2009/11/27
衝撃
今日は衝撃を受けた。驚愕した。
私の体型だ。
確か5月ごろ、一度このコアリズムを始めて、その頃は1枚のディスクを毎日毎日、
夫が家にいても、夫が寝てから真夜中にする、とかしていた。真面目だった…。
2ヶ月くらい、ほぼ毎日、サボってはいけない!という気持ちで続けていたら、
結構ナイスバデーになった。自分的には、まあこの程度なら良い、と思える体型だった。
もちろん、モデル体型とか激痩を目指すなら、もっともっと続けなければいけないが、
私はたるみをなんとかすれば良い、と言う程度だったので、これでよし、と思ったし、
何せ1枚のディスクを毎日続けていたら、いい加減飽きてしまったのだった。
そして夏休みになり、夫が毎日家にいた。夫は教職なので、学生並みの夏休みがある。
夏休みと言っても、彼は遊ぶより、普段仕事があると出来ない書類製作などに精を出し、
別に私と息子達には、あまり代わり映えのしない日々である。
違うのは夫が家にいるのと学校がないくらいで、毎日が週末になるというだけだ。
それでも天気が良いと海に行ったりし、多少弛んだ腹でも気にせずビキニを着て、
ガンガン日に焼けたりしていた。旅行先ではDVDを見ることも出来ないわけで、
当然サボったが、飽きたし、夫もいたし、家でも全くしない2ヶ月であった。
私は数年前まで、夏の音楽祭の仕事で激痩するのがお約束だった。
今年は、コアのお陰で春より夏のほうが痩せてはいたが、音楽祭効果はあまりなかった様だ。
とにかく、夏の間はわざわざ夜中にやる気もなかった。何せ、痩せたので安心していたのだ。まあいっか、飽きたし、という気持ちで2ヶ月過ごし食っちゃ寝していたら、
体型は元に戻ってしまった。
というわけで、新学期が始まり、夫も仕事に出かけるようになったので、
私は別のシリーズを入手した。これは4種類あり、気分で選べるのが素晴らしい。
というわけで、新学期以降は、夜中することはないが、夫がいない日は必ずやる、
というリズムで、続けている。一時、時間があれば2回やる、と思ったこともあったが、
これはしんどすぎるので、1回だけである。
春にやっていた頃と違うのは、必ずブラをつけている。
春めんどくさくて、ノーブラのままでやっていたら、胸がさらに小さくなったので、
それは今回は阻止しようと、いちいちブラ、もしくはブラトップ着用で暴れている。
まあそんなわけで、今回は週4−5回、まあ週3回の週があっても、まあいいか、
というリズムで、3ヶ月近くが経とうとしている。さらに最近、ウェイト付きリストバンド
というのを入手し、二の腕のたるみに効きそうな感じなので、しばらく続けてみる。
まあ自分的にはこの程度ならまあ良いか、という体形になっている。
とにかく、激痩せを目指しているわけではないので、この程度で充分なのだ。
醜い脂肪が垂れ下がりさえしていなければ、それで良いのだ。
だけど、やめてしまうと現状維持はできない、ということをこの夏経験したので、
とにかく続けなければいけないと思っている。
前置きというか、話が長いが、衝撃について。
先ほど、2年前履いていたはずのジーンズを履いてみたら、入らなかった…。
2年前は、運動もしていなかったのに、これが楽に履けていたとは!
本当に驚いた。私はこの2年でどれだけ太ったかということだ。
私は何年も体重を測っていなかったのもあるが、この2年で贅肉が付きまくった。
別に酒も飲んでいないし、一体どうしてしまったのだろう…。
というわけで、現状維持、と思っていたのだが、この2年前のジーンズを再び着るのを
目標にしたい。大変ショックだった。私は出産で太ったつもりでいたのに、
出産して3年後だった2年前、私は今よりスレンダーだった…。しかも、運動している今より。
結局、出産が私の贅肉の原因なのではなく、深刻な中年太りがここ2年で私を襲ったのだ。
去年は音楽祭がなかった、というのもあるかもしれない。少しだけだが。
私は去年1年間、全く痩せる機会がなかった上、太る中年ホルモンが炸裂したようだ。
とにかく…恐るべし贅肉だ…なんてこった。別に若い頃、というか、2年前まで、
自分は痩せている、と思っていたわけでもないが、何も運動などしなくても
あのジーンズが履けていたのだから凄い。私は細かったのだ…。自覚もなく。
本当に自覚なく、この2年の間に恐ろしいことが起こったのだ。愕然である。
0
私の体型だ。
確か5月ごろ、一度このコアリズムを始めて、その頃は1枚のディスクを毎日毎日、
夫が家にいても、夫が寝てから真夜中にする、とかしていた。真面目だった…。
2ヶ月くらい、ほぼ毎日、サボってはいけない!という気持ちで続けていたら、
結構ナイスバデーになった。自分的には、まあこの程度なら良い、と思える体型だった。
もちろん、モデル体型とか激痩を目指すなら、もっともっと続けなければいけないが、
私はたるみをなんとかすれば良い、と言う程度だったので、これでよし、と思ったし、
何せ1枚のディスクを毎日続けていたら、いい加減飽きてしまったのだった。
そして夏休みになり、夫が毎日家にいた。夫は教職なので、学生並みの夏休みがある。
夏休みと言っても、彼は遊ぶより、普段仕事があると出来ない書類製作などに精を出し、
別に私と息子達には、あまり代わり映えのしない日々である。
違うのは夫が家にいるのと学校がないくらいで、毎日が週末になるというだけだ。
それでも天気が良いと海に行ったりし、多少弛んだ腹でも気にせずビキニを着て、
ガンガン日に焼けたりしていた。旅行先ではDVDを見ることも出来ないわけで、
当然サボったが、飽きたし、夫もいたし、家でも全くしない2ヶ月であった。
私は数年前まで、夏の音楽祭の仕事で激痩するのがお約束だった。
今年は、コアのお陰で春より夏のほうが痩せてはいたが、音楽祭効果はあまりなかった様だ。
とにかく、夏の間はわざわざ夜中にやる気もなかった。何せ、痩せたので安心していたのだ。まあいっか、飽きたし、という気持ちで2ヶ月過ごし食っちゃ寝していたら、
体型は元に戻ってしまった。
というわけで、新学期が始まり、夫も仕事に出かけるようになったので、
私は別のシリーズを入手した。これは4種類あり、気分で選べるのが素晴らしい。
というわけで、新学期以降は、夜中することはないが、夫がいない日は必ずやる、
というリズムで、続けている。一時、時間があれば2回やる、と思ったこともあったが、
これはしんどすぎるので、1回だけである。
春にやっていた頃と違うのは、必ずブラをつけている。
春めんどくさくて、ノーブラのままでやっていたら、胸がさらに小さくなったので、
それは今回は阻止しようと、いちいちブラ、もしくはブラトップ着用で暴れている。
まあそんなわけで、今回は週4−5回、まあ週3回の週があっても、まあいいか、
というリズムで、3ヶ月近くが経とうとしている。さらに最近、ウェイト付きリストバンド
というのを入手し、二の腕のたるみに効きそうな感じなので、しばらく続けてみる。
まあ自分的にはこの程度ならまあ良いか、という体形になっている。
とにかく、激痩せを目指しているわけではないので、この程度で充分なのだ。
醜い脂肪が垂れ下がりさえしていなければ、それで良いのだ。
だけど、やめてしまうと現状維持はできない、ということをこの夏経験したので、
とにかく続けなければいけないと思っている。
前置きというか、話が長いが、衝撃について。
先ほど、2年前履いていたはずのジーンズを履いてみたら、入らなかった…。
2年前は、運動もしていなかったのに、これが楽に履けていたとは!
