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2011/10/29

良い癖悪い癖  ビリヤード日記

鼻水が止まりません。
どーも、季節の変わり目に弱いはんじです。


最近、ルーティンというものを強く強く意識して撞いております。
多分、キャリアの中で初めてです。

私には悪癖と言えるものが2つありますけれども、未だに直りきらないのが、ストロークの最初から肩が動いてしまうというもの。

キャリアのほとんどを、この癖とともに過ごしてきているので、厚みの見方もそれを前提に見越しているくらいです。

それくらい身体に染み付いている癖なのです。

癖ってのは容易に直るものではありません。

人間って不思議なもので、日々あーでもないこーでもないと色々なフォームを試していると、ごちゃごちゃになっていつものフォームを取り戻せなかったりしますが、それも全部「癖」と言えるんではないでしょうか。

色々試していると、一時的にそれが癖になってしまう。
ところが、そのまま続けていると、またいつもの自分に戻っていく。
本来の癖に戻るわけですね。


ルーティンていうのは、その癖を利用したものではないでしょうか。
要するに、良い癖をつけようってことです。

いつも気持ちや身体の動きを同じにすることで、それを癖にさせる。
たとえ一時的にずれても、いずれ元に戻っていく。
そんな良い癖が欲しい。

どんなに変な格好で玉を撞いていても、いつの間にか玉が入りまくるフォームに戻るって感じですね。(笑)
サイコーだ。

自分のフォームが分からなくなったときに、スタンスだとか、身体の向きだとか、色々考えますけど、構えに入ったときに「いつもと違う!」って思って構えなおそうと思っても、なかなかできないものです。

良い癖の度合いを強くするためには、とにかく色々な点でいつもと同じにすることが大事なんじゃないでしょうかね。


そう考えているわけです。


いままで、フォームのチェックポイントは数多く作れど、フォームを作るまでの動作「ルーティン」はあまり考えたことがなかったので、今さらながらに取り組んでおる次第です。


遅いよなぁ・・




2011/10/18

気持ち余裕のボウラード  ビリヤード日記

過ごしやすい季節になりましたけども、ビールのうまさは相変わらずですね。
夏は夏のうまさが、秋には秋のうまさが、冬には冬の・・・
結局いつ飲んでもうまいのです。

どーも、はんじです。

アマチュアビリヤードプレイヤーのクラスというのは自己申告制であります。
実力を判定する絶対的な基準がないからですね。

ゴルフのスコアであったり、ボウリングのスコアであったりというものがないですので。

そんなビリヤードにおいて、ボウラードというのは、絶対的な基準にはならないけれども、ある程度の目安にはなるものであります。
点数がはっきり出ますから。

私はんじもボウラードは昔から良くやってきました。
相撞き頻度が高くなってからは、ボウラードをやる回数は減ってきていましたが、それでもたまにはやっております。

そして、以前よりは明らかに点数は出るようになりました。

その理由なんですがね。

一言で言うとプレッシャーから開放されたことだと自分では思っています。

なぜプレッシャーから開放されたかと言えば、外的な要因があるわけではなく、自分の中での意識が変わったからです。

申し上げたように、自分はA級になりました。
しかしながら、はっきり言ってまだまだヘタクソです。

面白いもので、昔はA級と言えばとにかく「うまい」人達と思っていたのが、今になってみれば一口にA級と言ってもピンキリで、自分が上達すればするほど、上級者との埋めようのない実力差を感じるわけです。

そういう上級者でさえも、毎回パーフェクトとはいかないボウラード。
自分ごときは、当然パーフェクトなどもし出たら間違いなくフロックなわけです。


という風に考えると、ミスして当たり前なんですよ。
毎回毎回ストライクなんて取れるわけがない。
1ゲーム中に一体何回ミスするんだってくらい、ミスするわけです。

そう思ってゲームをすれば、たまにミスったところでどうってことはない。
何しろ自分はヘタクソですから。

これが、毎フレーム「ストライクか、少なくともスペアをとらなきゃ」なんて思うとプレッシャーがかかってミスを呼び、自暴自棄という名の精神崩壊に陥ったり、プレッシャーに押しつぶされてビックリするような低スコアが出たりするわけですね。

あほらしいです。

ヘタクソなんだからミスして当たり前。
ミスせずストライクが続いたらむしろラッキーなんですよ。

そういう風に考えれば、妙なプレッシャーから開放されるはずです。

そうすれば、自分の技術的な実力どおりのスコアが出るはずです。
組み立てがどうとか、コンディションがどうとか、そういうのは全部後のこと。

大体エニーボールなんだからそんなに難しいわけはないのです。

何が難しいかって、集中力を最後まで持続することと、自分で自分にプレッシャーにかけてしまわないようにすること。
この2つではないでしょうかね。

技術的にはそんなに難しいとも思えません。

だからと言ってノープレッシャーで集中力が続いたらパーフェクトが出るというわけでもありません。そこはそれ、技術的に足りないわけですから。
そう考えれば、出る点数は実力相応のものでしかないということです。

