ガイドの返品は受け付けませんので、最後までお付き合い下さいませ!発車オーライ♪                                        

2018/6/7

世界遺産「白川郷」へ  中部・東海そぞろ

このままのペースだと、多分「旅日記」が終わらないうちに観光シーズンオフになりそう…
なので、アルバム整理を兼ねて、ほぼ写真のみ貼り付けます。

旅行4日目は、一度は行っておきたかった世界遺産「合掌造り集落」めぐり
ほんとは高山の古い町並みや下呂温泉にも行きたくて、色々調べてもみたんですが…
次回のお楽しみに。

えーっと「ナナちゃん、ナナちゃん」
前の日の夜に、名鉄バスセンターの場所をごんちゃんに確認したら「ナナちゃん」が目印と言われて…
「ナナちゃん、ナナちゃん…」とつぶやきながら目指しました。

はい、同じポーズでナナちゃんの足の下に入り…
写真を撮りました…

そして、上を見上げてみました(キャーッ!!)汗
クリックすると元のサイズで表示します

白川郷への高速バスは事前にネット予約していたので、乗車券に引き換えます
クリックすると元のサイズで表示します

時間になったら、2階?3階?の乗り場にバスが入ります。
「まもなく熊本からのバスが到着デス」なんてアナウンスが普通に流れて来る…
津軽海峡に橋が掛かったら…
青函トンネルに自動車道路が開通したら…
九州と北海道を結ぶ「日本一長い高速バス」も実現するな〜

ぁ…
今回は写真だけUPするんだった…
気が付いたら、ぶつくさぶつくさ書いてる…汗

クリックすると元のサイズで表示します

このチラシに目が釘付け!笑
なんでも遊び心がないとね…
私も「ダイエットの休日」を満喫したわよ!
クリックすると元のサイズで表示します

途中、大和PAでトイレ休憩。
クリックすると元のサイズで表示します

白川郷に到着しました!
観光パンフレットで見ていた風景がそこにありました。
まるで日本の原風景!

午後からの「世界遺産バス」乗車券を事前購入してから、展望台へ
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

片道200円で展望台へ
メチャ混み…30分位は並んだかな?(歩くの面倒でした…)
クリックすると元のサイズで表示します

ここは早春!
サクラの下で見つめ合うカップル…
もう、カップルばっかり目について…
「はい、ごちそうさまです」

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


帰りは下り坂なので歩きます
15分くらいかな?
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

合掌造りの集落は北海道民にとっては新鮮な景色
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

海外からのお客さまも、満足気にカメラのシャッターを押しています。
けれど…ここは完全な観光地ではなく実際に住んでいる人もいるわけで…

静かに訪ね、静かに帰らねばなりません…

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

お水も美味しい「どぶろく」の里
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

朝ドラで話題の「五平餅」
クリックすると元のサイズで表示します

そして「飛騨牛コロッケ」
クリックすると元のサイズで表示します

美味しそうな誘惑もあったけれど、食べすぎるとこの方みたいになるから…ガマン。
クリックすると元のサイズで表示します

田んぼにのこる雪の塊も、写真の人気スポットになっていました。
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


サクラと雪山と道端のスイセン
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


バスの時間まで、少し余裕ができたので日帰り温泉入浴
お客は1人
「ゆっくりしていってください」って…
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

露天風呂から見る景色…
心も身体もお洗濯…
クリックすると元のサイズで表示します

温泉内の食堂で昼ご飯。
1000円のサービスセット。
山菜そば、飛騨牛コロッケ付き。

「こんなに食べれない」と思っただけで、ペロリ完食でした…
クリックすると元のサイズで表示します

おまけ
「ささらがさ」:名古屋(両口屋是清)
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

2018/5/29

ごんちゃんとなばなの里へ  中部・東海そぞろ

ごんちゃんに、連れてってもらったの…
長島リゾート「なばなの里」イルミネーション!

入場チケット買おうと思ったら…
パパッとパスポート見せて、顔パスだった…私まで…

ごんちゃん、すごい!
ありがとう!

で、中に入ると・・・
メルヘンの世界!
一面の花畑にイルミネーション!

実は、札幌のイルミネーションもわざわざ見に行ったことが1度もない私…
なんで、わざわざ寒いところにって(寒いのきらい)
ところが、ここは寒くなくて花が満開でロマンティック〜
夢の世界!
クリックすると元のサイズで表示します

お姫様気分で、写真を撮りまくりました。笑
クリックすると元のサイズで表示します

ごんちゃんの案内で、あっちへこっちへ
八重桜もしだれ桜もお見事で…
北海道ではまだ「春一番」だの「二番」だの騒いでいる時に…

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

すっかり気に入っちゃったところで、見つけたの。

「あれ、なに?」

展望台ですって!
聞いた途端、並んでます。笑

だって、乗りたいんだもの…
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

うひゃ〜!ブラボー!
なぜか、展望室で「そだねー」「そだねー」を連呼していました。
落ち着きのない50才です…
あ、51才です…
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

光のトンネル!
美しすぎた〜
クリックすると元のサイズで表示します

マジメに「自撮り棒」買おうかと思ったよ…
記念だからね…ごんちゃんとツーショット。笑
クリックすると元のサイズで表示します

そして、熊本復興応援かな?
くまモンショー!
ごんちゃん、一緒に歌っていました^^
くまモン、大好きなんだって。
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

お花が笑ってますね!
日中もまた、華やかなんだろーなー
クリックすると元のサイズで表示します

とても幻想的な、お庭の景色に堪能し…
クリックすると元のサイズで表示します

夕ご飯は、私の希望で「きしめん」を。
園内の「芭蕉庵」へ
クリックすると元のサイズで表示します

「鶏南蛮」
鶏の量がすごすぎて…
さすがの私もギブアップ…
鶏さん、ごめんなさい…
クリックすると元のサイズで表示します

ということで、長島温泉日帰り温泉もいいな。
「スパリゾート」有名だもんね…
けど、名古屋にあるってしらなかった。
勉強不足でした…一つ、賢くなりました。まる

きしめん屋さんの前庭に咲いていた「利休梅」
クリックすると元のサイズで表示します

おまけ

帰りにコメダに寄ろうかって話もあったんですが…
翌日も早い出発だったので宿へ
けど、優しいごんちゃんは「せっかくだから写真だけでも」とコメダ経由で…
結局のところ、もう営業時間が終わってたんですが…
その気持ちが、とってもうれしい。
クリックすると元のサイズで表示します

宿は、名古屋駅近くに最近OPENしたゲストハウスを進化させた宿(意味わかりませんね)
もちろん個室、女子専用フロアで大浴場もあり、洗面所もこの通り…
ドライヤーの他、コテまでありました。
宿泊代は、3000円位かな?
また、利用したいと思います^^
クリックすると元のサイズで表示します

おまけのおまけ
ごんちゃんからのお土産
「名古屋三英傑 海老武将」(桂新堂)

これ、おもしろい!
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康…
どれから食べようか迷いに迷って…
結局、シャチホコからガブリッ!
おいしい〜
クリックすると元のサイズで表示します

海老の味が濃厚です!
クリックすると元のサイズで表示します

2018/5/24

ごんちゃんとドライブ!  中部・東海そぞろ

旅行から、すでに1カ月以上が経過…
ボチボチ更新…

3日目の午後は、名古屋在住のごんちゃんとおデート
松阪から名古屋行き列車に乗り、途中の駅で降りたら…
ごんちゃんが、両手を振って出迎えてくれました^^

お腹、ペコペコ
地元のごんちゃんに全てお任せコースで、こんな素敵なカフェへ連れて行ってもらいました。
小雨が降ってきました。
ごんちゃんは、先回りして私に傘をさしだしてくれます。
なんだか、お嬢さま気分(ありがとう)…笑
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

お庭がきれいな、カントリー風カフェ
名古屋と言えば…
「鉄板ナポリタン」ということで、ランチのナポリタンを〜
スープにサラダ付き!
クリックすると元のサイズで表示します

なーんと、ナポリタンの下には「薄焼き卵」が敷いてありました!
びっくり!
名古屋では、当たり前なんですって〜
クリックすると元のサイズで表示します

食後はコーヒーにプチゼリー〜
クリックすると元のサイズで表示します

食後は、名古屋の中心部へドライブ!

