2009/11/8

新しいドライヤー  

先月旅行に行ったとき泊まったホテルについていたドライヤーに、夫は偉く感動した。

私は普段洗髪しても、自然乾燥だ。びしょびしょでも放置している。
そのままで幼稚園の送迎など出かけたりもする。風邪も引かない。
夫は洗うとすぐドライヤーで乾かしている。乾かさないと風邪を引くと思うようだし、
自然乾燥だと髪がクルクルになってしまう。私はクルクル頭の夫を可愛いと思うが、
本人は直毛風にしたいようだ。
夫は日本に行ったりすると、湿気で髪がクルクルになってしまい、微笑ましい。
とにかく、洗髪後すぐ乾かすのは必須らしい。ご苦労様なことだ。

まあそんなわけで、ホテルのドライヤーと同じものを買いに行こうというので、同行した。
最近友人とイオンドライヤーの話題になり、そんなしゃれたものはこんな田舎にはない、
と思い込んでいたが、売り場に行くと、あった。全然知らなかった。
今まで使っていたドライヤーは、強風は出るが、冷風もないし、
本当にガーガー言って乾かすだけという商品だった。

まあそういう単なるドライヤーもあった。ロングヘアー用、ミディアムヘア用、などと分かれていて単純にワット数が違う、というのもあったが、
私は友人とイオンの話をしていたので、是非イオンドライヤーをゲットせねば、
と鼻息が荒かった。夫に、ホレ、このイオンっての、良いらしいよ、と言いまくった。
何がどう良いのか良く分からないが、とにかく良いらしい、と。

いろんな値段のがあったが、イオン系で一番安いのを買うことにした。
なんでもない一番安いドライヤーの倍はする。夫は、どうでも良いから一番安いのを、
と言う感じで物を選ぶ人だが、別に今まで使っていたドライヤーが壊れたわけではない。
だからそれ以上のものを買う必要があったのだ。

思えば今までのドライヤーも昔夫と一緒に買った。その前のドライヤーは壊れたのだった。
しかも立て続けに壊れた。私が一人暮らしの頃持っていたものを代わりに使っていたが、
それもすぐ壊れたので、今までのドライヤーを買ったのだ。当時はとにかく安いの、
という感じで選んだわけだが、夫はホテルで、どうも世の中には、
髪がいうことを聞くようになるドライヤーがあるらしい、ということを学んだらしい。
私は普段から滅多にドライヤーを使わないので、夫ほど感動したわけではない。
毛が少ない上、さらに抜け毛が激しいので、ドライヤーを使わなくても乾くのが速いからだ。

とにかく、今までのドライヤーを買った当時既にイオン系なんてのはあったのだろうか。
全く覚えていない。夫はただ安くてそう醜くないドライヤーというのを選んだのだ。

今回は、ホテルにあったドライヤーを買う、と言っていたのだが、
もちろん同じものがスーパーの電化売り場にあるわけもなく、さて、どうしたものか、
と悩んだが、私のイオン買えーイオン買おうーという囁きが効いたようで、
晴れてイオン系で一番安いのを購入することにした。

夫はその日早速洗髪し、ドライヤーを使った。私がどうか、と聞くと、
見ろこの美しい髪を!と言わんばかりに、シャンプーのCMさながらに髪を振っていた。
確かにいつもよりずっとまとまっている。クルクルもしていないし、きちんとしている。
夫が目指すキレイ目にセットされたヘアスタイルだ。私はワイルドなほうが好きなのだが。
まあいい。夫が自分でキレイ目を目指すならそうすれば良いのだ。

というわけで、私も今朝洗髪し、いつもは自然乾燥だがドライヤーで乾かしてみた。
確かに、今までのただのドライヤーより、しっとり良い感じだ。
音も、今までガーガーうるさかったのに、何だか控え目な音を出している。

そして、私の髪も、なんだか艶々になったような気がする。
というか、ブローしたからなんだろうが…でもブローをしたくなるドライヤーなのだ。
今までのドライヤーでは、あまりブローしたくならないうるささだったし、
変な焦げたようなにおいもしていたし、ドライヤーの風が髪をボサボサにしている、
という印象を受けるばかりで、ブローなどしたこともなかった。とにかく別物だ。
冷風も出せるし、強さも3段階ある。何せ、こんな田舎ではどうせないに違いない、
と思っていたイオンドライヤーだ。かなり感動だ。

