昨年2月に出版した私の句集「風のあり」から3句ばかり紹介させていただきます。
まして端役の鬼のお面を子はかぶり
昭和58年、結婚して7年、長男も5歳になっていた。長男は何をしてもドジで頓馬な子供であった。幼稚園での節分の行事に親子で参加。主役にもなれない劇の中で真面目に真剣に演じる姿に涙した思い出の句である。
歩けばあるく非力等身 影法師
この頃、しっかり働いても給料が一万五千円位のときだった。家賃の七千円を払うと残り僅か。どう働いても生活は楽にはならなかった。働いては夜遅く帰る駅から我が家への夜道に痩せてゆく私の分身が影法師となり、長く伸びる。その非力な等身を励ますように満月が私を照らしていた。この句には季語はない。しかしこの句の充実感は季語を使用しないことによる充実感であるのかもしれない。
遠くへはとべぬバネにてあめんぼう
昭和60年初夏。親子4人の生活は楽ではなかった。深夜まで仕事して通勤電車が終電を迎えてもまだ仕事をしていた。深夜タクシーで帰宅する。…こんなときである。たまの休みがとれた。当時、まだ阪神電車の甲子園駅の近くにあった阪神パークに子供たちと一日遊ぶことが出来た。象やキリンの憩う姿に心を癒す。この遊園地の中でただ一つだけある池。ここにはフラミンゴが。しかし私の視線はべつのところにあった。ひっそりと置かれるように浮いているあめんぼう。誰の目にも浮いてるとしか思えない。私はそこに私自身を見る。…このあめんぼうは遠くへ跳んで行って生活すバネなどない。まるで私自身であったのだ。この句は私の象徴をあめんぼうに託したものであった。
私の…児島庸晃句集「風のあり」は下記の図書館・文学館にあります。無料で閲覧。一部貸し出しが出来ます。
◎ 兵庫県立図書館(明石公園内)
◎ 西宮市立中央図書館
◎ さいたま文学館(さいたま市)

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