「花子さん、お城見ますか?」

「あんまり興味ないから、見なくてもいいよー」
と、言いながらも…
車の窓から大きなお城が見えた時には感激!パシャ!パシャ!

金のシャチホコが、かっちょえ〜
クリックすると元のサイズで表示します

で、連れて行ってくれたところは…
お城のすぐ近くにオープンしたばかりの「金シャチ横丁」笑
クリックすると元のサイズで表示します

名古屋飯が楽しめる飲食店や売店がズラリ〜
クリックすると元のサイズで表示します

あっ!金シャチ!
クリックすると元のサイズで表示します

「黄金みそかつ」
金粉ふりかけ…?

値段もゴージャスです!
クリックすると元のサイズで表示します


ここは、海老のおせんべい屋さん…
荷物を朝に宅急便で送ったばかりなのに…
え〜、買い物してしまいましたわ。
かさばる海老せんべい…
試食が充実していて、一通り食べてみた。
そして、ノーマルな海老せんべいとレモン味の海老せんべいを購入です。
そしたら、オープン記念ということでもう1袋海老せんべいをくれました…
クリックすると元のサイズで表示します

金箔入りインスタントコーヒー
「金シャチ横丁限定」です
クリックすると元のサイズで表示します

こちらも限定販売
そっと押さえるだけで「どえりゃあ美人」になる、あぶらとり紙
クリックすると元のサイズで表示します

そして、絶対に飲みたくない「名古屋赤みそラガー」
クリックすると元のサイズで表示します

徳川さんの甲冑鎧兜も展示してあります!
「あ〜、名古屋」を実感!
初、名古屋!
クリックすると元のサイズで表示します

「そーいえば、名古屋と札幌のテレビ塔って雰囲気にてるよね」って言ったら…
わざわざ…見せてくれたの…
白…なんだ!これが赤なら…
札幌にいるのと錯覚する。っていうか、白でも十分錯覚した!
まるで、札幌の街中をドライブしてるみたい
クリックすると元のサイズで表示します

ほら、ノルべさも…笑
クリックすると元のサイズで表示します

で、次に連れて行ってくれたのが「徳川美術館」
…のカフェ。笑

美術品の鑑賞よりも…お茶。笑
クリックすると元のサイズで表示します

入口のお庭に、まだ少しだけしだれ桜が咲いていました
そして、羽織袴・白無垢姿の新郎新婦が目の前を歩いていきました。
とっても、とっても素敵でしたよ!
クリックすると元のサイズで表示します

美しい庭を眺めながら、色々おしゃべり…
私はリンゴのほうじ茶とごまのアイスとクリームブリュレ
クリックすると元のサイズで表示します

とっても美味しかったので、アップで!
クリックすると元のサイズで表示します

閉店時間になり、他のお客さまがいなくなったので…
店内の写真を撮らせてもらいました(許可済)
ここ、また行きたいなぁ〜
クリックすると元のサイズで表示します

周辺の町名も「徳川」でした…
クリックすると元のサイズで表示します

おまけ
モーニングスイーツ部
「金シャチ横丁」で買ったレモン味海老せんべい
クリックすると元のサイズで表示します

スッパサヤミツキ!
クリックすると元のサイズで表示します

ごんちゃんドライブ、続きます^^

おまけのおまけ
先月、とあることのお祝いにって…
同期のAちゃんが持たせてくれました^^
私の好きな「スズラン」からいただきました。

今年もスズランの季節がやってきましたね!
一年で一番好きな季節です。
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

2018/5/17

松阪市内その3  中部・東海そぞろ

「松坂市役所」は、かつて松坂城の追手門があった場所に建てられています。
「松浦武四郎生誕200年」の横断幕が掲げられていました!
出入口には老松も…
クリックすると元のサイズで表示します

「豪商の道」を歩きます。
5つの蔵を持つ「旧長谷川邸」
伊勢商人の中でもいち早く江戸に進出し、成功をおさめた松阪商人を代表する商家。
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

そのお向かいが「本居宣長宅跡」
宣長が12歳から72歳まで、60年間暮らした住居跡
(旧邸は、記念館横に移築)
宣長はここで医者を開業し日本の古典研究を行いました。
クリックすると元のサイズで表示します

今、ここに残る建物は長男・春庭の旧邸と本居家の土蔵
クリックすると元のサイズで表示します

門の横には、宣長が大事にしていた松も…
クリックすると元のサイズで表示します

本居宣長旧邸の筋向いに「見庵」(けんあん)
宣長が若かったころ、見庵という御典医が住んでいました。
母のかつさんは、宣長を商人にしたくて手を尽くしても本人に全くその気はなく…
見庵に相談したところ「それなら医者にでもしたらよろしかろう」と…
その後、宣長は京で医術を学び後に国学者に…と、小さな看板に書いてありました^^
クリックすると元のサイズで表示します

「松阪もめん手織りセンター」です
ここはかつての「三井家旧宅跡」昔ながらの機織り機で、機織り体験ができます。
「松阪もめん」の着物を着て(レンタルできるそうです)まち歩きするのも楽しそう!
こういう時は、女子旅が良いですね…
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

外にでると交差点角(「豪商ポケットパーク」)に、あのライオンが!
1622年に三井家始祖・三井高利が日本橋に開業した呉服店・越後屋が今の三越伊勢丹ホールディングスということで…三井家発祥のこの地に2018年に三越伊勢丹〜から寄贈されたもの…
「来遠像」(らいおんぞう)
「松阪と日本橋(三越)を結ぶシンボル」です!

松坂市は三井グループの祖、三井高利をはじめとする「松阪商人」を輩出した「商人のまち」。
天正16年(1588年)松阪城を築き松坂のまちを開いた蒲生氏郷は、商業の発展に特に力を注いだ武将であり、故郷の近江の国や伊勢から有力な商人を松坂に呼び寄せ住まわせました。
また、伊勢神宮への街道を引き込み、宿場町としても活性化を図りました。近江商人の心得は、売りてよし、買い手よし、世間よしという「三方よし」。三井高利をはじめとする松坂商人の精神にも、氏郷の施策で松坂に定住した近江商人の心得が浸透していのかもしれません。

このように全国からさまざまなヒト・モノ・情報が集まる交流拠点として商業が栄えた松阪。松坂商人は江戸へ進出し、特に上質な藍の縦縞が特徴的な松坂木綿が江戸で大流行したことで豪商として成功しました(パンフレットより…)

クリックすると元のサイズで表示します

このライオンにまたがり願いをかけると叶うのだとか…
「おいで、おいで…」
かじられたりして…ドキッ!(真実のライオン)
クリックすると元のサイズで表示します

そして「三井家発祥地」です
高利は、京都に拠点を移しましたが松坂にも木綿の仕入れ店と一族の一部がおかれ、江戸を通じて松坂の名家でした。呉服業と金融業で大成功した三井は、近代以降も東京を新たな本拠として発展を続け、現在の三井クループへつながります。
クリックすると元のサイズで表示します

「松阪商人の館」
屈指の豪商、小津清左衛門邸を公開。広い屋敷内は、江戸店持ち伊勢商人の知恵と文化を偲ぶことができます…とのことですが…
時間がないので見学はパス!