これから私は、ドライヤーかけたさに毎日洗髪してしまいそうである。
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2009/11/7

変な夢  

夢は良く見るが、起きたときもかなり具体的に覚えていたので書いてみる。

夢で、私は真田広之と恋愛していた。どうも私は既婚状態だが、不倫というか、
真田さんと恋愛しているようだった。別にファンでもなんでもない。
最近彼が主演する中国映画を見たのと、あとはラストサムライで見たくらいだ。
日本にいた頃だって、別にファンだったと言うわけではない。私の好みだと背が低すぎる。

里見八犬伝くらいのころ、あらカッコ良いと思ったことはあった。

まあ良い。真田さんはオペラの指導みたいなのをしており、私は付き人みたいだった。
私の薬用リップグロスを真田さんは私物化していた。でも愛があるから共用でも良いか、
と私は思っているようだった。わけが分からない。
不倫願望があるのかは自覚がないが、夢に見るくらいなのだからそうなのかもしれない。

その夢の恋愛編は終わり、私は母校をウロウロしている。
と、こうして夢では、何の脈略もなく設定が突然変わるのが謎である。
小学校だ。小学校をウロウロしている夢というのは、本当に良く見る。
この夢でも、私は玄関あたりをウロウロし、地下に降りたり、上ったりしている。
私は夢で小学校に行くと、必ず地下への階段を上ったり降りたりしている。
今回は1階部分もうろついたし、2階3階もウロウロ徘徊していた。
もう小学校でうろつく夢は、それはもう何度も何度も見ている。

自分の出番直前なのに、衣装も着ていない、メークもしていない、という夢、
自分の出番直前なのに、暗譜もしていない、譜読みさえしていない、と言う夢と
同じくらい、小学校をウロウロする夢を見る。

またこの夢では小学校をいつものようにうろついた後、中学高校の校舎もウロウロした。
中高の校舎には、在校生がたくさんいて、何故か園児もいた。
園児には男の子も混ざっており、いつのまに共学になったのかと聞くと、
先生は、最近は少子化が進んでいるので、というようなことを答えてくれていた。

また中高の校舎は、偉く改築されており、まるでディズニーランドみたいだった。
たくさん学食みたいなコーナーがあり、生徒がお茶をしたりしている。
またいろいろデコレーションがゴテゴテしているため、身体を横にしないと通れないような
箇所もたくさんあって、私は最近痩せたので通れるが、太ってたら無理だった、
などと考えていた。

まあどうでも良い、本当に変な夢を、こうして今回はよく覚えていたが、
私は夢の中でしょっちゅうしょっちゅう小中高の校舎を徘徊している。
大学は、4年間と大学院だったが、合計6年間ほど通ったかと思う。
それでもはじめの2年くらいはともかく、残りの数年は、週に数回、2回とか3回、
しかも午後だけとか、いかに大学に行く回数を少なくするかに命をかけた授業選択だった。

今思えば、毎日しっかり通って、別に必須単位だけでなく、いろいろな授業を積極的に
選択して、じっくりいろんな知識を身に着ければよかった、と思う。
馬鹿なことをしたものである。

とにかく、大学でうろうろしている夢は、あまり見た記憶がない。
小中高は、大学時代ほど楽しくもなかったが、何せ毎日朝から夕方まで、
毎日毎日、12年間通いつめて、多くの時間を過ごしたわけなので、
いろいろな思い出が脳にも染み込んでいるのかもしれない。
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2009/11/5

ダブルブッキング状態  

私は今こうして大変暇にダラダラと過ごしているわけだが、
これがどういうわけか、ある同時期に集中して本番がある。毎年のことだが。
音楽祭はその期間にいくつもの本番があるので、まあ複数の演目に関わるとなると、
どうしてもそうなるが、他の団体の仕事もたいていこの時期に舞い込んでくる。

というわけで、来初夏、ダブルブッキング中である。
1つの本番と、1つのリハーサルが重なっているので、1週間リハーサルを休めるか、
という質問をだいぶ前からしている。それなのに、未だに返事がないので、返事をよこせ、
とメールした。やはり案の定だ。何も動いていないようだった…。
まあ私が1週間いなくなっても、それほど大した事ではないから、動いていないのだろうが。

