北原鈴淳尺八教室in八王子  音楽

  
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  指導者  鈴慕会 大師範

            
            北 原 鈴 淳







音楽歴  
飯田東中学校から飯田高校の吹奏楽班でユーホニュームを担当

大学の三曲研究部で琴古流尺八を始め、現人間国宝である二代目青木鈴慕に師事
      
1972(昭和47)年1月 浅草国際劇場の「北島三郎ショウ」 で10日間「仁義」「盃」「誠」を尺八伴奏
      
1976(昭和51)年 渋谷東邦生命ホールで尺八リサイタル
曲目「みだれ」「一定」「箏四重奏曲」「詩曲」「鹿の遠音」「千代の鶯」

1991(平成3)年 NHKFM放送「邦楽のひととき」
に「明治松竹梅」出演
その後も「末の契り」「泉」など出演

      
2007(平成19)年 北原尺八教室をめじろ台に開設

2016(平成28)年、芸歴(芸道・竹道)50年を迎えた

稽古場 東京都八王子市めじろ台2丁目
      (京王線めじろ台駅徒歩5分)
     
      電話 042−668−1278
(お問い合わせは午前8時〜午後8時まで)

稽古日 日曜日(午前中は予約有り、午後3時から空きあり)・月曜日・火曜日・木曜日(午前10時から午後5時までの予約制)        
    ご希望により他も可能な日があり、ご連絡下さい。
月謝   
月2回、5000円 (1回約50分間)
月3回、7000円 (1回約50分間)
月4回、8500円 (1回約50分間)
ワンレッスン、3000円 (約1時間)

入門料 3000円(ホームぺージご覧の方は半額の1500円)
      入門者には自費出版のCD1枚差し上げます。

初心者から対面式で一人一人指導します。まずは基本の音出しから。
 古曲を中心に宮城曲、現代邦楽、歌謡曲までご希望にも応じます。

琴古流本曲 三谷菅垣・雲井獅子・虚空鈴慕・鹿の遠音 など

地唄筝曲  黒髪・千鳥の曲・笹の露・残月・八重衣 など

宮城曲   春の夜・春の海・初鶯・泉・虫の武蔵野 など

現代邦楽  風動・詩曲・一定・萌春・出雲路・箏四重奏曲 など

その他ご希望により 童謡・唱歌・歌謡曲 など

体験レッスン 500円(約60分) ご予約ください

初めての方には、安価な樹脂製の尺八「悠」(¥11000+税で、良く鳴ります)を取り寄せます。竹製欲しい方は、別途ご紹介します。
取りあえず、貸し出し用のプラ管あります。

練習の状況により箏や三絃と時々合奏練習をして、毎年秋には稽古場で発表会をします。

平成27年秋の「おさらい会」での私の演奏は「春の海」
平成28年秋は「かがり火」「泉」
平成29年秋は「雲井獅子」「萌春」

1976年北原康夫尺八リサイタルより、
杵屋正邦作曲・尺八独奏曲「一定」(いちじょう)が聞けます。
長澤勝俊作曲
「独奏尺八のため詩曲」
上記、緑線をクリックしてください。

金曜日・土曜日は箏・三絃教室も開いています。
こちらのホームページをご覧ください。
http://ivory.ap.teacup.com/koto8/


お知らせ掲示板(8/15) 門下生の皆さんへ


8月の稽古は休みます。

毎年秋に行ってきました「おさらい会」は都合により、「合奏練習会」にして、「おさらい会」は来年春の予定です。

稽古再開予定時は、この欄やメールでお知らせいたします。

新規入門受付はもうしばらくお待ちください。
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2018/6/25

若手の台頭  音楽

先日(5/30)日本テレビの深夜放送(23:59〜)で「ナカイの窓×楽器の世界」の番組があった。
私は寝ている時間なので録画して、後日見た。

これに若手女流尺八奏者の辻本好美が出演していた。今や尺八界の売れっ子ナンバーワンであろう。

彼女は16歳で尺八を手にして、東京芸大の邦楽科の尺八専攻へ入学。現在は30歳の尺八プロ演奏家である。

美人で上手いとくればメディアに引く手あまたで、海外公演が53回だと言う。
NHKの「正月番組」ではモモクロと共演したり、つい先日のNHKうたコンに出て、福田こうへいの「天竜流し」の尺八伴奏を務め、しかもオーケストラの前でスタンドプレーで、いずれも和服の長い振り袖で演奏していたから、目立つ。

「天竜」と聞けば「天竜川」の事だし、私の地元の飯田市は天竜下りで有名である。
天竜にゆかりのある私に、出演の依頼があったら喜んでお受けするのになぁ、と夢を見た。

「ナカイの窓」では、尺八の紹介で琴古流尺八本曲の「鹿の遠音」の冒頭部分を演奏したり、殺陣の時の効果音としてよく使われる尺八の「ムラ息」で中居達をびっくりさせ、「六段の調べ」の楽譜を見せれば「まるでお経のようだね」と陣内智則・新妻聖子ら。