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

写真だけ、パッパと撮って宿に戻ります。
ちょっと気になった「油寅商店」
何屋さんだろ…
クリックすると元のサイズで表示します

「鶴の玉本舗」の古い看板
クリックすると元のサイズで表示します

お向かいに、お店があったので入ります。
老舗のお菓子屋さんですね。
前回紹介した「たつみ堂」さん
「鈴もなか」と、看板商品「鶴の玉」を買います
クリックすると元のサイズで表示します

店内に江戸時代からのお菓子の木型が飾ってあります。
古いものは、残念ながらピンボケ…
クリックすると元のサイズで表示します

で「鶴の玉」って、こんなお菓子です
蒲生氏郷の幼名「鶴千代」から名付けられたんですって!
クリックすると元のサイズで表示します

ふつーのおまんじゅう。
クリックすると元のサイズで表示します

そして「老伴」(おいのとも)で有名な「柳屋奉善」さん
天正3年(1575年)創業。440年の歴史あるお菓子屋さん!
松坂商人でもあり茶人でもあった三井高利が、白楽天の詩集の中から「老伴」(永遠に付き合えるお菓子という意味)の2文字を取り命名したという。
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

その並びにある「松治郎の舗」さんは、大正元年創業のはちみつ専門店。
期間限定サクラ味の「はちみつ最中」アイスをいただきました!
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

このテーブル…
ミツバチの巣箱なんです!
クリックすると元のサイズで表示します

同じく大正時代から続く、駄菓子屋「あいや」
おじさんが、手作りで駄菓子を作っているんです!
クリックすると元のサイズで表示します

駄菓子以外にも…
なわとび100円
クリックすると元のサイズで表示します

ソフトグライダー100円
その他、水鉄砲やシャボン玉なども…100円あったら買えました〜
クリックすると元のサイズで表示します


クリックすると元のサイズで表示します

「鯛屋旅館」さんに着きました。
荷物を受け取り、お礼を言って駅へ向かいます
クリックすると元のサイズで表示します

途中、荷物が重たくなり…
駅近くのコンビニで荷物を送りました^^
観光協会の皆さま方には、荷物を詰める袋の調達、またコンビニまで連れて行ってくれたり
親切に対応していただき感謝しています。
ありがとうございました!
クリックすると元のサイズで表示します

この後は、名古屋行きの急行に乗り途中のあの町で…あの方と待ち合わせです!
ようやく三重県とお別れです。
ダラダラ、ナガナガとごめんなさい…

おまけ
「老伴」って、こんなお菓子です
クリックすると元のサイズで表示します

最中の皮に、羊羹を流し込んだ…って感じ
クリックすると元のサイズで表示します

羊羹の表面は砂糖で固められています。
クリックすると元のサイズで表示します


これがね…
想像よりもはるかにオイシイ!
高利さんが「老伴」(永遠に付き合えるお菓子)って名付けた意味がわかったような気がしました。ケチらないで、もっと買えばよかったと後悔。
松阪へ行く方は「老伴」を買い忘れないように…
クリックすると元のサイズで表示します


2018/5/8

松阪市内その2  中部・東海そぞろ

鯛屋旅館
脱衣所壁の「鯛」汗
クリックすると元のサイズで表示します

朝食を終えたら、荷物を預けてもらい市内をぶらぶら…
まだ8時前…
クリックすると元のサイズで表示します

「美濃屋小路」ですって
この通り沿いに、本陣「美濃屋」があったらしい。
よくわかんない…けど、道狭すぎ…
クリックすると元のサイズで表示します

そして「殿町」をてくてく…
割烹旅館「八千代」見つけた!
全館が国の登録有形文化財に指定されてるんですって…
調べてみたら、1泊2食で20000円位から…
「鯛屋」さんよりは高いけれど、無理な金額ではないなぁ〜
庶民価格ではないけれど、記念日など特別な日にはいいかも!
メモメモ…

クリックすると元のサイズで表示します

どなたか存じませんが「原田二郎旧邸」汗
江戸時代から続く武士の住まいを表現しつつ、明治15年(1882年)に増築された箇所については、原田二郎が松坂に帰郷していた頃の間取りを再現している(パンフより)
で、原田二郎って誰?

それより、これより…
「まつさか」の表記は、明治22年(1889年)の町制施行で「松坂」から「松阪」になったそーですよ。そーなんだ。
クリックすると元のサイズで表示します

その、誰だかわからない原田さんちが生垣に隠れて見えないのよ…
背伸びして写真撮ってたら…
学ラン着た男子高生に「不審者扱い」の目で、チラチラ見られてしまいました…
だよね〜
クリックすると元のサイズで表示します

その近くに「松阪工業高校」です
クリックすると元のサイズで表示します

ちょうど登校時間…
高校生が男子ばかり、ぞくぞくとこの門の中へ…
紛れ込んでも、すぐにばれますね…

入ってすぐの、この建物が見たかったの。
「スミマセン…写真をパパっと撮ったら、すぐに帰りますので…失礼しま〜す!」

と、心の中でつぶやいてパチリ!パチリ!

明治41年(1908年)建設の「旧三重県立工業学校製図室」
「赤壁(せきへき)校舎」
当時、実験に使う硫化水素の影響で建物の塗料が黒く変化すると考えられていたそうです。そこで、校舎の外壁は変色しない硫化水銀(朱)で塗られていたとのこと。

唯一の「赤壁」

へへ〜!でしょ?
クリックすると元のサイズで表示します


クリックすると元のサイズで表示します

それにしても、お隣さんとの間が…せまっ
クリックすると元のサイズで表示します

「松阪神社」
蒲生氏郷が松坂城を築いて以来、この辺りの鎮守の神様として代々の城主が信仰してきた神社
クリックすると元のサイズで表示します

「御城番屋敷」(ごじょうばんやしき)
城の警護をまかされた紀州藩士とその家族が住んでいた武家屋敷。
文久3年(1863年)に建てられたもので、国の重要文化財に指定されています。
1軒だけ見学できるのですが…10時開館ということで諦めます。
その他の建物は、実際に今も住宅として利用されているようでした。
なので、静かに通行しましょう…
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

「米倉」(こめぐら)…涼子…汗
クリックすると元のサイズで表示します

そして、いよいよ国の史跡「松坂城跡」(松阪公園へ)
石碑が、かしがってます…?
多分、気のせいです。多分…
クリックすると元のサイズで表示します

立派な石垣!
あと数日早ければ、桜が見事だったのに…
残念…
階段をのぼります

正直、けっこう足が疲れます…
クリックすると元のサイズで表示します

と…「本丸跡」に…
クリックすると元のサイズで表示します

見事な椿がありました!
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

散ってもきれいでした!
クリックすると元のサイズで表示します

城跡から眼下を眺めると…
先ほどの「御城番屋敷」(ごじょうばんやしき)

