
編成をばらされ、ナンバーを塗りつぶされた6000系。

ナンバー部を拡大すると6184。今月もまた逝ってしまいました。

1977年製までの特徴だった厚みのあるランボード。デワ600形で見られるのみ。

何の変哲もない6000系の車掌台側機器箱に見えるが、よく見ると左側に板で塞いだ跡がある。実はこれ、信号炎管を移設した跡。
初代16F以降、クハ6750形の種別・行先指令装置のベースが大型化され、クハ6700形ともども車掌台と貫通路の仕切り部分に信号炎管を置くようになった。乗り入れ改造時にクハ6781〜6785は指令装置を交換したので信号炎管も移設したが、本来なら移設する必要のないクハ6731〜6735まで取り扱いを揃えるために、このように改造されたもの。当然のことながら、初代15F以前で乗り入れ改造されなかった車両は移設されなかったので、この部分に信号炎管があった。今となっては初代15F以前の車両は事業用のデワ631(←デハ6457)とデワ601(←クハ6707の運転台部分を流用)しか残っておらず、記録どころか見ることすら難しい。幸いなことに、下り方先頭車のこの部分は1枚だけ残してあるのだが…。
さて、何でこんな話をしたかというと、営団丸の内線キットのプロトタイプを選ぶ際、あまりにも資料となるサイトが少なかったからに他ならない。「生きた車両」ならいくらでも記録できるし、見に行くこともできるけど、そうでない場合の難しさを改めて感じた次第。さすがに車内まで作りこむ人はごく少数と思われるけど、こういう細かい違いに気づいているかどうかで、後々大きく響いてくる部分もあると思う。ドア窓の押さえ方式しかり、ヒューズボックスの形態しかり。形態分類表を作り出したのも、後になって資料が必要になるときが来るかもしれないしね。