さらにレディー・ガガの曲「BORN THIS WAY」を独奏して、びっくりさせた。「歌うように演奏している」と評判が良かった。

楽器の値段にも答え、六寸管、八寸管、二尺管も披露していた。

さらにその後はピアノの牛田智大やバイオリン、ギター、パーカッションとコラボレーションをして、絶賛だった。

私は東京新聞だが、番組の投書欄に「ナカイの窓は、とても素晴らしい演奏で良かった」と載っていたから、深夜でも見ている人がいるもんんだなと思った。

芸大と言えば6月20日(水)テレビ朝日の「あいつ今なにしてる?」の番組に芸大の邦楽科の尺八専攻を卒業した人が出演していた。

フリーアナウンサーの馬場典子の友人である、市川佐保子さんだ。
有名女子学院の同級生で、中学3年で尺八を習い、芸大に進学したらしい、とその後が知りたかったそうだ。

市川さんは尺八の才能に見切りをつけ、アメリカ・ニューヨーク州のコーネル大学で日本語の先生をしていた。たまには尺八も演奏してくれるといいな。

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これは5月19日の演奏会のチラシである。場所は調布のグリーンホール小だった。
調布駅近くの「大西楽器店」に楽譜を買いに行った時に頂いたので、興味を持って行って来た。

タイトルは「竹と風の音を楽しむ会」で、サブタイトルが「竹で楽しむ唱歌・演歌・民謡・JAZZ」であった。無料だから損は無い。

平成尺八塾(門傳良男)の主催となっており、18人くらいの出演者がいた。
中学生らしい女性が二人いて、ほとんど出ずっぱりで演奏していた。

曲目は「見上げてごらん夜の星を」で始まり,「聖者の行進」「与作」「星影のワルツ」「竹田の子守唄」「Danny Boy」等だった。

その後は若手の風間禅寿(ぜんじ)が自作の曲をピアノと合奏した。
彼は藤原道山の門下で東京芸大出の尺八演奏家である。

流石に道山ゆずりのテクニックで上手かった。

我が門下にも若手がおり、23歳のE君、33歳のF君がいる。
日増しに上手くなって行くのが嬉しい。

断捨離をしていたところ、かつて私がインタビューされた雑誌が出て来た。
「ビクター6・7」と表紙にあるから、二か月毎に発刊する雑誌であろう。
その中に「ヤング第一線 音に生きる若者たち」のページがあり、音にくわしいヤングの中から4人にインタビューとあり、私が最初に出ていた。

実は自由が丘のとある喫茶店でインタビューを受けたのだが、写真撮影はトイレの中というさえないバックだった。当時は若干25歳の若さであった。

内容は「尺八を握って8年。正座での精神統一のせいか、そこはかとなく落ち着きがある。」

「首振り3年をマスターし、間の取り方や表現力の養成に心を奪われている」「3人の弟子を持つ先生でもある」「サラリーマンとして勤めているが、尺八で身についた根性で辛い仕事を苦も無くやりとげる」

最後の「大学では法学を勉強したが、方角違いで邦楽の世界に魅せられたヤングといえよう」は、実は私のダジャレで言った言葉であった。
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2018/6/13

米朝首脳会談  旅行

2018年6月12日、ついに「米朝首脳会談」がシンガポールで行われた。

落語好きには「米朝」と言ったら、桂米朝を思い出すだろうし、「朝米」と言えば「長兵衛」を思い出すのは私だけか。

さて会談の内容は新聞などのメディアにゆずるとして、シンガポールについて書こうと思う。

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私達は2年前の2016年7月中旬にシンガポールに旅行して、16日・17日はグッドウッド・パークホテルに泊まった。

繁華街の「オーチャード」に近いホテルである。

その西側近くにある「シャングリラホテル」にトランプ大統領が泊まり、金正恩委員長は「ザ・セントレジス・シンガポール」に泊まったのである。

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私達は翌18日に「マーライオン」で有名なマリーナ・ベイ・サンズに泊まった。改めて撮った写真の未公開もあったので、ここに掲載したい。

マーライオンの裏側にそびえ立っているビルに家内の甥が勤務しており、その時に合流してシンガポールを案内してもらった。

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なんでここに掲載するのかと言うと、盛んにNHKテレビ「ニュースウオッチ9」のバックとしてここが映ったからである。

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これが「マリーナ・ベイ・サンズ」で我々6人は一番左側の50階の「スイートルーム」に泊まった。
屋上は地上200メートルでプールがある。もちろん我々男性はプールに入った。プールの縁に行けば怖い位だ。

証拠写真はあるのだが、ガリガリ痩せた私の上半身はとても見せられない。
この屋上を金生恩氏は見学したそうである。


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帆船を模して作ったホテルで、上層は反り返っているから、手前までが良く見える。

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私達が泊まった「スイートルーム」である。
申し込み時は2部屋だったが行き違いがあり、「スイートルーム」を用意してくれたのだ。

大きな風呂が二ヶ所、トイレは三ヵ所あり、キッチンに置かれていたネスカフェのバリスタコーヒーは飲み放題だった。

とは言うものの、実は朝食は1階のスーパーで前日購入したパン類だった。

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手前はマリーナ貯水池で、向こう側にマーライオンが見える。

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反対側のこちら側の海はシンガポール海峡。セントーサ島はこのずっと右側に位置するはずである。
我々は一度は計画の中に「セントーサ島」があったが、時間的に無理があり、この島には渡らなかった。

シンガポールはすばらしい。トランプ大統領も金生恩委員長も絶賛していた。
もう少しゆっくり観光でもすれば、その良さが分かると言うものだが、過密スケジュールでは無理だろう。
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2018/5/5

三代青木鈴慕襲名披露演奏会  音楽

雨も上がった5月3日(祝)、国立小劇場で行われた「三代青木鈴慕襲名披露尺八演奏会」に行ってきた。「鈴慕会創立110周年記念演奏会」でもあった。

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私も鈴慕会会員であり、本来は出演すべきだったが、都合により欠演した。
10年前の100周年記念演奏会には出演して、本曲など2曲くらい演奏したのだった。