つい歌いたくなりますね…
♪わったしの〜じょ〜かまち〜〜(知ってる?)
クリックすると元のサイズで表示します

そして「鈴屋」(本居宣長旧邸)
クリックすると元のサイズで表示します

かすんでいて、遠くの山は見えず…
クリックすると元のサイズで表示します

にしても…ここ、危ない!
柵がないので、間違って足を滑らせたらアウト!
夜は特に注意です(小さなお子さんも)
写真撮りながら、ドキドキししちゃった!
クリックすると元のサイズで表示します

緑がとてもきれいでした。
クリックすると元のサイズで表示します

常緑樹の松!松阪の「松」です!
クリックすると元のサイズで表示します

こちらもよくわかりませんが「梶井基次郎」の石碑
なんだったっけ、文学碑?
とりあえず、後で調べようと思って写真だけ写しましたが…
調べるのが面倒になりました。
気になる方は、自分でググってくださいね…汗
クリックすると元のサイズで表示します

「本居宣長旧宅 鈴屋」(国特別史跡)
見学です…
クリックすると元のサイズで表示します

本居宣長が12歳から72歳まで住んでいた家。
明治42年(1909年)に魚町(鯛屋旅館の近く)からコチラ(松坂城跡)に移築されています。
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

宣長の本業は医者。
当時、医者は往診が主ですが、直接やってきた人は「店の間」で診察しました。

ここ「中の間」は、客人の待合室にも使われたとのこと
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

「階段の間」(3畳の間)
書斎「鈴屋」へ続く階段です。(現在の階段は後からつけられたもの)
実際に用いた階段箱。下から3段が散り外せるようになっていて、箱階段の段数は7つ(これは1段少ないのです)宣長はこの急斜面で不安定な階段を72歳で亡くなるまで毎日上り下りしていたとのこと…

これまた残念ですが…
階段をのぼるのは禁止…ということで「鈴屋」は見学できませんでした。
4畳半の狭い部屋で「古事記伝」を完成させたお部屋です。
クリックすると元のサイズで表示します

「奥の間」
旧宅の中で一番広い部屋。宣長がお弟子さんたちに授業する部屋。
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

「本居宣長記念館」も見学しました。
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します
「鈴屋」の写真と「柱掛鈴」
クリックすると元のサイズで表示します

勉強に疲れた時に、リフレッシュするために鳴らした鈴
クリックすると元のサイズで表示します

宣長について、小学生にもわかりやすい展示の仕方…
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

一応…
全部のパネルをパタパタめくり、写真に撮りました^^
これで私も「宣長ツー」


さて、そろそろ旅館に戻ります。
もちろん、途中寄り道しながら(小学生か)…

「松坂城跡」
クリックすると元のサイズで表示します

こちらにも「松坂城跡」
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

足元にも「松坂城跡」
クリックすると元のサイズで表示します

おまけ
「モーニングスイーツ部」

「鈴もなか」(たつみ堂)
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

2018/5/7

松阪市内その1  中部・東海そぞろ

この日の宿は、創業230年の「鯛屋」さん
松坂旧参宮街道沿いにある、かつての旅籠です。
クリックすると元のサイズで表示します

まずは、荷物を部屋に置かせてもらい…
お茶で一服

そして、夕食時間まで松坂市内をぶらぶらすることにしました。
クリックすると元のサイズで表示します

いきなり「樹敬寺」です
なぜかといえば、あの「古事記伝」を完成させた国学者、本居宣長のお墓があるから…汗
クリックすると元のサイズで表示します

お墓の中をウロウロ…
お墓参りをしている女性に訪ねると…
「そういえば、こっちの方に…」と案内してくれました。
1枚、撮らせていただきました…汗

息子・春庭夫妻の墓はよくわかりませんでした…
クリックすると元のサイズで表示します

マンホールは「鈴」

なぜなら、本居宣長は「鈴」が大好き!
書斎の柱掛鈴(はしらかけすず)を鳴らし、気分転換をしていたそうで、書斎の名前も「鈴屋」(すずのや)。翌日、見学してきました^^
私も行き詰まった時に、鈴を鳴らしてみようかな〜
チリン〜チリン〜♪
クリックすると元のサイズで表示します

門だけですが「来迎寺」
北畠氏が松ヶ島に建てたお寺。松坂城築城に伴いここ白粉町に移築。享保元年(1716年)に焼失しましたが、三井家の支援で復興しました。(大財閥・三井家ゆかりのお寺)この門だけが、家事で焼け残ったのかな〜??一応パチリ
クリックすると元のサイズで表示します

「朝日軒本舗」さん
老舗のお菓子屋さん。明治末創業…で、有名な銘菓もあるそうなんですが…
お店の方が、チラチラこちらを見るんですが先客とずーっと会話…
で、買わずに店を出る(どうせ、少ししか買わないしね…)
クリックすると元のサイズで表示します

その近くに「小津安二郎青春館」
とってもレトロな外観です…
小津安さんて、有名な映画監督だったのでですね・・・
松坂市で9歳から19歳までをすごしたそうです。
せっかくなら…と、見学する気まんまんで遠くまで歩いてきましたが…
「休館日」でした。
いつものことです。
休館日おんな…

写真が、かなりナナメってます…
(これも、いつものこと)
クリックすると元のサイズで表示します

「愛宕山龍泉寺」
火の神をまつるお寺。三門は、県の文化財にしていされているそうです。
クリックすると元のサイズで表示します

近所の公園の藤が、とてもきれいで…しばし見とれます。
北海道もそろそろですね。
クリックすると元のサイズで表示します

最後は「八雲神社」
ところが、近くのはずなんですが、ぜんぜんたどりつけません。
そこで、通行人に聞いたら…
近道をして連れていってくれました!

こりゃ、わからんわ…

こんな脇道を、色々と〜
クリックすると元のサイズで表示します

あちこち歩いて…
クリックすると元のサイズで表示します

パッ!と目の前に現れました「八雲神社」

三重県民は、皆さん親切です^^
ありがとうございました!

蒲生氏郷によって松ヶ島白から遷社されたお社とのこと。
宝暦12年(1762年)、拝殿の建て替えの時に、本居信長と門人達が奉納した二巻の百首歌が最近発見されたそうです。
クリックすると元のサイズで表示します

19時に夕食をお願いしていたのですが…
この時すでに18時過ぎです。
夕食前にお風呂にも入りたいし…ということで、急ぎ足で旅館に戻りました。
クリックすると元のサイズで表示します

8畳間。
なかなか落ち着けるお部屋です。
お風呂は温泉ではありませんが、足を伸ばせて入れるサイズの湯船にシャワーが2つ。
内側から鍵をかけて貸切風呂になります(そうして下さいと、言われます)
ジェットバスで背中と足の裏をマッサージ…
いい〜湯でした。
クリックすると元のサイズで表示します

浴衣に着替えて、松阪牛を食べます。
ほんとは、宿代をケチり…
駅前の素泊まりビジネスホテルを探していたんですが…
SYUが一言「松阪市に行って牛を食べないなんて…」

それもそうだよな〜
今度、いつ行けるかわからないし…
と、どどーんと松阪牛300グラムのすき焼…
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


おねーさんが、1枚、1枚焼いてくれるんです…
松阪市のすき焼は、味付けは砂糖と醤油のみ。
すき焼きというよりは…「牛の鍋焼きジュージュー」
クリックすると元のサイズで表示します

こんな感じ…
タマゴを絡めていただきます。
クリックすると元のサイズで表示します

量が多すぎて…
ごはんが入りません。
一応、アルコールを頂きながらすき焼きを堪能しましたが…
堪能し過ぎて、お腹が痛くなりました(食べすぎですね)

