大人のピアノ教室 表千家茶道教室 大阪府枚方市  原田智子

2009/12/2

教室のご案内  茶道

大阪府枚方市の自宅にて、大人のピアノ教室表千家茶道教室を開いています。

教室の稽古日等、詳細につきましては、メールにてお問い合わせ下さい。

ido1926@gaia.eonet.ne.jp

2009年11月以降、茶道教室の稽古内容を ブログ『一期一会』に記録していますので、
ご高覧いただけたら幸いです。


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2009/12/1

本のご案内  自分史



1999年12月に出版した本です。

当時、1200冊ほど印刷したと思いますが、出版社との間で、10年経過後は、残ったものを引き取らせていただくという契約を交わしていたようで、先日、在庫の13冊が自宅に送られてきました。


本の内容は、自分の人生を振り返って気づいたこと、特に精神世界の視点から感じたことをまとめたエッセイです。

この本を書いた時点では、茶道を再開していませんでしたので、茶道に関する記述はありませんが、運命の力と想いの力が一つになって、ピアノ講師になったいきさつなどを書いています。

また、今から振り返ると、あれがひとつの「悟り」と言える経験だったのかも・・・と思える、日常の中で体験した、ある出来事(amazonの『なか見!検索』で読めます)についても書きました。



*ご希望の方にお分けしておりましたが、2010年5/31をもって手元の在庫がなくなりました。
ご購読をお申し出いただいた皆様に、あらためてお礼申し上げます。

ありがとうございました。
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2009/11/1

お礼  日々の想い

このブログをお終いにするとご挨拶をさせていただいてから、ブログの閉鎖を惜しんでくださるコメントやメール、またお葉書やファックスなど下さった方々、本当にありがとうございました。


皆様からの暖かいお言葉、うれしく読ませていただきました。



その中で、みなみさんのコメントに、”ブログが満ちたのですね”と書かれているのを読み、そういう言い方もあるのかと、その言葉の美しさに心うたれました。



”満つれば欠けるのが世の倣い”と言われますが、本当にそうですね・・・。

でも、欠けてゆく月が新月を経て、再び満月へと満ちてゆくのもまた自然の摂理。




人生も、そんな満ち欠けを繰り返しながら、少しずつ螺旋的に上昇してゆくものなのではないかと、私は思っています。

ブログに書いたこと、また、書かなかったことも含めて、今まで色々なことがありました。

生きている限り、これからもまだ、様々なできごとがやってくるでしょう。



きっと誰の人生にも、満つる時があれば欠ける時もあるのでしょう。


でも、それは、次のステージへ上昇するためのプロセス・・・。




そう信じて、これからも人生に立ちはだかる難題にぶつかるたびに、それをあるがままに受け止めて、勇気を持って歩んでゆこうと思っています。



いつか必ず、どんな人にも平等に訪れる、最後の日を、喜びと感謝の心で迎えることができますように・・・。






このブログの更新はお終いにさせていただきますが、今まで書いたものは、このまま残しておくつもりです。


よかったら、いつでもまた覗いてみてくださいね。



皆様、どうぞお元気で!
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2009/10/27

ごあいさつ  日々の想い

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いよいよ秋も深まって参りました。

今日は、庭師さんにお願いして、夏の間に伸びた枝の剪定をしていただき、露地には敷松葉を敷いてもらいました。

来週は、口切の茶事をする予定です。



さて、このブログ『聖なる日常blog』ですが、ついに容量使用率が95%を超えました。

3年前の夏、アゲハの幼虫を見つけて、観察日記として書き始めたのが、ブログを始めたきっかけでした。


その後、日々の思いや自分の半生を書いたりしながら、タイトルにもあるような、「日常に垣間見る聖なる瞬間」を書き綴って参りました。

最近は、どちらかというと、茶道のお稽古の記事が多くなっていたかもしれませんが、その中にも、単なるお稽古の記録だけではない、目に見える現象の奥にある、心の世界を表現したいという思いで、書き続けてきました。



