北原鈴淳尺八教室in八王子  音楽

  
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  指導者  鈴慕会 大師範

            
            北 原 鈴 淳







音楽歴  
飯田東中学校から飯田高校の吹奏楽班でユーホニュームを担当

大学の三曲研究部で琴古流尺八を始め、現人間国宝である二代目青木鈴慕に師事
      
1972(昭和47)年1月 浅草国際劇場の「北島三郎ショウ」 で10日間「仁義」「盃」「誠」を尺八伴奏
      
1976(昭和51)年 渋谷東邦生命ホールで尺八リサイタル
曲目「みだれ」「一定」「箏四重奏曲」「詩曲」「鹿の遠音」「千代の鶯」

1991(平成3)年 NHKFM放送「邦楽のひととき」
に「明治松竹梅」出演
その後も「末の契り」「泉」など出演

      
2007(平成19)年 北原尺八教室をめじろ台に開設

稽古場 東京都八王子市めじろ台2丁目
      (京王線めじろ台駅徒歩5分)
     
      電話 042−668−1278

稽古日 日曜日(午前中は予約有り、午後4時から空きあり)・月曜日・火曜日・木曜日(午前10時から午後5時までの予約制)        
    ご希望により他も可能な日があり、ご連絡下さい。
月謝   
月2回、5000円 (1回約50分間)
月3回、7000円 (1回約50分間)
月4回、8500円 (1回約50分間)
ワンレッスン、3000円 (約1時間)

入門料 3000円(ホームぺージご覧の方は半額の1500円)
      入門者には自費出版のCD1枚差し上げます。

初心者から対面式で一人一人指導します。まずは基本の音出しから。
 古曲を中心に宮城曲、現代邦楽、歌謡曲までご希望にも応じます。

琴古流本曲 三谷菅垣・雲井獅子・虚空鈴慕・鹿の遠音 など

地唄筝曲  黒髪・千鳥の曲・笹の露・残月・八重衣 など

宮城曲   春の夜・春の海・初鶯・泉・虫の武蔵野 など

現代邦楽  風動・詩曲・一定・萌春・出雲路・箏四重奏曲 など

その他ご希望により 童謡・唱歌・歌謡曲 など

体験レッスン 500円(約60分) ご予約ください

初めての方には、安価な樹脂製の尺八「悠」(¥11000+税で、良く鳴ります)を取り寄せます。竹製欲しい方は、別途ご紹介します。
取りあえず、貸し出し用のプラ管あります。

練習の状況により箏や三絃と時々合奏練習をして、毎年秋には稽古場で発表会をします。

平成27年秋の「おさらい会」での私の演奏は「春の海」
平成28年秋は「かがり火」「泉」
平成29年秋は「雲井獅子」「萌春」

1976年北原康夫尺八リサイタルより、
杵屋正邦作曲・尺八独奏曲「一定」(いちじょう)が聞けます。
長澤勝俊作曲
「独奏尺八のため詩曲」
上記、緑線をクリックしてください。

金曜日・土曜日は箏・三絃教室も開いています。
こちらのホームページをご覧ください。
http://ivory.ap.teacup.com/koto8/


お知らせ掲示板(11/30) 門下生の皆さんへ

尺八の音を出さなくても、楽譜を眺めてロツレチリを歌えば、上達は早い。


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2017/12/5

'17出雲旅行記 そのW  旅行

出雲旅行4日目(11月29日 水曜日)
前日の夜から雨が降りだした。旅行中は初めての雨である。

三朝川沿いのホテルだったので、川の流れの音は就寝中もしていた。
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ホテルから見た三朝川。川の右端左岸には露天風呂があり、おじさんが入っていた。

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朝風呂は昨夜とは入れ替え、右の湯に入った。とにかくいくつもの湯船があるので楽しめる。
日本一のラジウム温泉で、回遊式の大庭園風呂である。

ホテルエレベーター前では、7時には朝市を行っていた。
鳥取に来たら、錦織圭が言った「のどぐろ」である。自分達への土産とした。

昨夜、行けなかったホテル近くの「三朝バイオリン美術館」は雨の為、見に行けなかった。

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朝食はシルバー(魚)焼き、梅干し入り茶わん蒸し、天婦羅、湯豆腐、のり、ジュース等だった。

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ラウンジで珍しい「栃の実コーヒー」を飲む。美味い。独特の香りもある。

昨夜にライトアップされた庭園のもみじはきれいだったが、目の前は雨の庭園だった。

向こうに見える茶室みたいなところに、天皇陛下がお泊りになったそうである。

いよいよ最終日である。着替えをしようと思ったら、何とバッジが出て来た。二ケ目である。
考えたら、私はバッジを帽子につけており、初日の晩に「どじょうすくい」を見に行く為に外して、ニットウエアのポケットに入れたのをすっかり忘れていたのだ。

そして翌日、鏡台の前にあるバッジを私が着けてしまったのだ。
妻には悪かった。もちろん添乗員さんには内緒だった。

バスが9時出発の頃には、もう雨は上がっており、旅行中は一度も傘をささなかった。
いよいよ最後の見学地は鳥取の砂丘である。

バスは倉吉市の「鳥取二十世紀梨記念館」、「琴桜銅像」がちらっと見えた。さらに中国庭園や「はわい温泉」を左に見て、日本海に突き抜けた。

その後は、日本海を左に見ながら、沿岸を走る。
座席は毎日指定されるが、7列目だった。隣がいないので妻は左端窓際、私は右端窓際だった。妻は日本海が良く見えたハズである。

浜村温泉を通過するときには、吉永小百合主演「夢千代日記」の話を聞いたり、白兎伝説、鳥取砂丘コナン空港ではまさに飛行機が飛び立って行く様を見られた。バスガイドが走行中に見られるのは珍しい、と言っていた。
日馬富士が乗っていたのかしら。

やがて鳥取砂丘に着き、先ず「砂の美術館」を見学する。
屋外の展示でいきなりトランプ大統領に会う、とは思わなかった。

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ここは毎年テーマを変えており、今年は「アメリカ編」である。
見たい方は、来年の1月3日までである。

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展示室のエントランスは「ハリウッド」で私の好きなマリリンモンローが迎えてくれた。
その他チャップリン、ジョンウエイ、ジャックレモン、オードリヘプバーンかな。

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テーマは「アメリカの音楽」で後方に、ルイ・アームストングも見えた。
やはり砂であるから、写真は上手く写らなかった。

それにしても巨大な作品で、作者もアメリカ人のみならず、ロシア人までもが製作していた。

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奥は「マウントラシュモアとグランドキャニオン」であるが、その迫力が出せない映像で歯がゆい。

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「砂の美術館」を出ると、鳥取砂丘であった。ラクダが見える。

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有名なくぼみである。朝方雨が降ったので砂は湿っていて、砂は飛ばないし良かった。