自分にプレッシャーをかけて自滅する意味がない。
入れなきゃ出さなきゃって考えるんじゃなくて、入るも出るも実力どおりでしかないと考えて淡々とプレイしてはどうでしょうね。

最近の私のボウラードはまさにそれです。
200点オーバーもあれば、100点そこそこの時もあります。
でも、平均すると大体こんなもんだろうって数字に落ち着きます。
気合入れようが何しようが実力どおりでしかないのです。

こんな風に言うと、ボウラードは実力の目安を測るだけで、頻繁にやる意味がないように聞こえますね。

でも、微妙な手玉の動かし方で絶妙なフリを作ったりとか、そういう点ではすごく練習になるように思います。

ただ、それだったら固定配置でそういうショット練習をした方が効率が良いように思いますので、やっぱりボウラードは練習というよりは、実力の目安を測ったり、精神修行だったりという面が強いと思います。


いつものように段々支離滅裂になってまいりました。
ビールが進んでおりますので。
言いたいことは、自分で自分にプレッシャーをかけるようなことだけはあほらしいということですね。

2011/10/16

目指すのは何?  ビリヤード日記

最近、電車の中でつり革につかまって立ったまま熟睡するスキルを会得しました。
めでたいのか、嘆かわしいのか自分でも良く分かりません。

どーも、はんじです。


私はプロにはなりません。(注:正しくは「なれません」ではあるが)
立派な上級アマチュアにもなろうと思っていません。

ビリヤードを始めた頃は、とにかくうまくなりたくて気持ちだけは必死でしたけども、いつの頃からかそれほど上達を目指さなくなりました。

自分にとってビリヤードとは、玉を入れることがとにかく楽しい趣味なわけです。

そう。自分がビリヤードをやっている目的は、とにかく楽しむこと。
そして、楽しむためには、それなりの実力が必要なわけです。
だからこそ上達もしたい。

上達すること自体にも喜びや楽しみは感じますし、伸びシロの大きかったC級の頃なんかは、それこそ毎回の楽しみは自分がどれだけ上達するかだったりしましたけども、だからといって修行のようなつらい練習にも耐えるというほどではありませんでした。

練習すると言っても、楽しい範囲でしかない。

そう、上達することは、楽しむという目的を達成するための「手段」なわけです。
だから、練習自体にも楽しみを求めますし、同じ練習を延々と繰り返すということもしないのです。

一体何が言いたいのかと言いますとですね。

結論から言うと、私は上級者に練習方法を聞くことはしない、ということです。

天才的なセンスでうまくなった人に聞いたところで、とにかくうまい人と相撞きしてればうまくなる、なんて言われるし。
逆に努力で上級者になった人に聞けば、基本の繰り返し練習を勧められることは目に見えています。
実際に昔聞いたらそうでしたから。

で、自分はそういう基本の繰り返し練習ができるか?って言ったら、はっきり言ってできませんよ。
楽しむことをさておいての地道な努力ってできません。
なぜならば、上達することは「手段」なので。

プロならば、もしかしたらこういう私たち向けの練習方法を考えてくれるかもしれません。
プロというのは、ビリヤード界のことを考えるはずですから。
プレイヤーの数が増えれば、自分のステータスが上がったり、その結果自分の収入が増えたりするわけですから。
趣味の範囲で楽しむことを目的とするプレイヤーがいることを理解すべきですからね。

でも、アマチュアにはそれがない。
そんなことを理解する義務もない。
だから、練習方法を聞いたら、自分がやってきたことを勧めるはずなのです。

ビリヤード界ではなぜか、うまい人ほどビリヤードは上達ありきで物事を考える人が多いように思います。
こっちは楽しんでいるだけなのに、そんなことで上達できるか!みたいに言われたり。

だから私はC級からB級に上がる頃から、上級者に練習方法を聞くことはしなくなりました。

目指しているものが違う。
ビリヤードをしている前提が違う。
そう思うようにしました。

それでもA級の下っ端にはなれましたよ。
これ以上に上達することはないかもしれないけど、ビリヤードを楽しむためには十分にうまくなったなあと思うであります。

こんなことを書いたのは、自分の周りのB級で、とにかく自分で練習方法を考えずに上級者に聞いて、そのとおりに練習するも長くは続かず、また別の練習方法を聞いて、ってことを繰り返して一向にうまくならない人がいるからです。

練習メニューより先に、自分がどうなりたい、どうありたいを先に考えるべきだと思いますです。

もちろん、とにかく上級者を目指したい人は基本の繰り返しはおろそかにすべきではありません。
それが出来ない人は、上級者を目指すべきではない。

でも、最初から目指さない人はそれなりのやり方があるのですよ。
自分はそう思います。
なかなか理解されないんですけどね。

2011/10/15


最近のことですが。

たまに会った人の名前がまったく思い出せない。
打ち合わせをして、メモを取ろうと手帳に向かった途端に内容を忘れる。
階段の上り下りでつまずく。
何もないところでもつまずく。