味噌汁のことを「赤だし」って言ってました
「そろそろ、赤だし出しますか?」みたいな…
けれど、1人で食べるすき焼きほどつまらないものはないですね…
お肉をお土産で送り、やっぱり素泊まり格安宿で良かったかも…
次回はそうします。
クリックすると元のサイズで表示します

多分、この日は21時には寝てたと思います…汗
で、朝食です。
ちょうどいい量でした。まる
クリックすると元のサイズで表示します

お漬物のお皿も「鯛」柄でした
クリックすると元のサイズで表示します

おまけ
なんとこの日は「33149」歩も歩いていました…
自分よ、おつかれさまでした…
クリックすると元のサイズで表示します

伊勢市宿→月夜見宮→外宮→猿田彦神社→内宮→おはらい通り→古市街道→松浦武四郎記念館→松阪市内→宿

疲れた…

おまけのおまけ
「モーニングスイーツ部」
「サッポロ珈琲館」桜のフフィナンシェ
義弟さんからいただきました^^
クリックすると元のサイズで表示します


2018/5/4

念願の…  中部・東海そぞろ

旅の目的はここ「伊勢中川駅」
そう、松浦武四郎生誕200年、北海道命名150年の年だもの
「松浦武四郎記念館」を見学しなくちゃね。笑

旅の作戦を練っている時に、ふと気が付いたの。
もしや「松浦武四郎記念館」は月曜日休館日?って…
たいてい、記念館、美術館、博物館は月曜休館日が多いので、調べてみたらピンポン!でした。

旅行初日が月曜日。
午前中に名古屋に着くので松坂市に直行し、半日かけて記念館を見学…という計画は即白紙に。

なので着いてすぐ「河崎市」をサイクリング!
でも、伊勢に泊り神宮参拝しないのもな〜ってことで、翌日早朝から神宮参拝したってワケ。
結局のところ、予定にない旧街道まで歩いちゃって時間カツカツ状態になったってワケ…
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

時間帯が良かったのか〜
1日に数本しか走らないコミュニティバスにタイミング良く乗れて、200円で「武四郎の生誕の地」まで行くことができました!ついてるーー!(でなけれはタクシー)
クリックすると元のサイズで表示します

到着です!
バスを降りた途端に、黄色い法被姿の男性3人?が「こんにちはー!」とお出迎えです。
「どこから来たの?」
「北海道です!」
皆さん、笑顔でウエルカム!

「主屋」
武四郎の兄、佐七が家督を継いでから、武四郎の父母、兄、佐七の家族が暮らしてきた家。
武四郎は16歳で家を出て江戸へ一人旅をした後、17歳から日本各地を巡り歩き、19歳で四国八十八カ所を巡礼、20歳で九州1周へ。
はじめは中国やインドへ行こうとしましたが、鎖国のために断念。長崎で蝦夷地の危機を知り26歳で9年ぶりにこの家に戻り、すでに他界していた父母の(母屋)仏壇に手を合わせ、四国・九州の旅行記をまとめたあと、27歳で再び家を出て蝦夷地へ向かいます(パンフより、ほぼ抜粋)
クリックすると元のサイズで表示します

「土蔵」
明治時代に建てられm長く武四郎に関する資料が保管されてきた蔵。
その資料が当時の三雲町(小野江町)に寄贈され、平成6年に記念館がOPEN
クリックすると元のサイズで表示します

母屋のかまどなどは、家相図に基づいて、武四郎の生きた時代に一部復元したとのこと。
奥に見える樽は「お風呂」だそうです
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

「仏壇」は当時のものです。
この前に武四郎が座り、ナㇺナム…して蝦夷地へ旅立ったのですね。
クリックすると元のサイズで表示します

家の前は「伊勢街道」で「おかげ参り」の旅人が頻繁に行き交った道。
武四郎が13歳の時は、60年に1度の「文政のおかげ参り」。
1年に500万人以上もの旅人が家の前を歩く姿に刺激をうけ、旅を志すようになったそうです。

また、前の通りがかぎ型になっているので、誰が来たのかこの小窓からわかるように・・・という小細工も。かつては郵便局として使用されたこともある建物なのだそうです
クリックすると元のサイズで表示します

松浦武四郎は、江戸後期の文化15年(1818年)に三重県松阪市小野江町に生まれました。17歳から全国をめぐる旅に出て明治21年に71歳で亡くなるまで、沖縄以外の日本各地を歩いた「旅の達人」。
幕末に、ロシアとの緊張関係にあった蝦夷地を6回にわたり調査し、その成果として調査記録と地図を残したほか、明治維新には政府で開拓使の判官を務め、北海道の名前につながる道名や国名、郡名などの選定に携わり「北海道の名付け親」と呼ばれています(パンフより、ほぼ抜粋)

これは「開拓使判官」になった時の燈篭
「判官」の文字も確認できます!

と、詳しく説明して下さった黄色い法被のこの方こそ
なんと「松浦」さんと申しまして…
松浦家の本家の子孫でいらっしゃいます!

そう言われてみると…
お顔がソックリです!

北海道から、しかも1人で訪ねた私を歓迎して下さり、とっても親切に案内して下さいました!
クリックすると元のサイズで表示します

この後、法被を脱いで(笑)案内してくれたのが裏のお寺「真覚寺」
ここは、武四郎のお母さまのご実家で、なんと!あの金田一京助もすみかにしていた場所。
武四郎は、金田一京助が境内に植えた「桜」の木の側で生まれたのだそうです。

武四郎は7歳の時に、ここの来応和尚から「読み書き」を学んでいます。
クリックすると元のサイズで表示します

来応和尚のお墓もありました。
クリックすると元のサイズで表示します

誕生地とお寺は隣り合わせです
クリックすると元のサイズで表示します

ちょうど、その中間に金田一京助が植えた桜がありました!
根本から横に大きく枝を伸ばしています。
花はもう終わっていました(訪ねたのは4月10日)残念。
クリックすると元のサイズで表示します

その後、記念館まで松浦さんが歩いて案内して下さいました。
小野江小学校プール横の壁画です。
平成17年に6年生が、卒業記念に描いたものです。
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

武四郎が生まれてから亡くなるまでをイラストにしています。
クリックすると元のサイズで表示します

「なんじゃもんじゃの木」って、なんじゃ?
「ヒトツバダゴ」っていうんですって!
ちょうど今頃(5月上旬)きれいな白い花が咲くのです。
見てみたい!
クリックすると元のサイズで表示します

誕生地から記念館までのルート沿いに、エゾヤマザクラが植林されています。
平成19年〜22年にかけて、北海道新聞社が行った「北海道千本桜運動」で、計35本のエゾヤマザクラの苗木が寄贈されたのだそうですよ。
クリックすると元のサイズで表示します

看板の前で、写真を1枚撮らせていただきました
クリックすると元のサイズで表示します

「松浦武四郎記念館」です
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

ここと…
クリックすると元のサイズで表示します

ここの前で、松浦さんと私の2ショット(3ショット?)で記念写真を。笑
最初は遠慮していた松浦さんですが…そのうちに「せっかくなら、この前いい」と。笑
クリックすると元のサイズで表示します

展示物やVTRをジックリと見学。
旅行家、探検家。出版者、学者…多芸多才の武四郎の生涯を学びます。
武四郎が70歳になり、体力的にもう全国行脚は無理と思った時に、全国の寺などから贈られた古材で建てた「タタミ1畳の書斎」の再現もありました(本物は国際基督教大学にあります)
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

アイヌの人たちの良き理解者でもあった武四郎。
帰宅してから、真っ先にタロが言うんです「松浦武四郎のパンフレットないの?」って…
実は興味があると…
え??