我々は29日だったが、この砂丘で「ポケモンGO」のイベントが24日から26日まで行われ、約9万人も集めたそうで、週刊誌にはこのくぼみに大変な人出が写されていた。

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確かに、縞模様が出来ている。

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砂丘の突端は高くなっており、その先はやや急な坂で日本海はすぐ目の前だ。
帰りはリフトで上がってきて、着いたところがレストランだ。上手く出来ている。

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昼食は2階に上がり、四段重ねのせいろ(アサリご飯、イカスミ入りそば、鮭、など)と蟹酢、ボタンエビ。

蟹は食べやすかったが、ボタンエビは皮が剥いて無く、何匹も食べるのに手が汚れて、臭く大変だった。旅行中はほとんどが宍道湖(?)のシジミ味噌汁、カニ三昧、エビ三昧だったのは良かったが。

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鳥取砂丘を後にして、バスは鳥取自動車道を通り、一路岡山駅に向かった。
ずっとしゃべり通しだったバスガイドさんは、昼寝タイムを設けてくれた。
旅行中、私はバスガイドさんの話に聴きほれていたし、疲れも無くほとんど寝なかった。

途中ここでトイレ休憩をした後、ご当地ソングとして伊吹友里が歌った「好きだから松江」を歌ってくれた。上手い。
ご当地ソングの水森かおりが歌った「鳥取砂丘」ほどヒットしないので、残念だと言っていた。
(バスガイドさんは松江出身である)

そうこうしている間に、別れの挨拶が始まり、無事岡山駅に着いた。
バスガイドさんが旅行中話しをしていた内容を取って「50年後に又来るよ」と、冗談を言ってバスを降りた。

後は16時53分発の新幹線に乗るだけだが、待ち時間は1時間もあったので、買い物とコーヒーが飲みたかった。

買い物は新幹線の中で飲む「独歩」ビールと、ワンカップ「雄町」は自分の自宅用だ。
岡山駅ビルの「さんすて館」のVIE DE FRANCEでメロンパンとコーヒーを飲む。

やがて「のぞみ42号」が来た。

最高齢は89歳のおじさんで、杖をついてはいるもののカメラに必死であり、奥さんそっちのけで本当にバシャバシャ撮っていた。

旅行中は天気に恵まれて、大社様のご利益があったと思われます。

新幹線の中ではタルタルフィシュサンドと、キッシュロレーヌ、独歩ビールを堪能した。独歩は独特の苦みがあって旨い。

新横浜駅に着く頃、添乗員さんとお別れの挨拶時、デッキで家内が「早くお嫁さんに行くといいですね」と言ったので、私はすかさず「いや、結婚しない方がいい」「何で?」「ずっと添乗員さんでいてくれたら、又会えるから」と言ってしまった。

新横浜駅(19時54分着)では、添乗員さんは一度座席に戻ったが我々が見送っていたので、再びデッキに出てきて見えなくなるまで別れの手を振っていた。
やはり情の厚い日本人である。
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2017/12/4

'17出雲旅行記 そのV  旅行

出雲旅行3日目も晴れである。(11月28日 水曜日)
6時起床で、朝風呂に入る。

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9Fのラウンジから大山の日の出が見られると聞いたので、7時前に行ってみたのだが未だ早かった。(ピンボケしてる)

ラウンジは別のお客さん達の朝食場所だったので、日の出まで待てず部屋を出た。

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朝食は画像設定に失敗。残念ながら旨そうに見えないが、ハタハタ、カレイ、温泉玉子、蕎麦と湯豆腐、とろろなど。
ご飯が少なめだったので、珍しくおかわりをした。

バスは今度は前から2列目の左側で、良く前が見えた。

いよいよ期待していた「足立美術館」である。
ここは地元の実業家、足立全康(明治32年〜平成2年)が昭和45年に開館させた。

美術館と一体となった50,000坪の庭園は日本一と言われる。足立全康は小学生の頃から庭に興味を持ったそうである。

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団体で入ると、皆にスマホ的な音声ガイドを一人一人くれる。
日本人には説明書きを見れば分かるので、結局あまり使わなかった。
英語や中国語もあり、外国人には便利だろう。

名画、陶芸のコレクションもさることながら、庭園も素晴らしい。
ここは、館内にある「寿立庵茶室」の前である。

茶室の撮影に失敗したので映像が無いが、ここで和菓子と抹茶をいただいた。
抹茶はコレクションの器だから、一人一人違うのだ。

係りの若い女性から一人一人の前でお辞儀をして、抹茶を置いて行くのだが、その器の作者を述べて行く。

私のは巨匠「河井寛次郎」の息子さんの作品だった。
羊羹風の和菓子をいただいて、抹茶を飲んだがやはり苦い。

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枯山水庭は午前中の為、手前が日陰になってしまい残念である。
しかし、きれいだ。

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見事である。この日はNHKの中継もやるらしく、機材が運ばれていた。
ここに限らず、道中も天気に恵まれ、紅葉が実に綺麗だった。

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ここは池庭。やはり現地に行って見るのが一番だ。
美術館内は撮影禁止だから、映像は無い。

大展示室には、文化勲章受章者の作品ばかりを集めていたが、壮観である。
竹内栖鳳、上村松園、「王昭君」の安田靭彦、「楊貴妃」の小林古径、河合玉堂、鏑木清方、前田青邨、西山翠嶂、川端龍子、徳岡神泉。

そして横山大観特別展示室は、横山大観のオンパレードであった。
それは見事な「紅葉」などがあった。

陶芸館には「河井寛次郎」「北大路魯山人」の陶芸作品、新館では現代日本画の大きな作品が展示してあった。

タップリと時間を取ってくれたので割合しっかり見られた。

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美術館を出ると竹垣があり、本物の「紅葉」であったのでここで記念写真を撮った。

昼食はすぐ目の前の薬膳料理の「双葉」である。

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我々のツァーで昼は貸切。黒ムツ焼きに天婦羅などいただき、またもや「どじょうすくい」を見させてくれた。

ここのご主人で、「どじょうすくい」にも資格があり、彼は準師範だそうだ。
だから、前日の「どじょうすくい」より、幾分不慣れを感じた。

腰ふって歩くのが難しいらしい。鼻に一文銭を付けるのが本物だと言う。

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ここは国宝松江城である。四重五階天守、地下一階付となっている。1611(慶長16)年に堀尾吉晴が築城。

好天で素晴らしい。

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全国に現存する12天守の一つで城の高さは約30m。階段は急勾配だ。

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松江城の周りには堀川があり、遊覧船で見学できる。
このツァーは松江城見学か堀川遊覧船を選択出来て、我々は松江城にしたのだ。

昨年は松山城に高知城で、名城めぐりもかなりしてきた。

松江城からバスは宿泊地の、鳥取県三朝(みささ)温泉へと向かった。三朝温泉は有名らしいが私は恥ずかしながら、名前も読み方も知らなかった。
高濃度のラドン含有量を誇る。

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ホテルは三朝川に面している「依山楼岩崎」だった。

夕食まで時間の余裕があったので、温泉街を散策することにした。
すぐ近くにラジウムで有名なキューリー夫人の銅像があった。毎年キューリー祭りがあるそうだ。


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地図を頼りに散策をしたのだが、繁華街と言っても昭和の風情を残した、こじんまりとした町だった。