しかし、何事も始まりがあれば終わりがあります。


残された容量がわずかになった今、そろそろこのブログをお終いにしようかと思います。



これまで、ブログを訪ねてくださった方、また、コメントを下さった方々には、あらためて心からお礼を申し上げます。



私は、これからも、ここに書き綴ってきたような日常の日々を繰り返しながら、茶道とピアノの指導に精進し、ゆっくりと人生の旅を続けていくつもりです。


また、いつの日か、何かの形で発信をすることもあるかもしれませんが、ひとまず、『聖なる日常blog』はここで終了しようかと思います。


名残惜しい気持ちもありますけれど、これまで応援してくださった皆様に、心より感謝しつつ、筆をおかせていただくことにします。



拙い文章、これまでお読みいただきまして、本当にありがとうございました。

最後になりましたが、皆様の日常が、これからも美しく輝き、聖なる瞬間に満ち満ちていますことを、心よりお祈りしています。


ido@kcat.zaq.ne.jp

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2009/10/22

開門多落葉  禅語

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『開門多落葉』(門を開けば 落葉多し) 黄梅院太玄師



雨を聴いて寒更(かんこう)尽き

門を開けば落葉多し
            (唐代の詩僧・無可上人の詩より)



意味:

「雨音を聴いているうちに寒い夜更けが過ぎ、夜が明けたので門を開けてみると、あたり一面に葉が落ちていた。

一晩中聴いていた雨音は、朝になってみれば、実は軒端をたたく落ち葉の音だったという幽寂な閑居の風情」    (『茶席の禅語大辞典』より)


ここで「開門」とは、単に門を開くということだけではなく、悟りを開くという意味も含まれているといいます。

つまり、門を開くという言葉は、今の今まで雨音だとばかり思っていた音が、実は落ち葉の音だったことを悟った瞬間、悟りを開いた瞬間を表しているということでしょうか。

想像してみると、それはある意味、世界が一瞬にして大転回したともいえる瞬間ともいえるでしょう。



冷たい夜具にくるまって、真っ暗な秋の夜長、一晩中打ち付ける「雨音」を聞きながら、身も心も冷え切っていたかもしれません。

ところが、刻々と時が過ぎ、やがてゆっくりと一夜が明け、何気なく門を開いたその瞬間、冷たい雨にぬれていると思いこんでいた世界が、一変して、一面落ち葉に覆われた乾いた世界となって目の前に開けたのです。

そうなると、夜更けに聴いていた「雨音」は、『幻影』だったということになります。

門を開けば、つまり、心の門を開き、悟った目で見れば、雨など最初から降っていなかったということでしょうか。


この句は、解説書を読むと、「幽寂な閑居の風情」また「大死一番した後のカラリと開かれた心境」と書かれています。


その真意は、とうてい私の理解できるものではないかもしれませんが、もしかしたら、



「悟ったその時、瞬時に、世界は変わる」



「自分の心が変わること、それが即ち世界そのものを変える」


つまり、


「森羅万象、この宇宙は、自らの心が生み出している」



その真理を読み取ることもできるかもしれないと、『開門多落葉』という句を見ていて感じました。






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2009/10/20

茶の道への導き  茶道

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先日、10月15日に、奈良東大寺で表千家によるお献茶式がありました。

今年も、真言院にて東大寺席がもたれ、学園卒業生の父兄の一員として、私もお手伝いさせていただきました。

真言院は、南都真言宗の根本道場として、822年に空海によって建てられたお堂です。

ご本尊は、大日如来様で、申年生まれの私の守り本尊でもあります。

毎年、この大日如来様の前に座るたびに、これまで茶の道に導かれてきた不思議なご縁を、あらためて思い起こします。





私が茶道を始めたのは、名古屋に住んでいた頃、昭和47年、15歳の春でした。

お稽古場は、実家の斜め前のお家でした。

それから11年間お稽古に通い、台天目の相伝をしていただいた後、出産を機にお稽古をやめ、茶の道から離れました。



その後は、普段の生活の中で、気ままにお抹茶を点てていただいてはいましたが、あらためてお稽古を再開することのないまま、またたく間に歳月は流れていきました。




そして、息子が高校生になった時、私はPTAの文化委員の役をさせていただくことになったのですが、ここで、思いがけなく茶道に再会することとなりました。


委員になるまで知らなかったのですが、この学校には、毎年秋の文化祭の時に、文化委員の母親たちがお茶席を設ける習わしがあったのです。

そのため、文化委員になった私たちは、さっそく学校の和室をお借りして、文化祭に向けてお稽古を始めるということになりました。

私は久々にお茶のお稽古をさせていただけると思い、どんな先生が教えて下さるのだろうと期待していました。


ところが、よく聞いてみると、お稽古には外から先生がお越しになるわけではなく、委員の中の茶道経験者が教えるという話で、たまさか表千家の経験が一番長かった私が、なんと、他の皆さんをご指導しなければならない立場になってしまったのです。