江戸時代の儒教の教えを受けた人が、なぜアイヌの人たちを理解しようとしたのだろう…。当時あった偏見感覚(ごめんなさい)から離れて、その頃の常識外のことを発想する・知ろうとする…その感覚が素晴らしいと思うって。

パンフレットにあった「たぐいまれなる知識欲と冒険心…」の文字。

知的好奇心が人一倍豊かで、健康な心と体を持ちあわせていたのだと思います。
武四郎がもう少し長く開拓使判官を務めていたら…
今頃、どんな北海道になっていたかな〜

松浦さんには大変お世話になりました。
ありがとうございました!
クリックすると元のサイズで表示します


コミュニティバスが来ました!
伊勢中川駅へ戻り、松阪駅へ移動します。
クリックすると元のサイズで表示します

この日の宿泊は「松阪市」です。
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

おまけ
この日の宿の部屋菓子
クリックすると元のサイズで表示します

旅日記、まだまだダラダラ続きます…

2018/5/2

古市参宮「街道をゆく」  中部・東海そぞろ

伊勢旅日記、終わりそうにありません…
写真の枚数も多すぎて…
ここにUPしただけで、途方の無い枚数にギブアップ気味
読む方も疲れると思うので、テキトウにパラパラ(本じゃないか…)して飛ばしてってくださいね。汗

で「古市参宮街道」を歩きました。
昔から伊勢神宮は外宮から内宮の順で参拝をするのが習わし。
外宮から内宮への道は、明治時代に天皇行幸のための「御幸道路」が整備されるまでは、この「古市参宮街道」と呼ばれた尾根伝いの道、1本しかなかったそうです。

古市の街は妓楼や芝居小屋が並び、お伊勢参りの人で賑わいをみせ、参拝後の「精進落とし」として栄えたのです。最盛期には江戸の吉原・京都の島原と並ぶ「3大遊郭」としても知られ、なんと「東海道中膝栗毛」の弥次さん喜多さんも歩き宿泊しています。


江戸時代の「お伊勢参り」は、現代人がNYに行くよりもハードルが高かったのだとか…?
それだけに、参拝後の「古市街道」はパラダイス(精進落とし)だったに違いがありません(って、色々教えてくれたボランテイアガイドさんがボソッと話していたの…パラダイス!パラダイス!夢のパラダイス!)わくわく…汗

「宇治惣門跡」碑
よくわかりませんが…明治維新までここに番屋があったとのこと。汗
クリックすると元のサイズで表示します

いきなりの上り坂…
「牛谷坂」ですって…
花びらがすべて落ちてしまった桜を仰ぎ歩き始めます。
クリックすると元のサイズで表示します

わりとすぐに「伊藤小波美術館」
このお方、猿田彦神社の宮司の長女さんですって。京都で絵画の修業をされたそうです。「明治28年ごろには四条派の流れをくむ伊勢の画家、磯部百鱗に師事し、歴史的人物を好んで描いた。上松松園に次ぐ女性画家として有名である。帝展に数々入選する」とパンプに書いてありました。
後で訪ねた資料館でも「美術館へ行ってきましたか?それは残念でした」と館長さんに言われました。
クリックすると元のサイズで表示します

ね、結構な坂でしょう…
クリックすると元のサイズで表示します

時間がない割には、遠回りして「桜木地蔵」を見てきました。
途中、2人の方に道を聞きながら…
クリックすると元のサイズで表示します

まるで迷路のような、こーんな細い道を歩き…
クリックすると元のサイズで表示します

みつけました「桜木地蔵」
「出世地蔵」として有名だそうで…江戸時代に大岡越前守忠相が山田奉行の時にお参りして、徳川吉宗に見いだされ江戸南町奉行に出世したそうです。また三重ノ海や武蔵丸も毎年参拝して横綱になったそうですよ!「旭大星」も、ここで毎年お参りすると良い…かも。
クリックすると元のサイズで表示します

いつものようにトイレを我慢していたので、次へ急ぎます…
旧街道は、道が狭い…
路線バスも走っています。バスの運転手さんはこのルートのダイヤを把握しているので、余裕で走行ですね…笑
クリックすると元のサイズで表示します

本来ここから「月読宮」方面へ向かう道が「旧街道」
「神宮」125の宮を全制覇するには…何日かかるのかなぁ〜
クリックすると元のサイズで表示します

交差点の向こう側に「古市参宮街道資料館」が見えてきました。
見学の予定はなかったんです。
「麻吉旅館」だけ写真に写したら、バスで駅に向かう予定でしたから…
でも、トイレに行きたいのと入館料無料でしたので入ることに…

大正解でした。
ものすごい資料が満載です!
クリックすると元のサイズで表示します

交差点の看板
「おはらい通り」でボランテイアガイドさんに声をかけてもらわなければ…
猿田彦神社前から路線バスで「五十鈴川駅」へ向かっていたはず…

簡単に予定を変更できるのも一人旅の良いところ。
相手がいると…そういう訳にはいかないものね。
だから旅は「ひとり」に限ります…私の場合。汗
クリックすると元のサイズで表示します

中に入ると、いきなりこのパネル
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

明治時代の人気芸者さん
クリックすると元のサイズで表示します

歌川広重の「お伊勢参り之図」安政2年(1855年)
クリックすると元のサイズで表示します

農作業が終わり新年を迎えるころ、檀家の多くは「構」と呼ばれる団体を組織してお伊勢参りに出かけます。ただ、誰もが行けるわけではなく、くじ引きなどで決まった村の代表者が参宮し「代参」と呼ばれていました。
その他「抜参り」がありました。女性や子どもが中心になり、夫や親に内緒でお伊勢参りに出かけるのです(私よりもイケマセンね…夫に内緒で旅行だなんて。笑)
「抜参り」の人々は、白衣をまとい、腰に柄杓、頭にすげ笠という姿…手形や十分なお金がないままでかけても、旅の途中にある家々が食べ物や宿泊場所を与えて世話をしてくれたそうです。
その通行手形代わりになった「柄杓」です。お伊勢参りを終えた若者を一人前の大人として認める地域もあったそうです。

当時は柄杓を見せると「お伊勢参り」と認められ、関所を通過でき、街道ではごはんや水を無料で頂けました。
クリックすると元のサイズで表示します

「おかげ犬」と柄杓をもった童子(外宮前参道でパチリ!)
クリックすると元のサイズで表示します

江戸時代になるとお伊勢参りが民衆の間に広まり、全国各地から人々が押し寄せます。60年に1度「おかげ参り」といって、特に多くの参拝者で賑わったそうです。

「古市三大妓楼」(備前屋・油屋・杉本屋)をはじめ、70余りの妓楼があり、遊女千数百人を数えたそうな…

中でも古市で最も古く創業し、大正時代まで妓楼の代表格として名を馳せたのが「備前屋」。
「伊勢音頭」はじまりの場所でもあります。
志賀直哉の「暗夜行路」の主人公、時任健作が、お伊勢参りをした時に伊勢音頭を観たのが「備前屋」とのこと。
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