風呂は一階にあるのだが、幾つもの湯船があり、階段を上がって二階にも風呂があった。左の湯に入る。
ラジウム蒸気風呂もあったが、時間外だった。

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夕食は最終日の宿泊だから解禁して、生ビールを飲む。

食前酒は北条ワインかりん風味に始まり、砂丘長芋蟹豆腐、刺身、マーブルポーク蒸し焼き、カニみそ豆腐、海老芋、鳥取牛・とちもちしゃぶしゃぶ、紅ズワイ、らっきょう、プリン等だった。

仲居のおばさんが一人で、てんてこ舞で見るに見兼ねて、私はタジン鍋の蓋をワゴン車に置きにいった。

夕食中、携帯電話がブルブル鳴ったので出てみると、尺八の後輩から飲み会の知らせで「今は出雲の方に旅行中だから、後程連絡する」と言って、この時の話を肴に後日飲んだのだ。

手荷物を減らすため、宅急便の手筈を取った。

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夜8時30分から、1階のラウンジでビィオラの演奏があると聞いたので出かけた。
生原幸太さんで「ふるさと」や葉加瀬太郎の曲を演奏してくれた。

彼は「山陰のトワイライトエクスプレス瑞風」車内でも演奏をしているそうだ。私は独奏を聴くのは初めてだった。

ラウンジのガラス越しのライトアップされた、もみじが実に綺麗で、ビィオラはその豊穣なる響きとテクニックの素晴らしさで聴きほれた。特に和音まで綺麗だった。

近くに「三朝バイオリン美術館」があり、バイオリン製作の講師を昨年まで行っていたそうだ。

演奏終了後は話がしたくなって、尺八の「藤原道山を知っていますか?」と聞いたところ知っていると言う。

もう客はいなかったが、私のリクエストで「A列車で行こう」を頼むと、ものの見事に演奏してくれた。音楽仲間は話が合う。

彼の演奏はYouTubeで「ビィオラ 生原幸太」で聴けます。
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2017/11/30

'17出雲旅行記 そのU  旅行

玉造温泉2日目晴れ。(11月27日 月曜日)

5時30分に起床して、すぐに今度は1Fの風呂に入る。これは気持ちの良い風呂だ。
美肌の湯と言う位、肌がすべすべになった。

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朝食は6時40分からの和・洋・中バイキングで何でもござれだ。
やはりバイキングだと、おかゆを取る。納豆、豆乳豆腐、マグロカツ、ハタハタや目玉焼き、等にフルーツ。最後にはカフェラテも飲んだ。

ここは全てに美味しく、精算後に「ここが今までで一番おいしかった」と、鞄を運んでくれたおっさんに伝えた。

さあバスにと思ったところ、妻が「旅行社のバッジが無い」と騒ぎ出した。慌てて妻は探しに部屋に戻ったのだが、無かったと言う。

仕方なくバスに乗り込んで添乗員さんに訳を話したら「いくらでもありますからいいですよ」と優しく行ってくれた。

ところが最終日に私が犯人だった事が判明したのだった。

バスの座席は指定されて6列目の右側だった。10分程度で「まがたま伝承館」に着いた。
ここで勾玉(まがたま)を制作するのだ。

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これは日本一の大きさの勾玉だ。

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通常はこのような「メノ―」を加工するが、我々は加工しやすい「ろう石」で製作をした。

あらかじめ、ある程度の形にしてくれてあるので、ひたすら紙やすりで磨き、水洗い後はワックスでさらに磨ぎをかけた。

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色々の形のビーズを工夫して紐に通し、何とか勾玉ができ、ネックレスになった。
これは私の作品である。センスはどうだろうか?

ある御婦人は旅行中、勾玉を付けていた。

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出雲大社に行く前に、歴史博物館に寄る。
ここでビデオによる出雲大社の説明を聞いたり、展示館を見た。

2000(平成12)年には境内遺跡から本殿の巨大柱(宇豆柱)が一組3本出てきて、いかに本殿が高い所(48m)にあったかが証明された。

これは縮小された当時の模型である。

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ついに出雲大社に来た。
10月、大学の出雲駅伝はここの石段下がスタート地点だ。(今年は東海大学が優勝)

ここが入口かと思ったが、二の鳥居である。
すぐ目の前には「スターバックス」があった。出雲大社は島根県である。

鳥取県知事の「鳥取にはスタバはないが、砂場はある」が有名だったが私は、ここかと思った。
とにかく鳥取県知事のアイデアには、島根県も負けるそうだ。

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参道は珍しい下り参道で、下りきったところに拝殿がある。1959(昭和34)年の総ヒノキ造り。

パンフやテレビで見るしめ縄とは違い、随分小さいなと思ったら、大きいしめ縄は別のところにあるとは知らなかった。

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屋根だけが見える御本殿には一般客は中に入れず、屋根しか見えない。
日本最古の神社建築様式で、1744(延享元)年に完成。60年に一回屋根の葺き替えを行う。
我々は周りをぐるっと回っただけだった。

旧暦10月10日に神迎祭が行われるが、今年はちょうどこの日(27日)で、夜7時から行われたそうだ。

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神楽殿。これが噂の大しめ縄である。
ここで結婚式が良く行われおり、家内のお弟子さんも今年ここで結婚式を挙げたそうだ。

昔私がT百貨店に勤務の頃の後輩が会社を辞めて、この近くに帰ったと思い、調べてみたらまさに大社町だから、近くに住んでいるのだろう。

大社見学後、このC社ツァーは特別に「カニ汁」をいただけた。
この地方には珍しい良い天気に恵まれて、暑い位だった。

昼は割と近くの「島根ワイナリー」に行って、バーベキュー。ここでも島根牛の美味しい肉をいただいた。先ず赤ワインで乾杯。4人で丸卓を囲んでそれぞれ焼いた。

場所を移して、土産物店ではワインの試飲もさせてくれて、300mlの甘い白ワインを買った。
急いでいたので甘口を買ったのだが、辛口は別の場所にあったのだ。

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出雲大社を後にして、一畑(いちばた)電車(通称ばたでん)の出雲大社前駅に向かう。
2両編成の電車を貸切である。この電車は特別臨時電車で、1両を改装して全席が同じ窓ガラスの方を向いている。

乗った時は全員左側を向いており、宍道湖は右側のハズだ。
おかしいと思ったが、謎は途中の一畑口駅で解けた。

運転手は今度は後ろの運転席に移って、スイッチバックとなり、左側が宍道湖方面になったのだ。

この日は未だ夕映えではなかったが、実は出雲に来たかったもう一つの理由は、舩川利夫が作曲した「出雲路」を思い出したからだ。

出雲路は「清水寺の暮色」「祭」「宍道湖の夕映」の三部になっており、4年前のおさらい会で演奏していたのだ。(箏2面、十七絃、尺八)

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途中でカラフルな電車に会い、その都度ゆっくり走ったり、ここは停車もした。
鉄っちゃん垂涎のビューポイントだ。

主に京王線の中古だと言うから、もしかして昔私が乗っていた電車なら、奇遇である。

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電車内では2人の若い女性ガイドが仲居さんのような衣装を着けて、沿線の説明や抹茶と和菓子のサービスがあった。我が飯田線もこのように考えればいいのになと思ってしまう。

駅名が難しく、クイズになった。
秋鹿町、伊野灘、園、旅臥、美談、川跡、武志、遙堪など読めるかな?

