大人のピアノ教室 表千家茶道教室 大阪府枚方市北山  原田智子

 

教室のご案内  茶道

大阪府枚方市の自宅にて、大人のピアノ教室と表千家茶道教室を開いています。
教室の稽古日等、詳細につきましては、枚方習い事ネットをご覧下さい





2009/11/1

お礼  日々の想い

このブログをお終いにするとご挨拶をさせていただいてから、ブログの閉鎖を惜しんでくださるコメントやメール、またお葉書やファックスなど下さった方々、本当にありがとうございました。


皆様からの暖かいお言葉、うれしく読ませていただきました。



その中で、みなみさんのコメントに、”ブログが満ちたのですね”と書かれているのを読み、そういう言い方もあるのかと、その言葉の美しさに感動しました。



”満つれば欠けるのが世の倣い”と言われますが、本当にそうですね。

でも、欠けてゆく月が新月を経て、再び満月へと満ちてゆくのもまた自然の摂理。




人生も、そんな満ち欠けを繰り返しながら、少しずつ螺旋的に上昇してゆくものなのではないかと、私は思います。

きっと誰の人生にも、満つる時があれば欠ける時もあるのでしょう。


でも、それは、次のステージへ上昇するためのプロセス・・・。




そう信じて、これからも人生に立ちはだかる難題にぶつかるたびに、それをあるがままに受け止めて、勇気を持って歩んでゆこうと思っています。





尚、このブログの更新はお終いにさせていただきますが、今まで書いたものは、このまま残しておくつもりですので、よかったら、いつでもまた覗いてみてくださいね。

皆様、どうぞお元気で!

2009/10/27

ごあいさつ  日々の想い

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いよいよ秋も深まって参りました。

今日は、庭師さんにお願いして、夏の間に伸びた枝の剪定をしていただき、露地には敷松葉を敷いてもらいました。

来週は、口切の茶事をする予定です。



さて、このブログ『聖なる日常blog』ですが、ついに容量使用率が95%を超えました。

3年前の夏、アゲハの幼虫を見つけて、観察日記として書き始めたのが、ブログを始めたきっかけでした。


その後、日々の思いや自分の半生を書いたりしながら、タイトルにもあるような、「日常に垣間見る聖なる瞬間」を書き綴って参りました。

最近は、どちらかというと、茶道のお稽古の記事が多くなっていたかもしれませんが、その中にも、単なるお稽古の記録だけではない、目に見える現象の奥にある、心の世界を表現したいという思いで、書き続けてきました。



しかし、何事も始まりがあれば終わりがあります。


残された容量がわずかになった今、そろそろこのブログをお終いにしようかと思います。



これまで、ブログを訪ねてくださった方、また、コメントを下さった方々には、あらためて心からお礼を申し上げます。



私は、これからも、ここに書き綴ってきたような日常の日々を繰り返しながら、茶道とピアノの指導に精進し、ゆっくりと人生の旅を続けていくつもりです。


また、いつの日か、何かの形で発信をすることもあるかもしれませんが、ひとまず、『聖なる日常blog』はここで終了しようかと思います。


名残惜しい気持ちもありますけれど、これまで応援してくださった皆様に、心より感謝しつつ、筆をおかせていただくことにします。



拙い文章、これまでお読みいただきまして、本当にありがとうございました。

最後になりましたが、皆様の日常が、これからも美しく輝き、聖なる瞬間に満ち満ちていますことを、心よりお祈りしています。


ido@kcat.zaq.ne.jp


2009/10/22

開門多落葉  禅語

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『開門多落葉』(門を開けば 落葉多し) 黄梅院太玄師



雨を聴いて寒更(かんこう)尽き

門を開けば落葉多し
            (唐代の詩僧・無可上人の詩より)



意味:

「雨音を聴いているうちに寒い夜更けが過ぎ、夜が明けたので門を開けてみると、あたり一面に葉が落ちていた。

一晩中聴いていた雨音は、朝になってみれば、実は軒端をたたく落ち葉の音だったという幽寂な閑居の風情」    (『茶席の禅語大辞典』より)


ここで「開門」とは、単に門を開くということだけではなく、悟りを開くという意味も含まれているといいます。

つまり、悟りを開いた瞬間、それまで雨音だとばかり思っていた音は、実は落ち葉だったことに気づいたというのです。

それは、ある意味、世界が一瞬にして変わるほどの、大転回ともいえるのではないでしょうか。


暗く、冷たい秋の夜長、打ち付ける雨音に、心も冷え切っていたかもしれません。

ところが、刻々と時が過ぎ、やがてゆっくりと夜が明け、そして、朝になって門を開いたその時、冷たい雨にぬれていると思っていた世界が、一変して、一面落ち葉に覆われた世界となったのです。