今回は二代青木鈴慕の長男である彰時氏が三代青木鈴慕を名乗り、二代は青木鈴翁となった。

招待状をいただいたので開演から終演まで、7時間以上も聞いていた。

開場の11時30分前から並び、門下生の分も席を確保した。真ん中前から7列目のいい場所だった。
ロビーで昼食の「カツサンド」を頬張り、コーヒーも流し込んだ。

開演は12時。先ずは壮観な人数(95人)による古典本曲「雲井獅子」で始まった。

全26曲の長丁場である。
途中どこかでトイレに行く必要あり、加えて切符を買っていただいた門下生など5人を探そうとした。

メールで席を教えた1番弟子は1時30分過ぎに合流出来た。

何しろお祝いだから曲目は「獅子物」が多かった。
「八千代獅子」「御山獅子」「越後獅子」「吾妻獅子」など。「笹の露(酒)」「尾上の松」「松竹梅」「都の春」「楓の花」など、めでたい曲もずらりと並んだ。

各曲の箏・三絃はほとんど家元で、誠に素晴らしい演奏で、それにも負けないくらいの鈴慕会員の演奏であった。

懐かしい面々が演奏をしている。
私もそうだが、すっかり歳を召された会員がしっかり演奏しているのをみると、感心する。
演奏者同士が50年振りに会ったとも聞いた。

たまたま休憩時には、他の門下生に会えたし、演奏者にも会えた。

かつて私の尺八リサイタルでご一緒した箏奏者や、NHKFM放送で共演した先生方を見て、感慨無量である。

最後は三代青木鈴慕(本手)による琴古流本曲「巣鶴(そうかく)鈴慕」だったが、その息子である青木滉一郎が「替手」を演奏した。

この曲で立方「花柳輔太朗」が舞踊を舞った。自分を鶴に見たてて着物の両袖をつかみ、何度も羽ばたいていた。

事前に東京新聞にも掲載されたが、当日は総勢400人の出演だそうだ。

舞台は回り舞台で、次の曲は舞台裏で準備をするのだが大変な騒ぎだったことだろう。
三代青木鈴慕はほとんど出ずっぱりで、その体力は凄いものがある。
演奏も素晴らしく、性格も良く皆さんに気に入られている。

ご長男の滉一郎氏は東京芸大邦楽科尺八の大学院で尺八を学んでおり、ほとんどを暗譜で演奏出来るくらいの凄い才能の持ち主であり、鈴慕会は連綿と続く筈だと確信を得た。

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パンフレットに写真が掲載されており、初代青木鈴慕が右頁の写真の真ん中右に写っている。

経歴によると彰二氏は6歳で尺八を習い出したとあるが、考えてみれば私が大学を卒業して、NHK邦楽育成会に通っていた頃である。

二代目先生宅に稽古に伺った頃は小学生で、可愛らしかった。
ちなみに左頁の上は鈴慕会100周年の記念演奏会の写真(10年前)で、前列左から4番目のひときわ光かがやいているのが私である。

左頁下の写真は、平成28年の二代青木鈴慕師が「旭日小綬章」を受賞された時の、鈴慕会関係者での祝賀会の様子である。(この時は北島三郎も同時に受賞されている)

今回の鈴慕会演奏会に、私がお世話になった二代青木鈴慕師がお見えにならなかったのは、寂しい限りである。

予定通り7時半過ぎに終り、私と門下生ら3人と「九段下」に出て「さくら水産」で一杯やった。
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2018/5/1

フラワーフェスティバル  芸能

4月29日(日)は南大沢で「第20回記念フラワーフェスティバル由木」があるというので行ってみた。

天気はすこぶる良く、快晴。
めじろ台駅からは京王片倉駅まで行って、歩いて10分程でJR横浜線の片倉駅に着く。
ここの連絡がもう少し近ければ良いのに、といつも思う。

片倉駅から橋本駅まで行って、京王相模原線に乗り換える。そして2つ目の南大沢駅で降りた。

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時刻は10時50分。
私は「花」より団子ならぬ「ステージイベント」がメインで来たのだった。

もうイベントは進んでおり4番目の「上柚木囃子連」から見た。
笛、太鼓に合わせて獅子を舞う。曲の途中でも頻繁に太鼓奏者や笛奏者が交代していた。

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先ずキツネが出てきて踊り、次に子供の「おかめ」も踊る。
「おかめ」が可愛らしい。そのあと「ひよっとこ」が出たが、踊りはすごく上手かった。

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3人目の獅子舞に小学生の男の子が演技していた。なかなかのものである。

11時過ぎたので「フラワー」や「屋台」の見学をして、南大沢駅前の「フレンテ南大沢」ビルに入り、5Fのレストランに向かった。混むから早めにと思ったが、やはり混んでいた。

5Fは「ミートレア」と称して肉の店ばかりだ。その中でG店を選んでハンバーグを食べる事にした。
待つこと20分位で入れた。和風スペシャルハンバーグで2種のハンバーグの上に「大根おろし」と「ネギ」が乗っていた。鉄板の上で醤油を流すとジュウジュウと音をたてて跳ね上がった。

1ドリンク制でセルフ。ペプシの紙コップに氷を入れ、小さな冷蔵庫の中の水を探したが手前に緑茶があったので、それを入れた。水のつもりで飲んで食事後、コーヒーを飲んだ。