読み方の答え(あいかまち、いのなだ、その、たぶし、みだみ、かわと、たけし、ようかん)

バスも一畑バスの大型で座席に余裕があったし、バスガイドがよどむことなく上手かった。
彼女は松江出身で、歴史も風景の説明も立て板に水であった。

中海を左手に見て、安来市を通る。
「やすき」と思ったら「やすぎ」が正解だった。

バスガイドさんは歌も上手く、鳥取県民謡「貝殻節」も歌ってくれた。
ホタテガイが大量に取れた時の労働歌だった。

この曲には思い出があり、若い頃尺八を教えていた頃、弟子の会社の人達と新宿の歌舞伎町スナックで飲んだ時に、その知人が大きな声で貝殻節を歌っていたので、覚えたのであった。

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2日目の宿泊は境港市の南側、皆生(かいけ)温泉つるや。
ホテルから見た大山(だいせん)は1709m。中国地方の最高峰であり、雪をいただいた大山は山陰の象徴であろう。

因みに同じ漢字でも、神奈川県にあるのは大山(おおやま)である。

先ず、大浴場と露天風呂に入る。日本海に面しており塩分を含むらしいが、石鹸は泡立ち、いい湯であった。

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夕食は食前酒に始まり、冷酒の久米桜を注文した。純米酒で無く、味は今一つだったかな。
料理は和牛しゃぶしゃぶ、ののこ飯、メバルの煮付け、茶わん蒸し、天婦羅、水菓子などであった。

ここのカニは食べやすかったし、和牛は柔らかく美味かった。

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食事がほぼ終わった頃合いを見て、我々だけに特別に鳥取荒神神楽(かぐら)を鑑賞させてくれた。
大黒様が福の種を授ける舞など。

修了後は、恵比寿様ともども五円玉を紙で包んだものを投げてくれて、みんなで拾ったりした。妻は上手くつかんだが私は上手く受け取れず、下に落ちた子供用のお菓子だけ拾った。

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有名人が泊まった折に書いた色紙が、壁に貼られていた。杉村春子、仲代達矢、有馬稲子など。

この色紙は立川談志である。
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2017/11/30

'17出雲旅行記 そのT  旅行

俳人「松尾芭蕉」は「おくのほそ道」序文に「月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也。」と書いた。

私も旅人として、11月26日(日)〜29日(水)「ご夫婦で行く神話の国・出雲4日間」に行って来た。

C社のツァーは4回目である。今回の案内には「化粧台トイレ付足元ゆったりシートバス利用。勾玉(まがたま)製作・神話講座・貸切列車で魅力探訪」とあり、出雲大社に一度は行ってみたかった。

私にとって未踏だった「島根県」と「鳥取県」に行ける、絶好の機会となった。

このツァーは最少の人数が14名のところ、12組の夫婦24名も集まった。

26日は天気も良く、我々は新横浜発10時29分の新幹線に乗り込んだ。先ずは岡山駅を目指す。

早速、行先の「山陰遊悠絵図」が配られた。
当然、出雲地方を探すのだが、突然松本清張の「砂の器」を思い出した。

最初に映画で見て感動して小説も読んだのだが、その中に亀嵩が出て来たのだ。

探すと雲州そろばんの近くに亀嵩温泉を見つけた。ここだ!
近くに「砂の器記念碑」の表示があった。

映画では国電蒲田操車場での殺人事件から始まる。東北なまりと出雲の方言が似ており、「カメダ」がポイントとなり、犯人を追った。天才ピアニスト・作曲家を加藤剛が演じた。

是非「砂の器」を読んでいただきたい。

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添乗員は若くて美人のIさんで、さらに情がこもっておりラッキーだった。11時過ぎて銀座大増の弁当とお茶が配られる。

3種類のご飯が見える。美味である。

岡山駅には13時27分着。その後は「特急やくも」に乗り、玉造温泉駅に向かった。
新幹線に慣れていると「特急やくも」の揺れる事、はなはだしく感じる。
山陽から山陰の距離間隔が大体分かった。「特急やくも」は約3時間かかった。

玉造温泉駅からはマイクロバスにて、「佳翠苑皆美(みなみ)」に着いた。
ここは島根県松江市の玉造温泉で、大きなホテルだ。

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部屋についてテレビをつけると白鵬の優勝表彰式の最中だった。
早速9階の露天風呂に入る。もう暗かったので、外はほとんど見えなかった。
ここの温泉は、ちょうど良い温度の温泉だった。弱アルカリ性温泉である。

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夕食には先ず冷酒を注文。「皆美」の吟醸酒だった。
この三角ビンと全く同じものを、自宅で花瓶として使っているので驚いた。
(実は娘が結婚披露宴の引出物でいただいた酒ビンを、再利用で花瓶としている)

ここの料理は旨かった。
ずわい蟹、十六島(うっぷるい)岩のり、鯛、エビ餅、カレイゆうあん焼き、クリーム茶碗蒸し、島根牛焼きしゃぶしゃぶ、松前ご飯、デザートと盛りだくさんだった。

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午後8時30分から近くの会館で「どじょうすくい」の演芸が見られると言うので出かけた。
入場料は500円。 最初にオジサンの民謡と、女性二人の演舞は銭太鼓。


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最後は太鼓をたたいていたおじさんが、素早く着替えて「安木節」にのって「どじょうすくい」の名人芸を見せてくれた。

どじょうを捕まえるしぐさが上手い。
その後、会場から5人の希望者に、どじょうすくいの芸を教えるコーナーがあり、私もしたかったが、積極的なおばさんパワーに負けて、手を上げられなかった。

ワザとらしいおばさん芸に、連れのおばさん達はやんやの喝さいを、浴びせていたが、私は出られなかった悔しさで、とてもカメラを向けられなかった。

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2017/11/20

立川談修の落語独演会  芸能

立川談志が最後の真打と認めた、「立川談修」の落語独演会を聴きに行った。芸術祭参加であるから、かなり力を入れているのかが分かる。

立川談修とは2010(平成22)年に飯田市長昌寺で尺八演奏と落語でご一緒して、真打の立川談四楼とも打ち上げで飲んだ仲である。(談修はその時は二つ目だったが、現在は真打)その談修から、「是非来て下さい」と手紙が来たのだ。