18年もブランクのある私が、教えることなどできるはずもないのに、それでも6月にはお稽古を始めるのでお願いしますと言われ、あわてふためいて、近くの文化センターに駆け込み、先生に事情をお話して、お稽古をつけていただくことになりました。


先生の熱心なご指導のおかげで、なんとか文化委員の皆さんに薄茶点前のてほどきをさせていただき、文化祭のお茶会も無事に終えることができました。


こんなきっかけで、思いがけなく茶道に再会した私ですが、あらためて茶道の魅力に気づかされ、その後も引き続きお稽古に通っていました。



それから3年後のことです。



ピアノ教室の生徒さんから、お茶も教えてほしいという強い要望があり、またもや思いがけないことに、自宅で茶道教室を開くことになったのです。


茶道教室を始めた平成15年の11月、まさにその同じ月に、私が茶の道にもどるのを見届けて安心されたかのように、最初にお茶の手ほどきを受けた名古屋の先生が他界されました。




文化センターの教室には4年ほど通いました。

ここでは、薄茶から濃茶、習事から台天目、そして、当時まだ免状をいただいていなかった盆点のお稽古までつけていただきました。



しかし、盆点の免状をいただける段になって、その条件として、その先生が習っておられる上の師匠のお宅へお稽古に行くようにと勧められました。


私は、お免状はいただきたいけれど、稽古場を変わることには迷いがあり、躊躇していました。

ところが、その師匠が平成16年の秋に97歳で亡くなられてしまったのです。



師匠を見送り、四十九日が明けたころ、別の新たな先生との出会いがありました。

実は当時、私はお茶事の勉強に通っておりました。

そのお茶事の席で、偶然、ある先生とご縁をいただき、平成17年よりお稽古に行かせていただくことになったのです。




その先生は、さっそく盆点の免状を取り次いでくださり、花月などの七事式もしっかりとご指導してくださいました。


ところが、通い始めて1年半ほどたった頃、私は、ふとあることに気づいて、不安になりました。


習い始めてからその時までに、相伝物といわれる台天目や盆点のお稽古が、一度もなかったのです。

心配になった私は、その稽古場で20年近く習っている先輩におたずねしてみました。

すると、ここでは台天目や盆点は、免状はとってくださるけれど、お稽古はないわよと。

もう少し待てばお稽古していただけるかもしれないと思いつつも

私は、このままこのお稽古場にいるべきかどうか悩んでいました。



そんな折、稽古場のお茶事で正客をさせていただいた後、思いがけない出来事があり
、ついに私は2年半でそのお稽古場を去る決心をしました。




先生にお稽古をやめさせていただくことを申し出た日、
私は稽古場の近くのお不動さんにお参りをし、どうかこれからも茶の道を歩み続けることができますようにと、手を合わせ祈りました。


そのお陰かどうか・・・
その直後、不思議なご縁で、さらに新たな先生との出会いに導かれ、その先生に、唐物、台天目、そして盆点のお稽古をつけていただくことができるようになりました。

また、ありがたいことに、その先生は、社中のお弟子さんの免状を、自分で直接取り次ぐことができるように、家元に申請してくださったのです。


そのおかげで、私は「表千家教授者」の資格を頂戴し、教授者講習会にも参加できるようになりました。


しかし、その先生とのご縁も、2年で途切れてしまいました。

悲しいことに、先生は今年の6月に、96歳という天寿を全うされ、突然私の目の前から消えてしまわれたのです。

しかも、同じ月に、
お茶事の楽しさを教えて下さったあの木村宗匠も・・・。





二人の尊敬する師匠を同時に失って、私は途方にくれました。



この先、どうやったら、茶の道を導いていただく師に出会うことができるのだろうと、思い悩みました。




その時です。


私は茶道雑誌を読んでいて、ある先生のお名前を見つけ、釘付けになりました。





その先生の存在は、ずっと以前から、茶道関係の書物の中で存じ上げていました。

お書きになった文章から、そのお人柄、茶の道に向き合う深く真摯な姿勢を感じ、表千家に、こんな素晴らしい先生がいらっしゃることに感動すると共に、いつか、このような先生に出会うことができたらいいなあと、漠然と考えていたのです。