言い換えれば、夜更けに聴いていた「雨音」は、幻影に過ぎなかったのです。

門を開けば、つまり、心の門を開き、悟った目で見れば、雨など最初から降っていなかったのです。


この句は、解説書を読むと、「幽寂な閑居の風情」また「大死一番した後のカラリと開かれた心境」と書かれています。


しかし、私には、さらに一歩進んで

「悟ったその時、瞬時に世界が変わる」

つまり、

「自分を変えることが、世界そのものを変える」

このことから、

「森羅万象、宇宙世界は自らの心が生み出している」

という真理をも『開門多落葉』という句が表現しているような気がしてなりません。

2009/10/20

茶の道への導き  茶道

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先日、10月15日に、奈良東大寺で表千家によるお献茶式がありました。

今年も、真言院にて東大寺学園卒業生の父兄の会により、副席の釜が掛けられ、私もお手伝いさせていただきました。

真言院は、南都真言宗の根本道場として、822年に空海によって建てられたお堂です。

ご本尊は、大日如来様で、申年生まれの私の守り本尊でもあります。

毎年、この大日如来様の前に座るたびに、これまで茶の道に導かれてきた不思議なご縁を、あらためて思い起こします。




私が茶道を始めたのは、名古屋にいた頃、昭和47年、15歳の時でした。

お稽古場は、実家の斜め前のお家でした。

それから11年間お稽古に通い、台天目の相伝をしていただいた後、出産を機にお稽古をやめ、茶の道から離れました。

その後18年間は、家でお抹茶を気軽に飲むことはあっても、お稽古を再開する気もなく、過ぎていきました。




ところが、息子が通っていた東大寺学園のPTAで文化委員の役を引き受けたところ、文化祭でお茶席を設けることになり、再び茶道に出会うこととなりました。

しかも、文化委員の中に表千家の茶道経験者が他にいなかったため、急きょ、私が他の方をご指導しなければならない立場になってしまいました。

それで、あわてて近くの文化センターに駆け込んで、お稽古を再開したのです。




その後、ピアノ教室の生徒さんから、お茶も教えてほしいという声があり、思ってもいなかった茶道教室を開くことになりました。

茶道教室を始めたその年、私が茶の道にもどるのを待っていたかのように、最初に手ほどきを受けた名古屋の先生が他界されました。




文化センターには4年ほど通い、薄茶から濃茶、習事から台天目、そして、まだ免状をいただいていない盆点のお稽古までつけていただきました。

しかし、盆点の免状を取っていただくためには、文化センターの先生が習っておられる上の師匠のところへお稽古に行くようにと勧められました。

ところが、その先生が平成16年の暮れに97歳で亡くなられ、私は、どうしたらよいかわからなくなりました。




その頃、私はお茶事の勉強のために、木村宗匠のお宅に通わせていただいていました。

そしてその初釜のお席で、偶然、一人の先生とご縁をいただき、平成17年よりお稽古に行かせていただくこととなりました。

その先生には、花月などの七事式を教えていただき、また、盆点の免状も取り次いでいただきました。

ところが、通い始めて2年が過ぎても、一度も台天目や盆点のお稽古がありません。

20年近く習っている先輩にお聞きしたところ、盆点は免状をもらっただけで、お稽古はないというのです。

そんな折、先生から思いもかけない言葉を浴び、私はお稽古場を去る決心をしました。




そして、新たに出会った先生は、唐物、台天目、そして盆点のお稽古をしてくださり、また、社中のお弟子さんの免状を、先生を通さずに、自分で直接家元に取り次ぐことができるように申請してくださいました。