立川一門の談四楼・談修出演の落語は上野広小路亭へ何回か聴きに行った事があり、一度二人に日本酒を差し入れした事もあった。今回は独演会である。

11月6日(月)夜7時開演。場所は「日本橋社会教育会館」で以前、鈴慕会の演奏会を聴きに行った事があった場所だから、すぐ分かるハズだった。

ところがである。私にとっては大事件だったのだ。

その日は先ず新宿に出て、美味いステーキ専門店「ル・モンド」で11時前から並び4人目で、すぐ店内に入れた。いつもの「ヒレステーキ」である。柔らかく美味しい。

昼食後は新宿を見学するより、じっくり落語会会場の水天宮をタップリ見学して、夕食も済ませようと言う魂胆だった。

そこで先ず、半蔵門線で水天宮前駅に着き、未だ行った事の無かった水天宮にお参りをした。改築をしたので綺麗だった。

時間は十分あったので駅前にあった「コーヒー専門店」に午後1時過ぎに入った。都心の一等地で220円の表示があったブレンドは安いと思って入ったのだが、「全席喫煙可能ですが、よいですか?」と言われ、少しは我慢するかと入ったのだ。

隣の女性が煙草を吸っていて、煙がただよっていた。少しは我慢したが、人数も増え段々煙に攻められて来たのであわてて出た。

そこで、会場を見ておこうと思い探した。これが勘違いがあり、日本橋公会堂(日本橋劇場)を見ておいて「何となく以前と違うようだけど、多分ここだろう」で出てしまった。開場まで5時間もあった。(あらかじめ自宅の地図帳で調べたハズだったが)

私は慎重派なので、大概は早くに行って場所の確認をしている。他人と待ち合わせは他人を待たせないように十分配慮している。

日本橋の見学であるが、あてずっぽうに歩くと明治座があり、黒木瞳主演「京の螢火」の公演をしていた。
谷崎潤一郎宅跡も見つけた。

以前、印章店を経営していたので、印章店に興味はある。ある店で象牙の実印が38万円だったから、ビックリした。

所々に地図が書いてあるので、見ながら歩いたのだが、いかんせん時間が余る。
それでもやっと4時30分になり、「エクシオール」に入ろうとメニュー看板を見ると、美味そうな「バニーニセット」があった。

ブロッコリーとサーモンサラダが長方形のパンにはさんである。飲み物はカフェラテ。「バニーニセット」はやや塩が効いていたが、美味かった。710円である。

ここで約1時間半ねばり、余裕を持って6時過ぎに店を出て、会場に向かった。

6時30分開場だから、ぼちぼち集まっているだろうと予測して行ったのだが、会場に当たる4Fは暗かった。その時点で私は会場を間違っていた事に初めて気が付いた。「しまった」!

「どこだー」と心で叫び、外に飛び出した。
もちろん会場の地図はチラシに載っているので分かるハズだったが、やや不鮮明でもあった。
以前も実は、道に迷って途中で聞いていた。

あわてて近くの中華料理店の店員さんに聴いたところ、「あちらの方」と指さしてくれた。
それからは走る、走る。

ところが、見つからない。「松屋」から出て来たサラリーマンに聞いたが分からない。
不動産屋のチラシを撒いていたお兄さんに聞いたところ、やっと駆けつけてセーフであった。

開場に間に合い、前から6列目位の右方面の左が通路側で見やすく、いい席がとれた。8割位の客で盛況だった。

タイトルは「談修インザダーク5」で演目は落語3題の「身投げ屋」「応挙の幽霊」「妲己(だっき)のお百」。
チラシには「落語の影の部分をお届けする」とある。

スタッフは皆「なまくら」の名前の名札を付けているので「変だな」と思ったら、「なまらく」で、すなわち「生の落語」の事だった。

「身投げ屋」は隅田川にかかる両国橋の上で、身投げのふりをして、声をかけてくれた人に銭をせびると言う話で、これが又違う父子の身投げ屋に騙されるのだ。

「応挙の幽霊」は円山応挙の幽霊の掛け軸が売れて、喜んで主人が酒を飲んでいると掛け軸の中から綺麗な幽霊が出てきて、一緒に酒を飲むのである。
談修の一升瓶を注ぐ様や、ぐいっと飲むシーンが上手い。

「妲己のお百」は本当に怖い話である。毒婦と喧伝された江戸中期の女性のお話で、幽霊が出てくる時に突然、照明を暗くして、床を拍子木でバタバタやったから、びっくりしてしまった。
談修は古典を大事に演じ、声の張りがしっかりとしており、滑舌よく早口でないので聞きやすい。

芸術祭参加であるから、是非「優秀賞」を取っていただきたい位の出来だった。

終わって、皆さんが列を作って談修さんに挨拶を交わしていた。
私は年賀状もやりとりしているが、顔を見て話すのは、飯田市の公演以来だから、7年振りである。

顔は分からないだろうと思ったから、以前いただいた談修さんの名入れの「手拭」を見せながら「尺八の北原です。とても良かった。これからも頑張ってください」と握手をしてきた。
始めはきょとんとしていたが、やっと分かったようで、嬉しかった。

大勢の人でごったがえししていたから、早々に引き揚げた。

帰りも方向がハッキリ分からず、適当に歩いていたら人形町に出てしまい、あわてて反対方向の水天宮前駅に向かった。

私は未だガラケーでネットでは調べないので、今の時代はスマホの「GPS」で調べるべきだろうか?
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2017/11/14

おさらい会  音楽

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 10月29日(日)に自宅で「おさらい会」を開催した。
 時季外れの大型台風22号が日本列島を襲った日である。

 聴きに来ていただくことになっていた、知り合いの88歳Tさん(飯田高校先輩で60歳から尺八を習った)は、台風予想で来られなかった。

 午後一時開始。
 先ずは「さくらさくら」と「夕焼け小焼け」を7月入門のAさんが箏と合奏。

 7孔尺八を持参だが、私は受け入れた。(私は7孔は持っていないが、以前借りて演奏した事がある。難しくはない。)
 Aさんは緊張で出だしが、失敗でやり直し。

 2番目は若いE君が箏と「六段の調べ」、やはり緊張で出だしに失敗。
 3番目はNさんで「新高砂」。箏は本手と替手。

箏の「千鳥の曲」をはさんで、F君の「新娘道成寺」は三曲合奏。やはり皆、前半が緊張でしっくりこなかった。

6番目は箏で「砧」。
いよいよ7番目は「雲井獅子」でF君と私の出番である。

上の写真は、「雲井獅子」の演奏で、私は2尺管を使用している

琴古流尺八本曲で8寸管と2尺管との合奏である。
全体の写真を私だけをトリミングしたものである。

この2尺管は「竹治」銘で永年使用していたが、「正律管」の表示があるにもかかわらず音程が高かった。
だましだまし、メッて演奏していたが、いかんせん音程が高い事に気づき、「ふなぎら」君に修理を頼んだ。

演奏会の日にちが迫っていたので焦り、彼に電話して直してもらう事にした。

ものの見事に、音程を直してくれた。半音位高かったので、首を長く継いでくれて、さらに音程をよくする為、管尻を削ってラッパ状にしてくれた。幸い、手孔は直していない。
お蔭で演奏は上手くいったと思う。

