2008/5/11
松下幸之助のお墓参り 旅
平成元年(1989年)4月27日に94歳で亡くなった、「経営の神様」といわれる松下幸之助さんのお墓に、先日お参りに行ってきました。
松下幸之助のお墓は、生誕の地、和歌山県にあります。
最寄り駅の千旦(せんだ)は、JRの和歌山駅から2駅目の、小さな無人駅です。
千旦駅の近くで畑仕事をしていた地元の人に尋ねると、松下幸之助のお墓は、歩いて数分のところにあるとのことで、教えられたとおりに歩いていくと、このような立て札がみつかりました。
松下幸之助のお墓
墓前には、きれいな花が飾られ、他にもお参りに訪れている方がいらっしゃいました。
松下幸之助が生まれた頃、その生家には大きな松の木があり、それが「松下」姓の元となったと言われています。
その松の木は、昭和41年の落雷と、昭和45年の火災によって、現在では、根元から五メートルを残すのみになってしまい、かろうじてその姿をとどめていました。
松下幸之助さんの残した教えは、経営哲学から人生哲学、宇宙の真理にいたるまで、膨大がつ深遠なもので、現在もその教えは様々な人々に語り継がれています。
その中の一つに、彼の考えた行動理念のベースがあります。
松下幸之助さんは、人生を送る上でも、企業を経営する上でも、大切なことは、「まず願うこと」だと考えていたそうです。
まず、「強く願い」、「熱意」を持って取り組み、「素直な心」で物事の実相を見極めることが、行動の基本にあったといいます。
この「素直な心」というのは、決して、何かに盲目的に従うという意味ではなく、「自分の利害や感情、知識、先入観にとらわれずに、物事をありのままに見ようとする心、英語に訳せば、”the untrapped mind"のことを言うのだそうです。
このような教えは、今までにも「思いは実現する」とか、「引き寄せの法則」などの言い方で、多くの書物で目にしてきました。
しかし、今回、松下幸之助さんのお墓を訪れ、その存在を間近に感じたことで、そういった生き方をただ単に頭で理解して、わかったつもりになるのではなく、たった今から、自分の人生の中で、それを実践し、少しずつでも前進していこうという気持ちに、あらためてなることができました。
そうやって、きちんと目標を定め、着々と歩み続けて、たとえ途中で何か障害に思えるようなことに出会っても、素直な心でそれに対処していけば、必ず成果はついてくるのだということを、心から信じることができるような気がしました。
松下幸之助さんの亡くなった年、私は33歳でした。
既に伝説的な人物となっている松下さんですが、紛れも無く、自分と同じ時代に生きていた人ということを、今さらながら実感し、とてもありがたく感じながら、そのお墓の前で静かに手を合わせ、帰ってきました。
松下幸之助のお墓は、生誕の地、和歌山県にあります。最寄り駅の千旦(せんだ)は、JRの和歌山駅から2駅目の、小さな無人駅です。
千旦駅の近くで畑仕事をしていた地元の人に尋ねると、松下幸之助のお墓は、歩いて数分のところにあるとのことで、教えられたとおりに歩いていくと、このような立て札がみつかりました。
松下幸之助のお墓墓前には、きれいな花が飾られ、他にもお参りに訪れている方がいらっしゃいました。
松下幸之助が生まれた頃、その生家には大きな松の木があり、それが「松下」姓の元となったと言われています。その松の木は、昭和41年の落雷と、昭和45年の火災によって、現在では、根元から五メートルを残すのみになってしまい、かろうじてその姿をとどめていました。
松下幸之助さんの残した教えは、経営哲学から人生哲学、宇宙の真理にいたるまで、膨大がつ深遠なもので、現在もその教えは様々な人々に語り継がれています。
その中の一つに、彼の考えた行動理念のベースがあります。
松下幸之助さんは、人生を送る上でも、企業を経営する上でも、大切なことは、「まず願うこと」だと考えていたそうです。
まず、「強く願い」、「熱意」を持って取り組み、「素直な心」で物事の実相を見極めることが、行動の基本にあったといいます。
この「素直な心」というのは、決して、何かに盲目的に従うという意味ではなく、「自分の利害や感情、知識、先入観にとらわれずに、物事をありのままに見ようとする心、英語に訳せば、”the untrapped mind"のことを言うのだそうです。
このような教えは、今までにも「思いは実現する」とか、「引き寄せの法則」などの言い方で、多くの書物で目にしてきました。
しかし、今回、松下幸之助さんのお墓を訪れ、その存在を間近に感じたことで、そういった生き方をただ単に頭で理解して、わかったつもりになるのではなく、たった今から、自分の人生の中で、それを実践し、少しずつでも前進していこうという気持ちに、あらためてなることができました。
そうやって、きちんと目標を定め、着々と歩み続けて、たとえ途中で何か障害に思えるようなことに出会っても、素直な心でそれに対処していけば、必ず成果はついてくるのだということを、心から信じることができるような気がしました。
松下幸之助さんの亡くなった年、私は33歳でした。
既に伝説的な人物となっている松下さんですが、紛れも無く、自分と同じ時代に生きていた人ということを、今さらながら実感し、とてもありがたく感じながら、そのお墓の前で静かに手を合わせ、帰ってきました。
2011/5/4 10:36
投稿者:tomoko
2011/5/3 18:55
投稿者:kouki194678
私も先月の27日に横浜からまるまる23回忌に合わせて墓参りをさせて頂きました。
個人的にも生き方、考え方を尊敬しており恒久的と思っております。
亡き父親も尊敬し、お慕い致しており、3回忌・7回忌と参加し13回忌にも是非参加と願望しつつ2ケ月残して旅立ってしまいました。その穴埋めではありませんが23回忌には絶対行くぞ・・・と決めており無事お参りが出来たことで今までの胸の痞えが少し下りた気がしています。今度は菩提寺の高野山のお寺にも参りたいと思っております。でも国道?沿いにしては静かで落ち着きますネ。
個人的にも生き方、考え方を尊敬しており恒久的と思っております。
亡き父親も尊敬し、お慕い致しており、3回忌・7回忌と参加し13回忌にも是非参加と願望しつつ2ケ月残して旅立ってしまいました。その穴埋めではありませんが23回忌には絶対行くぞ・・・と決めており無事お参りが出来たことで今までの胸の痞えが少し下りた気がしています。今度は菩提寺の高野山のお寺にも参りたいと思っております。でも国道?沿いにしては静かで落ち着きますネ。



そういえば今年は平成23年
ということは23回忌なのですね・・・。
私も今月 またお参りにいこうと思っています。
先日 幸之助さんのご自宅を見学させていただく
機会に恵まれました。
40代にして 昭和の文化遺産になるような家を
建てようと決意された そのことに強く感銘を受けました。
大きな使命をもって生きた方だということを
あらためて実感いたしました。
お父様はあちらの世界で きっと幸之助さんに
お会いになっておられることでしょう。