その時、コーヒーカップが汚れていたので店員に注意をして、もう一杯コーヒーを入れて飲んでいた。
しかし、店員が見に来て「1ドリンク制だから本来はコーヒーは無しです」と注意をされた。

そう言われればそうだったのだ。「知らなくてすみません」と言って、レジではお詫びした。知らないと言う事は恐ろしい事だ。プラス200円払うつもりだったが、お兄さんが「いいです」と言ってくれた。

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再び12時30分過ぎにイベント会場に戻った。八王子市消防団音楽隊は12人位の小編成。

昔ブラバンだった私にとっては、寂しい演奏だった。各楽器が1人では重層的な演奏が期待出来ない。加えて炎天下で演奏するのはつらい。風もあり、なんども楽譜が舞っていた。

金属の楽器だから私も昔吹いたユーホニュームは歌口(マウスピース)は熱くなり唇は渇くし、上に向いているラッパ(朝顔)は高温で、素手で触れば火傷をするくらいだ。

「サウンド・オブ・ミュージック」「私のお気に入り」「ドレミの歌」等を演奏した。

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続いて「Pumehana Hura studio」のフラダンス。

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小さなフラガールがお互いを見ながら、何と可愛いことでしょう。

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大人も入りそう揃い。カラフルできれいだ。

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「ジャズダンスWith」動きが激しいのでなかなかいい写真は撮れない。
時々ピストルで撃たれた。カッコいい御嬢さんたちで、まるでエグザイルを見ているようだった。
大人になって成熟したダンスも期待出来る。

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タヒチアンダンス。「Studio Moemoeaa」

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お子さんが胸に椰子の実をつけて、何たら可愛いこと。

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大人も出てそう揃い。大人が出ると子供の小ささが目立つ。

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「AKAHAI Papa Lehua」フラダンス。
バックでは男女2人の生演奏が何とも心地よい。ハワイアンは裏声が何とも言えない位でハモリが良い。

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タヒチアンは激しい踊りだが、フラダンスは優雅だ。
フラダンスは「愛」や「恋人」を表現するとか言っていたが、大人の中の中央の子供がこれ又、表情豊かにしなやかに、大人以上に上手かった。

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ポップスで「岬めぐり」などを演奏したので、こちらも口ずさむ。
楽器演奏はまずまずだが、ボーカルはプロと比べると難しいね。

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「Shiny Danceトワラーズ」による、バトントワーリングとチアダンス。
バトンは中学生や高校生かな。時々バトンを落としてしまうのは愛嬌。
サッと拾って演技を継続するのが上手い。

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チアガールは小学生以上だろう。

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これもタヒチアンダンスで「TIARE APETAHI」。

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白い肌に黄色い巻きスカートがまぶしい。

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このような巻きスカートだと「ゴーギャン」を感じる。

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このグループは何度も衣裳を変えて楽しませてくれる。

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最後は子供から大人まで。十分楽しんだ一日でした。
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2018/4/28

春はあけぼの  写真

春は曙。と書くと元横綱を思い出すのは私だけだろうか?
某週刊誌に記載された内館牧子によると、曙は病気療養中らしい。

さて、「春はあけぼの」は清少納言の「枕草子」の冒頭である。
春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。

寒い冬を無事過ごし、梅が咲く春になると、どうしても出かけたくなる。

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3月15日、府中で吉永小百合主演映画「北の桜守」を連れ合いと見た後、「郷土の森公園」を訪ねた。
京王線の「中河原駅」で降りて多摩川にぶつかり、多摩川沿いのサイクリングロードを下流に向かって歩く。

未だ風は冷たく、強風で転びそうになった。「以前行った事がある」と言う連れ合いの誘導で歩いたのだが、遠かった。

いよいよ着いたと思ったら入口は反対側にあり、かなり遠回りをした。

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早春の梅はきれいだ。

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この古い店舗は移築した「島田薬舗」で中には、ひな人形がいっぱい飾ってあった。

博物館もあり、閉店までざっと見て、帰りはバスで分倍河原まで出た。

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3月28日にもなると暖かいと言うより暑い位だったので、高尾山に登った。
リフトの清滝駅前の桜が、見事に咲いていた。

未だ足のならしとして、往復リフトで登った。それでも帰りは疲れ果てていたのにあきれる。
その3日後に若い門人が高尾山に登ったと聞いて、「同じことを考えているな」と笑った。

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翌日の3月29日、又連れ合いと府中の映画「ちはやふる」を見に行った。
広瀬すず主演の、高校生のかるた取り選手権の物語でシリーズ3作目の最終章だ。
私達は最初の「ちはやふる 上の句」も見たから2回目だ。

落語の「千早振る」を思い出すが、本当に私はこの「千早振る 神代も聞かずーーー」が好きである。

実は今年の正月に自宅で「かるた取り」を久しぶりに行った。
娘を入れて3人である。連れ合いはほとんど百人一首をそらんじているから、怖いものなしだ。

私が読んでやはり連れ合いが圧倒した。それでも私は7枚も取ったのはホメてつかわすぞ。

映画鑑賞後、調布からバスに乗って神代植物公園に行った。

立派な桜である。

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これは珍しい。一本の木に色とりどりの「花桃」である。

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「植物多様性センター」に入ると、あら珍しや。大きなベゴニアで紅の色が鮮やかだ。

