昇天のイタリアグランプリが決着する。
彼がクルサードの落とした破片を慎重によけ、最後のコーナーを何事も無く通過し、後は彼に第一番のゴールを示す旗が振り下ろされるのを待つばかりのその瞬間…
世界中が、彼と同時に拳を高く突き上げた!!
あれは、世界がひとつになった瞬間のひとつではないか。
セバスチャン・ヴェッテルおよびトロ・ロッソの優勝とはそれほどセンセーショナルで、いうならばすべからくのF1の歴史を塗り替えられた瞬間でもあったからだ。
フェラーリの地元でアナザーフェラーリ、セカンドフェラーリが勝った。セナの時代、フェラーリは長いこと禁じ手にしてきた、他チームへのエンジン供給を行った。取り掛かりは同郷イタリアチームのミナルディ。その後、スクーデリア・イタリア、ザウバーへとその供給先を移してきたが、いずれのチームもフェラーリ本家と同等の速さを魅せることは難しかった。
時は流れて、ミナルディはトロロッソへと姿を変える。チーム拠点、所在地はイタリアのまま、フェラーリエンジンは積んでいるものの、あくまでも「レッドブルのセカンドチーム」であって、「フェラーリのセカンドチーム」ではなかった。初期フェラーリエンジンのミナルディ、スクーデリア・イタリアにはフェラーリのセカンドというイメージはあったのだが。
ともあれ、ここ数戦でトロロッソは力をつけ、結果を示すようになった。ここ数年以内のミナルディ時代;マーク・ウェバーやフェルナンド・アロンソのような俊才を輩出することも無く、ただの弱小チームに成り下がってしまっていた頃のミナルディ、には考えられなかったほどの躍進をこのチームは成し遂げた。それはヴェッテルだけでなく、緒戦以来どうもぱっとしなかったボーデの方も結果につなげられていることで明らかになっている。
では、チームの躍進があったからといって、今回のヴェッテルの勝利は果たしていかがなものか。
あくまでも冷静に判断するとしたら。ある程度は、運が良かった故の勝利であるとしか言いようが無い。
運が良かった。確かにそのとおりだ。だが、ほんの一部分の運が良かっただけではさすがに、世界最高峰のカテゴリーで優勝できるほどに甘くは無いというのが現実のはずだ。
だが、この若者は現実に優勝した。
グランプリをはじめとした勝負の世界でよく言われることだが、
「運をつかむのも実力のうち」であり、今回のレースの予選はまさに、運をつかむことは実力のひとつであるということを強く実感させられた、それが我々ファンの心理ではないか。
まず、予選Q2で「序盤からいきなり一番手タイムをたたき出す」というのが功を奏した。まさかハミルトンがタイムを出せないという状況になるがこれは、彼がアタックに出るタイミングが遅すぎたためである。ヴェッテルたちがセッション開始早々にベンチマークをたたき出した頃には、それらは「天候に阻害されて」、「二度と出すことの出来ないラップタイム」という絶望に切り替わった。
逆に言えば、よくトロロッソ;ヴェッテルは「序盤にタイムを出す」作戦を思いついたものだと感心する。
しかしトロロッソ;ヴェッテルの躍進はここで終わるものではなかった。ごまかしのきかないQ3で渦中の人ヴェッテルはポールポジションを獲得した。実際にはヴェッテルのみならず、ボーデも同等のタイムを出し、同等のポジションを確保したのだから、単にヴェッテルが速いのみならず、チーム全体が急成長しているのだとわかる。
ヴェッテルはまた、モンツァを速く走るためのコツを知り得ているという。いわば、雨のモンツァで他者より抜きん出るラインを知っているということになる。そして今回は予選、決勝と都合よく雨だ。
この段階で、ヴェッテルが今回のレースで「勝てる」条件は出揃った。あとはこれらの条件を決して無駄にせず、本当に勝てるかどうか、それが問題だ。
こうした「勝てる条件」を目の前にして勝てないドライバーというのは非常に多い。必要十分条件は必ずしも、「説を確約するもの」とはならないからだ。そして「説を確約する」ことは、非常に大きなプレッシャーがつきまとう。