本当に驚いた。私はこの2年でどれだけ太ったかということだ。
私は何年も体重を測っていなかったのもあるが、この2年で贅肉が付きまくった。
別に酒も飲んでいないし、一体どうしてしまったのだろう…。
というわけで、現状維持、と思っていたのだが、この2年前のジーンズを再び着るのを
目標にしたい。大変ショックだった。私は出産で太ったつもりでいたのに、
出産して3年後だった2年前、私は今よりスレンダーだった…。しかも、運動している今より。
結局、出産が私の贅肉の原因なのではなく、深刻な中年太りがここ2年で私を襲ったのだ。
去年は音楽祭がなかった、というのもあるかもしれない。少しだけだが。
私は去年1年間、全く痩せる機会がなかった上、太る中年ホルモンが炸裂したようだ。
とにかく…恐るべし贅肉だ…なんてこった。別に若い頃、というか、2年前まで、
自分は痩せている、と思っていたわけでもないが、何も運動などしなくても
あのジーンズが履けていたのだから凄い。私は細かったのだ…。自覚もなく。
本当に自覚なく、この2年の間に恐ろしいことが起こったのだ。愕然である。
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2009/11/25
黄塗り
もうすぐ冬到来というのに、水着の跡は消えるわけもない。
まあ毎年体はろくにクリームも塗らず、しかも何度も海に行って、
長時間太陽に晒しているのだから無理もない。
顔のしみを増やすのはヤバイと思うのだが、体のしみはまあ良いかと思ってしまう。
まあ私は人に比べたらデコルテを出して人前で歌ったりするんで、
デコルテやら背中も顔みたいに、白く輝いていたほうが美しいに違いないが、
まあ年の数回の本番だけのために、白いボディをキープする程プロ意識が強くない。
日焼けした東南アジア風ブロンズ肌、というのも、異国情緒を感じるのか受けが良い。
というかまあ、肌の状態より声帯の状態をキープする方が大事だ。
というわけで、ピークはさすがに過ぎたが、私の体は相変わらず茶系である。黄土色だ。
息子達も日に焼けやすい。長男は私みたいにどんどんどす黒くなり、年中日焼けしている。
次男は、良い色に焼けるが、あっという間に白くなり、今はもう白人か、
と言うような白い肌だ。顔は東洋人そのものだが、肌は陶器のようである。
夫もすぐ焼けるが今は普通に白い。私と長男だけ年中東南アジアチックに茶色い。
とにかく、顔の日焼けだけは去年あたりから阻止するべし、と紫外線カットの下地を
使い始めたため、顔と体の色の差が激しい…これも困りものである。
夏の間は仕方なく、ブロンズ肌用、みたいなパウダーを入手し、黒塗りにしていたが、
さすがに黒塗りするほどの体ではなくなった。この季節にもなれば肩を出すこともないので、
別にブラックラブ、みたいな、ベースに通う女みたいに黒塗りする必要もない。
タートルを着るときはまあ、顔にあった色のパウダーを塗れば良い。
まあ手の甲の色なんかと比べれば、白塗り状態になるが、手は顔から遠いから良い。
首が出ている服、普通のTシャツやらセーターやらシャツの時は、
顔だけ白く、首とのギャップが激しく、白塗り状態がばれる。
というわけで仕方なく、なるべく首の色に近い、やたらと黄色いパウダーを塗っている。
黄オレンジ、みたいな色だ。どうだかねーと思う。
別に色白でありたい、と思って、顔を白くキープしているわけでもない。
焼けても問題ないなら、体と一緒に焼きたいが、やはりダメージが大きいらしい。
今更気を使っても遅いという話もあるが、若いときのように放置し続けたら、
このまま老化が進むのは目に見えている。これ以上老化を進めないためには、
やはり保護しなければいけない。
というわけで、今日も私は黄塗りメイクする。
そして、春ごろようやく普通の肌色メイクができるようになっても、
また夏になったら黒塗りメイク再開、というスパイラルだ。
まあ良い。白いのは不健康に見える。
とかいって、黄色いのも内臓が悪い人みたいだが、黄塗り生活は続く。
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まあ毎年体はろくにクリームも塗らず、しかも何度も海に行って、
長時間太陽に晒しているのだから無理もない。
顔のしみを増やすのはヤバイと思うのだが、体のしみはまあ良いかと思ってしまう。
まあ私は人に比べたらデコルテを出して人前で歌ったりするんで、
デコルテやら背中も顔みたいに、白く輝いていたほうが美しいに違いないが、
まあ年の数回の本番だけのために、白いボディをキープする程プロ意識が強くない。
日焼けした東南アジア風ブロンズ肌、というのも、異国情緒を感じるのか受けが良い。
というかまあ、肌の状態より声帯の状態をキープする方が大事だ。
というわけで、ピークはさすがに過ぎたが、私の体は相変わらず茶系である。黄土色だ。
息子達も日に焼けやすい。長男は私みたいにどんどんどす黒くなり、年中日焼けしている。
次男は、良い色に焼けるが、あっという間に白くなり、今はもう白人か、
と言うような白い肌だ。顔は東洋人そのものだが、肌は陶器のようである。
夫もすぐ焼けるが今は普通に白い。私と長男だけ年中東南アジアチックに茶色い。
とにかく、顔の日焼けだけは去年あたりから阻止するべし、と紫外線カットの下地を
使い始めたため、顔と体の色の差が激しい…これも困りものである。
夏の間は仕方なく、ブロンズ肌用、みたいなパウダーを入手し、黒塗りにしていたが、
さすがに黒塗りするほどの体ではなくなった。この季節にもなれば肩を出すこともないので、
別にブラックラブ、みたいな、ベースに通う女みたいに黒塗りする必要もない。
タートルを着るときはまあ、顔にあった色のパウダーを塗れば良い。
まあ手の甲の色なんかと比べれば、白塗り状態になるが、手は顔から遠いから良い。
首が出ている服、普通のTシャツやらセーターやらシャツの時は、
顔だけ白く、首とのギャップが激しく、白塗り状態がばれる。
というわけで仕方なく、なるべく首の色に近い、やたらと黄色いパウダーを塗っている。
黄オレンジ、みたいな色だ。どうだかねーと思う。
別に色白でありたい、と思って、顔を白くキープしているわけでもない。
焼けても問題ないなら、体と一緒に焼きたいが、やはりダメージが大きいらしい。
今更気を使っても遅いという話もあるが、若いときのように放置し続けたら、
このまま老化が進むのは目に見えている。これ以上老化を進めないためには、
やはり保護しなければいけない。
というわけで、今日も私は黄塗りメイクする。
そして、春ごろようやく普通の肌色メイクができるようになっても、
また夏になったら黒塗りメイク再開、というスパイラルだ。
まあ良い。白いのは不健康に見える。
とかいって、黄色いのも内臓が悪い人みたいだが、黄塗り生活は続く。
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2009/11/23
ひらがな特訓開始
私は馬鹿だった…大きな勘違いをしていた。
長男の経験から、人間、小学校に入るくらいになったら、ひらがななんて
あっという間に覚えるもんだ、それまではどんな頑張っても労力と時間の無駄だ、
と思い込んでいた。
長男が日本語学校に通い始めたら、あっという間にひらがなをマスターしていたからだ。
私がそれまで、ああだこうだとひらがなを仕込んでいたのに、どうしても書けなかったり
読めない字があったのに、学校に行き始めて、ふと見ると彼は、
何の苦もなく普通に読み書きできるようになっていた(ひらがなだけだが)。
このとき、ああ、息子は小学校以前にああだこうだと親が言っても無駄で、
学校に行くころにもなれば、脳が簡単に覚えてしまうのか…学校って素晴らしい、
と思ったのだ。
そして馬鹿な私は、次男には何を教えても無駄、学校に行けば勝手に覚えるだろう、
と思い、本来は来年からの学校に1年早く入れてみた。
しかし、息子は学校でやっていることについていけない、と言い出した…
先生にも電話してみたが、やはりそのようだ。息子は1つ上の他の子と比べて、
日本語会話の点では劣らないし、そろそろ読み書きを始めるのに良い年、と思っていたが、
他のお子さんはおそらくすでに、ある程度のひらがなの基本を知っているらしい。
他の子と一緒にひらがなから始めるのかと思っていたが。
長男のころは、3歳くらいから英才教育的に仕込もうと、目を吊り上げ張り切っていたが、
結局6歳くらいであっという間に字を覚えたのを見て、人間6歳くらいになってやっと
脳の準備が出来るのだ、と思い込み、次男の時は何もせず、学校にお任せ!と思っていた。
全く長男のときの私は、次男に対してより何倍も教育ママだった。
1人目への気合、期待、は巨大だったのに、2人目になるとこれだけ手抜きになるか、
と自分でもあきれ果てるほどの変わり様である。
まあ長男の頃、仕事が今より少なかったというのも、ちょっとだけあるだろうし、
こんなアホブログなども書いていなかった。姑と同居していたりもし、
次男もまだ生まれていない頃など、長男だけが私の人生という数年間だった。
とにかく、6歳までは何をやっても無駄、というのは、大間違いだったことにようやく
気が付いた…次男ともカルタで遊んだりはしていたが、
書かせるとか、そういう能動的な学習はさせていなかった。
結局、長男が学校に通い始めて、あっという間に字をマスターしたのは、
私がそれまでギャースカ言って勉強させて、ある程度の基盤が出来ており、
学校に行くことで完成した、というだけのことだった…学校、年齢は無関係ではないが、
私がやってきたことは、時間、労力の無駄だったわけでもなんでもなく、
私がやってきたから、ある程度の基礎知識ができていたのだった。
とにかく、1年早く次男は学校に行き始めたが、わからない、楽しくない、と言うので、
通常通り来年から通わせることにしようと思う。それまで、私が長男にやっていたような、
ちょっとしたドリルをやらせてみたり、本をゆっくり一緒に読んでみたり、
ひらがなで遊ぶようなことを日常的に母子でやらないことには、
学校に行かせても全く無駄、ということを痛感した。全く馬鹿な親だ。
次男は、あいうえお、の順番を、あういえお、と間違えて言ったりするが、
とりあえずここ数日でかなり、正しい順番で言えるようになった…
あかさたなの順番も覚えたようだ。はまやらわは、もう一息だ。
でもこの、あいうえお順を覚えてしまい、あいうえお、の表を見ている限り、
彼は、あ、の次は、い、その次は、う、というような覚え方をしていて困る。
