「あの遠い夏の日があった」
監督・脚本 高田拓土彦
出演 福留聖・小山直樹・凛華せら・浅茅陽子
企画製作 写劇団高田倶楽部
本作品のベースとなった作品に(「月光の夏」1993年監督・神山征二郎 原作・脚本:毛利恒之・出演:渡辺美佐子・仲代達矢・若村真由美・山本圭)がある。佐賀県鳥栖市民達のカンパ等により製作され、200万人の人達が鑑賞している。
15年前の作品だがビデオ化され、2006年にはDVD化にもなっているので、最大大手のレンタルビデオ店にあるだろうと思って、直接借りにいったら所有していないという。チェーン店なので他店への所有検索できないかと問うと、名ばかりのチェーン店で、それぞれの店舗との交流はないという。やっとテープを借りて再度観たが、現在みても価値ある作品だ。今回文庫本として再版されている、毛利恒之さんの原作本をも読破することができた。
従来の日本映画で、太平洋戦争末期の特攻隊を描いた作品は数多い。その戦死者は6,000人余といわれているが、特攻作戦に飛び立ったものの、エンジンや機材不良、天候等により、不時着したり、引き返してくる隊員がいたとしても不思議ではない。現在福岡市中央区の九電体育館が建っている場所に、陸軍第6航空軍指令部内の「振武寮」があった。これらの隊員を軟禁状態に置き、反省文の提出、軍人刺諭の書き写し、写経など精神再教育が延々と続けられた。そして「人間の屑」「卑怯者」「国賊」と罵られ、自殺を図る者でるなど、残酷なものだった。「月光の夏」は、特攻隊員2人が出撃前夜、鳥栖国民学校のグランドピアノでヴェートベンのピアノソナタ14番「月光」を弾き去った、いわば戦争美談に終始したものを、生き残った1人の特攻隊員の「振武寮」での出来事を描くことによって、戦争の悲惨さ、平和の大切さを訴えることに成功した、色褪せない作品である。
今回の本作品はこの「振武寮」を中心とした作品に製作されている。攻撃に至らず基地に帰還した、特攻隊員に加えられる、屈辱の数々を、続々と直接的に描く。あまりにもリアル過ぎる描き方に疑問がないわけではないが、事実はもっと残酷なものなのだろう。現代の若い人達には判りやすいともいえる。これらの若い特攻隊員を見事に演じている。劇団員の力量に驚いている、同じ年代で演じやすかったともいえるが、戦争末期の時代背景を身につけているからこそ、それが発揮されたのだろう。
少しばかり違和感のあるショットもある。リンチともいえる、ヘルメットに放尿し、それに食物を入れ、喰べさせる。加害者の教官はあわせて、洗面台に放尿するのだが、それは高くて届かないのではないかと、つまらないことを思ってしまった。またピアノを弾く特攻隊員を案内する、女教諭の化粧の濃さが気になった。劇団の看板女優なのだろう、奇麗に見せたいのは判るが、戦争中なので、ノーメイクで通して欲しかった。戦後私の中学時代の国語の女性担任は、化粧等ほとんどしていなかったが、眩しかった。その先生に印象に残った、受けた授業内容を詳細に書き送り、広島県の宮島に男女あわせて7名が、40数年ぶりに訪ねた。広島のテレビ局に勤めていたクラスメイトは。「生徒やら先生やら見分けがつかない」と。
「月光の夏」のモデルとなった上野歌子先生は、1992年2月7日、講演先の宮崎県で、映画完成の1年前に急逝された。「振武寮」の責任者であった。第6航空軍参謀の倉澤忠成少佐に2003年3月26日、東京都内の自宅で林えいだいさん(ノンフィクション作家)がインタビューしている。その中で故倉澤参謀は「多くの隊員を出撃させたので、恨みに思われるのは仕方ないし、遺族からも反感を買っているので、いつ報復されるか判らないと、夜も安心して寝ることもできなかった。80歳まで自己防衛のために、ピストルに実弾を込めて持ち歩き、家では軍刀を手離さなかった」という。・・・「陸軍特攻・振武寮」(林えいだい著、東方出版、2007年3月20日発行、87ページ)
8月15日の終戦の日がやってくる。「あの遠い夏の日があった」が各地で上映されることを期待したい。

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