というわけで、精神的にあまり落ち着かない日々なのだ。
というのも、来週、そのダブルブッキングの本番用ポスター撮影があるというのだ。
私が、本当にこのプロジェクトに乗るかどうかは、私がリハーサルを休めたら、
の話なので、リハーサルには絶対参加!といわれてしまった場合、キャンセルするしかない。
ポスター撮影なんてしたところで、全く意味がない。

この地元の仕事は、私はまだ楽譜も手に入れてないし、どんな曲なのか全く知らない。
で、私がやるらしい役を引き受けたところで、これはいつか別の劇場で使える、
とは思えない役だ。キャリア的には意味がないのだが、このプロダクションが成功すれば、
それ以降地方営業みたいな、そういう仕事が来る可能性があるので、あまり断りたくない。
地元では宗教音楽ばかり歌っていて、まあ1度だけ演出付きオラトリオはやったが、
オペラはまだ歌っていない。オペラはやらないの?と人に聞かれてばかりなので、
できたら乗りたいと思う。

とにかく、どんな撮影なのか見当もつかない。舞台用ポスター撮影なんてしたことがない。
一度だけCDジャケットの撮影をしたときは、メイクもしてもらってモデル気分だったが、
恐らくこの舞台用のポスターは、かなりコミカルなものになる予感がする。
この演出家の仕事はいつも大爆笑モノなので、モデル気分なんて楽しめるわけがない。
それでも撮影するからには、身体もある程度絞りたいし、顔だって小顔に越したことはない。
ぶよぶよに太った身体と、むくんで肌荒れした顔なんかが記録に残るのはイヤだし、
そんなポスターを、そこらのタバコ屋なんかにバシバシ貼られるのも恐ろしいことだ…。

というわけで、あい変わらず返事待ち状態の放置プレイが続いている。イライラ。

放置プレイといえば、先週会った音楽祭のスタッフの友人といろいろ話した際、
この夏私が怒り悲しんでいたことを、彼女は全く知らなかったそうだ。
私は大層クールで、歌えといわれたら動じることなく堂々と歌っていて凄かった、
というような印象を持ったようで、私が動揺しまくっていたことなど分からなかったらしい。

私もポーカーフェイスというか、随分面の皮が厚いのだなーと思う。
まあ人前で泣いたり喚いたりする激しい歌手が結構多いので、そういう人と比べると、
無表情というか、あまり感情を表に出さないタイプではある。
自分では思っていることがすぐ顔に出るタイプと思っていたので、結構驚いた。

ま、とにかく。撮影をするにしてもしないにしても、先週の旅では随分食べた上、
エクササイズもサボっていたので、来週までせいぜい、せっせと身体を鍛え、
コットンパックやら顔面マッサージなどして、肌を整えるに越したことはない…。
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2009/11/4

天気雨  

最近毎日雨が降っている。1日中というわけではなく、青空も出たりする。
女心と秋の空、狐の嫁入り、というような天気だ。
こんな天気のとき、ウハウハ洗濯機を回して外干ししたりした日には大変だ。
というかんじで、旅行の汚れ物が未だに洗えないという日々である。
まあ乾燥機を使っても良いのだが。そろそろ乾燥機を使う季節なのだろう。

今朝子供達を学校に連れて行くときも、途中で突然ザーザー降りが始まった。
家を出たときは、全く降っておらず雲も薄いと思ったので、上着もフードもない、
防水もされていない上着だったし、傘ももちろんなかった。

昼子供を迎えに行ったときも、青空が広がっていたので、当然無防備な状態で出かけたが、
やられてしまった。先ほど息子達を再度送ったときは、悔しいので、空模様に関係なく
防水の上着と傘を持って出かけたが、そういう時はカラリと晴れたままである。

というわけで、昨日で秋休みも終了、今日からまた学校が始まった。
今回の休暇は、夫の出張に同伴したり、子供も親戚宅に泊まったり、
というイベントもあったし、旅行の後、長男はちょっと熱を出し、
ついにきたか!と思ったが結局咳も出さないまますぐ熱は下がった。
次男は、中耳炎をぶり返し、夜中耳が痛いなどと起きてきたりしたので、
抗生物質を飲ませたりしていた。熱と中耳炎で、休暇の後半は終わってしまった。

何もイベントもなく、しかも子供が元気、と言う状態だと、何かイベントを作らなければ、
と思うのが億劫だが、今回はそんなわけで、楽だった。
前半は旅行、後半は病気、ということで、緩急のついた休暇であった。
前半はアクティブだったが、後半は家に篭りきりだった。

