笑
ハードル高っ!
で、演劇体験の基礎の基礎が、今日たまたまテレビの録画で見た、
ゴルドーニ原作の『二人の主人を一度に持つと』だった。
来日記録を見ると、私が16歳のとき? 笑
何か、不思議な面白さがあったのが印象的でした。
画像のような道化が活躍する、18世紀の古典なんですが。
で、感慨深いのは、これがあの大巨匠ストレーレル演出だったことで、勉強不足のせいで今まで知りませんでした。
■ ジョルジョ・ストレーレル、日本版のウィキにもないぐらいだから、そんなに有名じゃないのかな。
(つか、芝居の演出家で有名な人って、映画監督に比べると少ないよね。。。)
オペラの演出家として有名らしいけど、実はブレヒトの直系なんですね。
だから、「なんかさあ、芝居ってわざとらしくね?」というところから始まってる演出家なんです 笑。
ステージ上、センター三分の一だけに背景幕が下がり、その前だけが「舞台」。
残りの上手、下手の空間には照明こそ暗いけど、スタッフがもろバレで見切れていて、舞台上の仕掛けとかも全部見せちゃう。
長ゼリフを終えて、役者がハアハア言ってたるのを見せたり、
プロンプター(台詞を忘れた場合にこっそり教えるスタッフ)と役者が喧嘩したり。
だから、そこの見切れてる場所も、実はキッチリ演出されているわけですが 笑。
いみじくも、僕の映画の師匠(直接教えを乞うたわけではありませんが)の石井輝男監督が、
「これはリアルじゃないんだ、虚構なんだ、デタラメなんだと分かっていても、でもなおかつ面白いってことあるじゃないですか」
というような風におっしゃっているのだけれども。
■ まあ、だから懐疑派であり、メタ構造ということなんですけど、
でも結局はどっちが見ていて面白く、感動できるか、ということに尽きるのではないかと。
もっと言えば、歌舞伎や宝塚の「わざとらしい」ところが好きな場合と(僕も大好きですが)、
能やカフェ芝居みたいな、一種バレバレだけど、だからこそ面白い、という場合もあるんですね。
究極のところの「リアル」とは何か?という大変難しい問題に近づいて来るのですが 笑。
私の作戦は、見た目よりロゴス重視、と言うに留めておきましょう。。。

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