そのおかげで、私は「表千家教授者」の資格をいただき、教授者講習会にも参加できるようになりました。


しかし、その先生も、今年の6月に96歳で亡くなられました。

しかも、同じ月に、木村宗匠も・・・。





二人の尊敬する師匠を同時に失って、私は途方にくれました。

その時、茶道雑誌に、ある先生のお名前を見つけました。

その先生のことは、ずっと以前に、茶道関係の書物の中で知り、いつか、こんな先生に出会えたらいいなあと、漠然と考えていたのです。

そこで、とにかく一度でもお目にかかってみようと思い、その先生のお茶席に足を運んだのが、先月でした。

その時、思いがけず、直接先生とお話させていただくことができ、お許しをいただいて、今月より、お稽古場に入れていただくこととなったのです。



振り返ってみると、今まで色々なことがありましたが、その都度何かに導かれるようにして、ここまで歩いてきたように思えてなりません。

そして、その時々において、最も必要な先生にお出会いし、ご指導を受け、そのおかげで今の自分があることを感謝せずにはいられません。


このたびご縁をいただいた先生は、私の心の中では、何年も前から理想の先生として存在していましたが、まさか、実際に自分がその先生につけるとは、夢にも思っていませんでした。

本当に不思議で、感謝の思いでいっぱいになります。




9年前、東大寺とのご縁で、再び茶の道に導かれたことを思い返しますと、あらためて、大日如来様の前で、手を合わせたくなる私です。









2009/10/18

第25回 北山茶会  茶道

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今日は、自宅の庭にて、第25回北山茶会を開きました。

九名のお客様においでいただき、穏やかな秋の日差しの中、静かなひとときを楽しんでいただきました。



短冊   『清風万里秋』 前大徳積応師

花     秋明菊 ホトトギス 水引草
 
茶碗    赤楽 木守写し

茶杓    鹿の角 銘千秋


菓子    錦秋  鼓月製



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2009/10/16

新しいお稽古場  茶道

今朝は、朝6時ごろに家をでて、新しい先生のお茶のお稽古に出かけてきました。


新幹線をおりて、タクシーに乗ってお稽古場のあるお茶屋さんの名前を告げたら、運転手さんが、「その店、どこかで見たけど・・・」と首をひねるので、急に心細くなってしまいました。

運転手さんが、無線で問い合わせて、○○公園の近くということがわかり、そのあたりまで車を走らせてもらって、徐行しながら探していくうちに、目当てのお店が見つかり、まずはほっとしました。




先生は、京都のお茶会でお話させていただいたことを、ちゃんと覚えていてくださいました。

お稽古場の方々も、とても感じのよい方ばかりでした。

今日のお稽古は、台天目と唐物の草と茶カブキでした。



私は、すすめられて、茶カブキのお客に入れていただきました。


そして、なんと、運のいいことに、正解させていただき、先生ご執筆の茶カブキの記を頂戴することができました。


入門の日付のはいった、記念すべき茶カブキの記です。


これも、これから、精一杯精進せよとの、神様からのメッセージのような気がしてなりません。


とにかく、無事、第一歩を踏み出すことができましたことを、ご報告いたします。






2009/10/8

10月の稽古場@  茶道

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『壺中日月長』(こちゅう じつげつ ながし)
 前大徳積應叟    関連記事

花入 稲束  
花 秋明菊

台風18号の近づきつつあった昨日の稽古場は、遠く風のうねりを聞きながら、さながら、壺中の別天地のようでもありました。



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今月でいよいよ風炉も終わります。

基本の運び点前のお稽古をしました。

7月から3ヶ月間、ずっと割り稽古をしてきた新しいお弟子さんが、今日は、初めて点前座に座って、お茶を点てました。




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笑栗 鼓月製



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麩焼きと落雁 稲穂 

2009/10/4

レッスンカルテ34  大人のピアノレッスン

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Kさん  20代 経験あり

     レッスン歴1年






Kさんが、レッスンに来られたのは、平成19年の9月でした。

Kさんは、子供の頃から高校生の時までレッスンに通っていたそうで、かなりピアノは弾けるようでした。

そんなKさんが、再びレッスンを受けにこられたのには、わけがありました。

実は、2ヵ月後に行われる友人の結婚式で、リストの「愛の夢」を弾きたいので、みてもらいたいということでした。


「愛の夢」といえば、かなりの難曲です。

まず、どのくらい弾けるのか、一度弾いていただきました。


すると、指はよく回っているものの、独学で譜読みをされていたために、何箇所か間違って覚えているところがあり、また、始めから終わりまで、一本調子に聞こえる弾き方をされていました。

そこで、結婚式の日までに、より美しい演奏にしあげるためにレッスンを開始しました。

まず、「愛の夢」は、大きく分けて、三つの部分から構成されていますので、それぞれ、どんな気持ちが表現されているかを確かめながら、さらにこまかいフレーズの表現へとレッスンを進めていきました。