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これは「ハイビスカス」でしょう。とても美しい。
私達の新婚旅行は沖縄で、ハイビスカスの前で記念撮影をしたが、島を回ったタクシーの運転手が「ウンジュ イッペイ チュラカーギ」(あなたは大変美しい)と教えてくれたのを思い出した。

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2メートル位あるサボテン。

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これを見た途端「駅馬車」を思い出した。陰に隠れたアパッチに襲われそうだ。

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4月2日は高尾の「多摩森林科学園」に行った。
高尾駅北口から歩いて10分で着く。4月は400円。(他の月は300円)

8ヘクタールの広さを持つサクラ保存林は1400本植えられており、3月後半から4月末まで順次咲いて行く。

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歩く事、約1時間から2時間位で一回り出来る。
鳥の鳴き声が目の前でうるさい位ハッキリと聞こえる。
遠くで鶯が「ホーホケキョ」と上手く鳴いた。綺麗な声で私の「初鶯」の演奏より上手かった。

小高い山になっており、年寄りでも散歩がてら行けるし、四季折々に行けそうだ。

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トイレは入口の「森の科学館」内を使用した方が良い。
途中にあるトイレは、工事現場にあるような簡易トイレであるから。

所々見晴らしが良い所もあるし、ベンチなどもあって、おにぎりでも食べられる。
「森の博物館」内には、多摩の昆虫、鳥、動物のはく製や、ヒノキなどの木の種類が展示してあり、勉強になる。

いい散歩になった。

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4月27日、自宅庭の白ツツジが咲いた。

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誠に不思議なのでカメラに収めたが、一片が「紫色」しているのである。
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2018/3/21

諏訪〜南信州  旅行

3月17日(土)朝7時29分発の八王子駅から、新型車両E353の「特急あずさ」に乗り、先ず上諏訪駅に向かった。

新幹線並みとはいかないけれど、揺れは少なかった。全席コンセント付きである。
富士山の見える左側の席を確保して、まさに良い天気で、よく見えた。

母の一周忌で田舎(飯田)に行く途中で上諏訪に寄ったのだ。

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上諏訪駅には9時14分着。時間の余裕があったので諏訪湖畔を歩き、「原田泰治美術館」を見学することにした。

諏訪湖に着いたところ、目の前に「D51」が展示してあった。
機関車は小学5年生の時、修学旅行で諏訪に来て初めて見た時、その車輪の大きさにびっくりした事を思い出した。
(飯田線は電車だから、汽車は知らなかった)

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上諏訪駅から諏訪湖畔を歩くこと、約35分で「原田泰治美術館」に着いた。
さすがに諏訪の風は冷たい。今の時期、晴れれば高い山に残雪がキレイだ。

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「原田泰治美術館」を訪れるのは3回目である。父の米寿のお祝いを諏訪のホテルで行った時と、私の家族と来たことがあった。

今回の企画は「美しい日本の童謡・唱歌展」であった。
実はこの原画展は、東京大丸ミュージアムで開催された時にも私は見に行って、原田泰治先生と写真を撮っていただいた。

その写真を撮ってくれたのが、高校同級のK君であり、今ここの館長だと聞かされ、びっくりしてしまった。

原田泰治の絵は朝日新聞の日曜版で知り、切手にもなったし、細かいところまで良く書かれていた。

素晴らしい絵画を見学して、カフェもあったので上諏訪駅前で昼食の予定を変更して、丁度11時になったのでここでランチにすることにした。100円の割引券をいただいたからである。

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ガラス張りのカフェから諏訪湖を望み、「梅としらすピラフ」をいただいた。「サラダ」「コーヒー」付きである。連れは「サンドウィッチ」でデザートの「ヨーグルト」付きだった。
(ガラス越しに写したが綺麗に撮れた)

今冬は格別寒く、全面結氷で御神わたりが見えたと言うニュ―スはご存じだと思う。
私の自慢はここで小さい頃、父に連れられてスケートをしたのである。
飯田から朝早く電車に乗り、一日がかりだった。

さらに「白樺湖」や「蓼の海」までバスで登り、スケートをした事もあった。屋外の天然氷だったので足元の冷たい事、この上なかった。

私の全盛期は清水宏保より遅いが、結構速かったよ。今でも自信はある。

「原田泰治美術館」から上諏訪駅行バスの時刻が合わず、タクシーを呼んだ。
上諏訪駅13時08分発の松本行に乗り、岡谷駅で飯田行に乗り換えた。

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めざすは飯田線の伊那大島駅で、15時22分着の予定だった。

ところが岡谷駅から「客の対応」で5分遅れで出発して段々遅くなり、ついに12分程遅れた(ほとんど無人駅だから、各駅で車掌が切符を回収したり、発行したりで忙しい)ので、伊那大島駅まで迎えのマイクロバスを予約した手前、心配をしていた。

宿は「まつかわ温泉清流苑」だ。
事前予約の時に「着いたら電話しましょうか?」と聞いたら「しなくても良い」と言う返事であった。

ところが下り電車と上り電車が同時に着き、下りが先に出発して、我々は飯田行の上り電車が通り過ぎるまで遮断機が上がるのを待っていた為、遅くなってしまい、マイクロバスが我々を置いて出発寸前だった。

あわてて車に手を振って載せてもらった。「もう来ないかと思った」と運転手さんに言われたが、我々二人きりの迎えであった。
(やはり電話しておいた方が良かったのかも知れないと思った)

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人気があるらしく駐車場はいっぱいだった。宿泊しなくとも温泉だけでも利用が出来る。