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 続いて長澤勝俊作曲「萌春」を箏と合奏。今度は6寸管だ。
 このように2尺管の後に6寸管と持ち替えると、楽器のクセがあるから演奏しづらい。

 この6寸管も実は、いただいた6寸管をふなぎら君が調律してくれた。
 23歳頃、私の弟子の関係で「実業の日本社」の雑誌に掲載されたのを見て、読者が亡き主人の尺八を幸運にも譲ってくれたのだった。これは良く鳴る。

 この「萌春」は名曲である。初演は尺八、坂田誠山。
典型的な7孔尺八向けで、宮田耕八郎、三橋貴風は7孔で演奏している。

 5孔尺八ではテクニックがいる。5孔で見事に演奏しているのは山本邦山である。(リのメリと、ツのメリが吹きにくい)
 私が26歳位の時だった。砂崎知子先生と所属していた「木犀会」で合奏した。

その時、直前にも砂崎先生は山本邦山と「萌春」を演奏していた為、練習の時のテープを貸してくれた。

途中のある部分では具体的に「もっとふわーと春が萌えるように演奏して」と、歌ってくれた。
(甲のロでなく、ヒの五を下からすりあげる奏法)

その後、山本邦山先生とお会いすることがあって、その「萌春」の事を話したところ、何と「もう歳だね」と言われた。未だ、当時邦山は39歳頃だったのに。

おさらい会の「萌春」の最初は上手く行った。だが、途中辺りからやや掠れも生じて来た。
最後の直前なぞは間をしっかり取らずに、感覚で演奏したら、ちょっと箏と合わなくなってしまった。
気づく人は気づくだろう。だが、最後はしっかり締めた。

トリの演奏は吉崎克彦作曲「華紋」で、琴2面、十七絃と尺八。
尺八は門下生F君。
何故私ではないのか? 曲の選定段階で、私が難色を示していた(都山流の楽譜だし、難しそうだったから)ところ、門下生が上手く吹くので、彼に演奏をしてもらった。

現代曲でリズムに乗り、十七絃が入って重厚な演奏となった。

終わって、自宅でそのまま記念撮影と茶話会を1時間ほどして、かねて伝えていた尺八の門下生3人を連れて、土砂降りの台風の中、駅前の「バーミアン」に行った。

先ずは反省会が「残念会」となった打ち上げだったが、笑いが絶えなく、尺八の難しさを語って、つい中生を3杯も飲んでしまった。

新曲(宮城道雄作曲)や現代曲はもはや、都山流の楽譜しか出版されていない状況にある。
これからは琴古流といえども、都山流の楽譜も、五線譜も読めるようにしないと、出来る曲が限られてしまう。
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2017/11/1

世界の酒器  趣味

世界の酒器とは、いささかオーバーでたいへん差し出がましいが、一応手元にある酒器を写真に撮ってみた。
先ずは日本製の酒器である。
猪口(ちょこ)、ぐい呑みから。

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私は日本酒党である。それも飲むのは純米酒の名が付いた、吟醸酒か大吟醸酒である。
とにかくあちらこちらのスーパー、酒屋を見て回って、珍しい地酒を購入してくる。「酔心」「獺祭」も飲むが、今は「東光」である。

猪口のトップバッタ−は一番お気に入りの、輪島塗。とにかく軽い。

これは北陸一人旅で輪島に行った時の、自分に土産である。未だ北陸新幹線が無い時だった。

輪島朝市やら、土産物屋を覗いて見て回り、ここで足元が止まった。
何しろ、器の中には「竹」が書かれている。これはもう買うしかないだろう。「竹」に金粉が撒かれており、豪華である。

買った時は4500円もしたが、永年使用しているので元は取っただろう。

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次は、夫婦で金沢に旅行に行った時の、まさに金箔である。
2016(平成28)年4月28日購入。これで飲むときは、殿様になった気分である。

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「真澄」の銘柄は長野県諏訪の「宮坂醸造」である。
自家用車で飯田市の実家に行く途中、諏訪に寄った時に見学に行った。
そこで、試飲をさせてくれる。先ずこの猪口を購入して(320円)酒を何種類か飲ませてくれて、ガラス酒器は持ち帰ることが出来るのである。

この時に飲んだ「あらばしり」が吟醸酒だったが、ことのほか旨く実家の兄へのお土産とした。

私も近所で「あらばしり」を見つけて買ったし、今はヨーカドーかセブンイレブンで時々「真澄」を買っている。これはもちろん長野県を応援するつもりがあるから。

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飯田市中村に「伊那谷道中」なる観光施設があり、家族旅行の折に購入したものである。
猪口内底には「渦巻き」の模様があり、たまに居酒屋でそのような、猪口に会うことがある。

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これは萩焼である。2015(平成27)年12月8日に萩へ旅行に行った時に1080円で購入。
バスツアーの見学時間はあっという間に過ぎてしまうが、散歩の途中で見つけた店で購入を迷っていたら、集合時間ギリギリで我々が一番最後であせった。

萩焼は、ひび割れているのが特徴で、先ず買ったらおかゆで目留めをするように言われた。
永年使っているいるうちに、浸み込んだ色が変化していくのが楽しみだそうだ。

だが、ちょっと安物を買ったからか、何回も目留めをしたが、酒のアルコール臭が抜けないで困っている。

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会社を退職した時の記念?旅行は九州だった。一人旅である。
大分、熊本から鹿児島に行った。これは桜島めぐりで買った、火山灰で作った猪口である。

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1978(昭和53)年11月に結婚したのだが、その時に会社の「飲み仲間」から8個位の「ぐい呑みセット」をいただいた。
みなそれぞれ形は違っており、この銘柄は分からない。いつしか残りの7個はどこかに行ってしまった。

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左側2個は家内の実家の物だと思う。右側は結婚後、家内がとっくりと猪口セットを2セット買ったものである。

当時、つきみ野に一戸建ての家を購入した時に、友人が2人遊びに来て泊まって行ったが、その時にとっくり2本を「とっかえへひっかえ」して、日本酒を熱燗にしてくれた。

余りにも友人が飲むので、家内は大変だったが、私は付き合いきれず、先に寝てしまった。


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ひところ焼酎ブームになった時に、K百貨店の陶器売場で購入。有田焼だと思う。

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これは、焼酎を冬飲むときにお湯割りが覚めにくいという酒器である。
下側が二重構造になっている。

「いいちこ」や「黒霧島」など買ったことがあったが、最近は日本酒の純米酒が気に入っている。

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左端はビールグラス。夏はビール。今はキリンの「一番搾り」を飲み、通常は250ml缶。

真ん中はワイングラス。セットで買ったから5個位あるが、ほとんど最近は飲まない。
ある有名レストランでは「ボジョレー・ヌーボーは不味いから仕入れない」と言っていたなあ。