そして、ダイナミクスやテンポの大胆な変化を求めるとともに、細かい部分の正確さも求めました。

Kさんの音は、レッスンを重ねる度に洗練されたものになり、11月の本番までに、美しく演奏できるようになられました。


その後も、1年ほどレッスンを続けて、ショパンの「革命」「スケルツォ2番」、ベートーベンの「テンペスト」などを練習されました。




2009/10/4

レッスンカルテ33  大人のピアノレッスン

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Yさん   50代   経験なし

      レッスン歴 2年10ヶ月







Yさんは、50代のサラリーマンですが、若いときには時間が無くてできなかった、何か新しいことにチャレンジしたいという思いで、ピアノを始めることにしたのだそうです。

使用テキストは、ヤマハの教材「piacere!」と、「大人のためのピアノ悠々塾 入門編」を併用することにしました。

Yさんは、お仕事の関係で、非常に出張が多いのですが、出張の予定が入るとメールで連絡してこられ、必ず別の日に振り替えレッスンを受けられます。

今年の7月には、奥様のお誕生日に、レッスンで習った「Happy birthday to you」を弾いてさしあげたのだそうです。

また、つい先日、初めてのお孫さんが誕生されたとのこと。

来年の1歳のお誕生日には、おじいちゃんからのピアノ演奏のプレゼントができますね♪

2009/10/2

レッスンカルテ32  大人のピアノレッスン

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Fさん  80代  経験なし

レッスン歴  3年4ヶ月






Fさんが、ヤマハ大人のピアノ教室の体験レッスンに来られたのは、2005年の夏でした。

真っ白な髪を短くまとめた上品なご婦人でしたが、お年を伺って、驚きました。

なんと、彼女はその時、86歳になっておられたのです。

ピアノは、今まで習ったことはないけれど、昔、女学校に行っていた頃、学校にあったオルガンで、少し教わったことがあり、とにかく、3年間だけ続けたいので、お願いしますと、丁寧にご挨拶して下さいました。



テキストは「おとなのためのピアノ悠々塾 入門編」(ヤマハ)と「おとなのハノン」(ドレミ)を使用することにしました。

ハノンは、無理のないよう、いつも片手ずつ練習してきていただきました。

そして、仕上がった曲の内の何曲かを、「レパートリー」に指定して、毎回レッスンに来られる度に、弾いていただきました。

また、時々、Fさんが弾きたいと言って持ってこられた曲を、弾きやすくアレンジさせていただいて、それもレパートリーにいれました。

Fさんがレパートリーとして弾いていたお気に入りの曲は、「ロングロングアゴー」「オーラリー」「河はよんでる」「ふるさと」「讃美歌」「青葉茂れる桜井の」などでした。


Fさんは、レッスンを始められた当初は、鍵盤の上に5本の指を乗せようとしても、どうしても親指だけが鍵盤からはずれて、ぐっと下にもぐりこんでしまっていました。


90歳近いお年を考えたら、それを直すことは難しいかとも思いましたが、時々、そのことをご注意させていただいていたところ、あるとき気づいたら、両手の5本の指が、ちゃんと鍵盤の上に乗っていました。

その時私は、人は、いくつになっても進歩、成長できるものなのだなあと、あらためて感じました。




Fさんは、しっかり3年と4ヶ月レッスンに通われ、2008年の暮れに、「もう90歳になりましたので、区切りをつけてやめさせていただきます」と、にこやかにご挨拶されて、退会されました。

少し寂しい気持ちになりましたが、Fさんの凛としたお姿を見ると、むやみに引き止めるのも申し訳ないような気がして、「私の方こそ、ありがとうございました。」とお礼を述べて、お別れをしました。

今でも時々、街でFさんとよく似た方を見かけると、思わず声をかけてしまいそうになります。




  


2009/10/2

レッスンカルテ31  大人のピアノレッスン

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Tさん 40代  経験あり

レッスン歴 4年






Tさんは、子供の頃はエレクトーンを習っていて、エレクトーン指導者としてのグレードを持つ腕前でした。

しかし、実は昔から、生のピアノの音にあこがれていたそうで、大人になった今、あらためてピアノを勉強したいとおっしゃって、レッスンを始められました。

最初は、ポピュラーのスタンダードな名曲を弾いて来られましたが、やがて、クラシックも弾きたいとおっしゃって、モーツァルトのソナタなどを勉強されました。

そして、ピアノの演奏グレード試験にも挑戦し、レッスン生としての最高のグレードである6級に合格されました。


その後Tさんは、エレクトーンを学んでいた経験から、コード理論やアレンジ奏にも興味をもたれ、現在は、コードを見て、自分で自由にアレンジして、ソロピアノスタイルで演奏する勉強を楽しみながら続けていらっしゃいます。