「清流苑」は松川町の経営で、実は深津町長は高校の同期で、東京の大学寮「信陽舎」でも一緒だった。
そんな事もあり、今回宿泊地に選んでみた。

夕食は6時からだったので、先ずお風呂に入った。
脱衣場で下着を脱いで、まさに入ろうとした時に「北原君」と声がかかった。

隣をみると、高校同級だったS君だった。彼は東京から地元に帰り、「3月いっぱい有効の温泉の割引券があるから」と来たらしい。

天然温泉で、しかも薬湯、スーパージェット、ラジウム、足湯、露天風呂、サウナと素晴らしい温泉だった。

夕食は宴会場で、「歌謡曲」が流れていた。「珍しいな」と思ったら、「清流苑情歌」だと言う。「林を通れば 蝉しぐれ−−−愛の宿 ああ 松川の 清流苑」

先ず生ビール。食前酒、ホタルイカ酢味噌、刺身、鯛花びらき焼き、しらうおの玉子とじ鍋、茶わん蒸し、鯉の甘露煮、春の天婦羅(独活=うど等)、ちらし寿司、デザートなどで腹一杯だった。

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清流苑のロビーを飾る、吊るし雛。

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18日(日)は6時に起床で、すぐに風呂に入ると誰も入っていなかった。さすがに露天風呂は寒いから止めた。
私一人の貸切を満喫する間もなく、オジサンたちがゾロゾロ入って来た。

朝食は通常8時のところ、電車の都合で7時30分にしてもらった。
サラダ、温泉玉子、アマゴ開き、キノコ入り鍋、納豆、ノリなどで、さらにクロワッサンやコーヒーも飲めた。

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          伊那大島駅から南アルプスを望む

飯田まで行くのに八王子駅から飯田駅まで通しで(3日間有効である)乗車券を買えば良いものを、何故か勘違いして伊那大島駅までを買ってしまったので、又飯田駅までの切符を購入しなければならない、という事にやっと気が付いた。

再びマイクロバスに乗せていただいて、伊那大島駅に着いた。
駅窓口で切符は買えた。駅ホームの待合室で80歳過ぎの元気なおばさんに方言で話しかけられた。
「わしゃーずっと伊那大島で住んでおるんだに」「清流苑を褒めてくれてうれしいよう」

伊那大島から見た南アルプスは壮大だ。写真では分からないが塩見岳などが遠くにそびえたっている。

電車は9時8分発の飯田行に乗る。

9時35分に飯田駅に着き、時間が無いので実家には寄らず、法事の会場である箕瀬町の「長源寺」に向かった。

10時に長源寺集合だったので、朝一番の中央高速バスでは間に合わず、一泊したのだった。

10時に親類も集合、10時30分から母の一周忌の法要開始。墓参りも済ませて「今宮半平」で昼食。

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「半平」さんの社長ご夫婦は飯田高校の後輩だとの話だった。
法事コースで刺身、鍋、天婦羅などで腹が一杯となり、写真の後に出て来た名物の「五平餅」は食べきれず持ち帰った。

帰りは飯田駅前発午後4時の「中央高速バス」で我々は一番前の席だ。途中富士山がうっすら眼前に見えた。

小仏トンネル辺りから渋滞で1時間30分遅れた。その為に、車中で「五平餅」が食べられた。相変わらず美味い味だ。

我々は「日野バス停」で降りたが、二人きりだった。こういう時は一番前の席が有効である。
「多摩モノレール線」の「甲州街道駅」まで歩き、高幡不動駅から「京王線」に乗った。

高幡不動駅から何と新しい座席指定車「京王ライナー」に、「これから先は座席指定券なしで乗れます」の表示があり、これまた新型車両に乗れた。

「北野」までひと駅で空いており、ほとんどの席が前向きである。自宅には22時過ぎに着いた。

このブログを書いている21日(春分の日)に何という事だ。雪が降り積もったではないか。
旅行中は天気に恵まれた事に感謝する。

4月に入ると桜で有名な高遠城址公園はJR「伊那市駅」からバスで行ける。
見事な桜見学の後に「松川町」にある「清流苑」に寄ったらいかがだろうか。
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2018/3/20

たまプラーザで落語  芸能

たまプラーザとは「田園都市線」の駅名である。
今では都心の「半蔵門線」とつながっており、溝の口でも「大井町線」に接続する。

昔の私の記憶によると、なんでも「プラーザ」なんてぇ英語の名前を付けたのは、日本で初めてだそうである。

私がその「たまプラーザ」の駅前の百貨店に勤務していた頃の話だ。
経理を担当していたから、渋谷の大手銀行に行って「たまプラーザ」と言ったところ、若い女性に「鎌倉?」と聞き返されたり、何を想像したのか笑い出されて、恥ずかしかった。

「たまプラーザ」を略して「たまプラ」に3月13日(火)久しぶりに行って来たのだった。
それは「わっしょい!落語会」=立川談修落語独演会があったからである。

既報のとおり、談修との仲であるから、彼のHPを見て狙っていた。
ところが、一か月以上前から「予約で満席」の表示があって、「キャンセル待ち状態です」を見てあきらめかけていた。

それでもと思って直前に事務局に恐る恐る電話をかけたところ留守電で、一度は「やめようかな」と思った時に、先方から「着伝を見て電話」をしてくれた。

事務局すなわち「遊馬亭保育」さんがプロデュースで、私は「以前たまプラで働いていた事と談修さんとの仲を話した」ところ、聴きに行く事が出来た。

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もう10何年ぶりかなあ。たまプラ−ザ駅前は近代的にすっかり変わり、百貨店の広告塔も「東急SC」から「たまプラーザTERRACE」に変わっていた。

