2011/3/25

嬉しい贈り物  

今日は16回目の結婚記念日でした。
春休み中という事もあって、最近はどこかへ出かける事も多かったのですが、
今年は中学準備が忙しそうだったのでお出かけは先月済ませ、
今月は家でお祝いと思っていました。

けれど今の状況じゃ無理だよな〜と思いつつ、
出かけたついでに小さいブーケを購入花束
家に戻ると宅急便の不在届けが◎o◎

先日知人の方が荷物を送ってくれたとメールをくれたのですが、
何とその方手作りのパウンドケーキが!!!!
うわ〜〜すごく嬉しいですTдT

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送ってくださったのは、
さいたま市にある<無添加・手作りバターケーキ専門店>
「 Abies Mikuriya Cake」の代表、(有) 実生企画の御厨 典子(みくりやのりこ)さんでした。

双子が2歳くらいの頃にネットで探したお店で、
まだケーキを作る技術も余裕も無かった頃の、
自分へのご褒美に買っていたパウンドケーキでした。
家に届くと嬉しくて嬉しくて、
それでも家族で分け合って大事に食べていた頃を思い出しますTдT

ここ数年はすっかりご無沙汰していましたが、
今回の震災で御厨さんが私に連絡を下さいました。
本当にありがとうございました土下座
このケーキも大事に大事に、家族でいただきたいと思います。
まだまだ落ち着かない毎日ですが、
今日は嬉しい結婚記念日となりました*^_^*
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2011/3/23

卒業おめでとう!  

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本当なら今日は、市内の小学校の「卒業式」のはずでした。

私の勝手な思い込みですが、
地震だけなら卒業式は行われたと思います。
多分「原発」のせいなんじゃないかと。
今は放射線量もだいぶ少なくなり落ち着いてきましたが、
先週はかなり高い数値でした。
市外へ避難する人も出てきています。

小学校の卒業式は、一生に一度です。
それが無くなってしまうなんて、正直考えられないですTдT
もちろん避難生活をしていて、それどころではない方々が多いのも分かっています。
家族が一緒に生活できる事がどんなに幸せか、心から感じています。

けれどどうしても、
「原発のせいで」と思ってしまうのは親だからでしょうか。
悔しくて仕方ないですTдT
東京電力さん、一刻も早く何とかしてください。
現場で働いている方々は、命の危険があっても頑張っていてくれています。
けれどこの事が解決しない為、
私たちはまだ逃げる準備をやめる事が出来ません。
まだ地震が終わっていないのです。
関東の人たちは節電して頑張っています。
本当に本当に、お願いします。


それでも今日は、実家の父と母が「卒業祝い」を持って来てくれました*^_^*
手作りの卒業証書とカーネーション、そしてケーキです。

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「本当ならちゃんとお祝い金持ってくるはずだったんだけど・・・ごめんねTдT
というので「とんでもない!」と言いましたヨ!
だってガソリンが入れられない中、
車で買い物をして届けてくれるなんて!!
腰を痛めてしまった今の私には、どんなに嬉しいプレゼントか・・・'_';

細々と生活していたので、ケーキなんてすごく贅沢な気がします。
今までは好きな時に好きなだけ買えて、食べられて。
何もかも便利になって、贅沢しすぎてたなって心から思いました。

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地震の後から、水も電気も、少しずつ使っています。
本来はこれだけで済むんじゃないかとも思います。
昼間日差しがあればファンヒーターを消し厚着をする。
夜も早く寝るようになって体力温存です。
あーでも夜中はずっとラジオつけてるか・・・音が全く無いのも怖いのです´_`
ラジオ福島さんいつもありがとうございます土下座

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マール、サーヤ。
あなたたちは6年間本当に頑張ったと思います\(^o^)/
母はもう何もいうコトはありません100点
3月11日で急に学校が終わってしまったけれど、
心から卒業を祝いたい気持ちでいっぱいだよ!!
本当におめでとう!
楽しい中学生活が送れるように祈ってます花束オメデトウクラッカー

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2011/3/22

3月11日B  

子供たちに会えた安心感もほんの少しで、容赦なく余震が続く。
とりあえず家に入ると、倒れていたのはパーテーションだけだった。
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時計や学校の予定表などをかけておいた間仕切りで、
天井と床の間に突っ張らせて置いたものだ。
2台がバッタリと倒れ、かけていた物が落ちていた。