私は、Tさんの個性豊かなアドリブ演奏を、いつも楽しみに聞かせていただいています。







2009/9/30

研究会  且坐  茶道

今日は、七事式のひとつ、且坐(さざ)のお稽古をしました。

「且坐」は、懐石を除いた、ひと通りの茶事の内容を盛り込んだ稽古で、亭主側の東(とう)、半東(はんとう)と、客三人が、それぞれの役を分担して行います。

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まず、正客が花をいれます。



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次に、二客が炭点前をします。





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三客が香をたきます。





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東が濃茶点前をし、続いて半東が薄茶を点てます。

濃茶をいただく時は、通常どおり、次礼、送り礼などをしますが、薄茶をいただく時は、次礼、亭主への礼を省略します。

七事式は、常のお稽古と異なる点が色々あるので、たまにお稽古すると、私自身忘れていることが多々あります。

解説書も何冊か出ていますが、やはり実際にお稽古をして、もっと修練しなければと、今日はあらためて感じました。




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七事式は、茶事や通常の稽古と違って、緊張を強いられる世界であるとのことから、席中で菓子をいただかないため、薄茶の前に、「み菓子」と呼ばれる果物が出されます。

昔、初めて「且坐」のお稽古を経験した時、いきなり大きな果物が、丸のまま盆に乗ってでてきたので、私は、目を白黒させていました。

これは、いつ、どうやって、誰が食べるのだろう・・・と。

結局、「み菓子」は見るだけで、最後まで誰も食べないのでした。

2009/9/30

更年期  日々の想い

先日、満53才の誕生日を迎えましたが、実は、今月は、毎月やってくる”お客様”が予定日を10日以上過ぎても訪れません。


今まで毎月順調だったので、これでいよいよ私も更年期世代の仲間入りだなと感じています。

これまで、人ごとだった『更年期』という言葉が、俄然身近に感じられてきました。



そこで、ふと思ったのですが、更年期の『更年』とは、いったいどんな意味なのでしょう。


広辞苑で調べてみても、「更年」という言葉は載っていませんでした。

そこで、漢和辞典で「更」という字を調べてみました。



すると、【更】という字には、

     「かえる」(⇒「変更」する)

     「あらためる」(⇒「更改」する)

などの意味があることがわかりました。


また、訓読みでは、

     「さら」(⇒「更の洋服」)

     「ふける」(⇒夜が更ける・秋が更ける=深ける)



これらの意味を考え合わせると、

『更年期』とは、


「人生における、変化の時であり、あらたまりまっさらな新しい時が始まるとともに、いよいよ深まっていく時期」


であると言えます。


生まれてから53年間、頑張って生きてきて、ようやくここまで来れたのかと思うと、感慨深くもあり、この先、どんな新たな人生が待っているのだろうと思うと、なんだかワクワクしてきます。


ちなみに、「更年期」のことを、英語では、”change of life ”とも表現するそうです。


「変化」を楽しみながら、人生の「実りの秋」を謳歌したいと思います。


2009/9/26

誕生日  日々の想い

今日は、誕生日でした。

53歳になりました。

誕生日って、誰にでもある年に一度の特別な日ですね。

今日からまた、人生の新しいページが始まると思うとワクワクしてきます。

今日はピアノのレッスン日だったので、一日中レッスン室にこもっていたけれど、なんとなくいつもよりもうきうきした気分で、テンションも高かったかな?



夜、実家に電話をしたら、父と母が代わるがわる電話口に出て、50年前の9月26日に愛知県を襲った伊勢湾台風の話をしてくれました。

ちょうど私の3歳の誕生日のことです。

私もかすかに覚えています。

強風で、座敷の床の間の畳がふわふわ浮いていたことや、縁側が雨漏りして、バケツがおいてあったことや、停電して、ろうそくや灯心に火をつけていたことなど・・・。

両親にとっては、まるで昨日の出来事のように、鮮明な記憶のようでした。


夫の実家にも電話をしました。

久しぶりの電話だったので、義母は、友達と旅行に行った話やら、ご近所の話など、よどみなく話してきかせてくれました。



いずれにしても、実家の両親たちのおかげで、今の私が存在し、夫が存在していることを、誕生日には改めて感謝する気持ちになります。


四人の両親が、それぞれ元気で暮らしていることも、本当にありがたいことです。