「杉本屋」
杉本屋は旅館も併設。何百人も泊れる宿泊施設を構えていましたが、江戸末期の3階建て木造建築物は昭和14年の火事で「備前屋」と共に焼失しています。

屋号は「菊紋」
後に菊花は皇室の紋章に制定され、一般人の使用は禁止されます。
クリックすると元のサイズで表示します

そして「油屋」といえば…歌舞伎「伊勢音頭恋寝刃」のモデルとなった「油屋騒動」の舞台…
1796年(寛政8年)27歳の医師、孫福斉が、油屋のなじみの遊女お紺をめぐり嫉妬…3人を斬り6人を負傷させた事件。その話はすぐに大坂に伝わり主人公の名を福岡貢として、歌舞伎「伊勢音頭恋寝刃」がつくられ上演されたとのこと。今も人気の演目です。
事件後に斉は自ら命を絶ち、お紺は生き延び49歳で亡くなったそうです。

こちら「油屋」の物。
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

そして「伊勢音頭恋寝刃」の錦絵

伊勢で歌舞伎が上演されるようになったのは、寛永年間(江戸初期)で、江戸、京、上方に次ぐ繁栄をみせていました。古市界隈には2棟の常設芝居小屋があり、特に上方役者にとっては登竜門として、また、主要な興行地としての位置を占めていました(パンフより)
クリックすると元のサイズで表示します


クリックすると元のサイズで表示します


また、旅館の資料も…
ありました!「麻吉旅館」
にしても、今も営業してるっていうのがスゴイですよね…
クリックすると元のサイズで表示します

かつての古市の街なみ
クリックすると元のサイズで表示します

そして、今の街なみ
クリックすると元のサイズで表示します

さて、再び旧街道を歩きます…
「寂照寺」
徳川家康の孫、千姫をおまつりした寺。1670年に建てられましたが荒れ放題…。立派に建て直したのが月僊(げっせん)上人。今のお堂は明治23年に建立
クリックすると元のサイズで表示します

絵を売り寺を再建・貧民救済に尽くした月僊(げっせん)上人像
クリックすると元のサイズで表示します

ようやく「麻吉旅館」さん
1851年創業。崖の上に建てられているので2階建てにみえますが、実は5層6階の建築です。十返舎一九の「東海道中膝栗毛」にも登場します。かつては20人余りの芸者を抱ていました。県下でも指折りの料理店、伊勢音頭の舞台も備え、浮世絵にも描かれています。

泊ってみたかった…
やはり、事前の計画不足でした。
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


ここまで来たら「宇治山田駅」(外宮近く)まで歩くしかありません。

「長峰神社」
芸能の神様「天鈿女命」(あめのうずめのみこと)がまつられています。歌舞伎役者も参拝しているそうです。芸子さん達も通っていたのかな〜
クリックすると元のサイズで表示します

ちょうどこの辺りが一番の高台かな〜
クリックすると元のサイズで表示します

跨線橋を渡ります。
近鉄線です。

街道が丘陵地に多いのは、大雨の際に水がたまらないように…だそうです(ボランテイアガイドさんが教えてくれました)^^
クリックすると元のサイズで表示します

跨線橋のたもとにありましたよ「油屋跡」
ここが、殺傷事件の現場です…怖い。ぶるぶるっ
クリックすると元のサイズで表示します

更に道が二手に分かれますが…そのまま直進し郵便局をかわすと〜
クリックすると元のサイズで表示します

自動販売機の影に「古市芝居跡」
クリックすると元のサイズで表示します

坂道を少し下ると…
「備前屋跡」
「伊勢音頭」発祥地ですね!
クリックすると元のサイズで表示します

どんどんどんどん坂道を下ります
自分でも「なんでそんなに元気なの?」と不思議になるくらい小走り…
クリックすると元のサイズで表示します

「お杉とピーコ」ではなく「お杉お玉の碑」???
江戸時代、間の山(尾部坂)の途中に多くの女芸人がいて、中でも「お杉とお玉」は三味線に合わせて歌い参宮人の投げ銭をうまくかわして評判に!
すごいな〜「碑」に名前が残る女芸人さん!
クリックすると元のサイズで表示します

そして、このバス停の向かい側「旅館藤屋跡」
あの弥次さん喜多さんが泊った宿屋跡です。
クリックすると元のサイズで表示します

「寿巌院」
行ってみました…
頑張って、階段をのぼってみましたが…
クリックすると元のサイズで表示します

急にくたびれて(おっかなくなって)引き返します
クリックすると元のサイズで表示します

向かい側に「妙見堂跡」の碑も見えますが…
行きません…
階段を見た途端にギブアップ〜
クリックすると元のサイズで表示します

「勢田川」を渡り、急ぎ足で「伊勢山田駅」を目指します
クリックすると元のサイズで表示します

橋のたもとには、立派な「案内板」も設置。
本来は、伊勢山田駅から逆パターンで内宮参拝をするんですよね…
なんともちぐはぐですが…
一応、早朝に「外宮」から「内宮」の参拝を済ませた…ということで許してもらいましょう。
クリックすると元のサイズで表示します

とてもレトロで大きな「伊勢山田駅」にビックリ!
クリックすると元のサイズで表示します

時、すでに13時…
急にお腹も空きました…ということで、駅構内のファミマで「手巻きおにぎり」を1本買い列車が来るのを待ちます。ベンチ座り食べます…へへへ
クリックすると元のサイズで表示します

次は、いよいよ今回の旅のメイン!あの町へ(え?「伊勢神宮参拝」がメインじゃなかったの?)テヘッ

面白くもない文章を、長々と…
根気よく読んで下さりありがとうございました。

次回、もし「伊勢神宮」への旅が叶うなら…
「麻吉旅館」か「御師の宿」に宿泊してみたいと思います。

おまけ
モーニングスイーツ部

ある日のお茶菓子
まさかの「絲印煎餅」と、両口屋さんの「志なの路」(「旅まくら」が有名ですね)
クリックすると元のサイズで表示します

お土産に外せないのが、やっぱり「赤福さん」
帰りに中部国際空港で買いました。
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


2018/4/29

内宮参拝と「おはらい通り」  中部・東海そぞろ

「思いつき1人旅日記」まだまだ続く予定なのですが…
毎日、飛んで歩いてばかりで…なかなかUPできません。ごめんなさい

「一生に一度はお伊勢参り」
ようやく「内宮」(皇大神宮)の参拝です。
ここは、あらゆる生命をはぐくむ太陽にもたとえられる神「天照大御神」(あまてらすおおみかみ)(皇室の祖)をまつっています。

今回はちゃんと、宇治橋鳥居をくぐり順番に宮内へ…
広い敷地で自然豊かで、気持ちのいい空間でした。

クリックすると元のサイズで表示します

鳥居をくぐり、五十鈴川にかかる「宇治橋」を渡ります。
3枚目の板をふむと「金運UP」とのうわさを聞いて…ふんできました。笑
クリックすると元のサイズで表示します

途中、川を覗くと…
20年おきに橋をかけ替える時の柱でしょうか?
クリックすると元のサイズで表示します

日本一の長さの木橋とのことで、景観もすばらしいです。
クリックすると元のサイズで表示します

ここから、御神域に入ります
「大正天皇御手植松」(たいしょうてんのうおてうえのまつ)を横目に、まずは「手水舎」へ
ツツジがきれいでしたよ(4月10日です)
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

そして「五十鈴川御手洗場」へ(いすずがわみたらし)
参拝する前に心身を清める場所…
川岸の石畳は、綱吉の母が寄進したものだとか…
時間帯が良かったのか、誰もいません…
清らかな五十鈴川の流れに新緑…小鳥達の平和な会話を聞きながらリフレッシュです。

誰か人が来るまで、しばらくここでたたずみます。
15分位はいたかな?
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