そして幸い、ゆっくりしたので子供達はこうして学校に初日から元気に通える。
まあ大したことではなくて良かった。
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2009/11/1

煮込み  

煮込み系の美味しい季節になった。今日昼食べた煮込みは大成功だった。
手頃なサイズの肉の塊を見つけた。牛と豚だ。
それらを玉ねぎ、セロリ、にんじん、にんにく、パセリなどの香味野菜と塩を一緒に
ビニール袋に入れ、一晩冷蔵庫に入れておく。私の見たレシピでは
3日ほど寝かせるようだが、一晩でも違うようだ。

それらをざっと洗って、肉とマリネで使った野菜ごとひたひたの水で弱火で煮る。
あくを取り、水を足しながら、3−4時間煮る。
そのあと、ジャガイモ、にんじん、ねぎ、キャベツなどを、適当に切り、
煮汁と肉と一緒に柔らかくなるまで煮る。
マリネしてはじめに肉と一緒にゆでた野菜は捨てる。塩コショウで味を調える。

今日の勝因は、肉だ。本当に柔らかく煮えた。筋などがドロドロのゼラチン状態だった。
私はこのゼラチン状態の筋が大好きで、今日みたいに成功すると本当に嬉しくなる。
スープストックなどを使わなくても、野菜と肉から味が出て、
これだけこくのあるスープが出来るなんて感動だ。

冬はこういう料理が本当に美味しい…シンプルだが最高である。

まだ大量に残っているので、今夜も楽しみたい。
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2009/10/31

帰宅  

昨日旅先から帰宅した。
家に帰ったのは夜10時頃で、息子達は先に親戚宅から帰宅して待っていてくれた。
可愛い子供達と会えて嬉しかった。彼らも、親戚宅でとても楽しく滞在したようだ。

私も大変楽しい滞在だった。夫の仕事中は一人でウロウロした。
まるで、独身時代の留学生時代を思い出すようだった。
ホテルは夫の仕事先のすぐそばで、外から見ると全然ステキではないが、
中はなかなか良い感じだった。私は、とにかく、3日間歩きに歩いた。
万歩計をつけていたら、毎日何万歩も歩いていたに違いない。

今回は、歩いて、食べて、喋り尽くした。
私は丸々3日間の日中、自由行動だったのだが、3日分のランチ友達を確保した。
大学時代の友人と、夏の音楽祭のスタッフと連絡が取れ、毎日日替わりでランチした。

1日目は大学時代の後輩で、日本にいた頃も渡欧してからも、すれ違って挨拶はしても、
こうして一緒にご飯を食べて、あちこち歩き回るなんてことを一緒にしたことはなかった。
それでも、大爆笑に次ぐ大爆笑だった。
本当に彼の周りには面白い人しかいない、という感じだった。
連れて行っていただいたレストランもお店も、大変ステキであった。

2日目あった友人は、大学時代の同級生だが、クラシックの道からは少し離れた
音楽活動を続けている人だ。この人も、入院事件など話してくれて、手に汗であった。
皆こうして頑張っている。この日は日本食を頂いた。

3日目は、音楽祭のスタッフの子と一緒にご飯を食べた。この人は今引き抜きに合い、
もの凄いキャリアを歩んでいく直前という状態で、混乱している、という話だった。
私もギャーギャー言うくらい興奮する話だった。
私が来年歌うことになっている曲の話をすると、やはり彼女も興奮し、
お互いにお互いの変化というか、進化というか、次のステージへ、という状態に、
静かにワクワクした状態であった。この子は大変若いし、スタッフだし、
毎年会って挨拶し立ち話をするが、一緒にご飯を食べるのも初めてだし、
こうして、音楽祭会場以外で会うのも初めてで、とても楽しかった。

夫が仕事を終える夕方、毎日ホテルで落ち合った。
2日目の晩は見たかったオペラがあったが、ぼけっとしていて、当日売りの安いチケットに
並びそびれた。よくシステムがわかっていなかった。昔はよくこんなこともしたのに、
そのシステムもすっかり忘れてしまった。

結局夫と過ごした晩は、美味しいレストランに行って、後は歩き回っただけだった。
芝居を見に行く話もあり、そこには一度行列までしたが、結局行列した上、
開演直前まで待って、それでも券が手に入るかわからない、という話なので諦めた。

