私が初めて兵庫県芸文センター管弦楽団(以下、PACオケ)の演奏を聴いたのは2005年11月、センターのオープニングシリーズのひとつ、バレエ・ガラ公演でした。いくつか小品と「春の祭典」を2日間演奏し、カーテンコールでは大きな拍手を送られていました。彼らは、センターのオープンと同時に「うちの街のオーケストラ」として聴衆に迎えられ、愛されていたのです。「うちの街」というのは、西宮、兵庫県といった自治体の括りではなく、「阪神間(はんしんかん)」です。
昨日の「井上道義のベートーヴェン第3回」、私にとっては2005年のオープニング・バレエ・ガラ以来2度目のPACオケ鑑賞です。デビューから2年半が過ぎた彼らに対して、聴衆の反応はオープニングの時以上に温かいものでした。また、客演したピアニスト徳永雄紀くんに対する拍手は、それにも増して大きかったです。チケットは完売でした。
さて、札幌や金沢の演奏会ではピエロのコスプレで登場し、ダンスらしきアクションも見せてくださったこともあるという井上氏。昨日の指揮も聴衆に対して「楽しんでるかい♪ ほれほれ! かしこまってばかりいないで〜」と呼びかけているかのような後ろ姿でした。ええ、もちろん! 指揮棒を持たないマエストロに
ソレが鳴る、あれがドン、
そいでもってコッチが わわ〜〜っ!
と視覚的に道案内してもらいつつ、ワクワクしていましたわよ♪
また、井上さんはプログラムの合間にマイクを持ち、気軽な調子でお話もされました。休憩を挟んでこの日最後の演目、交響曲第8番の前には、まだホワイエから戻ってくる聴衆がざわつく中、ブツブツとトークを始めちゃったのです。おかげで初めの方を聞き逃しました。落ち着かないまま聞いたので、私の勘違いがあるかもしれませんが、だいたい以下のようなことを話されました。
前回(第2回「傑作の森」、交響曲第4番〜6番)は1日目の方が出来がよかった。ホールの担当者から提案されたトークのお題が原因だ。右脳と左脳、両方を使うことを強いられたのだ。「ベートーヴェンの女の人のことでも話してください」だと?
・・・知らない 
そんなこと、知りたいですか? ベートーヴェンは気むずかしいやつだった。(途中失念)ベートーヴェンと女性たちとは、プラトニックな関係だったと言われている。そうなのだろう。
彼は音楽界のピカソだ。交響曲第3番で「青の時代」のようなことをやり、それを全部捨てて(壊して、だっけ?)第4番を作り、また壊して第5番を作曲した。天才(芸術家、だったっけ?)というものは、みんなそうだ。自分が作り上げたものを捨てて、次のものを作る。
で、次の第8番のような曲も作っています。聴いてください。
スタスタと舞台袖に入り、オーケストラが着席するとさーっと登場して左向け左、即座に両手を振り上げ、開始です。
管楽器のさまざまな歌を楽しんだ第7番に比べると、これは弦楽器各パートの合奏をサクサク楽しめる、あまり重厚でない作品ではないかと、PACの演奏を聴きながら思いました。それにしてはその〜、みなさんとても生真面目に、ひたすら聴衆がいる客席とは違うところに向けてパフォーマンスしておられるように感じました。ちと寂しかった。
井上さんの指揮っぷりや、仲良し兄弟のように、時々身体の動きがシンクロしていたクラリネットのトイブルさん(アンサンブル・ウィーン=ベルリン)とボルショスくん(PACコアメンバー)の演奏を思い出すにつけ、真ん中から右と左でいささかカラーが違う管弦楽団であったな〜と思うのであります。まあでも、弦楽器が思い思いに身体を揺すって歌い出したらえらいことになるのかな。
それにしても、第7番の終楽章など、管楽器と張り合ってもよかったのでは。あの楽章の弦楽器パートに、酔っぱらいがオペラを気取って歌うようなノリを期待するのは間違いかな。第8番でも、もうちょっとわかりやすいアピールを期待するのはいかんかな。音色でも音量でもいいから(←むちゃくちゃだ

)。
PACオケ弦楽器パートの魅力って、何だろう。
私がこんなことを思うのは、管楽器にアンサンブル・ウィーン=ベルリンのメンバー4人が加わっていることにも起因しているのでしょう…と思います。井上さんによると「彼らはいっぱい引き出しを持っていて、これが違うのならこちら、というふうに出してきてくれる」と言われてました。おかげで、私がベートーヴェンの交響曲との愉快な出会いができた、それは間違いありません。
私が次にPACオーケストラの演奏を聴くのはいつのことになるか、わかりませんが、そのときは井上指揮のベートーヴェン第3回とは違う顔を見せてくれるかもしれません。楽しみにするとします。