いや、まだ来週の月曜が…でも自分の中ではもう終わらせる、終わらせたぞ。ああしんどかった。みなさまもめでたく7月を迎えられますように。
身の上になにが起ころうとも、日はまた昇る、毎日のぼる。晩になったらお腹がすくからごはんを作る。一汁一菜ではパスできないので、時間がかかる。気分がやさぐれないように、換気扇やレンジの唸りに負けないボリュームでプレイヤーをならす。
失敗の巻:グールドのベートーヴェン(作品31)を選んだ日は、どしゃ降りにさらされたスウェットみたいに盛り下がってしまった。外がまだ明るいとき、作業の合間にボーッと聴くのが大好きな3曲なのだけれど、晩のハラペコには向かなかった。
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元気の巻:ボルトン指揮ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団「天地創造」(ハイドン)。なんだろう、青春賛歌、スポーツショー行進曲みたいなの? これがいちばん効くようだ。へこたれもせず時間いっぱい、どんどん作っちゃったよ、おかず。
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オンエア試聴覚え書き
パトリシア・プティボン ソプラノ・リサイタル
王子ホールでの録画。大阪公演にはなかった「オーベルニュの歌」が聴けた。「オーベルニュ〜」は、吟遊詩人の竪琴(?!)のような伴奏がよかった。
プティボンの印象は、大阪公演とはずいぶん違っていた。ザ・シンフォニーホールは残響がよく聞こえて、独特の味わいがあった。王子ホールで収録された音は、マイクが歌手のすぐ上にあって、喉から出た声だけをそのまま拾ってる感じ。プティボンが動き回ると、声が遠くなるのよ。まあそれはそれで、小さな空間を歌手と共有している親密な印象ではある。けれど、残響が醸す独特の雰囲気に包まれてコンサート酔いをする、あの酩酊気分再現はかなわず。
今週の読書:
失楽園(ミルトン著 岩波文庫)
天地創造の台本は、これに依っていると聞いたから読んでみたが、どうもそうではないようだ。
ヒトラー・マネー
ローレンス・マルキン 著
徳川家広 訳
2008年/講談社
映画「ヒトラーの贋札」の原作と勘違いして借りてきた。映画のもとになったのは、アドルフ・ブルガーの「ヒトラーの贋札 悪魔の工房」が正解。
せっかくだから読んでみた。著者のマルキンは、生き残った関係者への綿密な取材や、戦後かなり過ぎてからやっと閲覧が可能になった資料などをもとにした。マルキン夫妻はユダヤ人。夫人は大戦中のオランダで潜伏生活を経験。
戦時の贋札は諜報戦と深い関わりがあるらしい。第二次大戦中はヒトラーのドイツだけでなく、アメリカやイギリスにも贋札作戦は持ち上がり、指導者はそれに興味を示したという。そしてヒトラーでさえ、その実行をためらったとか。まあ、歴史に残るとハズカシイわな。他国がどうにか踏みとどまった中、ドイツはヒトラー親衛隊がやっちまったということらしい。ポンド札はすっかり出来上がり、終戦間際にはドル札の片面まで作り上げていたとか。
マルキンの文章は感情的に大きく乱れることがない。だから、この本から映画のようなドラマチックな出来事は想像できない。ただ、収容所の人々が、生きて明日を迎えることだけに望みを繋いでいた、その恐怖だけははっきりと伝わってくる。