あいうえお、の順番で文章が書いてあるわけがないので、字は単独で読めなければならない。
当たり前だが…。
また、彼は頭がかなりアルファベット化しているので、さすぃすせそ、
とか、たてぃとぅてと、というようなことを言いたがったりする。
確かに…濁点が始まったら、ざずぃずぜぞ、だでぃどぅでど、と読みたがるだろう…。
とにかく…いろいろ地道に。結局私が息子の特訓をせず誰がするというのだ…。
長男の漢字も同じことだ…1年生2年生で習った字を忘れて、3年4年の漢字を詰め込んでも、
全く意味がない…。長男など、歴史やら何やら、毎日のように小テストがあり、
それだけでもご苦労様なことだ。長男はまあまあ良い点を取ってくるので、
現地校に関しては全く心配していないが、日本語は日本語学校任せではどうにもならない…
日本語学校でやっていることが彼のレベルに合っているわけでもないが、
学校に通わせなければ、何もしなくなるだろう。私が彼のレベルの学習を手伝うべきなのだ。
二ヶ国語を話せるという点に限れば、我が家はまあまあ成功しているが、
読み書きも、となると、本当に大変である。いつまで続くのだろう。
やれるところまでは頑張らなければと思う。
何事も同じことだ。続けることが大切なのだ…少しずつ細々とでもやり続ける。
やめてしまったらそれでおしまいである。2ヶ国語できることを誇りに思って欲しいし、
将来それだけいろんな門戸が開かれている、と思いたい。頑張れ息子達。
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長男の経験から、人間、小学校に入るくらいになったら、ひらがななんて
あっという間に覚えるもんだ、それまではどんな頑張っても労力と時間の無駄だ、
と思い込んでいた。
長男が日本語学校に通い始めたら、あっという間にひらがなをマスターしていたからだ。
私がそれまで、ああだこうだとひらがなを仕込んでいたのに、どうしても書けなかったり
読めない字があったのに、学校に行き始めて、ふと見ると彼は、
何の苦もなく普通に読み書きできるようになっていた(ひらがなだけだが)。
このとき、ああ、息子は小学校以前にああだこうだと親が言っても無駄で、
学校に行くころにもなれば、脳が簡単に覚えてしまうのか…学校って素晴らしい、
と思ったのだ。
そして馬鹿な私は、次男には何を教えても無駄、学校に行けば勝手に覚えるだろう、
と思い、本来は来年からの学校に1年早く入れてみた。
しかし、息子は学校でやっていることについていけない、と言い出した…
先生にも電話してみたが、やはりそのようだ。息子は1つ上の他の子と比べて、
日本語会話の点では劣らないし、そろそろ読み書きを始めるのに良い年、と思っていたが、
他のお子さんはおそらくすでに、ある程度のひらがなの基本を知っているらしい。
他の子と一緒にひらがなから始めるのかと思っていたが。
長男のころは、3歳くらいから英才教育的に仕込もうと、目を吊り上げ張り切っていたが、
結局6歳くらいであっという間に字を覚えたのを見て、人間6歳くらいになってやっと
脳の準備が出来るのだ、と思い込み、次男の時は何もせず、学校にお任せ!と思っていた。
全く長男のときの私は、次男に対してより何倍も教育ママだった。
1人目への気合、期待、は巨大だったのに、2人目になるとこれだけ手抜きになるか、
と自分でもあきれ果てるほどの変わり様である。
まあ長男の頃、仕事が今より少なかったというのも、ちょっとだけあるだろうし、
こんなアホブログなども書いていなかった。姑と同居していたりもし、
次男もまだ生まれていない頃など、長男だけが私の人生という数年間だった。
とにかく、6歳までは何をやっても無駄、というのは、大間違いだったことにようやく
気が付いた…次男ともカルタで遊んだりはしていたが、
書かせるとか、そういう能動的な学習はさせていなかった。
結局、長男が学校に通い始めて、あっという間に字をマスターしたのは、
私がそれまでギャースカ言って勉強させて、ある程度の基盤が出来ており、
学校に行くことで完成した、というだけのことだった…学校、年齢は無関係ではないが、
私がやってきたことは、時間、労力の無駄だったわけでもなんでもなく、
私がやってきたから、ある程度の基礎知識ができていたのだった。
とにかく、1年早く次男は学校に行き始めたが、わからない、楽しくない、と言うので、
通常通り来年から通わせることにしようと思う。それまで、私が長男にやっていたような、
ちょっとしたドリルをやらせてみたり、本をゆっくり一緒に読んでみたり、
ひらがなで遊ぶようなことを日常的に母子でやらないことには、
学校に行かせても全く無駄、ということを痛感した。全く馬鹿な親だ。
次男は、あいうえお、の順番を、あういえお、と間違えて言ったりするが、
とりあえずここ数日でかなり、正しい順番で言えるようになった…
あかさたなの順番も覚えたようだ。はまやらわは、もう一息だ。
でもこの、あいうえお順を覚えてしまい、あいうえお、の表を見ている限り、
彼は、あ、の次は、い、その次は、う、というような覚え方をしていて困る。
あいうえお、の順番で文章が書いてあるわけがないので、字は単独で読めなければならない。
当たり前だが…。
また、彼は頭がかなりアルファベット化しているので、さすぃすせそ、
とか、たてぃとぅてと、というようなことを言いたがったりする。
確かに…濁点が始まったら、ざずぃずぜぞ、だでぃどぅでど、と読みたがるだろう…。
とにかく…いろいろ地道に。結局私が息子の特訓をせず誰がするというのだ…。
長男の漢字も同じことだ…1年生2年生で習った字を忘れて、3年4年の漢字を詰め込んでも、
全く意味がない…。長男など、歴史やら何やら、毎日のように小テストがあり、
それだけでもご苦労様なことだ。長男はまあまあ良い点を取ってくるので、
現地校に関しては全く心配していないが、日本語は日本語学校任せではどうにもならない…
日本語学校でやっていることが彼のレベルに合っているわけでもないが、
学校に通わせなければ、何もしなくなるだろう。私が彼のレベルの学習を手伝うべきなのだ。
二ヶ国語を話せるという点に限れば、我が家はまあまあ成功しているが、
読み書きも、となると、本当に大変である。いつまで続くのだろう。
やれるところまでは頑張らなければと思う。
何事も同じことだ。続けることが大切なのだ…少しずつ細々とでもやり続ける。
やめてしまったらそれでおしまいである。2ヶ国語できることを誇りに思って欲しいし、
将来それだけいろんな門戸が開かれている、と思いたい。頑張れ息子達。
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2009/11/20
校則
昨日息子がA4サイズのプリントを持ってきて、サインしろと言うので一応読んだ。
長男の小学校の決まりについてだ。DSとかプレイステーション?やらという、
ゲーム機は禁止、学校でなくなった金銭とかの問題には責任を取らない、
いろんな衣服の忘れ物が後を絶たないので、名前を記入すること、
登下校のときの校門の前では静かにすること、など、まあ普通に書いてあった。
一箇所大変笑えたのは、トイレでは遊ばない、便器に上って隣を覗かないこと、
という決まりだった。これだけ妙に具体的で、こういうことをわざわざ書かなければ
いけない出来事が起こるんだろうなと思う。
校庭で唾を吐かないこと、などという具体例もあるか、と思ったが、なかった。
今年はそういう子供が珍しくいるのだが、毎年のことではないから書かないのか。
それでも便器に上がる子は、毎年いるのだろうか。声を出して笑ってしまった。
思えば、私が子供の頃、校則を書いた生徒手帳みたいなのがあり、
それはもう1冊丸まる決まりが書いてあった…。中学にもなれば、学校総会、
とかいうのがあって、その決まりごとを変更させることも可能ではあったが…
本当に細々とあれこれ言われていた。こんな風に、A4にコピーされただけで済む量ではない。
髪の長さ、前髪の長さ、髪型、スカートの長さ、靴下の色、傘の色、マフラーの色、
セーターの色、寄り道禁止、芸能活動禁止、車での通学禁止、パーマ禁止など、
全部覚えていないが、それはそれはたくさんの決まりがあったものだった。
そんな決まりに縛られて過ごした12年間だったが、まあ皆大人しく従っていたものだ。
それに比べたら、息子の小学校の規則や禁止事項なんてほとんどないに等しい。
思えば、私が中学だか高校の頃、校長が朝礼か何かで、「地域社会の嫌われ者」
になってはいけない、という話をされ、私達はその言葉の響きのインパクトに恐れ慄いた。
というか、何じゃそりゃ、と笑った。
学校の周りは住宅街だったので、その住民に迷惑をかけてはいけない、ということだ。
横に広がってGメン歩きをしてはいけないとか(もちろんそんな表現ではなかったが)、
うるさく騒いではいけないとか、いろいろあった。車で送迎はダメ、というのも、
その一環だった。車で学校まで送迎OKとなると、地域社会で登下校の度渋滞になる。
それでは、嫌われ者になるのだ…どんだけ気を使っていたんだろうと思う。
というか、まあぶっちゃけ、お嬢様学校の名を汚すな、外面よくしとけ、ということだ。
今の息子達の小学校の前は、毎朝毎夕大渋滞だし、車だけでなく自転車も歩行者も、
大迷惑である。しかも、近所には私立の学校も林立しており、登下校の渋滞は本当に激しい。
少なくとも、一般的に公立校は徒歩圏なのだから、歩いてくれば良いのに、
わざわざ車で来る親が多いのだ…。私は街中では運転しないが、歩けば健康にも良いし、
車で毎日送迎している太っているママを見ると、歩けば良いのに、と思ってしまう。
もちろん思うだけだが。
私立校でも当然車での送迎を禁止するわけもなく、地域社会の嫌われ者になっても
仕方がない状態になっている。私も実際、通行人の往来を平気で邪魔する態度の保護者には
腹が立つ。子供だけでなく、暴れる子供を放置して親同士で歩道を占領して
延々と立ち話していたり、歩道側の車のドアを全開にして放置していたりする親とか、
本当に迷惑だ。自分はせめて、また自分の子供だけはせめて、人の迷惑をかけないように
しなければ、と思うが、何せ田舎なので、ボケーっとした子供達に育ちつつある。
私は幼い頃から、お邪魔にならないように、と言われ続け、常に周りに気をつけて育った。
まあ良い。私の学生時代と、息子の学生時代の決まりごとのギャップを思うと、笑えてくる。
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長男の小学校の決まりについてだ。DSとかプレイステーション?やらという、
