「YASUKUNI」
監督 李纓(リ・イン)
日本の映画史上、上映前にこれほど大きな話題になった、作品は少ないのではないか。その背景には、靖国神社そのものに対する賛否があり、日本の太平洋戦争に対する評価が分かれているという、現実もあることが、この問題をより複雑なものにした。靖国神社は、1869年(明治2)東京招魂社が創建され、10年後に靖国神社と改称されている。天皇のための「聖戦」で亡くなった軍人を、護国の神(英霊)とし、246万6千人余りの魂を祀り続けている。
1933年(昭和8)から終戦までの12年間、靖国刀と呼ばれる8100振の軍刀が、靖国神社の境内において作られた。現役最後、90歳の老刀匠が高知県の鍛冶場で居合いを披露する静寂なるプロローグから一転、8月15日の終戦記念日、靖国神社とその一帯は、戦前に回帰したかと思われる軍服姿の人々の喧騒の場となる。靖国神社を体験したことがない者にとって衝撃的な映像である。英霊を讃える人々でなく小泉元首相の靖国参拝に反対するグループや、合祀取り下げを求める遺族達も、平等に描いている。日本在住19年の中国人監督が、10年の歳月をかけて撮った、力作である。
合祀取り下げを求める、台湾女性国会議員の、戦死者の魂を生まれた国、故郷へと帰すのは当然、靖国神社の神官にむかって、あなた達に「故郷」はないのかと鋭く迫るショットは圧巻だ。また僧侶の身だった父親を太平洋戦争で失い、軍服姿の遺影を飾り、宗教者が戦争に行ったという事実を忘れないようにしている。その父に国から勲章が贈られ、遺族に文句をいわせない、国の戦争責任を問われない、構図があるという、静かな抗議も印象に残る。
寡黙な老刀匠と監督との鍛冶場での対話が、この作品の最大の見せ場だ。小泉元首相の靖国参拝をどう思うかという問いに、老刀匠は小泉さんと同じ「国のために亡くなった人の霊をなぐさめ、二度と戦争が起こらないよう願うもの」と明確に答える。
前後して、老刀匠も李監督にそれを問う。長い沈黙。李監督は、ラストショット迄の約15分、靖国神社誕生から1945年8月15日を、ナレーションなしの映像で、その立場を一気にみせる。
昨年末の週刊誌で、この作品は反日的、日本芸術文化振興基金の750万円の援助金は、問題があると掲載された。それを受けた形で国会議員による、その是非が取り上げられ、国会議員だけの試写会が08年3月12日にあり、それ以降結果として上映中止の映画館が相次いだ。
援助金は、助成方針で禁じている「政治的・宗教的・宣伝意図」と政治的テーマとは分けている。しかし今後「政治的テーマ」は審査が慎重となり、このことは、ふたたび、これに類する作品の領域が狭まれ、せっかくの製作意欲を失わせることになるのではないか。その影響は大きい。
また試写会後、国会議員が老刀匠に直接電話をかけ「自分の出演場面を一切削除するよう求めている」との、3月27日国会の場で発言しているのは、それ以上に問題と考える。老刀匠の場面なくしてこの作品は成立しない。監督と出演者の長い信頼関係に、楔を打ち込む行為は許されない。
各地で上映廃止が続くなかで、大阪市淀川区の十三にある「第七藝術劇場」が、最初に上映を決意された。96席の地元の商店主らが出資する小さな映画館だが、整理券の発行や行き届いた案内もあり、立ち見もでて定員外のパイプ椅子も気にならなかった。