開店時の昭和57年10月2日からもう35年で、5Fのレストランは全ての店舗が入れ変わった。
時代の流れで売り場も変わり、5Fに子供服売り場が移り、4Fの家具売り場は無くなっていた。

見学はそこそこに落語の会場に向かった。
場所は百貨店の右横を通って、10分で会場の「さんかくBASE」に着いた。

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実は昨年も違う場所での「たまプラ−ザ談修落語会」があり、満席であきらめていた。

だから今年は何としてでも行きたかった。

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会場に入って満席(50席くらい)の理由が分かった。「遊馬亭保育」さんがプロデュースして近隣のお客さんを集めて、毎月様々なイベントを企画しており、皆さんは名札を付けていた。
(来月はバスで都内の桜見学、国会議事堂の見学をするそうだ)

従って遠くから行ったのは私だけだった。
11時30分から「ランチボックス」をいただく。入場料は落語とも2000円である。

落語は12時30分から始まった。

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演目は3題で「一目(ひとめ)上がり」「長短」「蛙茶屋」であったが、ネタはあらかじめ聞かされていなくて、終了後に貼り出すと言われていたから、客は知らされないで落語を聴きだしたのだった。

談修のマクラは「最近、落語を聴きに来る人が多くなって参りましたが、後期高齢者が多い。」「たまに真ん中あたりに大変な美人が座っている時がある。」「そういう時は、そわそわして、落語を忘れたり、話があっちに行ったりこっちに行ったりと始末が悪い。」「その点、本日はやりやすい」と先ず笑いを取る。

と知らない内に「落語」にすっと入った。
「落語」は何回か聞いたことがあるから、何の演目かを考えたが知らない演目だった。

実は終了後に私は演目を見ないで帰って来てしまったので、話を思い出すしかなかった。
ネットで調べて「一目上がり」と「蛙茶番」は分かったが「長短」のキーワード」を入力しても出てこなかった。

「演目」を寝ながら考えたが分からないので「保育」さんにメールしたところ、親切に返信が来た。「長短」であった。

「一目上がり」は「七福神」とも称される。
掛け軸を褒める話で、「賛=サン」から始まり「詩」「悟」、六が無くて「七福神」、八が無くて「芭蕉の句」が落ちとなる。

さらに「長短」や「蛙茶番」の詳しい内容は書き切れないので、興味のある方はネットで調べて欲しい。

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談修師匠は滑舌良く聞きやすい。とにかく私自身良く笑った。

修了後に談修さんに会い、飯田市での共演のチラシや、その時の地元の新聞を見せた。
落語の「文七元結」の菩提寺「長昌寺」の住職は「私の同級生だ」と言ったところ、「そうだったんですか」

記念のツーショットの写真だが、私はアップに耐えられないのでトリミングしてしまった。

このところ立て続けに落語の話になってしまい、尺八より落語のブログが多くなってしまった。
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2018/2/15

木久扇は元気  芸能

2月12日(月・祝)に八王子オリンパスホールにて開催された「八王子2017あきんど祭りー新春お笑いチャリティー演芸寄席」に行って来た。

2017とは古いが、昨年末に八王子商店会連合会に加盟する商店で買い物をした方に抽選で招待があった。
私の住まいのめじろ台には「めじろ台商店会」と「めじろ台駅前ショッピングセンター」がある。

実は妻の知人から2枚頂戴したのだった。チケットにはペア1000組2000名様ご招待とある。

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当日は午後2時30分開場の3時00分開演だったので、八王子駅には1時30分に着き、駅ビル南館の「凛や」で昼食をとろうとした時、かなりの人数が列を作ってオリンパスホールに向かって移動していた。
それを見て1階席をほとんどあきらめていた。

「凛や」では少し待たされてから「季節の天婦羅御膳」をいただいた。ここは蕎麦が新潟の「へぎそば」を使用している。
かやくご飯、暖かい蕎麦、天婦羅、和菓子付きでボリュームもあり、美味しくいただいた。

2時過ぎに「凛や」を出て、会場に向かった。
案の定長蛇の列で、それでも開場は10分程度早めに始まり、順序よく並んで会場に入った。

かつて知っている会場ゆえ、1階の入口から右側の席をめざして急いだ。
1階席の中間の通路よりやや後ろの右側のいい席を確保出来た。前の席とは重ならず、舞台は見易かった。1階席はほぼ満席であった。

3時ちょうどに始まった。司会は桂幸丸(ゆきまる)で桂米丸の弟子である。
HPによると63歳で「芸名は音で読まないでほしい」と書いている。

この司会が実に面白く上手く、聞き易かった。時に「ものまね」を入れたりして進めた。

先ずは八王子商店会連合会の会長や、石森市長などの挨拶があって、八王子第一小学校合唱団による歌唱があった。

「上を向いて歩こう」や「たとえば君が傷ついて」と歌い出す「ビリーブ」を上手に歌ってくれた。
「上を向いて歩こう」は手拍子と一緒に歌え、と言われて歌った。この一体感がいいね。