必要十分条件が提示された上で、「君は勝ってもおかしくないんだから、必ず勝ちなさい」と請われ、それを実現できたとしたら、その人はひとつ「壁」を乗り越えたことになる。そして勝負の世界では、「壁」を乗り越えた人間は強い、というのが定説だ。ヴェッテルは、自らの実力が招いた「運」で必要十分条件を手にした。そして、必要十分条件がもたらすプレッシャーに押し負けることなく、壁を乗り越えた。このドライバーは強い。華のあるドライバーであり、それは同時に強いドライバーであるということ、それらを一気に証明した。
思えば、セバスチャン・ヴェッテルという人は不思議なドライバーだ。
まずチームメイトのセバスチャン・ボーデとは走り方がぜんぜん違う。ボーデが理想的なレースドライビングの典例だとしたら、ヴェッテルの走り方はがむしゃらで、至るところでドリフト、スライドは当たり前、危なっかしいったらありゃしない。しかし、なぜだろう、ラップタイムは相当速い。ボーデのことを下手くそと罵る以前に、ヴェッテルが速すぎるのだ。
なぜあの走りでラップタイムにつなげられるのか、疑問視するファンは多いことだろう。
私PSTA2の私観では、たとえばフェルナンド・アロンソ。彼の走りはちょうど、ボーデとヴェッテルの中間のようなものだと考えている。ボーデの正確なライン取りと、ヴェッテルの大胆さのミクスチャーということだ。つまり、私見ではヴェッテルは大胆さのみが売りで、精緻さ、繊細さの部分でいささか足りないものがあるようにみえた。
ただ今回モンツァでは、当のヴェッテルは無鉄砲な大胆さは影を潜め、しかし針の穴を通すような緻密なライン取りは見て取れた。モンツァのそれぞれの長めのストレートで、ほとんどハンドルを修正することのなかったヴェッテルだった。つまり、彼も短期間のうちに急成長していたのだ。
これ以上のことは、世界中の興奮にまかせるとして、さてチームメイトのセバスチャン・ボーデの不運を嘆くことにしよう。
今回の結果がこうなってしまうと、来季のシートは危ういというのが現実だろう。
ただし、トロロッソという万年弱小チームが現在、未曾有の急成長を遂げている中で、果たして現ドライバーの更迭は功作といえようか。そうは思えない。
他ならぬ財産ことヴェッテルを放出することは既にわかっている。もし、あなたが理性あるトロロッソのオーナーだとしたら、現状維持に命をかける必要性があることは百も承知なはずだ。ヴェッテルの契約破棄へと全精力を尽くすか、はたまた不調のボーデとの契約更改を急ぐか、だと。果たして来季、ドライバーラインナップを佐藤琢磨、セバスチャン・ブエミに一挙更改して、果たして今季のこのような躍進は望めるものなのか。いち佐藤ファンとしては言いたくないことだが、いちボーデファンとして、現状維持あるいはそれに近い状態維持が望ましいと、強くトロロッソに訴えたい。
ただ今回は予選に限って言えば、地元戦のジャンカルロ・フィジケラも大健闘であったと思う。あからさまに他より劣る車両で、天候の妙を生かして早めにラップを刻み、なんとかQ2に進出した手口はさすがにベテランの妙味だった。単にベテランの名のもとに胡坐をかいている人間のそれでは無かった。ベテランでありながらまったくハングリー精神を失わないその姿はまた別の側面で、我々を感動させてくれたものだ。
さて昨年とひきつづき今回もモンツァには来ずにはいられなかったシューマッハーは、同郷の後輩ヴェッテルにどのような言葉をかけたのだろう。てか、昨日の予選後会見、今回の決勝後会見でみたヴェッテルは、どこかでみたことのある有名人のようなカオをしているのだが、私は彼を誰に似ていると感じているのだろう。きっと同じ感覚を持っている人は他にも居るはずだ。

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