団体様が来たので、移動しました。
クリックすると元のサイズで表示します

もう1つの橋を渡ると…
クリックすると元のサイズで表示します

「風日祈宮」(かざひのみのみや)です
風の神をまつる別宮。
クリックすると元のサイズで表示します

そして、五重の垣根に囲まれた「正宮」(しょうぐう)
礼礼、パンパン、礼…ですね。
クリックすると元のサイズで表示します

巨大な石もありました
クリックすると元のサイズで表示します

巨木も生い茂ります
クリックすると元のサイズで表示します

カップルが仲良く巨木にタッチ!
クリックすると元のサイズで表示します

私も、1人でそーっとタッチ…
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

「荒祭宮」(あらまつりのみや)
天照大神の荒御魂をまつる別宮とのこと…
難しすぎて、果てしなく広大無辺すぎて…私にはよくわかりません。
クリックすると元のサイズで表示します

「参集殿」という休憩室でお茶をいただきます。
「皇室の祖」をおまつりするとのことで、こんな本も。
五十鈴川の向こうの林には「日の丸」も揚げられていました。
クリックすると元のサイズで表示します

観光バスの御一行様ともすれ違いました。
下車誘導で歩く距離が長く、三重県のバスガイドさんも大変です…
「おつかれさまです」って、つい言っちゃいそうになりました…
あわてて口を抑えます。
クリックすると元のサイズで表示します

最後に、子授け、安産、子育ての信仰「子安神社」(こやすじんじゃ)へ
もう、無縁ですが…
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

そして、いよいよ「おはらい町通り」へ
江戸時代、五街道が整備されると庶民のお伊勢参りが増え、60年周期で「おかげ参り」の参拝ブームになったのだそうです。
クリックすると元のサイズで表示します

「岩戸屋」さん
この辺りの老舗の土産物屋…って感じがしますね〜
クリックすると元のサイズで表示します

「みたらし花子のソフトクリン」笑
とりあえず、パチリ!
クリックすると元のサイズで表示します

表通りを外して、小さな小路に入り写真を撮っていたら男性に声をかけられました
残念ながら、ナンパではありません…
「さっきから、古いものばかり写真に撮ってますね」って…
この界隈を案内する専門ガイドさんでした。
今回なぜ伊勢神宮を旅することにしたのか…そのことを説明したら…
「式典遷宮」のことや、今のツアコンの始まり?「御師」のことなど…
色んなことを教えてくれます^^(私は必死にメモメモ…)
「いやー、時間が足りない」って…
このあと、お客さまとの約束の時間があり、その時間ギリギリまで資料や地図をくれて案内してくれました。

本当は「おはらい町」「おかげ横丁」をじっくりみて、五十鈴川駅から次の町へ移動する予定だったのですが…

「実はこの近くに、昔の街道(古市街道)があり沿線にかつての遊郭が残ってる」なんて言われたら…素通りなんてできません。

その地図をもらって、もう歩く気まんまんです!

クリックすると元のサイズで表示します

しっかりとお礼を述べて…
後姿をパチリ!と写真に写し…お別れしました。
今回も「人」に恵まれた旅になりました。
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

その前に、次の作戦を練りながら朝ごはん!
「寄ろう」と決めていた「五十鈴カフェ」さんで数量限定「モーニングセット」を
クリックすると元のサイズで表示します

これで500円ちょっと?
なんと、十勝「しんむら牧場」の「ミルクジャム」付です!
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

五十鈴川を眺めながら飲むコーヒーは格別!
天気の良い日は、オープンテラスも!
クリックすると元のサイズで表示します

2階の渡り廊下(通路)を歩くと喫煙者用の席があります!
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

写真を撮っていたら「そこに立って」と、お店の方が店内の色んな場所で私を写してくれました。コーヒーもパンも美味しく安く、お店の雰囲気もいいし、店員さんも優しいし…
ここ、おススメ!また、行きたいです。
クリックすると元のサイズで表示します

外に出ると、「手ごね寿司」のお店もオープン!
クリックすると元のサイズで表示します

地酒屋さんに…
クリックすると元のサイズで表示します

おみくじ付きATMのある「第三銀行」
クリックすると元のサイズで表示します

「おかげ横丁」も、ちょこっとのぞきます!
クリックすると元のサイズで表示します

「お伊勢参り」ができなかったご主人に代り、御師にお世話してもらいながら犬がお参りを果たしました。「おかげ犬」です^^

ワンコグッズにニャンコグッズもたくさん販売されています。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

ここにも宝くじ売り場…
クリックすると元のサイズで表示します

「ねむりネコ」がいましたよ〜
クリックすると元のサイズで表示します

このカエルを触ると…ご利益あるとか?
無事に旅を終えて帰れるように、一応カエルの頭をナデナデ
クリックすると元のサイズで表示します

お茶屋、だんご屋、うどん屋、肉屋…
美味しいお店もたくさんありますが、すべてパス!
「古市街道」を目指します。汗
クリックすると元のサイズで表示します

「五十鈴茶屋」で「おかげ犬サブレ」を買って…
クリックすると元のサイズで表示します

ここも昔の御師の館かな?
豪邸を写真におさめて・・・
クリックすると元のサイズで表示します

「いばら饅頭」も「へんば餅」も「利休まんじゅう」屋も素通りして〜
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

「猿田彦神社」を目指します。
神社の横道から「古市街道」が始まるのです!
クリックすると元のサイズで表示します

おまけ
河崎市「播田屋」さんの「絲印煎餅」
軽くて口当たりが良く老若男女問わず好まれるお菓子!
さすがの皇室献上菓子でございます^^
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

おまけのおまけ

山本竜也さんの新刊「寿都歴史写真集」好評発売中(←ここクリック!)です!
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

2018/4/28

山本竜也さんの新刊発売です  

山本竜也さんの7冊目の本となる「寿都歴史写真集 明治二十四年〜昭和二十年」が出版されました。
クリックすると元のサイズで表示します

4年ほど前から「写真集を…」と構想を練り、取りかかりからわずか1年ほどで出版。これは山本さんが、かつて寿都測候所で働く傍ら、地元のお年寄りの方々に聞き取り取材を重ねふれあう中で、寿都町の地方史を「寿都五十話」(完売)という本にまとめ信頼関係を築いてきた偉業だと思います。

寿都という町を通し、450枚の写真が伝え見せる「北海道100年の歴史」。さらに過去の写真を通して現在、未来をも見えてくる…そんな1冊です。
クリックすると元のサイズで表示します

写真以外にも、山本さんのコラムや絵に地図、新聞紙面なども…。ぜひ、お手にとってご覧下さいませ。おまけの「函館大火」の写真を見て「飢餓海峡」を久しぶりに読み直してみようと思ったこの頃です^ ^
早速、サインしていただかなくちゃ!

山本さんの本といえば…
やはり分厚くて重たくて…でも、写真集でこのお値段はかなりお得です^ ^

定価(本体 2500円+税)
アマゾンでも購入できます。
https://www.amazon.co.jp/dp/4909144153

minamisiribesi@hotmail.co.jp(山本さん)へ直接連絡すると、送料無料で送って下さるそうです(ただ、代金は郵便局へ振り込みでカードは使えないそうです)。

おまけ
「大正9年に生まれた私ですら知らない時代の写真から、懐かしく感じる写真まで、よくもここまでこぎつけたものと、山本さんの努力のほどを素晴らしく思い、ただただ感心するのみです。」元寿都鉄道機関区長 佐藤喜悦さん(97歳)
クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