その先生には、まさに私が求めている茶道の世界があると感じていました。



茶道雑誌には、近々その先生が京都でお席をもたれるというお知らせが載っていたのです。


そこで、とにかく一度でもいいからお目にかかってみようと思い、その先生のお茶席に足を運んだのが、先月でした。



そして、その日、思いがけず、先生と直接お話させていただく機会を得て、なんと、お稽古にいかせていただくお許しまで頂戴することができました。



そして、今月より、先生のお稽古場に通わせていただいているのです。





振り返ってみると、今まで色々なことがありましたが、その都度何かに導かれるようにして、ここまで歩いてきたように思えてなりません。

そして、その時々において、最も必要な先生にお出会いし、ご指導を受けることができ、そのおかげで今の自分があることを感謝せずにはいられません。


このたびご縁をいただいた先生は、何年も前から”理想の先生”として私の心の中に存在していました。


でも、まさか、実際に自分がその先生に直接ご指導していただくことができるとは、夢にも思っていませんでした。

本当に不思議で、感謝の思いでいっぱいになります。




9年前、東大寺とのご縁で、再び茶の道に導かれたことを思い返しますと、あらためて、大日如来様の前で、手を合わせたくなる私です。








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2009/10/18

第25回 北山茶会  茶道

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今日は、自宅の庭にて、第25回北山茶会を開きました。

九名のお客様においでいただき、穏やかな秋の日差しの中、静かなひとときを楽しんでいただきました。



短冊   『清風万里秋』 前大徳積応師

花     秋明菊 ホトトギス 水引草
 
茶碗    赤楽 木守写し

茶杓    鹿の角 銘千秋


菓子    錦秋  鼓月製



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2009/10/16

新しいお稽古場  茶道

今朝は、朝6時ごろに家をでて、新しい先生のお茶のお稽古に出かけてきました。


新幹線をおりて、タクシーに乗ってお稽古場のあるお茶屋さんの名前を告げたら、運転手さんが、「その店、どこかで見たけど・・・」と首をひねるので、急に心細くなってしまいました。

運転手さんが、無線で問い合わせて、○○公園の近くということがわかり、そのあたりまで車を走らせてもらって、徐行しながら探していくうちに、目当てのお店が見つかり、まずはほっとしました。




先生は、京都のお茶会でお話させていただいたことを、ちゃんと覚えていてくださいました。

お稽古場の方々も、とても感じのよい方ばかりでした。

今日のお稽古は、台天目と唐物の草と茶カブキでした。



私は、すすめられて、茶カブキのお客に入れていただきました。


そして、なんと、運のいいことに、正解させていただき、先生ご執筆の茶カブキの記を頂戴することができました。


入門の日付のはいった、記念すべき茶カブキの記です。


これも、これから、精一杯精進せよとの、神様からのメッセージのような気がしてなりません。


とにかく、無事、第一歩を踏み出すことができましたことを、ご報告いたします。

(茶の湯への導き)





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2009/10/8

10月の稽古場@  茶道

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『壺中日月長』(こちゅう じつげつ ながし)
 前大徳積應叟    関連記事

花入 稲束  
花 秋明菊

台風18号の近づきつつあった昨日の稽古場は、遠く風のうねりを聞きながら、さながら、壺中の別天地のようでもありました。



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今月でいよいよ風炉も終わります。

基本の運び点前のお稽古をしました。

7月から3ヶ月間、ずっと割り稽古をしてきた新しいお弟子さんが、今日は、初めて点前座に座って、お茶を点てました。




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笑栗 鼓月製



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麩焼きと落雁 稲穂 
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2009/10/4