続いて曲芸は太神楽(だいかぐら)の「鏡味味千代」(かがみみちよ)で30歳過ぎてから芸の世界に入門だと言うから驚く。

五階茶碗はオーソドックスに口に棒をくわえてその上に、バランスをとって板や、毬、茶わんなどを次々と載せて行く。時々しゃべくりもしながらの芸だから大変だ。

海老一染之助、染太郎よろしく「傘」の上に毬を回したり、最後は四角い升だ。見事であった。
「おめでとうございます」

司会を務めた「桂幸丸」は福島県出身の日本大学出であり、92歳になる桂米丸の話、物まねや「吉田茂伝」で笑わせた。落語と言うより漫談であった。

休憩をはさんだ後は「東京五輪音頭」をおばさん達がそろいの浴衣を着て踊った。
当時の三波春夫は知っているが、今度は「2020東京五輪音頭」を石川さゆり他が歌っている。

ただ、歌詞を変えて「あの日ローマで眺めた月が」が「あの日リオデジャネイロで眺めた月が」と変わっただけである。テンポは速く、踊りも忙しい。

林家木久蔵は「笑点に出ている黄色い着物の息子です」と開口一番でどっと笑いを取る。
以前より滑舌が良くなり、落語も上達した。

三味線漫談は「林家たい平の一番弟子の林家あずみ」で、「一番弟子と言っても実は私しかいないんです」
三味線を弾きながら、歌いながら、ダジャレも言いながらの芸である。
京都出身で美人の上に三味線も歌も上手い。「ここは八王子ですから、長崎ぶらぶら節を歌います」なんて笑わせる。

「おてもやん」や「おきよ しゃもじ」はそれだけの歌詞を三下り・本調子・二上りと三味線の調子(調絃)を頻繁に変えながら歌った。

大トリは「木久ちゃん」こと「林家木久扇」である。
80歳になると言うのに、TBSの収録を終えて駆けつけたと言う。元気である。

舞台に出たと思ったら、いきなり左側の客席に向かってお辞儀、真ん中でお辞儀、最後は右側の客席に向かってお辞儀をしたと思ったら、舞台の袖に引っ込んでしまった。

早速「ボケ」の演出である。「笑点」の黄色い着物でなく、普通の地味な着物だった。
一時期、喉頭がんで声が出ず「笑点」でも苦しんでいた時期があり、良く復活したと感心する。

予定通り35分間、滑舌、テンポも良く、「田中角栄」や「立川談志」の物まねや、戦時中のつらい話の中では「空襲警報」のサイレンを上手くやって拍手をもらったら「本当はサイレン鳴らして拍手をしてはいけないんですけどね。」

昭和の懐かしい歌として「みかんの花咲く丘」と「港の見える丘」を歌った。
「港の見える丘」では、「前奏が長い。青い山脈もそうですけどね。どっから歌い出していいのか?分からないような前奏なんですよ。♪バッカバッカパパァーババーバカァ」と前奏を歌い出して「馬鹿馬鹿婆ぁってなんて言ってんじゃないですよ。」など大サービスだった。

よどみなく時間内で終わらすのは流石である。
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2018/2/13

壊れた時計  随想・徒然竹

前回のブログで掛け時計が壊れて捨ててしまおうと書いたが、思い直して修理することにした。
やはりもったいないの精神だ。

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私が結婚した時に後輩からいただいた時計だから、大切にしたかった。
39年間働いてくれたが、電子部品を交換するだけで見事によみがえった。
しかも、くぐもったガラスも綺麗になり、新品同様になってうれしい。

西八王子駅の北口にあるU時計店で、親切なご主人が5千円で直してくれた。
その上、サービスでLEDの懐中電灯までいただいた。

早速、つけて見た。どうも釘にかける場所を前回は外枠にかけていたから、はずれたと思う。
今回はしっかりとかけたから、ドアの反動では落ちないだろう。

主人いわく「これでしばらく持ちますよ」と言われ「時計の寿命より私の方が先に行くかも」と言ってしまった。ひょっとしたら100年持ちますよ。

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この時計は写す時に斜めに置いたから、変な感じである。
考えたら結構、時計をいただいている。
これは会社を卒業した時にいただいた。木枠の真ん中は「たち吉」のお皿の置き時計である。

大和市に以前住んでいた頃、狭い家で置き場所がなく押入れにしまって置いたのだが、引っ越しで見つけた時には乾電池が液漏れして使用不可能の状態だった。

時計はやや見にくいが捨てるには忍びなかったので、新宿のK百貨店の陶器売場「たち吉」で聞いてみた。
「もうこれは取り扱ってはいない」とは言うものの、修理は可能だった。
上記と同じ後ろの電子部品の交換で、よみがえった。
これは大事に○○に置いてある。

兄の結婚返礼品も掛け時計で、我が和室にかけて時を刻んでくれる。
5月に三代目青木鈴慕になる彰二氏の結婚返礼品も置時計で、玄関に鎮座しており、出かける時は必ず見て出かける。

又、私がNHK育成会に通っている頃、「学生三曲連盟」の演奏会で「琵琶と糸竹のための二章」を指揮した時に、お礼として円柱形の置時計をいただいた。

表現は難しいが、上部は丸みのあるガラスで、周りは円柱形のガラスが覆い、中にぜんまい式の金ぴかの時計があるタイプだ。下で振り子にあたる金の玉が4個ぐるぐる回るやつだ。分かるかな?

外のガラスはかぶせるタイプだから、ぜんまいを巻く時にはガラスを割らないように外さねばならない。

下側四隅には、でこぼこの高さを調節する足が付いていた。水平でないと振り子が回らないのだ。
しばらく使っていたのだが、ぜんまいを巻くのがおっくうとなってしまった。
巻かないと時は止まる。

そんな訳で、今はもう手元には無い。
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