ゲーム機は禁止、学校でなくなった金銭とかの問題には責任を取らない、
いろんな衣服の忘れ物が後を絶たないので、名前を記入すること、
登下校のときの校門の前では静かにすること、など、まあ普通に書いてあった。
一箇所大変笑えたのは、トイレでは遊ばない、便器に上って隣を覗かないこと、
という決まりだった。これだけ妙に具体的で、こういうことをわざわざ書かなければ
いけない出来事が起こるんだろうなと思う。
校庭で唾を吐かないこと、などという具体例もあるか、と思ったが、なかった。
今年はそういう子供が珍しくいるのだが、毎年のことではないから書かないのか。
それでも便器に上がる子は、毎年いるのだろうか。声を出して笑ってしまった。
思えば、私が子供の頃、校則を書いた生徒手帳みたいなのがあり、
それはもう1冊丸まる決まりが書いてあった…。中学にもなれば、学校総会、
とかいうのがあって、その決まりごとを変更させることも可能ではあったが…
本当に細々とあれこれ言われていた。こんな風に、A4にコピーされただけで済む量ではない。
髪の長さ、前髪の長さ、髪型、スカートの長さ、靴下の色、傘の色、マフラーの色、
セーターの色、寄り道禁止、芸能活動禁止、車での通学禁止、パーマ禁止など、
全部覚えていないが、それはそれはたくさんの決まりがあったものだった。
そんな決まりに縛られて過ごした12年間だったが、まあ皆大人しく従っていたものだ。
それに比べたら、息子の小学校の規則や禁止事項なんてほとんどないに等しい。
思えば、私が中学だか高校の頃、校長が朝礼か何かで、「地域社会の嫌われ者」
になってはいけない、という話をされ、私達はその言葉の響きのインパクトに恐れ慄いた。
というか、何じゃそりゃ、と笑った。
学校の周りは住宅街だったので、その住民に迷惑をかけてはいけない、ということだ。
横に広がってGメン歩きをしてはいけないとか(もちろんそんな表現ではなかったが)、
うるさく騒いではいけないとか、いろいろあった。車で送迎はダメ、というのも、
その一環だった。車で学校まで送迎OKとなると、地域社会で登下校の度渋滞になる。
それでは、嫌われ者になるのだ…どんだけ気を使っていたんだろうと思う。
というか、まあぶっちゃけ、お嬢様学校の名を汚すな、外面よくしとけ、ということだ。
今の息子達の小学校の前は、毎朝毎夕大渋滞だし、車だけでなく自転車も歩行者も、
大迷惑である。しかも、近所には私立の学校も林立しており、登下校の渋滞は本当に激しい。
少なくとも、一般的に公立校は徒歩圏なのだから、歩いてくれば良いのに、
わざわざ車で来る親が多いのだ…。私は街中では運転しないが、歩けば健康にも良いし、
車で毎日送迎している太っているママを見ると、歩けば良いのに、と思ってしまう。
もちろん思うだけだが。
私立校でも当然車での送迎を禁止するわけもなく、地域社会の嫌われ者になっても
仕方がない状態になっている。私も実際、通行人の往来を平気で邪魔する態度の保護者には
腹が立つ。子供だけでなく、暴れる子供を放置して親同士で歩道を占領して
延々と立ち話していたり、歩道側の車のドアを全開にして放置していたりする親とか、
本当に迷惑だ。自分はせめて、また自分の子供だけはせめて、人の迷惑をかけないように
しなければ、と思うが、何せ田舎なので、ボケーっとした子供達に育ちつつある。
私は幼い頃から、お邪魔にならないように、と言われ続け、常に周りに気をつけて育った。
まあ良い。私の学生時代と、息子の学生時代の決まりごとのギャップを思うと、笑えてくる。
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2009/11/18
兼業主婦を尊敬する
更新するテンションの日と、そうでない日の差が激しい。
まあどんなテンションであれ、書くネタは大体尽きている。
というか、ネタになるようなイベントもなく、毎日似たような日々を送っている。
先週次男とクラスメートの子供達と共に過ごした2日間は、私的にはイベントだった
…と書けるほど、毎日私は家でボケッとしている。
ああやって1日中外に出ている、ということが1年中ほとんどない。
稀に出かけても、午前だけ、午後だけ、夕方だけ、夜だけ、というくらいだ。
普通にお勤めしている人というのは、皆さん朝出かけて夕方帰宅する生活だろうが、
私はあの2日間、それをしてみて驚いた。こんな長時間家を空けるのは、恐らく初体験だ。
どんだけ家にいるんだ、と思うが。もちろん旅行やらレジャーやら、と言うのは別だ。
また極端で、いなくなるとなると、1週間から1ヶ月いなくなる、とかそういう激しさだが。
とにかく、平日、お勤めをされている人で、さらに母親業もあるような人を尊敬する。
私はあの2日間、1日中家をあけてみて、さらに食事を作ったり洗濯をしたり、なんて、
神業だ、と思った。どうやって時間をやりくりするんだろう。
世の中のフルタイムで働く兼業主婦の方々を、心から尊敬する。
その仕事内容がどれだけ生きがいかにもよるだろうが、世の中そんな兼業主婦ばかりでも
ないだろう。仕事が生きがいです、と言う人なら、苦労も感じないかもしれない。
私みたいに、たまに仕事が入るというくらいなので、何とか両立しているし、
また夫や姑の協力があるからやっていられるが…全く大変なことだ。
最近呼んだ本で、40過ぎて出産したキャリアウーマンの自伝がある。
これもなかなか興味深い話だ。私は若い頃、子供を早く生んで、それからキャリアを、
と無謀にも考えていたことがあったが、その逆パターンだ。
まあ私は若くもなく、30くらいで1人目を産んだわけで、全然計画通りにはいかなかった。
一番中途半端なパターンだったろう。まあ仕事を完全に止めたということもなく、
細々と毎年歌ってこれているので、感謝である。
とにかく、自伝の話だが、もうキャリアも軌道に乗り経済的にも充実しているので、
子供を生んでも、仕事をすぐ再開し、人を雇う経済力もある、という人生だ。
それはそれで素晴らしい気がする。まあ第三者任せの子育て、という気がしないでもないが、
生き甲斐が仕事なのだから、子供もわかるはず、というのが彼女の信念だった。
彼女自身の母親もキャリアウーマンだったが、寂しいと思うことがなかった、そうだ。
私を見て、子供にわかるか…基本的に子供が見た私は、ただのぐうたら専業主婦だろう…。
それが突然いなくなったりするんだから、わけがわからないかもしれない。
大体子供の留守中に歌い喚いているし、私の歌うコンサートにも来たがらない。
まあ当然私が歌うのが仕事だ、というのは分かっているだろうが、
何ヶ月もぼけーとして、忘れた頃に仕事をしているので、年中仕事をする兼業主婦ほど、
キャリア、これが生き甲斐、子供も分かるはず、というわけにいくかどうか、と思う。
まあ家にいる期間がながいので、せいぜい子供とふれ合い語り合い笑い合い、
突然いなくなったときの隙間を埋めなければ、と思ったりする。
数ヶ月先までまだしばらく私は出不精引きこもり母なので、子供とべったりしよう。
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まあどんなテンションであれ、書くネタは大体尽きている。
というか、ネタになるようなイベントもなく、毎日似たような日々を送っている。
先週次男とクラスメートの子供達と共に過ごした2日間は、私的にはイベントだった
…と書けるほど、毎日私は家でボケッとしている。
ああやって1日中外に出ている、ということが1年中ほとんどない。
稀に出かけても、午前だけ、午後だけ、夕方だけ、夜だけ、というくらいだ。
普通にお勤めしている人というのは、皆さん朝出かけて夕方帰宅する生活だろうが、
私はあの2日間、それをしてみて驚いた。こんな長時間家を空けるのは、恐らく初体験だ。
どんだけ家にいるんだ、と思うが。もちろん旅行やらレジャーやら、と言うのは別だ。
また極端で、いなくなるとなると、1週間から1ヶ月いなくなる、とかそういう激しさだが。
とにかく、平日、お勤めをされている人で、さらに母親業もあるような人を尊敬する。
私はあの2日間、1日中家をあけてみて、さらに食事を作ったり洗濯をしたり、なんて、
神業だ、と思った。どうやって時間をやりくりするんだろう。
世の中のフルタイムで働く兼業主婦の方々を、心から尊敬する。
その仕事内容がどれだけ生きがいかにもよるだろうが、世の中そんな兼業主婦ばかりでも
ないだろう。仕事が生きがいです、と言う人なら、苦労も感じないかもしれない。
私みたいに、たまに仕事が入るというくらいなので、何とか両立しているし、
また夫や姑の協力があるからやっていられるが…全く大変なことだ。
最近呼んだ本で、40過ぎて出産したキャリアウーマンの自伝がある。
これもなかなか興味深い話だ。私は若い頃、子供を早く生んで、それからキャリアを、
と無謀にも考えていたことがあったが、その逆パターンだ。
まあ私は若くもなく、30くらいで1人目を産んだわけで、全然計画通りにはいかなかった。
一番中途半端なパターンだったろう。まあ仕事を完全に止めたということもなく、
細々と毎年歌ってこれているので、感謝である。
とにかく、自伝の話だが、もうキャリアも軌道に乗り経済的にも充実しているので、
子供を生んでも、仕事をすぐ再開し、人を雇う経済力もある、という人生だ。
それはそれで素晴らしい気がする。まあ第三者任せの子育て、という気がしないでもないが、
生き甲斐が仕事なのだから、子供もわかるはず、というのが彼女の信念だった。
彼女自身の母親もキャリアウーマンだったが、寂しいと思うことがなかった、そうだ。
私を見て、子供にわかるか…基本的に子供が見た私は、ただのぐうたら専業主婦だろう…。
それが突然いなくなったりするんだから、わけがわからないかもしれない。
大体子供の留守中に歌い喚いているし、私の歌うコンサートにも来たがらない。
まあ当然私が歌うのが仕事だ、というのは分かっているだろうが、
何ヶ月もぼけーとして、忘れた頃に仕事をしているので、年中仕事をする兼業主婦ほど、
キャリア、これが生き甲斐、子供も分かるはず、というわけにいくかどうか、と思う。
まあ家にいる期間がながいので、せいぜい子供とふれ合い語り合い笑い合い、
突然いなくなったときの隙間を埋めなければ、と思ったりする。
数ヶ月先までまだしばらく私は出不精引きこもり母なので、子供とべったりしよう。
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2009/11/17