幸い液晶テレビと食器戸棚は無事だったが、
戸棚の中のガラスのコップが落ちて、下に散乱している。
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食器戸棚に突っ張るもの(商品名マグニチュード7)を付けていて本当に良かった。
破片が危ないなーと思ったが、眺める暇も無く大きい余震が来る為に
怖くてすぐ外に出てしまって何も出来ない。

停電になっていて情報が何も無く、ケータイは電話もメールも出来ない状態。
どうしても旦那に繋がらないのだ。
仕事の帰りに1回だけ「Cメール(au同士のメール)」が届いたが、
それ以降送る事さえ出来ない。
「帰ってきたよ!子供たちも無事だったよ!」と伝えたいのだが届かない。
旦那から「家具大丈夫かな」とか「あちこち火事です」とかが届くけど、
肝心の家族の事が会話できない。
メールも混乱中なんだな。

揺れる度に外に出ていると、お隣さんがコンビニに行って来たと話してくれた。
でも長蛇の列で、品物もほとんど無いそう。

今晩のご飯どうしよう。何も作れそうに無い。

スーパーは無理そうなので駄目元でコンビニに行こうとしたら、
お向かいのおばさんに声をかけられた。
「暗くなったら何も見えなくなるから、今のうちに準備しないと!」
ああそうか、停電中だ。
食べ物はパンがある。
じゃあ明るさを確保しなくてはと、やっと動く。

母のケータイから電話が来た!

「大丈夫だった?」

お互いがお互いの無事を確認。よく通じたなぁと思う。
実家も家具が倒れる事も無く無事だったようだ。
とりあえずちょっと安心した。
その後は繋がらなくなった。

ロウソクとライター、懐中電灯を探す。
と同時に、大事なものを大きめのバッグに詰める。
逃げる為の準備をしなくては。

「マールとサーヤも大事なものをバッグに入れて」

2人は精一杯考えて、中学に入ったら使うものやお財布、
先月シーで買った「ダッフィー達」を詰めはじめた。
家の中は歩ける所を確保し、明るさも準備。
大事なものは車へ乗せて、自分たちも車に乗り込んだ。
寒いのでエンジンをかけると、ラジオが聞こえてホッとする。
余震で車が揺れる。怖い。
旦那とは連絡がつかない。
少しずつ薄暗くなる中、本当に心細かった。
すると車をノックする人が。
さっき子供たちと一緒にいてくれた近所のおじさんだ。

「何かあったら言ってね」
「ありがとうございます(T_T)」

こういう時の温かい言葉は本当にありがたい。
外は真っ暗になり、気温はどんどん下がる。

「お腹すいた〜」

ああもう6時だ。
子供たちとパンを食べる。
2人はパクパクと平らげたが、私はお腹が空かなかった。
緊張していて食べられないのだ。
チョコもお菓子も食べる子供たちはすごいな。
見習わなくてはと思う。

ラジオを聞きながら車で暖まっていたら、旦那が帰って来た。
良かった!生きて帰って来た〜〜・・・
旦那の職場はパン屋なので、
地震直後からパンを買いに人が並んだらしく、
その対応に追われていたんだそう。お疲れ様・・・

車の中で一夜を過ごそうかとも思ったが、
旦那が帰ってきたので家の中に戻ることにした。
ロウソクに火をつけるが、度重なる大きな余震に点けていられない。
仕方ないので、電池は消耗するけど「懐中電灯」に頼る。

暖房は反射型ストーブがあったが、怖くてこれも点けられない。
なのでリビングに布団を持ってきて、4人で足を入れる。
旦那もパンを食べ、夕飯らしくない夕飯が終わる。
夜の間は水が出ていたので、お風呂やペットボトルに溜めてみた。
暗いけどトイレにも行けた。

8時過ぎに、子供たちが眠ってしまった。
相当疲れたんだろう。
普段着のまま、コートも着たまま寝る事に。
またいつ大きな余震で外に出る事になるか分からなかったから。

