季節風が止んで3日目、今日は西風が吹いています。昨日は残照に大阪湾がほんのり染まっていました。ほろ酔いの色。この温かな風は雨をつれてきそうです。

お正月明け、寒さと帰省疲れで所在ない気分のときに手にとった、ハイドンのミサ曲集から、「ハーモニー・ミサ」。「管楽器のミサ」ともいうらしい。1802年初演。
ハイドン(1792〜1809)晩年のミサ6曲のうち、私はこの最後の作品…オーケストラ、合唱、ソリストともに存分に鳴り、歌い、響きあう…ハーモニー・ミサがいちばん好き。
歌詞はラテン語の祈りの言葉。でも、エステルハージ公爵の奥方の命名日にふさわしい祝祭的な明るさ、それがもたらす高揚感は、クリスチャンでなくてもおすそ分けしてもらえるんじゃないかな。
1月16日撮影.
ハイドンにイギリスからの帰国を要請したエステルハージ家の殿様は、教会音楽がお好き。教会でオーケストラが演奏することを嫌った皇帝ヨーゼフ2世も亡くなったことだし、これからは、妻の名の日の祝いに毎年1つずつ、ミサの新曲を所望するぞよ、とて。
やがて殿様は家付き楽団に管楽器を増員してくれ、奥方の命名祝日には盛大な交響的ミサ曲が鳴るようになったとか。ハーモニー・ミサはハイドン渾身の作曲(例年になく時間がかかり、ちょっと不安も聞えたらしい)だけあって、1曲30分超を聴けば、名の日の招待客の気分になれます

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Haydn: 6 Great Masses
ハーモニー・ミサのソリスト:
Lunn, Joanne (Soprano), Mingardo, Sara (Alto)
Lehtipuu, Topi (Tenor), Sherratt, Brindley (Bass)
Jones, Angharad Gruffydd (Soprano)
Busher, Andrew (Tenor)
指揮者:Gardiner, John Eliot
楽団:English Baroque Soloists, Monteverdi Choir
ソリスト陣は曲によって変わりますが、指揮、オケ、合唱は同じです。 ガーディナーはこの6曲を1997年11月から2001年11月にかけて録音しました。これは2004年に発売された6曲、3枚組のCDです。
ソロ、アンサンブル、各パートとも音が耳に心地よいです。オーケストラは弦が勝っているというか、よく聞こえます。たま〜に挿入されている木管楽器だけの柔らかなフレーズ、よく聴けば大健闘でもそれを気取らせぬ金管、そしてほどほどに鳴る太鼓も好ましいです。無駄な緊張感がないと、こんなに優しく聞えるのね。ハイドンの真心と職人気質を今に伝える演奏じゃないかな。
なかでも私は、ソリストの重唱が最高に好きです。声の持つ個性がはっきりした輪郭と色彩を放ち、なおアンサンブルが美しい。ハーモニー・ミサとはなんと言い得た題名でしょう。
ソプラノのLunnは、可憐で清澄な、たとえばボーイ・ソプラノのパートにも登場してほしいような声。かたやアルトのMingardoは厚みがあって温かい。天上と地上があり、天使と女人がいる。テノールとバスもそういう対比を持つのだけれど、色濃く出過ぎることはありません。
佳境は…「アニュス・デイ」だな。神の子羊、世の罪を除きたもう…と歌う、ラスト6分の前半。ハイドンが書いた音符が彩なして舞い…私は罰当たりにつき、神への賛辞や感謝をすっ飛ばし、「これって法悦」と。
フィナーレは「dona nobis pacem(われらに平安を与えたもう)」の3語だけで3分。ああ、すごい。
昨秋、久しぶりにお会いした高齢のシスターがこう言われました。
「毎日少しずつ、修道会の仕事をしています。
これからも続きます。
もっと簡単な人間になれるよう、
日々を送りたいと思います」
このお正月は、施設から里帰りしたおばあちゃんの介護をして過しました。おばちゃんは元気に動き回っていたころ、近所の女性グループに入って「御詠歌」という仏教の歌を練習していました。お寺の行事やご近所のお葬式には、よそ行きの着物に黒い羽織を着て、衿には仏壇の敷物のような刺しゅうをした布をかけ、紐のついた小さなハンドベルをひとつ持って出かけました。そして、お坊さんたちが読経をする間ずっと、その読経とはまーったく別物の詠歌をしていました。それはあまり抑揚のないアルトの斉唱で、私には一斉に鳴る鈴の音の方が、ニュアンスにあふれて聞えました。
おばあちゃんは連れ合いのお葬式の時、喪主の隣に座らねばならなかったので、御詠歌が聞えませんでした。それで、私に尋ねました。
「詠歌、何やっとった?」
「えっっ…と、なんかチリ〜ンて、きこえた」
「ん。『挽歌』やな。
きれいやけどな。葬式の時しかせえへん」
きれい・・・

「アニュス・デイ」を聴きながら、おばあちゃんが言ったひとことを思い出したのでした。

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