レッスンカルテ34  大人のピアノレッスン

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Kさん  20代 経験あり

     レッスン歴1年






Kさんが、レッスンに来られたのは、平成19年の9月でした。

Kさんは、子供の頃から高校生の時までレッスンに通っていたそうで、かなりピアノは弾けるようでした。

そんなKさんが、再びレッスンを受けにこられたのには、わけがありました。

実は、2ヵ月後に行われる友人の結婚式で、リストの「愛の夢」を弾きたいので、みてもらいたいということでした。


「愛の夢」といえば、かなりの難曲です。

まず、どのくらい弾けるのか、一度弾いていただきました。


すると、指はよく回っているものの、独学で譜読みをされていたために、何箇所か間違って覚えているところがあり、また、始めから終わりまで、一本調子に聞こえる弾き方をされていました。

そこで、結婚式の日までに、より美しい演奏にしあげるためにレッスンを開始しました。

まず、「愛の夢」は、大きく分けて、三つの部分から構成されていますので、それぞれ、どんな気持ちが表現されているかを確かめながら、さらにこまかいフレーズの表現へとレッスンを進めていきました。

そして、ダイナミクスやテンポの大胆な変化を求めるとともに、細かい部分の正確さも求めました。

Kさんの音は、レッスンを重ねる度に洗練されたものになり、11月の本番までに、美しく演奏できるようになられました。


その後も、1年ほどレッスンを続けて、ショパンの「革命」「スケルツォ2番」、ベートーベンの「テンペスト」などを練習されました。



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2009/10/4

レッスンカルテ33  大人のピアノレッスン

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Yさん   50代   経験なし

      レッスン歴 2年10ヶ月







Yさんは、50代のサラリーマンですが、若いときには時間が無くてできなかった、何か新しいことにチャレンジしたいという思いで、ピアノを始めることにしたのだそうです。

使用テキストは、ヤマハの教材「piacere!」と、「大人のためのピアノ悠々塾 入門編」を併用することにしました。

Yさんは、お仕事の関係で、非常に出張が多いのですが、出張の予定が入るとメールで連絡してこられ、必ず別の日に振り替えレッスンを受けられます。

今年の7月には、奥様のお誕生日に、レッスンで習った「Happy birthday to you」を弾いてさしあげたのだそうです。

また、つい先日、初めてのお孫さんが誕生されたとのこと。

来年の1歳のお誕生日には、おじいちゃんからのピアノ演奏のプレゼントができますね♪
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2009/10/2

レッスンカルテ32  大人のピアノレッスン

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Fさん  80代  経験なし

レッスン歴  3年4ヶ月






Fさんが、ヤマハ大人のピアノ教室の体験レッスンに来られたのは、2005年の夏でした。

真っ白な髪を短くまとめた上品なご婦人でしたが、お年を伺って、驚きました。

なんと、彼女はその時、86歳になっておられたのです。

ピアノは、今まで習ったことはないけれど、昔、女学校に行っていた頃、学校にあったオルガンで、少し教わったことがあり、とにかく、3年間だけ続けたいので、お願いしますと、丁寧にご挨拶して下さいました。



テキストは「おとなのためのピアノ悠々塾 入門編」(ヤマハ)と「おとなのハノン」(ドレミ)を使用することにしました。

ハノンは、無理のないよう、いつも片手ずつ練習してきていただきました。

そして、仕上がった曲の内の何曲かを、「レパートリー」に指定して、毎回レッスンに来られる度に、弾いていただきました。

また、時々、Fさんが弾きたいと言って持ってこられた曲を、弾きやすくアレンジさせていただいて、それもレパートリーにいれました。

Fさんがレパートリーとして弾いていたお気に入りの曲は、「ロングロングアゴー」「オーラリー」「河はよんでる」「ふるさと」「讃美歌」「青葉茂れる桜井の」などでした。


Fさんは、レッスンを始められた当初は、鍵盤の上に5本の指を乗せようとしても、どうしても親指だけが鍵盤からはずれて、ぐっと下にもぐりこんでしまっていました。


90歳近いお年を考えたら、それを直すことは難しいかとも思いましたが、時々、そのことをご注意させていただいていたところ、あるとき気づいたら、両手の5本の指が、ちゃんと鍵盤の上に乗っていました。

その時私は、人は、いくつになっても進歩、成長できるものなのだなあと、あらためて感じました。




Fさんは、しっかり3年と4ヶ月レッスンに通われ、2008年の暮れに、「もう90歳になりましたので、区切りをつけてやめさせていただきます」と、にこやかにご挨拶されて、退会されました。