案の定、夜中の余震は大きいモノばかり。
しかも間が無いくらい頻繁だった。
ケータイの緊急地震速報でも何度も起こされる。
「寝せてくれ・・・」と思った。

それでもこの時はまだ、
県内外の被害がどれだけかも、これから続く被災生活の事も、
全く分からない状態だった。
長い3月11日だった・・・
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2011/3/22

ぎっくり腰かと思ったら  

連休明けの本日、整形外科がやっていたので受診してみたら〜
「椎間板ヘルニア」と言われてしまいました´_`
もーこんな時に・・・って感じです。
家で重いのを持ったのもあるけれど、
やっぱり断水中の水運びが効いてるよな・・・涙
早く仕事復帰しないとだし、ブログの続きも書きたいっすTдT
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2011/3/20

ぎっくり腰(^^;;  

やっちゃったみたいで、寝てるだけの土日でしたT▽T
ネットがあまりにも繋がらないのでパソの場所を変えたら、
グキっとはならなかったけど徐々に痛くなり・・・
ちょうど外出も出来ない状態なので良かったのか?

外は放射能が怖くて出られません。
毎日テレビラジオで放射能量(マイクロシーベルト)を聞いて、
まるで昭和のSF漫画のようで、でも笑えないんですよね。
子供たちを守りたいのに、どうしたらって感じです。

子供達と言えば、
福島市内の小学校は、卒業式が中止になってしまいましたTдT
一生に一度の卒業式が無いって・・・あんまりですTдT
いつか別の形で、何かをしてあげたいなって勝手に思っています。
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2011/3/17

3月11日A  

2階の事務所に戻る。揺れる。外に出る。
また戻ってみる。揺れる。外に出る。

これを何度か繰り返すうち、少しだけ揺れの間隔が空く時間が出てきた。
何とか3階へ上がる。
ロッカーのある部屋は、いろんな物が散乱していて入れない!
一緒に上がった人と、テーブルや書類などを退かせてロッカーへ。
いつ揺れるか分からない恐怖心を抑え、コートとバッグを取り出す。
すぐ1階へ!

外に出ると、まだ他の職員さんが立ち尽くしている。
私を見つけると
「気をつけて帰ってね!」「頑張って!」と励まされる。涙・・・
「みなさんもお気をつけて!」と挨拶し、先に車へと向かう。

駐車場までは徒歩8分。
なんて長い時間だろう。
歩いても歩いても、たどり着かない気がする。ドキドキする。
ビルのひび割れや落ちた瓦などを見ると、
今起きていることが現実なんだと実感する。

自分の車へ到着。
周りには落ちるものが無かったので無事だった。
エンジンをかけるとラジオがかかった。
パーソナリティさんが必死に情報を流している。
「落ち着いてください!」だけが心に残るが、それ以外が耳に入らない。
自分がどうかしているんだ。
時間を聞いて驚く。
あの揺れから1時間も経っていた。

道路は信号が動いていなかったが、
工事中の整理をしていた人たちがそのまま交通整理をしてくれていた。
なんてありがたいんだろう。
国道に出ると、近くのビルの従業員さんであろう人たちが数名、
やっぱり交通整理をしてくれていた。
みんなすごい。

それでも信号も動いていず、人もいない交差点は、お互いに譲り合って行き交う。
トンネルが怖い。でも並んでいなかったので、
一気に抜けてしまおうと急いで走った。
家が近づくにつれて、心臓がドキドキしてくる。
子供たちは帰っているだろうか、無事だろうかと祈る気持ち。

家が見えてきたら、近所の人が数名出ている。
どうやら揺れているらしい。
子供たちがいた!
近くのおじさんが、寄り添っていてくれていた。
「マール!サーヤ!大丈夫だった?」と声をかけ、
おじさんにお礼を言って頭を下げた。
子供だけで心細かったであろう2人に、安心をくれた事への気持ちだった。

マールは運動着に上履き、サーヤは普段着だったけどやっぱり上履きのままだった。
学校では集団登校のメンバーで、先生引率で帰ってきたらしい。
先生ありがとうございました。
どんなに怖かったか、子供たちの学校での話は後日、
本人たちに書かせようと思います。

そして停電の夜へ続く・・・。
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2011/3/16

3月11日@  

ネットが繋がっているうちに、忘れないうちに書こうと思った。

毎週金曜日は、午後2時から郵便物をまとめる仕事をしている。
2時40分過ぎ、だいたいまとまったので後始末をしているとガタガタと揺れ始めた。
私はドアの側にいたので様子を見ていたけれど、どうも揺れが治まらない。
どんどん大きくなる揺れに、たまらず1階へ降り外へ出た。
でも誰も、2階の事務所から出てこない。なんで?

