大人のピアノ教室 表千家茶道教室 大阪府枚方市  原田智子

2009/10/20

茶の道への導き  茶道

クリックすると元のサイズで表示します


先日、10月15日に、奈良東大寺で表千家によるお献茶式がありました。

今年も、真言院にて東大寺席がもたれ、学園卒業生の父兄の一員として、私もお手伝いさせていただきました。

真言院は、南都真言宗の根本道場として、822年に空海によって建てられたお堂です。

ご本尊は、大日如来様で、申年生まれの私の守り本尊でもあります。

毎年、この大日如来様の前に座るたびに、これまで茶の道に導かれてきた不思議なご縁を、あらためて思い起こします。





私が茶道を始めたのは、名古屋に住んでいた頃、昭和47年、15歳の春でした。

お稽古場は、実家の斜め前のお家でした。

それから11年間お稽古に通い、台天目の相伝をしていただいた後、出産を機にお稽古をやめ、茶の道から離れました。



その後は、普段の生活の中で、気ままにお抹茶を点てていただいてはいましたが、あらためてお稽古を再開することのないまま、またたく間に歳月は流れていきました。




そして、息子が高校生になった時、当時通っていた東大寺学園で、私はPTAの文化委員の役をさせていただくことになったのですが、ここで、思いがけなく茶道に再会することとなりました。


委員になるまで知らなかったのですが、この学校には、毎年秋の文化祭の時に、文化委員の母親たちがお茶席を設ける習わしがあったのです。

そのため、文化委員になった私たちは、さっそく学校の和室をお借りして、文化祭に向けてお稽古を始めるということになりました。

私は久々にお茶のお稽古をさせていただけると思い、どんな先生が教えて下さるのだろうと期待していました。


ところが、よく聞いてみると、お稽古には外から先生がお越しになるわけではなく、委員の中の茶道経験者が教えるという話で、表千家の経験が一番長かった私が、なんと、他の皆さんをご指導しなければならない立場になってしまったのです。

18年もブランクのある私が、教えることなどできるはずもないのに、それでも6月にはお稽古を始めるのでお願いしますと言われ、あわてふためいて、近くの文化センターに駆け込み、先生に事情をお話して、お稽古をつけていただくことになりました。


先生の熱心なご指導のおかげで、なんとか文化委員の皆さんに薄茶点前のてほどきをさせていただき、文化祭のお茶会も無事に終えることができました。


こんなきっかけで、思いがけなく茶道に再会した私ですが、あらためて茶道の魅力に気づかされ、その後も引き続きお稽古に通っていました。



それから3年後のことです。



ピアノ教室の生徒さんから、お茶も教えてほしいという強い要望があり、またもや思いがけないことに、自宅で茶道教室を開くことになったのです。


茶道教室を始めた平成15年の11月、まさにその同じ月に、私が茶の道にもどるのを見届けて安心されたかのように、最初にお茶の手ほどきを受けた名古屋の先生が他界されました。




文化センターの教室には4年ほど通いました。

ここでは、薄茶から濃茶、習事から台天目、そして、当時まだ免状をいただいていなかった盆点のお稽古までつけていただきました。



しかし、盆点の免状をいただける段になって、その条件として、その先生が習っておられる上の師匠のお宅へお稽古に行くようにと勧められました。


私は、お免状はいただきたいけれど、稽古場を変わることには迷いがあり、躊躇していました。

ところが、その師匠が平成16年の秋に97歳で亡くなられてしまったのです。



師匠を見送り、四十九日が明けたころ、別の新たな先生との出会いがありました。

実は当時、私はお茶事の勉強がしたくて、木村宗匠のお宅に通わせていただいていました。

そしてそのお茶事の席で、偶然、ある先生とご縁をいただき、平成17年よりお稽古に行かせていただくことになったのです。




その先生は、さっそく盆点の免状を取り次いでくださり、花月などの七事式もしっかりとご指導してくださいました。


ところが、通い始めて1年半ほどたった頃、私は、ふとあることに気づいて、不安になりました。


習い始めてからその時までに、相伝物といわれる台天目や盆点のお稽古が、一度もなかったのです。

心配になった私は、その稽古場で20年近く習っている先輩におたずねしてみました。

すると、なんとここでは、台天目や盆点は、免状はとってくださるけれど、お稽古はないわよ、とおっしゃるのです。

さらには いつの頃からか 日々のお稽古の中で 先生ご自身のお人柄に対して心より尊敬できない自分がいることに気づき お稽古に行くことに 次第に喜びを感じることができなくなっていました。 


私は、このままこのお稽古場にいるべきかどうか悩みました。



そんな折、稽古場のお茶事で正客をさせていただいた後のある日のこと、先生から思いもかけない言葉を浴び、その出来事を機に ついに私は2年半でそのお稽古場を去る決心をしました。




先生にお稽古をやめさせていただくことを申し出た日、
私は稽古場の近くのお不動さんにお参りをし、どうかこれからも茶の道を歩み続けることができますようにと、手を合わせ祈りました。


そのお陰かどうか・・・
その直後、不思議なご縁で、さらに新たな先生との出会いに導かれ、その先生に、唐物、台天目、そして盆点のお稽古をつけていただくことができるようになりました。

また、ありがたいことに、その先生は、社中のお弟子さんの免状を、自分で直接取り次ぐことができるように、家元に申請してくださったのです。


そのおかげで、私は「表千家教授者」の資格を頂戴し、教授者講習会にも参加できるようになりました。


しかし、その先生とのご縁も、2年で途切れてしまいました。

悲しいことに、先生は今年の6月に、96歳という天寿を全うされ、突然私の目の前から消えてしまわれたのです。

しかも、同じ月に、あの木村宗匠も・・・。





二人の尊敬する師匠を同時に失って、私は途方にくれました。



この先、どうやったら、茶の道を導いていただく師に出会うことができるのだろうと、思い悩みました。




その時です。


私は茶道雑誌を読んでいて、ある先生のお名前を見つけ、釘付けになりました。





その先生の存在は、ずっと以前から、茶道関係の書物の中で存じ上げていました。

お書きになった文章から、そのお人柄、茶の道に向き合う深く真摯な姿勢を感じ、表千家に、こんな素晴らしい先生がいらっしゃることに感動すると共に、いつか、このような先生に出会うことができたらいいなあと、漠然と考えていたのです。



その先生には、まさに私が求めている茶道の世界があると感じていました。



茶道雑誌には、近々その先生が京都でお席をもたれるというお知らせが載っていたのです。


そこで、とにかく一度でもいいからお目にかかってみようと思い、その先生のお茶席に足を運んだのが、先月でした。



そして、その日、思いがけず、先生と直接お話させていただく機会を得て、なんと、お稽古にいかせていただくお許しまで頂戴することができました。



そして、今月より、先生のお稽古場に通わせていただいているのです。





振り返ってみると、今まで色々なことがありましたが、その都度何かに導かれるようにして、ここまで歩いてきたように思えてなりません。

そして、その時々において、最も必要な先生にお出会いし、ご指導を受けることができ、そのおかげで今の自分があることを感謝せずにはいられません。


このたびご縁をいただいた先生は、何年も前から”理想の先生”として私の心の中に存在していました。


でも、まさか、実際に自分がその先生に直接ご指導していただくことができるとは、夢にも思っていませんでした。

本当に不思議で、感謝の思いでいっぱいになります。




9年前、東大寺とのご縁で、再び茶の道に導かれたことを思い返しますと、あらためて、大日如来様の前で、手を合わせたくなる私です。








5



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