右側は上野での「蕎麦打ち会」でいただいた「バランタイン」の表示がある、ウィスキーグラス。
残念ながら未だ使用していない。

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世界の酒器に移ります。
これは、家内がオーストラリアに旅行に行った時の土産である。
アボリジニ民族の特有のドットの模様で、ガラス酒器。手前の図柄は「カンガルー」。



ベネチア製のショットグラス。家内がイタリアに旅行に行った時の土産。
ステンドガラスみたいに綺麗である。

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2016(平成28)年7月19日にシンガポールのチャンギ空港の売店で13.9シンガポール$。
図柄はシンガポールのシンボル「マーライオン」である。2個入りだった。

この時は7月14日の夜、羽田をたち19日に帰って来たのだが、シンガポール旅行中はじっと我慢して、土産は買わず、最後の最後でやっと買ったので感慨ひとしおである。

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今年5月に義弟がヨーロッパ旅行した時の土産物である。以下2個も同様である。
グラスに表示されている「Mayerling」(マイヤーリング)は「うたかたの恋」を原作とした映画の題名で、ウィーン近郊にある地方の名。

オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子と男爵令嬢の心中事件が題材となっている。
肖像画をグラスにとは珍しいね。

1936年のフランス映画でマリア役はダニエル・ダリュー。今年10月に100歳で亡くなった。
アメリカのTVドラマのの令嬢役はオードリー・ヘプバーンが演じた。

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ブダぺストの表示がしてある。

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これはあきらかに「フィンランド」である。

酒が飲めるのは健康の証拠である。ただし飲み過ぎてはいけない。
その点、このような小さな猪口で、ちびりちびりと飲むのが健康であろうか。
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2017/10/10

全国都市緑化はちおうじフェア  写真

第34回 全国都市緑化はちおうじフェアが始まった。(八王子市市制100周年記念事業)
期間は9月16日(土)から10月15日(日)までである。
メイン会場は富士森公園で、京王線山田駅から歩いて行ける。

富士森公園内には、野球場と陸上競技場があり、緑化メイン会場は陸上競技場を改装してまで、一面フェア会場にしたのである。

一方、野球場はあの早実の「清宮」が地方大会でホームランを打った野球場で、一回も観戦に行けなかったが、早朝から大変混雑したそうである。

さて、私は9月19日(火)と10月9日(土)に行ってみた。

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最初の写真はエントランスである。
始めに行った時に写した画像は、私のひどく面白くない顔が写っていたので、再び撮り直す為にわざわざ2度も行ったのである。
だから写真の配列は、日付けがバラバラになっている。

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よくも植えたと思えるほどの一面の花(サフィニア)、花、花である。

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この辺では女優さんみたいな綺麗な人が、花の面倒をみていた。
マリーゴールドほか。

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造園のコンテストもあり、金賞から銅賞までが展示してある。
ただし、金賞があちらにも、こちらにもあると、あれっと思ってしまう。
写し方が下手だった。全体が見えない。

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東京都知事賞

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我が家にも、こんな庭園を造ってみたいと思った一枚だ。
しかし手入れが大変だ。

自宅の「枯山水」は周りが芝生の為、どんどん中に芝生が入って来てしまうので、ひっこ抜くとせっかくの白石がメチャクチャになるのである。

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空を見上げると「カランコロン」と、ソーラーで木工細工がクルクル回る。
いい感じだ。

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たいがいは土曜・日曜・祝日にイベントがあり、この日は「トリオ・ダ・カーポ」が丁度終わる寸前だった。
電子ピアノ・クラリネット・サクソホーンがやさしい音色を奏でた。
こういうのに出逢うと、つい合奏したいなと思う。

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次は永野光太郎のチェンバロとソプラノの足立花音。
二人とも八王子に住まいで、足立さんは未だ大学生だと言うが、綺麗な声で「アベマリア」や童謡を歌った。

永野氏はチェンバロを自分で作ったと言う。
独特の音色で、バッハ等を華麗に弾いた。さらにバッハ以前の作曲家の曲もソロで弾いたが、もう十分に立派な曲だった。

古楽器と言って良い。尺八と合うだろうかと考えていたら、何と鈴慕会同門の若手尺八奏者の黒田鈴尊が10月26日に彼のリサイタルで共演をする、と邦楽ジャーナルに出ていたのを見つけた。
何か縁を感じたステージだった。

このフェアは多くの企業が協賛している。
私の尺八門下生の会社も協賛していて、しかもトップクラスに表示されていたのも何かの縁だろうか。
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2017/8/17

母の新盆と駒ケ根  旅行

母の新盆のため、8月13日に八王子駅発11時30分の特急あずさに乗り、岡谷で飯田線の各駅停車に乗り継いで、飯田駅に15時49分に着いた。

4時間以上かかる程、飯田は都心から遠いのである。

通常は中央高速バスで行くのだが、お盆の渋滞を避けるため電車にした。私は気が早く、一ケ月前の朝7時前に自転車を飛ばして、西八王子駅まで予約に行ったのである。

その努力が実り、帰りもあずさに乗り無事に帰宅した。やはり中央自動車道は大変混雑したようだから、正解である。

新盆供養は17時30分から行われ、親類筋が15〜16人集まり供養後は、酒が入った。
通常はあまり飲まない私も、ついビールに日本酒を飲んでしまった。

妻も一緒だったのでその夜はホテルに泊まり、翌日はせっかくだからと駒ケ根を見学することにした。

乗車券は3日間有効のため、八王子まで買って駒ケ根に途中下車をした。
飯田線は今では1時間に一本である。車掌が通常の10倍の乗車率だと言う。

若い頃、父親が連れて行ってくれた「光前寺」のひかり苔を是非見たいと妻が言った。

駒ケ根と言ったら千畳敷きカールである。しかしお盆の時期は大変混んでおり、ロープウェイは2時間待ちだと言う。何回か行ったし、子供を連れて混んでいる中、宝剣岳まで登ったこともあるので、今回は避けた。

「光前寺」までは不便なので、先ず駅前にいたタクシーを飛ばして「光前寺」に行った。
その丸八タクシーの運転手は親切に、駒ケ根と有名ソースかつ丼の分かり易いマップをくれて、それがすごく役立った。

あらかじめ調べていたとおり、「光前寺」の目の前の「やまだや保翁(やすおう)」で蕎麦を食べた。気が付いた方はおられますか。何故「やすおう」に行ったかを。
そうです。私は「やすお」です。その関係です。

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ここでは私は「天ざるそば」をいただいた。天婦羅に何と「りんご」があって珍しかった。

レジ精算時に若主人に、私が「やすお」であることを言って、身分証明書を見せ、その関連性で「縁だからサービスは無いの?」と言ったら、笑って「それは無いですね」と言下に断られた。

道路をはさんで、光前寺はある。

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先ずは光前寺の仁王門。参道は修理中。

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参道の石垣には「ひかり苔」が光って見える。分かるかな?