すっきり
今朝、数ヶ月解決していないことが解決した。私が人任せにしていたからいけないのだが。
というか、本来なら私のするべき仕事ではなく、担当の人がやるべきことだったのだが、
待てど暮らせど何も起こらない。こうして待ち続けていても迷惑する人がおり、
それは間接的に私にも迷惑な話だったので、ついに役所に電話をかけ確認するべきことを
確認した。全く待っていたのが馬鹿みたいだったが、すべてが解決である…。
これが解決しないと、常に気になることが頭にあって、それがストレスになるのだが、
この件に関しては一件落着した…私は事務的能力が全くないわけではないが、
この手の手続きなど、大変億劫なタイプだ。日本語であっても億劫に感じるが、
欧州ではその何百倍もめんどくさい。担当者がいるのだから、担当者がやれ、
と思っていたのだが、実際やってみると、どうってことはないのだ。
また新しい1週間が始まったが、また先週の課外授業で興味深く観察した話。
子供達は、私の名前を聞きたがる。これは初めてのことではないが、いつも面白いと思う。
私が子供の頃、クラスメートの母親の名前を本人に直接聞くなんて考えられなかった。
○○ちゃんのお母さん、というだけだ。本人には、オバサン、などと呼んだりした。
オバサンなんて、あまりステキな呼び方とも思わないが、オバサンと呼ぶ以外
どうするかわからない。奥さん、でもないし、その人の名前がわからないことが多いし、
わかっていても、子供が、○○さん、と直接その人の名前で呼ぶなんてのも不思議だ。
まあ私が、○○だよ、と子供に答えたところで、彼らには私の名前は難しいようだ。
大人にも難しいのだから、子供にはさらに難しいに違いない。
それから、もう一つ微笑ましかったのは、カップルが誕生した。
息子と同じ狐チームの年長の少年と、別のグループの小1の女の子がカップルになった。
恐らくこの1週間で少しずつ愛を育み、最終日に成就したようだった。
というか、この少年にはライバルがいて、もう一人の少年もこの女の子にお熱だった。
お熱…死語かもしれないが…そして、この女の子が、狐チームの少年を選んだのだった。
まあ私から見ても、勝利した少年のほうがハンサムだったし、頭も良さそうだった。
私は、狐チームの少年の勝利の瞬間も目撃していた。それから二人は手を繋いで歩き、
チームごとに別行動になった。その少年は私に、彼女を愛している、彼女は最高だ、
僕は彼女と結婚する、彼女は僕の妻になる、などと延々と語ってくれた…。
バスに乗り込み、彼らは何故か隣に座らなかったが、女の子が先に降り、
男の子は、愛してるよ、愛してるよ、と叫び続けていた…。笑える。
こうして彼らは幼稚園と小学校に別れ、来年少年が小学校に上がるまで、
一体何度会うかもわからない。1週間限定のお付き合いになってしまうのか、
まあどうでも良いが、ちょっと気になるところである。
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というか、本来なら私のするべき仕事ではなく、担当の人がやるべきことだったのだが、
待てど暮らせど何も起こらない。こうして待ち続けていても迷惑する人がおり、
それは間接的に私にも迷惑な話だったので、ついに役所に電話をかけ確認するべきことを
確認した。全く待っていたのが馬鹿みたいだったが、すべてが解決である…。
これが解決しないと、常に気になることが頭にあって、それがストレスになるのだが、
この件に関しては一件落着した…私は事務的能力が全くないわけではないが、
この手の手続きなど、大変億劫なタイプだ。日本語であっても億劫に感じるが、
欧州ではその何百倍もめんどくさい。担当者がいるのだから、担当者がやれ、
と思っていたのだが、実際やってみると、どうってことはないのだ。
また新しい1週間が始まったが、また先週の課外授業で興味深く観察した話。
子供達は、私の名前を聞きたがる。これは初めてのことではないが、いつも面白いと思う。
私が子供の頃、クラスメートの母親の名前を本人に直接聞くなんて考えられなかった。
○○ちゃんのお母さん、というだけだ。本人には、オバサン、などと呼んだりした。
オバサンなんて、あまりステキな呼び方とも思わないが、オバサンと呼ぶ以外
どうするかわからない。奥さん、でもないし、その人の名前がわからないことが多いし、
わかっていても、子供が、○○さん、と直接その人の名前で呼ぶなんてのも不思議だ。
まあ私が、○○だよ、と子供に答えたところで、彼らには私の名前は難しいようだ。
大人にも難しいのだから、子供にはさらに難しいに違いない。
それから、もう一つ微笑ましかったのは、カップルが誕生した。
息子と同じ狐チームの年長の少年と、別のグループの小1の女の子がカップルになった。
恐らくこの1週間で少しずつ愛を育み、最終日に成就したようだった。
というか、この少年にはライバルがいて、もう一人の少年もこの女の子にお熱だった。
お熱…死語かもしれないが…そして、この女の子が、狐チームの少年を選んだのだった。
まあ私から見ても、勝利した少年のほうがハンサムだったし、頭も良さそうだった。
私は、狐チームの少年の勝利の瞬間も目撃していた。それから二人は手を繋いで歩き、
チームごとに別行動になった。その少年は私に、彼女を愛している、彼女は最高だ、
僕は彼女と結婚する、彼女は僕の妻になる、などと延々と語ってくれた…。
バスに乗り込み、彼らは何故か隣に座らなかったが、女の子が先に降り、
男の子は、愛してるよ、愛してるよ、と叫び続けていた…。笑える。
こうして彼らは幼稚園と小学校に別れ、来年少年が小学校に上がるまで、
一体何度会うかもわからない。1週間限定のお付き合いになってしまうのか、
まあどうでも良いが、ちょっと気になるところである。
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2009/11/15
課外授業観察記録
というわけで、先週一週間、次男のクラスの子供は、
自然観察を目的とした課外授業を受けに、郊外の施設に毎日バスで通っていた。
この授業は、幼稚園の年長と、長男の通う小学校の1年生の1クラスと共同だった。
長男はこの課外授業に参加したことがないが、この施設には、1年中こうして
市内の幼稚園、小学校の2クラスが、自然について学ぶ課外授業を受けに来るらしい。
これには申し込んでも、受けられないこともあるそうだ。長男のように1度も
受けない子供もいるし、運が良ければ、年長と1年生と、2度受ける子供もいる。
先週1週間は、というか、先週に限らずここ3週間くらい、毎日毎日雨が降っては止む、
という悪天候で、先週も予報では毎日雨、と言われていたが、火曜以外は曇り空だった。
私は木曜と金曜に引率をお手伝いしたわけだが、雨はほとんど降らずラッキーだった。
子供達は、森を散歩し、いろいろな木の物語を聞いたり、木の葉を集めたり、
リサイクル、コンポストについて学んだり、宝探しをしたりした。
その施設は広い公園の中にあり、子供達は歩きに歩いた。私もかなり歩いた。
子供達は歩くだけでなく、走る元気もあるし、昼休み、昼食の後は走り回って
遊んでいたので、私より余程エネルギーを消費しただろうが、次男は帰宅しても元気だった。
私はもう歩きすぎてヘトヘトで、疲労困憊していた。今はもう元気だが、
昨日もぐったりしていたくらいだ。子供は元気で素晴らしい。
さて、この小学校1年のクラスには、問題児がいる。この子は学校中で有名だ。
長男もこの問題児についてよく話をする。噂の子供だ。未だかつて聞いたこともないような
困った子供なのだ。その子が、この課外授業に来るということで、私はちょっと緊張した。
私が引率に行かなかった日、次男曰く、この子供はちょっと悪い子だったが、
その程度だった、という話だった。木曜は、幸いなことにこの子供は欠席だった。
とても静かで平和な一日だった。
私は子供と一緒に給食を食べた。
この国の給食がどんなものか興味津々だったので、初めて食べられて嬉しかった。
なかなか美味しかったし、子供もとても利口に食べていた。
私が小学校で食べていた給食では、先の割れたスイカ用スプーンみたいなのを使っていたが、
そんな邪道なものは使わない。あのスプーン1本でフォークみたいに刺して食べ、
汁物もすくって食べられるという一石二鳥な便利な製品だったのだろうが…邪道だ。
息子達はナイフとフォークを使って食べていた。これが普通なのだ。
とにかく、木曜は大変平和だった。次男のクラスにも少し精神的に障害があるらしい
子供がいるが、皆その子に対してとても自然に優しくしていて、私はかなり感動した。
障害があっても、全く普通に接している。それがあたりまえであるかのように。
私は、障害がある子なんて絶対入れない、両親が揃っており健在で、そこそこ裕福な
子供でないと通えないような学校に行っており、それだけでもかなり偏った環境だった。
偏ったというか、恵まれた環境とも言えるのだろう。そんな温室のような環境でも、
子供達は人と違う点を見つけて、仲間はずれにして遊ぶなどということが大好きだった。
それでも、新聞に出るような事件に発展するほどのイジメではなかったが、
陰湿な子供の遊びは存在していたので、息子のクラスの子供が普通に楽しく
過ごしているのを見て、私はとても感動した。
さて、金曜日、噂の子供が登場した。しかも1日休んでパワーアップしていたようだ。
この子供は唾を吐く子供らしい。長男も知っている。休み時間に学校中で唾を吐くらしい。
私には唾を吐くなんて理解できない…痰を吐く人は見たことがあるが、そもそも、
痰を吐くにしても、唾を吐くのと同等に大層無礼な行為であり、子供でも唾を吐く、
なんてことは許されない。第一こんなインフルがどうの、というご時勢に唾を吐く、
なんてのは、言語道断なのである。
この子供とうちの次男は、同じグループだった。狐、リス、鷺、猪、チームに子供達は
分かれており、唾吐き少年と次男は狐グループだった。ということで、
金曜日、子供達はグループに分かれて、今日は何をするか、という指示を待っていた。
唾少年は退屈したのか、唾を吐きまくっていた。天井に向かって吐き、足元にも吐いた。
次男の靴にかかった、と次男は泣いた。次男が泣くなんてことは幼稚園では
ありえないそうなので、大騒ぎになった。
私はこの唾少年の言動には呆気に取られてしまった。次男にはとにかく同じグループでも、
その子供から距離をとるように、と言った。どう対処して良いかわからなかった…。
担任は辛抱強かった。叱ってはいけない、という決まりらしい。