まったく歳はとりたくないもんだ。

どーも、はんじです。


私のビリヤード歴もかれこれ7年を数えるまでになりました。
よく続いたもんだ。
自分で感心します。

そのうち6年くらいをB級としてプレイして来ましたけども、先日やっとA級にクラスアップをしました。

本当にやっとこさ。


しかしながら、かなり上達したかというと、実際のところはそうでもない。

クラスアップした理由としては、試合で好結果を残したから。
この半年くらいでハウストーナメントに4回ほど出場したのですが、優勝2回に準優勝と3位が1回ずつ。
どれも小規模から中規模程度のBC戦です。

私はB級になったのも、比較的に早め(実力に対してという意味)でしたが、今回Aに上がった、というか上げたと言うべきか、それも早めですね。

世間にはSB級なる人達がいて、はっきり言ってA級と何が違うのか分からんのですが、私としては「あれでB級ハンデかよ」と言われるより、「あの実力でA級なの?」と笑われる方がマシだと思っているので、まあ早めに上げてみました。

実際のところ、調子がよければA級の人とも勝負できるので、良いのではないかと思います。
ただし、A級って言ってもピンキリですからね。
本当にうまい人にはどうやってもかないませんよ。
そういう人達と比べてしまうとクラスアップはしにくいものですが、各クラスにはそれぞれ幅がありますからね。
その幅の底辺に入れる実力になったら、上げてしかるべしと思うのです。

本当にうまいA級の人と対戦しておきながら、まったくかなわないと言って「自分はまだBだ」なんて言っている人がちらほらいますが、かなうようになったらそれはとっくにA級なんでは?と思いますよ。

いくら自己申告とは言えねぇ。

自分の実力を過大評価してクラスアップするのもそれはそれで疑問ですが、それだからこそ自分は試合でそれなりの結果が出てしまったから、クラスアップいたしました。

暫くはハンデに苦しむでしょうけども、元々あまり勝ち負けにはこだわってないので問題ないのです。


2011/7/10

不調の対処法  ビリヤード日記

今日夕方、突然女房が頭痛がすると言い出したところ、一人息子が「じゃあ、僕が買い物に言ってくる」と。
今まで未体験のことにチャレンジできず引っ込み思案だった息子の一言に、女房の具合もすっかり良くなってしまいました。
子供の成長はうれしいもんですね。
どうもはんじです。


ビリヤードをやっていて永遠の問題とも言えることが、好調不調の波ではないでしょうか。
私も今まで数え切れないほどの波を繰り返してきました。
未だに不調の時は、構えたときからどこを向いているのか分からないということもあります。
好調の時はスッと構えてストロークすれば、厚みに向かってキューが出せるのに、不調の時は何度構えなおしてもダメです。
今まで自分のフォームを作るためのチェックポイントをいくつも見つけて来て、その都度「これでいつでも不調から好調に直せる!」と思いましたが、同時にその都度そんな甘いものじゃないと思い知らされてきました。

つい先日も不調の原因は肩を動かすこととグリップを握りこんでしまうことだ、なんて書いた気がしますけど、不調の時はやっぱりどうにもならないのです。

でもですね。

上級者の人ほど、不調の時にそれなりの玉を撞いたり、いつの間にかいつもどおりの調子に戻せたりしているわけです。

その理由というのを考えてみまして。


自分が不調から好調に転じた時のことを思い返すと、色々なチェックポイントを見直して好調になったことなんてまずなくて、大概が夢中になって撞いてたらいつの間にか調子が良くなってた、ってことがほとんどなわけです。

そう考えると、不調の時にあれこれ考えて好調に持っていくのではなくて、他にするべきことがあるんじゃないかと最近思っています。

それが何かというと、とにかく集中して今その時にできる最大限の努力をすること。

多分これ正しい。


今まで不調の時は、「あー、どうにもならねぇ」なんて嘆いてばかりで、何とかして調子を戻そうと、あれやこれやと考えていたのを、とにかくその時にできるストロークでいかにして玉を入れるか、ネクストを作るかということに集中するようにしてみたところ・・・


好調の時と同じとまではいかなくても、それなりに取りきりが出来たり。

頑張っているうちにフォームがしっくり来るようになったり、ということが出来てきました。


思うのですけど、やっぱり上級者の人ほど、玉に対する執着心って高いですよね。
技術も大切だけど、それ以上に心構えというか、精神的なものが大きいように思うのです。

B級である今の自分に何が足りないか、という事を考えたときに、その執着心というもの、正確に言えば、どんな状態でもその執着心を持てているか、ということが足りないように思います。

調子が良ければ集中して執着心を持って玉を撞けている。
それは当たり前。
調子の悪いときでも執着心を持って最大限の努力ができることが、A級の条件なんじゃないだろうかと思います。

そうすることによって、アベレージが上がるんじゃないでしょうか。

最近、そういう風に考えています。


そして、のっけから不調だった今日、とにかく集中してなんとか玉入れようと頑張っていたら、好調の時のフォームを取り戻せました。
フォームの作り方とかは何も意識せずです。
自分に合ったフォームはもう自分の中に記憶として存在していて、玉を入れようという意識を強く持てている時は、その記憶を引き出せるのかもしれません。

息子の成長に負けず、自分も一つ成長できたかな、と思った一日でした。



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