子供達の寿命は、私達人間よりもずっと短いとわかっているはずなのに、
いつもいつも側にいて、その存在があまりにも自然になると、
それがいつの間にか、永遠に続くように錯覚してしまう事があります。
尤もそれは人間も同じで、だからこそ、ふとした事で、この当たり前の生活には必ずタイムリミットが存在するのだと実感したとき、たまらなく何気ない毎日がどれだけ大切なのかを改めて考えさせられたりします。
一緒に笑ったり、泣いたり、怒ったり、呆れたり、頭を抱えたり
抱きしめたり、並んで歩いていく時間は、本当に短くて、だからこそそれを思う時、泣きたくなるほど彼らの愛しさを感じます。
私がいなくなるよりも早く、子供達がいつか、私をおいて逝ってしまう時。
何気ない日常の崩壊を知るのでしょう。
この子達の目がもう自分を映す事がなくて、この子達がもう私を困らせたり、笑わせたりする事がなくなるその時には、出来る限りその傍らに自分がいられればいいな、と思います。
どんなに濃密な時間を過ごしても、沢山の未練や後悔は尽きる事なく、
「ごめんね」としかいえない自分がいるかもしれないけれど・・・
出来れば、1番最期の言葉は
「ママの子供でいてくれてありがとう」といえる自分でありたいと、かけがえのない生命が消える場面に立ち会う度に願います。
追伸
大丈夫。彼女はママの娘でいられて絶対絶対幸せだったよ。

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