なので、私がどうこうでしゃばって、自体を悪化させるのも怖かった…。
午前中はリサイクルについて学んだが、この唾少年は担任が他のクループと
散歩に連れて行った。リサイクルなんて話を大人しく聞くような子供ではない。
それでも、リサイクルについて子供たちが話を聞いているのを観察していると、
年長の子供は比較的静かに聴いているのに、1年生の子供は話を聞けないようだ。
うろうろしてしまう子供などが多い。恐らく、学級崩壊というのはこういうものか、
と思う。この唾少年に担任はかかりきりで、他の子供がおざなりになっているようで、
話を集中して聞くことが出来ない子供が多いのだ。ショックだった。
午後は、狐チームに唾少年の担任が付き、宝探しゲームをした。
私はこのとき、かなり近くで唾少年を観察した。何かを楽しんでいるとき、
唾を吐いたりはしないのだが、この少年は川に落ちたりし、とにかくどうしようもなく
落ち着きがなかった。それでも笑顔はなかなか可愛いのだ。
観察していると、まるで2歳児がそのまま何の教育も受けないで6歳になってしまったような、
そんな感じだった。普通2歳位のとき、棒を振り回したり、水溜りで飛び跳ねたり、
唾を吐いたら、そんなことをしてはいけない、としっかり理解するまで、
とことん叱られなければいけない。
恐らく彼はそのような教育を受けずに6歳になってしまったかのようだ。
まあ普通に考えて、彼は普通にモノを学べない、学習障害とか、詳しくは分からないが、
恐らくそういう子供なのだろう。
私は彼の長靴にたまっていた川の水を、長靴を脱がせてじゃーっと出した。
私がふざけて、これ、おしっこじゃないでしょうね?と言うと、大笑いしていた。
彼と、仲良くしている子供もたくさんいるのだ。私もあと1日くらいあれば、
もっと彼と仲良く出来そうだ、と思った。
唾を吐いて息子にかかったとき、お前は中国人か?とでも言ってやればよかった。
中国人はお前じゃ、と言われるのがオチだろうが…、とにかく
その時点ではどう対処して良いかわからなかった…。
見たこともない野獣を前に、どうして良いか皆目検討もつかなかった。
この日も、こういう変わった子供に対し、子供達は普通に接していたのを見て、
かなり感動した。私は始め息子が泣いたとき、離れていなさい、と言ったが、
子供達は彼と距離をとることなく、一緒に同じ空間と時間を共有していた。
もちろん、彼をいじめることもなく。
ただ、私自身このような子供と次男が同じクラスになるなんて、とんでもないこと、
と思ってしまう。小学校の1年目、大切なことをたくさん学ばなければいけない時に、
担任が1人の問題児にかかりきり、と言うのは困る。
まあそれでも、私が学べなかったようなこと、つまり、世の中いろんな人がいる、
ということを学べるのは素晴らしいことではあるが。
というわけで、問題児を観察して、いろいろ考えてしまった2日間だった。
次男は話を聞くときは本当に静かに聞いていた。時には正座をしていた。
律儀すぎるほど真面目な子供だったが、遊ぶときには元気に遊んでおり、
緩急の効いた、めりはりのある子供だ。先生が、なんていい子、と言うのがわかる。
とわが子を褒めちぎるのもアレだが、無理せず、これからもこの調子で育って欲しい。
3
自然観察を目的とした課外授業を受けに、郊外の施設に毎日バスで通っていた。
この授業は、幼稚園の年長と、長男の通う小学校の1年生の1クラスと共同だった。
長男はこの課外授業に参加したことがないが、この施設には、1年中こうして
市内の幼稚園、小学校の2クラスが、自然について学ぶ課外授業を受けに来るらしい。
これには申し込んでも、受けられないこともあるそうだ。長男のように1度も
受けない子供もいるし、運が良ければ、年長と1年生と、2度受ける子供もいる。
先週1週間は、というか、先週に限らずここ3週間くらい、毎日毎日雨が降っては止む、
という悪天候で、先週も予報では毎日雨、と言われていたが、火曜以外は曇り空だった。
私は木曜と金曜に引率をお手伝いしたわけだが、雨はほとんど降らずラッキーだった。
子供達は、森を散歩し、いろいろな木の物語を聞いたり、木の葉を集めたり、
リサイクル、コンポストについて学んだり、宝探しをしたりした。
その施設は広い公園の中にあり、子供達は歩きに歩いた。私もかなり歩いた。
子供達は歩くだけでなく、走る元気もあるし、昼休み、昼食の後は走り回って
遊んでいたので、私より余程エネルギーを消費しただろうが、次男は帰宅しても元気だった。
私はもう歩きすぎてヘトヘトで、疲労困憊していた。今はもう元気だが、
昨日もぐったりしていたくらいだ。子供は元気で素晴らしい。
さて、この小学校1年のクラスには、問題児がいる。この子は学校中で有名だ。
長男もこの問題児についてよく話をする。噂の子供だ。未だかつて聞いたこともないような
困った子供なのだ。その子が、この課外授業に来るということで、私はちょっと緊張した。
私が引率に行かなかった日、次男曰く、この子供はちょっと悪い子だったが、
その程度だった、という話だった。木曜は、幸いなことにこの子供は欠席だった。
とても静かで平和な一日だった。
私は子供と一緒に給食を食べた。
この国の給食がどんなものか興味津々だったので、初めて食べられて嬉しかった。
なかなか美味しかったし、子供もとても利口に食べていた。
私が小学校で食べていた給食では、先の割れたスイカ用スプーンみたいなのを使っていたが、
そんな邪道なものは使わない。あのスプーン1本でフォークみたいに刺して食べ、
汁物もすくって食べられるという一石二鳥な便利な製品だったのだろうが…邪道だ。
息子達はナイフとフォークを使って食べていた。これが普通なのだ。
とにかく、木曜は大変平和だった。次男のクラスにも少し精神的に障害があるらしい
子供がいるが、皆その子に対してとても自然に優しくしていて、私はかなり感動した。
障害があっても、全く普通に接している。それがあたりまえであるかのように。
私は、障害がある子なんて絶対入れない、両親が揃っており健在で、そこそこ裕福な
子供でないと通えないような学校に行っており、それだけでもかなり偏った環境だった。
偏ったというか、恵まれた環境とも言えるのだろう。そんな温室のような環境でも、
子供達は人と違う点を見つけて、仲間はずれにして遊ぶなどということが大好きだった。
それでも、新聞に出るような事件に発展するほどのイジメではなかったが、
陰湿な子供の遊びは存在していたので、息子のクラスの子供が普通に楽しく
過ごしているのを見て、私はとても感動した。
さて、金曜日、噂の子供が登場した。しかも1日休んでパワーアップしていたようだ。
この子供は唾を吐く子供らしい。長男も知っている。休み時間に学校中で唾を吐くらしい。
私には唾を吐くなんて理解できない…痰を吐く人は見たことがあるが、そもそも、
痰を吐くにしても、唾を吐くのと同等に大層無礼な行為であり、子供でも唾を吐く、
なんてことは許されない。第一こんなインフルがどうの、というご時勢に唾を吐く、
なんてのは、言語道断なのである。
この子供とうちの次男は、同じグループだった。狐、リス、鷺、猪、チームに子供達は
分かれており、唾吐き少年と次男は狐グループだった。ということで、
金曜日、子供達はグループに分かれて、今日は何をするか、という指示を待っていた。
唾少年は退屈したのか、唾を吐きまくっていた。天井に向かって吐き、足元にも吐いた。
次男の靴にかかった、と次男は泣いた。次男が泣くなんてことは幼稚園では
ありえないそうなので、大騒ぎになった。
私はこの唾少年の言動には呆気に取られてしまった。次男にはとにかく同じグループでも、
その子供から距離をとるように、と言った。どう対処して良いかわからなかった…。
担任は辛抱強かった。叱ってはいけない、という決まりらしい。
なので、私がどうこうでしゃばって、自体を悪化させるのも怖かった…。
午前中はリサイクルについて学んだが、この唾少年は担任が他のクループと
散歩に連れて行った。リサイクルなんて話を大人しく聞くような子供ではない。
それでも、リサイクルについて子供たちが話を聞いているのを観察していると、
年長の子供は比較的静かに聴いているのに、1年生の子供は話を聞けないようだ。
うろうろしてしまう子供などが多い。恐らく、学級崩壊というのはこういうものか、
と思う。この唾少年に担任はかかりきりで、他の子供がおざなりになっているようで、
話を集中して聞くことが出来ない子供が多いのだ。ショックだった。
午後は、狐チームに唾少年の担任が付き、宝探しゲームをした。
私はこのとき、かなり近くで唾少年を観察した。何かを楽しんでいるとき、
唾を吐いたりはしないのだが、この少年は川に落ちたりし、とにかくどうしようもなく
落ち着きがなかった。それでも笑顔はなかなか可愛いのだ。
観察していると、まるで2歳児がそのまま何の教育も受けないで6歳になってしまったような、
そんな感じだった。普通2歳位のとき、棒を振り回したり、水溜りで飛び跳ねたり、
唾を吐いたら、そんなことをしてはいけない、としっかり理解するまで、
とことん叱られなければいけない。
恐らく彼はそのような教育を受けずに6歳になってしまったかのようだ。
まあ普通に考えて、彼は普通にモノを学べない、学習障害とか、詳しくは分からないが、
恐らくそういう子供なのだろう。
私は彼の長靴にたまっていた川の水を、長靴を脱がせてじゃーっと出した。
私がふざけて、これ、おしっこじゃないでしょうね?と言うと、大笑いしていた。
彼と、仲良くしている子供もたくさんいるのだ。私もあと1日くらいあれば、
もっと彼と仲良く出来そうだ、と思った。
唾を吐いて息子にかかったとき、お前は中国人か?とでも言ってやればよかった。
中国人はお前じゃ、と言われるのがオチだろうが…、とにかく
その時点ではどう対処して良いかわからなかった…。
見たこともない野獣を前に、どうして良いか皆目検討もつかなかった。
この日も、こういう変わった子供に対し、子供達は普通に接していたのを見て、
かなり感動した。私は始め息子が泣いたとき、離れていなさい、と言ったが、
子供達は彼と距離をとることなく、一緒に同じ空間と時間を共有していた。
もちろん、彼をいじめることもなく。
ただ、私自身このような子供と次男が同じクラスになるなんて、とんでもないこと、
と思ってしまう。小学校の1年目、大切なことをたくさん学ばなければいけない時に、
担任が1人の問題児にかかりきり、と言うのは困る。
まあそれでも、私が学べなかったようなこと、つまり、世の中いろんな人がいる、
ということを学べるのは素晴らしいことではあるが。