少し寂しい気持ちになりましたが、Fさんの凛としたお姿を見ると、むやみに引き止めるのも申し訳ないような気がして、「私の方こそ、ありがとうございました。」とお礼を述べて、お別れをしました。

今でも時々、街でFさんとよく似た方を見かけると、思わず声をかけてしまいそうになります。




  

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2009/10/2

レッスンカルテ31  大人のピアノレッスン

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Tさん 40代  経験あり

レッスン歴 4年






Tさんは、子供の頃はエレクトーンを習っていて、エレクトーン指導者としてのグレードを持つ腕前でした。

しかし、実は昔から、生のピアノの音にあこがれていたそうで、大人になった今、あらためてピアノを勉強したいとおっしゃって、レッスンを始められました。

最初は、ポピュラーのスタンダードな名曲を弾いて来られましたが、やがて、クラシックも弾きたいとおっしゃって、モーツァルトのソナタなどを勉強されました。

そして、ピアノの演奏グレード試験にも挑戦し、レッスン生としての最高のグレードである6級に合格されました。


その後Tさんは、エレクトーンを学んでいた経験から、コード理論やアレンジ奏にも興味をもたれ、現在は、コードを見て、自分で自由にアレンジして、ソロピアノスタイルで演奏する勉強を楽しみながら続けていらっしゃいます。

私は、Tさんの個性豊かなアドリブ演奏を、いつも楽しみに聞かせていただいています。






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2009/9/30

研究会  且坐  茶道

今日は、七事式のひとつ、且坐(さざ)のお稽古をしました。

「且坐」は、懐石を除いた、ひと通りの茶事の内容を盛り込んだ稽古で、亭主側の東(とう)、半東(はんとう)と、客三人が、それぞれの役を分担して行います。

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まず、正客が花をいれます。



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次に、二客が炭点前をします。





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三客が香をたきます。





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東が濃茶点前をし、続いて半東が薄茶を点てます。

濃茶をいただく時は、通常どおり、次礼、送り礼などをしますが、薄茶をいただく時は、次礼、亭主への礼を省略します。

七事式は、常のお稽古と異なる点が色々あるので、たまにお稽古すると、私自身忘れていることが多々あります。

解説書も何冊か出ていますが、やはり実際にお稽古をして、もっと修練しなければと、今日はあらためて感じました。




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七事式は、茶事や通常の稽古と違って、緊張を強いられる世界であるとのことから、席中で菓子をいただかないため、薄茶の前に、「み菓子」と呼ばれる果物が出されます。

昔、初めて「且坐」のお稽古を経験した時、いきなり大きな果物が、丸のまま盆に乗ってでてきたので、私は、目を白黒させていました。

これは、いつ、どうやって、誰が食べるのだろう・・・と。

結局、「み菓子」は見るだけで、最後まで誰も食べないのでした。
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2009/9/30

更年期  日々の想い

先日、満53才の誕生日を迎えましたが、実は、今月は、毎月やってくる”お客様”が予定日を10日以上過ぎても訪れません。


今まで毎月順調だったので、これでいよいよ私も更年期世代の仲間入りだなと感じています。

これまで、人ごとだった『更年期』という言葉が、俄然身近に感じられてきました。



そこで、ふと思ったのですが、更年期の『更年』とは、いったいどんな意味なのでしょう。


広辞苑で調べてみても、「更年」という言葉は載っていませんでした。

そこで、漢和辞典で「更」という字を調べてみました。



すると、【更】という字には、

     「かえる」(⇒「変更」する)

     「あらためる」(⇒「更改」する)

などの意味があることがわかりました。


また、訓読みでは、

     「さら」(⇒「更の洋服」)

     「ふける」(⇒夜が更ける・秋が更ける=深ける)



これらの意味を考え合わせると、

『更年期』とは、


「人生における、変化の時であり、あらたまりまっさらな新しい時が始まるとともに、いよいよ深まっていく時期」


であると言えます。


生まれてから53年間、頑張って生きてきて、ようやくここまで来れたのかと思うと、感慨深くもあり、この先、どんな新たな人生が待っているのだろうと思うと、なんだかワクワクしてきます。


ちなみに、「更年期」のことを、英語では、”change of life ”とも表現するそうです。


「変化」を楽しみながら、人生の「実りの秋」を謳歌したいと思います。

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