小説「1Q84」は主人公の男女、天吾と青豆が「1984年」から空に月が2つ浮かぶ、もう一つの「1Q84年」に滑り落ちてしまう物語だ。その滑り落ちる前の「1984年」。日本で最も売れたレコードは、先日急逝したマイケル・ジャクソンの「スリラー」である。「スリラー」は1982年12月1日に発売され、レコード・CDとして歴史上最も多くの売り上げを記録した作品であり、2006年11月15日のギネス世界記録の認定によれば全世界で1億400万枚以上のセールスを記録している。2009年6月現在では、全世界で1億500万枚、日本国内で250万枚も売り上げている。ビルボード誌の週間総合アルバムチャートで通算37週の1位を獲得、オリコンの1984年度の年間アルバムチャートではLP・CT・CDチャート(現在の総合アルバム)の3部門で1位となった。「1984年」は、まさに日本中がマイケルに狂喜した年だった。その後も圧倒的な存在感を示し「キング・オブ・ポップス」として君臨。しかし、晩年はトラブルの連続で巨大なポップアイコンの輪郭は水で滲んだ絵画のように暮夜け、その存在の意味と価値を喪失してしまう。
小説「1Q84」に登場するカルト教団のリーダーはある時から「リトルピープル」なる連中の代理人となる。代理人とは「普通ではない存在」になる事を指す。彼は代理人になった事によって、しばしば筋肉が硬直しその間ずっと性器が硬くなるという「普通ではない状態」に陥る。そして「巫女」と呼ばれるまだ月経を迎えていない少女達と次々に交わるという「普通ではない行為」を行う。これは彼の意思ではなく天からもたらされた恩寵であり、教団では神聖な状態と考えられている。しかし、その麻痺の後は太い針で全身をくまなく刺されるような痛み、激しい頭痛、脱力感を伴い眠る事もかなわない。この時、いかなる薬も効かず只管「痛み」に粛々と耐え続けるより他ない。僕にはこのリーダーとマイケルが重なって仕方がない。リーダーは言う。「何が本当の世界かというのは極めて難しい問題だ」と。マイケルもある時期を境に「本当の世界」を見失ってしまったのではないだろうか。「リトルピープル」が彼に投影された大衆の羨望や呪詛などあらゆる感情・想念の総意だと仮定すれば、マイケルはこの「痛み」をリーダーのように独りで受け止め続けていたのだ。度重なる整形は自身をアップデートして「リトルピープル」に対峙していく為の防衛手段ではなかったのだろうか。「リトルピープル」彼等は狂信的な人々。「わたしはどこまでも蝕まれ、体をがらんどうにされ、激しい苦痛に満ちた死を迎えるだろう。彼等はただ利用価値のなくなった乗り物を乗り捨てていくだけだ。」とリーダーは呟き、最終的にあらゆる苦痛からの「解放」を決意する。同じようにマイケルも思っていたのではないか。精神と肉体の完全なる解放を。マイケルの意識は猛烈な勢いで拡張した。しかしそれはある時点で拡散し、およそ本人の手に負える範疇のものでは無くなった。残された道は緩慢なる意識下の自殺だったように思う。今、マイケルの専属医師が殺人の容疑者になっているが、僕はマイケル自身が「解放」を望んだと思う。リーダーがそれを青豆に望んだように。「1984年」世界の頂点に立ち、更なる野望に胸を膨らませ空を見上げたマイケルの瞳には、既に月が2つ映っていたのかもしれない。

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