玄関の真下は何が落ちてくるか怖いので、
道路向かい側の金網にしがみつく。すごい横揺れ。
金網の向こうはお寺さんで、墓石が倒れるのが見えた。怖い!

やっと事務所から数人が出てきて、
治まらない揺れに耐えるが、自分の体を支えていられない。

私が頭に置いていたのは子供達のこと。
「学校は!?」
こんなに揺れていたら学校は相当怖いだろう。
6年生は3階の1番奥に教室がある。
避難出来ているだろうか、いや早く逃げていて!

少しだけ揺れが小さくなった頃に、1階の4人が出てきた。
揺れがひどくて、机の下から出られなくなってしまったそう。
合計9人と、近くの県庁から慌てて戻ってきた2人を合わせて11人が、
何度も続く地震のために金網から動けないでいた。

でも寒い。
上着も無く、サンダルで出てきてしまった。
コートとバッグは3階だけど、何度も揺れるので取りに戻れない。
近所の人や、自転車で通りかかった人も、同じように動けない。

ケータイで情報を入手した人が「宮城県沖だって!」と。
ここ福島でこんなに大きい地震、宮城県はどうなってるの?と考えた。

体は寒さと怖さで震えてくる。
でも事務所に戻れないと困っていたところ、
事務所の隣家の人がコートを3人分貸してくれた。ありがたい!
古い家の土壁がはがれ落ち、別の家の屋根瓦が車の上に落ち、
街中は信号が止まってしまった様子。
どうしよう!どうやって帰ろう!と不安になる。
早く帰って子供たちに会わなければ、旦那の安否を確かめなければと思った。
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2011/3/15

余震が続いています  

本当にたくさんコメントいただいて、とてもありがたいです。
うちはフレッツ光のせいで、なかなかネットに繋がりません。
気分的にもネットやる時間が無いのも現状ですが・・・

毎日余震があってとても怖いです。
ライフラインはあと水道のみですが、水のありがたさをとても実感しています。
幸い同じ市内にある実家で水が出るようになったので、
今日は5日ぶりにお風呂を使うことが出来ました。
本当に本当にありがたいですね、水って。

子供たちの学校は今週が休みになりましたが、
来週行う予定の卒業式は、卒業生と保護者のみで行う事になったようです。
在校生がいない卒業式に、テンションが下がった双子たちでした。
でもそれまでに、原発の放射能がどうなるか…
これが本当に怖いです。
何とか早く落ち着いて、原発付近の方々の不安も取り除けるようになって欲しいです。

食べ物飲み物、ガソリンに灯油などが、いつまで買えるか、
そしていつまで持つかが分かりません。
少しでも早く復興して欲しいと思ったり、
浜通りの方々や、宮城県、岩手県などの被災者のみなさんの事を考えると、
贅沢は言ってられないとも思います。
1人でも多くの人々が、不安な夜を過ごさなくていい日が来る事を祈っています。
みなさん頑張りましょう。
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2011/3/13

家族みんな無事です  

3月11日の地震につきまして、メッセージありがとうございます。
おかげさまで家族みんな無事です。

福島市は、しばらく停電と断水が続いていましたが、
土曜日の夕方にやっと電気が来ました。
それで全体の被害がやっと分かって、今更ながら怖くなりました。

まだ断水が続いているので、あちこち水を貰いに行列に並んでいます。
買い物もお店が開いてない所が多く、
駐車場で開いている青空市のような所で買って、何とかしのいでます。

それでも海辺の皆さんの被害を見ると、ここはまだ良かった方だと実感します。
亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

ネットが時々しか繋がらない為、次の更新がいつになるか分かりません。
お返事は落ち着いてからさせて下さい<(_ _)>
とにかく、いつまでも続く余震が早く治まりますように(T人T)
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