というわけで、問題児を観察して、いろいろ考えてしまった2日間だった。
次男は話を聞くときは本当に静かに聞いていた。時には正座をしていた。
律儀すぎるほど真面目な子供だったが、遊ぶときには元気に遊んでおり、
緩急の効いた、めりはりのある子供だ。先生が、なんていい子、と言うのがわかる。
とわが子を褒めちぎるのもアレだが、無理せず、これからもこの調子で育って欲しい。
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2009/11/14
ちょっとご無沙汰
1週間更新をサボってしまった。別に凄く忙しいというわけでもないが、
普段よりは外に出ていてPCに向き合う時間もあまりなかった。
和書を数冊ゲットしたため、家にいるときは読書にいそしんでいた、というのもある。
今朝は久々にあちこちに買い物に行った。アジアンマーケットでいろいろ買い込んだ。
米も醤油も春雨も、その手の保存しておくべき食品が足りなくなると困るので、
時々行かなければいけない。
あと、最近台所の調理台が故障した。これは、この家を買ったとき付いてきたものだ。
大変優秀なものだったが、ある日、日本人風にたくさんおかずを作ってみよう、
と突然思い立ち、たくさん料理をしたら、ぼん!と言う爆発音が出て、それ以降、
3つある調理台の2つが使えなくなった。幸い1つは使えるので、
料理が出来ないわけではないが、何かを調理しながら、別のものを作ることができない。
これはちょっと困るので、電気屋にも行ったが、正しいサイズが分からず、
結局買わなかった。前のアパートで使っていた調理台を代わりに使うことにした。
サイズも合うようだった。まあ質は落ちるが、余計な出費を控えることも出来、
昔の調理台がまだ使えるので良いことにする。
あと、息子の冬の靴と冬の上着を買い、その後イケアでDVDの棚を買った。
イケアでは新しいカタログも入手でき、しばらくはこれを眺めて楽しもうと思う。
午後はその棚を長男と一緒に組み立てた。彼は私にそっくりなので、この手のものが得意だ。
夫より得意かもしれない。まだ腕力は私より弱いようだが、組み立てる能力は私くらいある。
これからはイケアの組み立ては息子と一緒に出来るようになる。嬉しい進歩だ。
さて、今週は、次男が毎日課外授業というか、幼稚園からバスで田舎に行き、
自然を学ぶ、という1週間だった。遠足のようなものだが、毎日数人の保護者が引率する。
次男は、私に毎日来て欲しいと言った。何か、とても恐ろしい場所に行くように
感じていたようだ。何故かは分からないが、他にも、この課外授業に大きな不安を
抱いていた子供がたくさんいたようだった。この課外授業の引率を手伝うとなると、
朝から夕方までずっと子供達に同行し、また昼も子供達と一緒に給食を食べる、
ということだったので、長男が家で昼食を取る日は同行できない。
次男は、私が行けないというと、泣いて嫌がるほど私に来て欲しがったが、
結局私は長男が給食を食べる、2日間だけ引率のお手伝いをすることにした。
というわけで長くなるので、明日以降、このとき観察したことを日記にする予定だ。
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普段よりは外に出ていてPCに向き合う時間もあまりなかった。
和書を数冊ゲットしたため、家にいるときは読書にいそしんでいた、というのもある。
今朝は久々にあちこちに買い物に行った。アジアンマーケットでいろいろ買い込んだ。
米も醤油も春雨も、その手の保存しておくべき食品が足りなくなると困るので、
時々行かなければいけない。
あと、最近台所の調理台が故障した。これは、この家を買ったとき付いてきたものだ。
大変優秀なものだったが、ある日、日本人風にたくさんおかずを作ってみよう、
と突然思い立ち、たくさん料理をしたら、ぼん!と言う爆発音が出て、それ以降、
3つある調理台の2つが使えなくなった。幸い1つは使えるので、
料理が出来ないわけではないが、何かを調理しながら、別のものを作ることができない。
これはちょっと困るので、電気屋にも行ったが、正しいサイズが分からず、
結局買わなかった。前のアパートで使っていた調理台を代わりに使うことにした。
サイズも合うようだった。まあ質は落ちるが、余計な出費を控えることも出来、
昔の調理台がまだ使えるので良いことにする。
あと、息子の冬の靴と冬の上着を買い、その後イケアでDVDの棚を買った。
イケアでは新しいカタログも入手でき、しばらくはこれを眺めて楽しもうと思う。
午後はその棚を長男と一緒に組み立てた。彼は私にそっくりなので、この手のものが得意だ。
夫より得意かもしれない。まだ腕力は私より弱いようだが、組み立てる能力は私くらいある。
これからはイケアの組み立ては息子と一緒に出来るようになる。嬉しい進歩だ。
さて、今週は、次男が毎日課外授業というか、幼稚園からバスで田舎に行き、
自然を学ぶ、という1週間だった。遠足のようなものだが、毎日数人の保護者が引率する。
次男は、私に毎日来て欲しいと言った。何か、とても恐ろしい場所に行くように
感じていたようだ。何故かは分からないが、他にも、この課外授業に大きな不安を
抱いていた子供がたくさんいたようだった。この課外授業の引率を手伝うとなると、
朝から夕方までずっと子供達に同行し、また昼も子供達と一緒に給食を食べる、
ということだったので、長男が家で昼食を取る日は同行できない。
次男は、私が行けないというと、泣いて嫌がるほど私に来て欲しがったが、
結局私は長男が給食を食べる、2日間だけ引率のお手伝いをすることにした。
というわけで長くなるので、明日以降、このとき観察したことを日記にする予定だ。
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2009/11/8
新しいドライヤー
先月旅行に行ったとき泊まったホテルについていたドライヤーに、夫は偉く感動した。
私は普段洗髪しても、自然乾燥だ。びしょびしょでも放置している。
そのままで幼稚園の送迎など出かけたりもする。風邪も引かない。
夫は洗うとすぐドライヤーで乾かしている。乾かさないと風邪を引くと思うようだし、
自然乾燥だと髪がクルクルになってしまう。私はクルクル頭の夫を可愛いと思うが、
本人は直毛風にしたいようだ。
夫は日本に行ったりすると、湿気で髪がクルクルになってしまい、微笑ましい。
とにかく、洗髪後すぐ乾かすのは必須らしい。ご苦労様なことだ。
まあそんなわけで、ホテルのドライヤーと同じものを買いに行こうというので、同行した。
最近友人とイオンドライヤーの話題になり、そんなしゃれたものはこんな田舎にはない、
と思い込んでいたが、売り場に行くと、あった。全然知らなかった。
今まで使っていたドライヤーは、強風は出るが、冷風もないし、
本当にガーガー言って乾かすだけという商品だった。
まあそういう単なるドライヤーもあった。ロングヘアー用、ミディアムヘア用、などと分かれていて単純にワット数が違う、というのもあったが、
私は友人とイオンの話をしていたので、是非イオンドライヤーをゲットせねば、
と鼻息が荒かった。夫に、ホレ、このイオンっての、良いらしいよ、と言いまくった。
何がどう良いのか良く分からないが、とにかく良いらしい、と。
いろんな値段のがあったが、イオン系で一番安いのを買うことにした。
なんでもない一番安いドライヤーの倍はする。夫は、どうでも良いから一番安いのを、
と言う感じで物を選ぶ人だが、別に今まで使っていたドライヤーが壊れたわけではない。
だからそれ以上のものを買う必要があったのだ。
思えば今までのドライヤーも昔夫と一緒に買った。その前のドライヤーは壊れたのだった。
しかも立て続けに壊れた。私が一人暮らしの頃持っていたものを代わりに使っていたが、
それもすぐ壊れたので、今までのドライヤーを買ったのだ。当時はとにかく安いの、
という感じで選んだわけだが、夫はホテルで、どうも世の中には、
髪がいうことを聞くようになるドライヤーがあるらしい、ということを学んだらしい。
私は普段から滅多にドライヤーを使わないので、夫ほど感動したわけではない。
毛が少ない上、さらに抜け毛が激しいので、ドライヤーを使わなくても乾くのが速いからだ。
とにかく、今までのドライヤーを買った当時既にイオン系なんてのはあったのだろうか。
全く覚えていない。夫はただ安くてそう醜くないドライヤーというのを選んだのだ。
今回は、ホテルにあったドライヤーを買う、と言っていたのだが、
もちろん同じものがスーパーの電化売り場にあるわけもなく、さて、どうしたものか、
と悩んだが、私のイオン買えーイオン買おうーという囁きが効いたようで、
晴れてイオン系で一番安いのを購入することにした。
夫はその日早速洗髪し、ドライヤーを使った。私がどうか、と聞くと、
見ろこの美しい髪を!と言わんばかりに、シャンプーのCMさながらに髪を振っていた。
確かにいつもよりずっとまとまっている。クルクルもしていないし、きちんとしている。
夫が目指すキレイ目にセットされたヘアスタイルだ。私はワイルドなほうが好きなのだが。
まあいい。夫が自分でキレイ目を目指すならそうすれば良いのだ。
というわけで、私も今朝洗髪し、いつもは自然乾燥だがドライヤーで乾かしてみた。
確かに、今までのただのドライヤーより、しっとり良い感じだ。
音も、今までガーガーうるさかったのに、何だか控え目な音を出している。
そして、私の髪も、なんだか艶々になったような気がする。
というか、ブローしたからなんだろうが…でもブローをしたくなるドライヤーなのだ。
今までのドライヤーでは、あまりブローしたくならないうるささだったし、
変な焦げたようなにおいもしていたし、ドライヤーの風が髪をボサボサにしている、
という印象を受けるばかりで、ブローなどしたこともなかった。とにかく別物だ。
冷風も出せるし、強さも3段階ある。何せ、こんな田舎ではどうせないに違いない、
と思っていたイオンドライヤーだ。かなり感動だ。
これから私は、ドライヤーかけたさに毎日洗髪してしまいそうである。
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私は普段洗髪しても、自然乾燥だ。びしょびしょでも放置している。
そのままで幼稚園の送迎など出かけたりもする。風邪も引かない。
夫は洗うとすぐドライヤーで乾かしている。乾かさないと風邪を引くと思うようだし、
自然乾燥だと髪がクルクルになってしまう。私はクルクル頭の夫を可愛いと思うが、