まあ良い。なかなか子供達とこうして行列したりすることも出来ないし、
大人だけだからこれだけの距離も歩けた。友人と再会し、昔話に花を咲かせたりできたし、
子供達は子供達で毎日楽しく遊んだようだったし、皆元気に再会できて嬉しい。

とてもリフレッシュした3日間だった。これからも元気に頑張りたい。
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2009/10/27

出発前  

夫は今日一日普通に仕事をしてからの出発なので、まだ出発まで時間がある。
今朝は子供達を駅まで見送った。バス停までで良い、と姑は言ったが、
子供達は駅まで来て欲しいと言うので、行ってきた。

いろいろ欠点も普通にあるが、本当に可愛い子供達で、今から再会が待ち遠しい。
子供達は従兄弟の子供達と仲良く遊ぶだろう。親戚の従兄弟たちは、
それぞれ、うちの息子達と2歳ずつ年上で、4人とも気が合うようだ。
きっと楽しく過ごすに違いない。

子供達が留守番し、私が仕事で家を空けることは、今まで何度かあったが、
私の仕事と関係なく、子供としばらく離れ離れになるのは初めての経験だ。
世の中には、毎年のように子供を爺婆に預け、両親だけで旅行するような家族もいるが、
私達は、今までいつも子供達と行動を共にしてきた。

一時帰国は父親不在だったりするし、私の仕事はともかく、
それ以外の泊まりは今まで全て子供達と一緒だった。
子供達と同じ思い出を共有したいという思いがあるから、
子供を置いて、親だけで旅行するなんて気が知れない、と思っていた。

しかし、まあ、こうして夫婦という単位で動くのは、実はとても身軽なのだ。
子供抜きで旅行する夫婦の気持ちもわからないではない。
ホテルの部屋だってずっと取りやすいし、子供のリズムや体力に気を使わず、
好きな行動が取れる。

この夫の出張はずっと前から決まっていたことで、去年は家族で同行したわけだが、
今年はどうするか、とずっと話し合っていた。今年は女子供は留守番することにして、
その出張前後に数泊どこかに家族で旅行するか、という話もあったが、
結局、直前になって、子供たちが親戚宅に泊まりに行くことになり、
さて私はどうしよう、という話になったので、同行することにした。

今こうして、子供たちがいなくなり、私の出発の時間を待っている時間は、
何か、とてつもなく、長く感じる。冬時間になったせいでもあるだろうが。

私は旅先で日中は単独行動なのだが、お一人様ランチより誰か連れがいたほうが楽しいので、
ランチ友達も3日間分見つけた。まあいい年なので、一人で食べても良いのだが、
こんな機会でもないと会えないような友人と、リアルに会って近況を報告し合う予定だ。

よく考えてみたら、結局夫と過ごすのは、汽車の中と、2日目、3日目の晩だけだ。
あとは私一人でウロウロするだけだ。こんな経験も珍しい。
私は丸々三日、自由行動である。どこに行くか分からないが、
ウィンドーショッピングをして終わりそうだ。美術館も良いだろう。
とにかく、子供とはあまり行かないようなところ、というか、
子供が嫌がって付き合わないだろうと思われる、ブティックめぐりで終わりそうだ。

幸い天気は良いらしい。去年の今頃、子連れで旅行したときは、
雨が降っていた記憶があるが、今回晴天の中一人歩きできるのは、良いことだ。

PCは持っていかず、旅に専念することにする。
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2009/10/26

冬時間  

昨日から冬時間になったが、何年経っても慣れるというものでもない。
朝、とても寝坊した気分で起きても、普通に8時だったりするし、
それが一日中続く。昼までくらいならまだ良いが、午後になると、まだ3時か、
まだ5時か、まだ9時か、という気分で一日過ごすかんじだった。

そのせいか珍しく昨日は頭痛がした。珍しくもないが昼寝もしたくせに、
夜も早々に寝て、朝までしっかり寝た。ちょっとした時差ぼけ状態である。

食事にしても睡眠にしても、この夏時間冬時間の変化は、体内時計を混乱させる。
たった1時間だが、なんとも気持ちが悪い。まあ気にしなければいいのだろうが。

しかも、昨日は春のように暖かい一日で、これも調子が狂う。
長袖一枚で充分という暖かさだった。ここのところ雨が続いていたので、
たまった洗濯物を一気に干せたのは良かったが、時差ぼけと気温の上昇で、
身体が驚いているような感じがする。

