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2015/5/31

寿都鉱山跡をめぐるドライブ  後志総合振興局

寿都町地域おこし協力隊のAさんの運転で「寿都鉱山」をめぐるドライブ!
なんと!「寿都五十話」の著者である山本竜也さんと、寿都鉱山を遊び場?にして育ったというBさんのプライベートガイド付きです!

どんどん山の中へ
って思うでしょ?
実は「ゆべつの湯」から、たった15分ほどのところです…
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道なき道を…
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木の枝にバンバン当たりながら奥へ奥へと進みます(Aさん、ごめんなさい。車に無数のキズが…)

鉱山最盛期の頃はダンプカーがひっきりなしに往来していたのでしょうね

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車を降りたら…
ありました!
寿都鉱山の旧精錬所跡

ドキドキします!
まるで、要塞跡…
空知の炭鉱遺産のように大事にすると…
そのうちに寿都鉄道と一緒に町の観光の目玉になるかも…
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寿都鉱山について、まったく知識がないのに…
聞いたら見たくなる!知りたくなる…どうしようもない私

山本さんとBさんに、根掘り葉掘り質問します
そして、家に帰り
あの、分厚い…山本竜也さんの「寿都五十話」をパラパラ開きます!

寿都の鉱山の歴史は明治26年までさかのぼります
明治末に、秋田県の藤田組小坂鉱山所長である武田恭作が本格稼働させ精錬所が完成(この精錬所はその時のものかな〜、その後のものかな〜)←昭和に入ってからのものだそーです(ヤマモトさん、コメントありがとうございます)

でも、全国的にも珍しい町の中(海に近い)にある鉱山なだけに、排煙・排水などの鉱毒を心配して住民からの反対運動も激しかったようで(健康被害やニシン漁に影響するなど)
東北地方(秋田や宮城)で精錬をしていたこともあったようです。

その後、大正時代には高田商会に採掘の権利が渡り「広尾鉱山」に…
昭和9年からは「三菱鉱業株式会社」に経営が変わり〜
昭和37年に閉山しています

詳しいことは「寿都五十話」に、およそ100ページに渡って紹介されています!
1家庭に1冊…ぜひ、お買い求めください。

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最盛期のころ(昭和20年〜30年)は、およそ2万人だった人口も、今は合併しても3200人…

ダンプカーが、この上まで行って鉱石をおろしたそうです
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当時はここに50〜60人の人が住んでいたようで、立派な学校や郵便局もありました
本州から転勤で寿都に来た社員の奥さん方が、がっかりしないように(さみしくないように)と、宿泊所や文化会館を作りコミュニケーションを図ったり有名な歌手を呼んだり、テニスコート、公園などの施設もよく整っていたそうです。
またお祭りの時は仕事も休みになり、とても盛大だったそうです(私が通っていた高校みたい)。
鉱山で働いていると石炭・薪・電気・水・風呂はタダ…食べる・着る・遊ぶお金だけが自分持ち…
給料の他に色んな手当もついて、かなり裕福な暮らしをしていたのだとか…

湯別駅前には、サーカスも来たそうですよー!

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Bさんが語ります…

「三菱のジープの荷台に21人の子供が乗って、学校へ送り迎えしてもらったんだよ」

「冬は何時に帰れるかわからないから、昼と夜の弁当を2つと湯たんぽを持っていったよ」

「馬にも熊よけの大きな鈴をつけて、雪の上だとズボズボ埋まるからヒズメにフタのようなもの(かんじき?)を付けたんだ」

メモメモ…笑

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来た道を戻ります…
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ジャングル?を抜けると…
絶景です!
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その後、町内に残る鉱山遺跡を見せてもらいました

かつてのズリ山です
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民家の脇を通り「火薬庫」へ
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なんとこの周辺・・・
「毎年、あちこちで土地が沈んで穴が開いたり陥没してるところがあるんです」って平気な顔で話していました。この下に坑道があるのでしょう…汗
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旧火薬庫
許可を得て、扉を開けます
(前日のツアーで15年ぶりに扉を開けたと、この日の朝刊で紹介されていたようです)
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少しだけ、中に入ってみました
この中でタバコを吸う勇気はありません…

天井は蜘蛛のすみか…
急に明るくなったので、うじゃうじゃと動き出します…汗
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ずーーーと奥まで、道は続いてるんですが…
なんと!コウモリが私の頭上を飛んでからというもの、恐ろしくなって…
これ以上前に進めません

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戻ります(ちなみに入ったのは、私だけ)
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火薬庫のすぐ上には砂防ダムがあります
さらに上に「山神様」をまつっていたそうです
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この界隈にかつて立坑があったそうです
合宿所もあり、寿都鉱山で建てた神社もあったのだとか…
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5戸入居できる長屋(鉱山住宅)も4棟並んでいたそうです
その名残でしょうか・・・
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鉱山会館(文化会館)です
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よーーく見ると、白いペンキの下に「三菱」のマークが見えます
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「映写機を持ってきて、鞍馬天狗や笛吹童子の映画を見たり春日八郎も来たんだよ」
「琴や尺八の演奏で”お富さん”が流れて、みんなで踊ったんだ」
なつかしそうに、Bさんが中をのぞき込んでいます
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私も、中をのぞくと…
奥にステージが見えました
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近くの菩提院
ここの半鐘に「高田商會」の文字が…
三菱の前に鉱山を経営していた高田商会が奉納したのだとか…
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寿都炭鉱をめぐるプライベートドライブは、ここまでで終了
ゆべつの湯に戻ると、ツアー参加者は山菜取りへ出かけていました

「寿都五十話」の山本竜也さんは、すぐに次の取材のために隣町へ
(時間がないのに、私のわがままにおつきあいくださり、ありがとうございました!)

しばらくしたら、ツアー参加の御一行様が大量のウドを持って帰ってきました
なんと、私もお土産に…涙
(半分おすそ分けしました)
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この日のゆうごはんに、早速「きんぴら」にして美味しくいただきました!
ありがとうございました!
皮もむかず、ゆでもせず…
アクの強さと香りを楽しみます!
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2015/5/31  19:27

投稿者:花子

ヤマモトさん
こんばんは!
先日は、次の取材も控えお忙しい中ありがとうございました!
精錬所、新しいものだったのですね
ちゃんと「寿都五十話」を熟読していたら書いてあったかな?

名前、申し訳ございません…汗
訂正しました…

過去の分も、確認してみます…

2015/5/31  19:23

投稿者:花子

natuさん
こんばんは!
はい!スペシャルガイドさんと一緒に鉱山跡へ
とっても贅沢な時間でした。
今度、弘前に行ったらぜひ…
natuさん、色々連れて行ってください!

2015/5/31  14:15

投稿者:ヤマモト

ご参加いただきありがとうございました。
この製錬所はかなり新しく、昭和に入ってからですね。
明治末期にもめた製錬所は、寿都の本町にありました。

ちなみに、下の名前の漢字が間違っています・・・。

http://homepage3.nifty.com/minami-siribesi/index.htm

2015/5/31  10:14

投稿者:natu

すごいですねえ、知られていない歴史を掘り起す方のガイドで鉱山跡へお出かけとは!フットワーク抜群の花子さんです。見習わねば☆

http://tugarujikukan.blog.jp/

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