高橋春圃先生伝(The biography of Takahashi Shunpo)

 シーボルトに学んで種痘を導入した、苦学の医者が西原村日向に誕生しました。

 横井小楠の弟子として漢学も学んでいます。後、息子の高橋正純医師が明治新政府の参与となった小楠の主治医として腎臓・尿路結石を治療したという記述があります。

 


 高橋春圃(Takahashi Shunpo)先生がシーボルトから西洋医学を学んで、熊本に持ち帰ったことが、横井小楠(Yokoi Shonan)との縁、内藤泰吉(Naitou Taikichi)医師、マンスフェルト、北里柴三郎(Kitazato Shibasaburou)へとつながっていくことができたのではないでしょうか。  最初は木山川の流れのように小さかったけれども、西原村に端を発した流れは、次第に大きくなって北里柴三郎を育てた熊本洋学校へとつながり、ついには世界の医学界をリードする貢献をする日本をつくるまでになりました。  高橋医院の後をうけて開業されていた山本医師の息子さんは、ついにエイズ・ウイルスを分離することに成功するという業績をあげられたとか、これも春圃先生も草葉の陰で大きな喜びとされているのではないでしょうか。

 なお、同じく横井小楠の弟子である竹崎茶堂・順子夫妻が住んでいた家とは、高橋春圃(Takahashi Shunpo)先生の医院から通じる疱瘡坂を、ほんの数百メートルの距離にあるお隣さん同士という位置関係です。

昭和42(1967)年3月1日発行
                編集兼発行者 西原村公民館

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