最近、ベートーヴェンの伝記映画を見た。ちなみにセントバーナードの映画ではない。
ゲイリーオールドマンがベートーヴェンを演じている。この役者は狂った役が上手い。
彼の不滅の恋人が誰だったか、という、恋人達の回想で、時代も前後する。
恋人達から見たベートーヴェンという描き方だった。
どの程度史実に忠実なのかはわからない。

ベートーヴェンは、子供の頃伝記などを読んだきりで、それ以降、
彼の人生について、実はあまりよく考えたこともなかったのだった。
学生時代から去年まで、アリア1曲くらいで、ほとんど関わったことがなかった。

受験でピアノソナタを練習していた。あとは、悲壮とか月光とか、
たまにピアノで弾いて遊ぶくらいで、ほとんど縁がなかったのに、
去年からやたらとベートーヴェンづいている。あまり歌い手思いではないな、
と思われる音形を書く作曲家、と思わずにはいられない殺人的箇所がいくつかあるが、
若い頃は不可能と思えた音形も、今は、努力すれば何とかなる、と思えるようになった。

それにしても、この作曲家は耳が聞こえなくなったことを恥ずかしながら忘れかけていた。
それで、あんな曲もこんな曲も書いたのか、と思うと、その不屈の精神や、
インスピレーションに今更驚いてしまう。別に交響曲にしても、特別好きな作曲家、
というわけでもなかったが、何せ歌う機会が突然増えたので、好きになろうと努力している。

とにかく、去年まで全く縁がなかった作曲家なのだが、突然歌いまくり状態である。
もっと仲良くさせていただけたら、と思うが、時々クラクラするようなフレーズを
書いてくれる作曲家である…腹が立ちそうになるが、頑張って仲良くしたいものだ。
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2009/10/25

休暇  

今日から休暇が始まった。今夜で夏時間が終わり、明日から冬時間になるらしい。
さて、この休暇は10日間しかない。それでも大した予定はなかったので、
一時帰国か、ともかなり真剣に考えた。来年の2月と4月の休暇は帰国できそうにないからだ。
しかし、10日間帰国し、最後ら辺でインフルにでも誰かがかかって、
戻ってこれない、とかいう事態になりそうなのもイヤだ。
まあインフルはいつかかってもおかしくないのだが、帰国中とかはめんどくさい。
日本はここら辺の田舎で生活しているより、ずっと人口密度が高いので、
かかる可能性はずっと高く感じられる。

まあそんなわけで、インフル流行時の冬時に帰国するのは避けたほうが良いか、
と思うことにしている。

そんなわけで、この休暇をどう過ごすか、という話になっていて、
子供達は親戚のお宅にお邪魔することになった。姑が姑の従姉と会うことになり、
その従姉の孫達がうちの子供たちととても気が合うのだ。年も近いし男の子達だ。
子供達は、この親戚の家に数回泊まりに行っていて、たいてい私の仕事中なのだが、
今回は私が暇なときに、お泊りすることになった。これは初めてだ。
私が留守するときに子供達が他所に行く、というのは今までもあったが、
私が家にいて子供達がいない、というのは初体験で、とても奇妙である。

私もこの親戚宅に行くという手もあるのだが、子供達は子供同士で遊び狂い、
姑は従姉と昔話に花を咲かせるということで、私は手持ち無沙汰になることだろう。
まあ行っても良いが、そこで何をするんだ?という気もする。

そのお泊りと同じ日程で、夫は出張に出る。結局私はこの出張に付き合うことになった。
夫は日中は仕事なので、私は日中は個人行動だが、住んでいたこともある町だし、
言葉も通じる国だ。何せ、子供連れでなく、一人で都会を散策できるのは久しぶりだ。

そういや、こうして子供もいないし夫もいない、なんていうときに、
家に一人でいてもしょうがないので、欧州在住の古い友人に会いに行くのも良いな、
と突然思い出したが、もうホテルの部屋もダブルに変更したし、
汽車のチケットも変えてしまったあとだったので、夫に同行することにした。

まあ夫とは毎日顔を合わせているので、懐かしい友人に一人で会いに行く旅、
ってのも実は凄く良い考えだったのだが、まあ良い。夫と子供抜きで、新婚旅行状態、
ってのも今まで経験したことがなかった。今年は結婚10周年でもあり、こんな旅行もありだ。