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参道は立派な杉並木となっており、ここは参道の脇道だが、一面に苔が生えている。

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ここは本堂。
正式名称は天台宗 別格本山 宝積山 光前寺とある。不動明王をまつる。
天台宗の本聖上人が清和天皇貞観2(860)年に開基した。

光前寺には「霊犬早太郎伝説」がある。小学生の時、学芸会でこの早太郎の物語を見たことがある。

光前寺を後にして、駒ケ根高原散歩マップにより、ホテルまで散歩することにした。

どんよりとした天気の中、光前寺通りの道なりに進む。
やや坂道を上ることになったが、道路は自動車ばかりでほとんど人に会わない。
車は頻繁に通るので車道と歩道は明確に、ブロックで分離されている。

うっすらとした杉木立の中、登り始めて割とすぐだった。先頭の私は、とぐろを巻いた蛇を目の前に見つけて「ギョッ」とした。蛇の名前は分からない。
マムシか、ヤマカガシか、青大将か?しかし恐れながらも見ると死んでいて、ハエが群がっていた。

歩いて10分程度で旧竹村家住宅に着いた。
国指定の重要文化財である。

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ここも以前親父に案内してもらったところである。
写真は長屋門で、その奥に主屋がある。肝心の主屋の写真が無いが、寄棟造の茅葺である。

主屋に入ると、そこが土間。右に、とおり、うまや、左側にいろり、台所、座敷がある。
江戸時代の中ごろの建築と思われ、上農の民家だそうだ。
現天皇が皇太子時代に、美智子さまと訪れた写真が飾ってあった。

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左隣に駒ケ根郷土館がある。ここは駒ケ根市の旧市役所だったのを、移築した。
大正期の洋風建築で、今は民俗文化財を展示している。
両方見られて200円は安い。

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さらに光前寺通りを登り切ったところに、「大沼湖」があり、静かな湖畔を少し散策して、今度は下り坂になった。

ほぼ下りきったところに「駒ケ池」があった。(写真)
何人か釣り人がいて、何を釣っていたのだろうか。何か釣れてびくに入れていた。

天気は曇っていて、やや疲れも出て来た。
タクシ−の運転手さんが言っていた「ソフトクリーム」の美味い所がもう近くだった。

そこは「味わい工房・すずらんハウス」で、「すずらんソフトクリーム」を購入した。250円。
これは昔、清里の清泉寮で食べたソフトクリーム同様、美味だった。

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こまくさ橋はつり橋である。太田切川を横切るこのつり橋は結構揺れる。
全長146メートル。四国旅行の大歩危峡のかずら橋ほど怖くは無いが、まるで酔っているようで浮遊感があり、気持ちが悪かった。

こまくさ橋を渡り、2日目の宿「早太郎温泉・こまゆき荘」は近くだった。
曇り空だったが、どうやらぽつりとして来た時に宿に着いた。
ざっと2時間の散策で結構、疲れていた。すぐに風呂に入りたかった。

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ここは一般の人も温泉に入れるところで、宿は2階に6部屋しかない。
ロッジ風の造りで、部屋は畳だった。

風呂はこじんまりしていたが、美肌の湯と言う訳で肌がつるつるになった。単純アルカリ温泉で41度に加温してある。

夕食はやはり風呂上りにビールだった。
刺身、茶わん蒸し、天婦羅、牛陶板焼き、ダイコン煮、うなぎかば焼き、キノコ入り炊き込みご飯を炊いた。

21時過ぎにバタンキュー。

翌朝は雨。朝6時半過ぎに風呂に入る。たった一人でゆっくり出来た。宿の水はやはり飯田より冷たかった。上手い水でこれで養命酒が上手く出来る訳である。(近くに工場があるが見学はしなかった)

この日は残念ながら終日雨だった。

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帰りの駒ケ根駅発は12時半過ぎだからゆっくり出来る。
9時30分過ぎに宿を出る。太田切川の遊歩道を上流に向かって散策。結構の雨が降って来た。
駒ケ根橋上方向の、千畳敷きカール方面はガスっている。

太田切川は木曾駒ヶ岳を源流とする一級河川である。氷河が崩れて来たのか太田切川は、巨岩や割と丸くて大きい石がゴロゴロしている。下流は天竜川になる。

駒ケ根橋を右から左に渡り、今度は下流に向かって歩いて来た。
広い太田切川に並行して流れる、幅1メートル位の川があったが、水量が多く、坂になっているため、その流れが早いこと。仮に足を入れたらいっぺんに転んで、おぼれてしまいそうだ。


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遊歩道の途中で見つけた東屋で休憩をした。その辺まで土石流が来たと表示されて驚く。
再び散歩で見つけたこの家は、古民家ウェディング「音の葉」だ。もう一度結婚式を挙げるならここが良いなあ。

昨日行った味わい工房に又来て、コーヒーで一息つく。
土産物店で、日本名水100選に選ばれた猿庫(さるくら)の泉の水を使用した、飯田の「猿庫の泉」なる純米酒を購入。これが美味いんだ。

この辺は菅の台バスセンターで広く、栄えている。
マップで見ると右方面に「キャンプ場」がある。思い出したが中学の時にこの「キャンプ場」に来て、テントを張って泊まった。クラス単位で来たと思う。

バスセンター近くを見学して、当初予定通り11時過ぎに有名な「明治亭登山口店」に入った。

もう店内は満席だと言われたが、ラッキーなことにテラス席はいくつか空いていた。
座った途端に、テラス席もあっと言う間に満席になった。

私の席のすぐ裏は川で、せせらぎ音が聞こえていた。
屋外なのに不思議に虫はこなかった。 

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駒ケ根名物は「ソースかつ丼」である。
我々は「ヒレカツ御膳」にした。食べ出してから写真を思い出したから、これこの通り見るにはやや汚いがご免。

ヒレカツは美味かったが、量があったので私は3個食べて1個残し、パックをいただき、妻の2個も入れて持ち帰って夕食にした。

食べ終わると、もう長蛇の列だった。
菅の台バスセンターに向かって歩いている時にサイレンが鳴った。

何だろうと時計を見たら正午だった。
そうだ本日は終戦記念日で、立ち止まって黙祷をした。

菅の台バスセンターでは駒ケ根駅行きのバスは出た後だったので、タクシーを呼び、駒ケ根駅まで行った。行きに親切にしてくれた丸八タクシーでやはり、前と違う運転手でも親切に駒ケ根の話をしてくれた。

まだ時間はある。駅前のスーパーで駒ケ根の地元の酒「信濃鶴」やコーヒーゼリーを購入した。
駒ケ根駅発12時46分は2両編成のいっぱいの人で、やっとシルバーシートに座れた。
可愛らしい御嬢さんの浴衣姿も多く、考えたら諏訪湖で花火大会があったからだ。

岡谷ですぐ「あずさ」に乗り換えた。我々は一番前の車両で満席だった。甲府付近でコーヒーゼリーを食べ、満足した。
無事八王子に定刻の16時01分に到着した。

千畳敷きカールには秋紅葉の時期に来たいものであるが、やはり混雑するのがネックだな。
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