「 火 の 魚 」
原 作 室生犀星
脚 本 渡辺あや
演 出 黒崎 博
出 演 原田芳雄
尾野真千子
■広島放送局
NHK広島放送局開局80周年を記念して、制作されたテレビドラマ「帽子」は、平成20年度(第63回)文化庁芸術祭優秀賞を受賞した。
世界で初めての原爆被災都市にある放送局として、平和に関する問題を取り上げてきている。
「帽子」は母胎内で被曝した「胎内被爆者」をテーマに、職人気質に徹する帽子職人を通じて、「軍港」呉を舞台に描いている。
2008年8月2日に全国放送されたが、そのとき主役の緒形拳は、既にガンに蝕まれていて、2ヶ月後の10月5日に逝去された。71歳だった。脚本・池端俊策、演出・黒崎博。
室生犀星・原作「火 の 魚」
「帽子」完成後、次回作として室生犀星原作の「火の魚」が、ドラマ化されることが発表されていた。
犀星の「火の魚」は、小説「蜜のあはれ」(1959年)の表紙「金魚の魚拓」の製作をめぐる、装幀家の栃折久美子との物語で、400字詰の32枚の中編小説である。
主人公の私と装本の表紙繪を金魚の魚拓にと、婦人記者の折見とち子に依頼するということが、エッセイ風に描かれている。
ドラマの原作で無ければ、読むことはなかった。少し長くなるが、主要な部分を引用してみる。
感情も何も見えないさかなといふものに、その生きる在りかを見たいばかりに、裏の大河のせきに出て、さかなをつかまへると池を作って絶えず新しい水を引き、そこに放流して私はさかなを眺めて多くの日々を送った。
略
とにかく誰かに魚拓をとることを頼んで見ようといふ氣になったが、誰も適当な人がおもひ当たらず、冷蔵庫にいれて置いたさかなをまた取り出して、しつこく魚拓のしごとに取りかかったが、さかなのからだに生きが失せ、最早墨を刷くことも至難であつた。私はその時突然一人の童女の顔を、折見とち子といふ婦人記者を眼にうかべた。
童女といふけれど三十に近い婦人であるが、彼女の父は私と同郷釣りを好み、釣った魚の大物は魚拓にして年月を記入し、つひに去年釣をしながらうとうとと寝入るやうに脳溢血の症状で、釣竿を持ったまま多摩川の土手の上で亡くなった人であった。
略
折見とち子は最近色紙で人形を作り、その本物の人形を動かしながら幻燈に映してゐた。私にも一度見て貰ひたいと言ひ、ある日、電氣器具を入れた箱をぶら提げてやって来た。人形といっても簡単な人形でなく顔はすべすべした物でつくり、着物も本物の銘せんとか、縮緬の片れをつかひ、いかに手先が器用敏活に動くかがその人形の作り方でもわかった。
雪の降る日の光景で片田舎の一軒家に住むおばあさんの話であるが、そのおばあさんに二人の童女と童子がゐて村はずれの石ぼとけに、おにぎりを毎日お供えしてゐた。
略
彼女の美人ではないためのりこうさが何時も話題からはね返って来て、美人でないための穴埋めをしてゐるやうであった。ふしぎな素早い應答のあざやかさが、美人であるなしをいふ相手の批評をすぐ取り上げてしまつて、彼女は人には見えぬ ふふんといふ、鼻であしらふものを用意してゐた。
略
何時かあなたはどうしてそんなに傲慢にちよつとだけしか、頭をお下げにならないんです。
皆さんがああやつて丁寧に挨拶の頭をお下げになるのに、あなただけはちよつと頭をお下げにしかならないのは、少々考え物ですねと、お宅で日曜日のお客がおかへりになり、わたくしだけが居残つた時にさう不思議さうにお聴になりました。それは、よほどお氣になつてゐたご様子でもあり、これ以上黙つてゐられないといふふうに、お見受けしました。
そしてその時はじめてわたしの肋骨が四枚分切り取られた手術のお話をし、ふだんも鐵のギブスをはめてゐる事、そしてセルロイドの板ではうつ向くことがちよつとしか出来ない事、挨拶は何時も失禮にも相手のお方の半分もお返し出来ないことを申しあげました。
略
私は例の係の記者の人に、郵便でその二枚の魚拓を選んで送つた、それは誰の心をも掴まずに置かない自信があつたからだ。係の記者の人は直ぐ訪ねて来て言つた。あれには驚いた、あんなに巧く魚拓がとれるとは、あれを見たときに初めて一種の美しい化學の所作を感じたくらゐだ。
滅多にほめない部長もあれをひろげて一瞥すると、これは巧い、これならこの儘でゆこうぢやないかと言つた。
彼はまた、あなたは妙なことを考える人だ、はじめ、あなたのとられた魚拓を一見した時、ああいふ変な物でまた揉みあふのかと、ひそかに怖れてゐたくらゐです、そこに小包が到いたが直ぐそれを開こうといふ氣が鈍り、あれなら何枚とつても同じ毛虫のやうな金魚しかとれないと、氣が進まなかつたが、そんな場合でもないので小包をひらいて見て驚きました。激溢してはゐるけれど孤獨きはまる畫面が、数人の人間の手によつて作られた氣がし、ちよつとの間、恐ろしいくらゐであつた。
しかも、ただの一尾のさかなだけが白紙から抜け出してさらに天上降下を往くところもなく続けてゐる。あなたは妙な人だ、さらに折見とち子といふ女の人はさらに妙な人ではないか、と、係の記者はいひ、私はこれで良かった、と思つた。
(旧漢字の一部を除いて原文のママとした)
つづく > ★ここをクリックしていただきますと批評全文が見られます

7