夫とオペラでも見に行こうと、サイトを見てみたが、ものすごい高い席しかなかった。
まあせっかくこうして大人だけで楽しむ旅なんだから、子供がいるとできないことをしたい、
と思うが、結局大したこともしないで、子供を恋しがって終わる旅になりそうだ。

それでも、日中も子供の心配をせずウロウロできるのは、かなり楽しみだ。
子供と旅行するのも、それはそれで楽しいのだが、やはり慣れない場所で子連れは疲れる。

この珍しい機会に、私はちょっとワクワクしている。
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2009/10/22

大人の日本語子供の日本語  

寒くなって、着替えるのもめんどくさいし、布団から出るのもめんどくさい。
風呂に入るために裸になるのもめんどくさい。腹筋が割れてるかチェックするのも面倒だ。
朝起きてもまだ暗いが、子供を学校に連れて行かないわけにも行かないので、
お陰で何とか人間らしい暮らしをしていられる。それがなかったら、モグラのような生活だ。

さて、長男と小学校低学年の漢字を復習している。今日本語学校で習っている
彼の学年の漢字は高度すぎるようだ。何せ、基本をどんどん忘れているのに、
画数の多い漢字を詰め込むなんて無理で無駄なことなので、基礎からやり直しだ。

まず長男は左利きというのもあるかもしれないが、書き順も滅茶苦茶で、
汚い字を書くので、それもやり直しだ。書き順のサイトも見つけたし、
夫にも漢字の本を買い、つき合わせている。その甲斐あって、1年生の漢字はとりあえず、
分かる様になったのではないだろうか、と期待している。

私は日本語を息子達と話しているし、息子達も私とは日本語で話してくれる。
息子は、他の日系ハーフの子より話せる、とも思っているようた。
私は息子と日本語会話が出来ることを、大変誇りに思っている。
夫と決めたルールをここまで守ってきた甲斐があった。一親一言語というルールだ。

夫も母子の会話を理解してるらしいので、団欒時なども一応家庭の和がキープできている。
時々、こうして2言語を駆使した食事など、家庭分断状態じゃないか、と心配になるが、
一応そうではないらしい。父子の会話には私も参加できる。
私は子供に日本語で話すというだけで、普通の1言語の家庭よりはややこしいだけだ。
何せ息子達をバイリンガルにするためには、こうするのが一番と思っているから、
これからも続けるつもりだ。子供もめんどくさいだろうに、私とは日本語に
スイッチを変えてくれていて、ご苦労様なことだが、有難いことと思う。

この前日本人客が家に来て、日本語でたくさんおしゃべりが出来て楽しかった。
やはり語彙の豊富な大人と日本語で会話をするのは楽しい。日本人ママとは毎週会って、
毎度同じような会話をするだけだが、滅多に会えない日本在住の日本人と日本語で話すのは
通常以上に盛り上がるものだ。しかし、私の会話のスピードも上がるし、
語彙も子供との会話で使っているような語彙とは違うので、
夫は全く理解できなかったようだ。結局夫の日本語レベルというのは、幼児くらいなのだ。
それでも大したものだとは思うが。

そして、こうして息子と漢字を一緒に勉強していると、日本人は、
熟語をかなり学んで使い込まないと、大人らしい会話にならないということに気が付く。
子供とは、あまり熟語を使わないで会話をするようにしている。
熟語を使うと堅苦しく、あまり子供らしくないと思われる。
代わりに擬態語やら擬音語を連発するのである。まあ大人との会話でも使うが。

しかし、現地語では、こうして熟語に訳せるような単語を連発している。
戦略、とか、責任、とか、論理的、とか、そんな単語だ。日本語ではかなり高度な気がする。
まあ現地語でも、子供らしい単語、というのは存在するが、日本ほど差がない気がする。

で、漢字を勉強でもしない限り、子供達の日本語は、年を取っても子供っぽいままな
気がしてきた。とにかく、漢字の勉強と、語彙の発達は平行するものだ。
日本では、国語の教科書と毎週何時間も付き合い、漢字も毎年何百と覚え、
語彙も増えていくわけだが、こうして海外在住の日系の子にはそんな時間もない。

親が漢字なり読み聞かせなりに付き合って、語彙を増やしていくしかないのだ。
私の話す日常会話の語彙なども、年が上がるに従って徐々に変えていかなければならない。

なんてことを、ここ最近深刻に考えている…。
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