本人は直毛風にしたいようだ。
夫は日本に行ったりすると、湿気で髪がクルクルになってしまい、微笑ましい。
とにかく、洗髪後すぐ乾かすのは必須らしい。ご苦労様なことだ。
まあそんなわけで、ホテルのドライヤーと同じものを買いに行こうというので、同行した。
最近友人とイオンドライヤーの話題になり、そんなしゃれたものはこんな田舎にはない、
と思い込んでいたが、売り場に行くと、あった。全然知らなかった。
今まで使っていたドライヤーは、強風は出るが、冷風もないし、
本当にガーガー言って乾かすだけという商品だった。
まあそういう単なるドライヤーもあった。ロングヘアー用、ミディアムヘア用、などと分かれていて単純にワット数が違う、というのもあったが、
私は友人とイオンの話をしていたので、是非イオンドライヤーをゲットせねば、
と鼻息が荒かった。夫に、ホレ、このイオンっての、良いらしいよ、と言いまくった。
何がどう良いのか良く分からないが、とにかく良いらしい、と。
いろんな値段のがあったが、イオン系で一番安いのを買うことにした。
なんでもない一番安いドライヤーの倍はする。夫は、どうでも良いから一番安いのを、
と言う感じで物を選ぶ人だが、別に今まで使っていたドライヤーが壊れたわけではない。
だからそれ以上のものを買う必要があったのだ。
思えば今までのドライヤーも昔夫と一緒に買った。その前のドライヤーは壊れたのだった。
しかも立て続けに壊れた。私が一人暮らしの頃持っていたものを代わりに使っていたが、
それもすぐ壊れたので、今までのドライヤーを買ったのだ。当時はとにかく安いの、
という感じで選んだわけだが、夫はホテルで、どうも世の中には、
髪がいうことを聞くようになるドライヤーがあるらしい、ということを学んだらしい。
私は普段から滅多にドライヤーを使わないので、夫ほど感動したわけではない。
毛が少ない上、さらに抜け毛が激しいので、ドライヤーを使わなくても乾くのが速いからだ。
とにかく、今までのドライヤーを買った当時既にイオン系なんてのはあったのだろうか。
全く覚えていない。夫はただ安くてそう醜くないドライヤーというのを選んだのだ。
今回は、ホテルにあったドライヤーを買う、と言っていたのだが、
もちろん同じものがスーパーの電化売り場にあるわけもなく、さて、どうしたものか、
と悩んだが、私のイオン買えーイオン買おうーという囁きが効いたようで、
晴れてイオン系で一番安いのを購入することにした。
夫はその日早速洗髪し、ドライヤーを使った。私がどうか、と聞くと、
見ろこの美しい髪を!と言わんばかりに、シャンプーのCMさながらに髪を振っていた。
確かにいつもよりずっとまとまっている。クルクルもしていないし、きちんとしている。
夫が目指すキレイ目にセットされたヘアスタイルだ。私はワイルドなほうが好きなのだが。
まあいい。夫が自分でキレイ目を目指すならそうすれば良いのだ。
というわけで、私も今朝洗髪し、いつもは自然乾燥だがドライヤーで乾かしてみた。
確かに、今までのただのドライヤーより、しっとり良い感じだ。
音も、今までガーガーうるさかったのに、何だか控え目な音を出している。
そして、私の髪も、なんだか艶々になったような気がする。
というか、ブローしたからなんだろうが…でもブローをしたくなるドライヤーなのだ。
今までのドライヤーでは、あまりブローしたくならないうるささだったし、
変な焦げたようなにおいもしていたし、ドライヤーの風が髪をボサボサにしている、
という印象を受けるばかりで、ブローなどしたこともなかった。とにかく別物だ。
冷風も出せるし、強さも3段階ある。何せ、こんな田舎ではどうせないに違いない、
と思っていたイオンドライヤーだ。かなり感動だ。
これから私は、ドライヤーかけたさに毎日洗髪してしまいそうである。
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2009/11/7
変な夢
夢は良く見るが、起きたときもかなり具体的に覚えていたので書いてみる。
夢で、私は真田広之と恋愛していた。どうも私は既婚状態だが、不倫というか、
真田さんと恋愛しているようだった。別にファンでもなんでもない。
最近彼が主演する中国映画を見たのと、あとはラストサムライで見たくらいだ。
日本にいた頃だって、別にファンだったと言うわけではない。私の好みだと背が低すぎる。
里見八犬伝くらいのころ、あらカッコ良いと思ったことはあった。
まあ良い。真田さんはオペラの指導みたいなのをしており、私は付き人みたいだった。
私の薬用リップグロスを真田さんは私物化していた。でも愛があるから共用でも良いか、
と私は思っているようだった。わけが分からない。
不倫願望があるのかは自覚がないが、夢に見るくらいなのだからそうなのかもしれない。
その夢の恋愛編は終わり、私は母校をウロウロしている。
と、こうして夢では、何の脈略もなく設定が突然変わるのが謎である。
小学校だ。小学校をウロウロしている夢というのは、本当に良く見る。
この夢でも、私は玄関あたりをウロウロし、地下に降りたり、上ったりしている。
私は夢で小学校に行くと、必ず地下への階段を上ったり降りたりしている。
今回は1階部分もうろついたし、2階3階もウロウロ徘徊していた。
もう小学校でうろつく夢は、それはもう何度も何度も見ている。
自分の出番直前なのに、衣装も着ていない、メークもしていない、という夢、
自分の出番直前なのに、暗譜もしていない、譜読みさえしていない、と言う夢と
同じくらい、小学校をウロウロする夢を見る。
またこの夢では小学校をいつものようにうろついた後、中学高校の校舎もウロウロした。
中高の校舎には、在校生がたくさんいて、何故か園児もいた。
園児には男の子も混ざっており、いつのまに共学になったのかと聞くと、
先生は、最近は少子化が進んでいるので、というようなことを答えてくれていた。
また中高の校舎は、偉く改築されており、まるでディズニーランドみたいだった。
たくさん学食みたいなコーナーがあり、生徒がお茶をしたりしている。
またいろいろデコレーションがゴテゴテしているため、身体を横にしないと通れないような
箇所もたくさんあって、私は最近痩せたので通れるが、太ってたら無理だった、
などと考えていた。
まあどうでも良い、本当に変な夢を、こうして今回はよく覚えていたが、
私は夢の中でしょっちゅうしょっちゅう小中高の校舎を徘徊している。
大学は、4年間と大学院だったが、合計6年間ほど通ったかと思う。
それでもはじめの2年くらいはともかく、残りの数年は、週に数回、2回とか3回、
しかも午後だけとか、いかに大学に行く回数を少なくするかに命をかけた授業選択だった。
今思えば、毎日しっかり通って、別に必須単位だけでなく、いろいろな授業を積極的に
選択して、じっくりいろんな知識を身に着ければよかった、と思う。
馬鹿なことをしたものである。
とにかく、大学でうろうろしている夢は、あまり見た記憶がない。
小中高は、大学時代ほど楽しくもなかったが、何せ毎日朝から夕方まで、
毎日毎日、12年間通いつめて、多くの時間を過ごしたわけなので、
いろいろな思い出が脳にも染み込んでいるのかもしれない。
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夢で、私は真田広之と恋愛していた。どうも私は既婚状態だが、不倫というか、
真田さんと恋愛しているようだった。別にファンでもなんでもない。
最近彼が主演する中国映画を見たのと、あとはラストサムライで見たくらいだ。
日本にいた頃だって、別にファンだったと言うわけではない。私の好みだと背が低すぎる。
里見八犬伝くらいのころ、あらカッコ良いと思ったことはあった。
まあ良い。真田さんはオペラの指導みたいなのをしており、私は付き人みたいだった。
私の薬用リップグロスを真田さんは私物化していた。でも愛があるから共用でも良いか、
と私は思っているようだった。わけが分からない。
不倫願望があるのかは自覚がないが、夢に見るくらいなのだからそうなのかもしれない。
その夢の恋愛編は終わり、私は母校をウロウロしている。
と、こうして夢では、何の脈略もなく設定が突然変わるのが謎である。
小学校だ。小学校をウロウロしている夢というのは、本当に良く見る。
この夢でも、私は玄関あたりをウロウロし、地下に降りたり、上ったりしている。
私は夢で小学校に行くと、必ず地下への階段を上ったり降りたりしている。
今回は1階部分もうろついたし、2階3階もウロウロ徘徊していた。
もう小学校でうろつく夢は、それはもう何度も何度も見ている。
自分の出番直前なのに、衣装も着ていない、メークもしていない、という夢、
自分の出番直前なのに、暗譜もしていない、譜読みさえしていない、と言う夢と
同じくらい、小学校をウロウロする夢を見る。
またこの夢では小学校をいつものようにうろついた後、中学高校の校舎もウロウロした。
中高の校舎には、在校生がたくさんいて、何故か園児もいた。
園児には男の子も混ざっており、いつのまに共学になったのかと聞くと、
先生は、最近は少子化が進んでいるので、というようなことを答えてくれていた。
また中高の校舎は、偉く改築されており、まるでディズニーランドみたいだった。
たくさん学食みたいなコーナーがあり、生徒がお茶をしたりしている。
またいろいろデコレーションがゴテゴテしているため、身体を横にしないと通れないような
箇所もたくさんあって、私は最近痩せたので通れるが、太ってたら無理だった、
などと考えていた。
まあどうでも良い、本当に変な夢を、こうして今回はよく覚えていたが、
私は夢の中でしょっちゅうしょっちゅう小中高の校舎を徘徊している。
大学は、4年間と大学院だったが、合計6年間ほど通ったかと思う。
それでもはじめの2年くらいはともかく、残りの数年は、週に数回、2回とか3回、
しかも午後だけとか、いかに大学に行く回数を少なくするかに命をかけた授業選択だった。
今思えば、毎日しっかり通って、別に必須単位だけでなく、いろいろな授業を積極的に
選択して、じっくりいろんな知識を身に着ければよかった、と思う。
馬鹿なことをしたものである。
とにかく、大学でうろうろしている夢は、あまり見た記憶がない。
小中高は、大学時代ほど楽しくもなかったが、何せ毎日朝から夕方まで、
毎日毎日、12年間通いつめて、多くの時間を過ごしたわけなので、
いろいろな思い出が脳にも染み込んでいるのかもしれない。
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