エディターズ・ミュージアム ㉛『星の牧場』 2013.5.18掲載
当エディターズ・ミュージアムスタッフの山嵜庸子さんが、地元紙「週刊上田」に『本の森に囲まれて−私の図書館修業時代』と題して連載をしている内容を、ご本人の承諾を得て転載しています。」
理論社の創作児童文学の名作愛蔵版の目録を見ていると、傑作ぞろいで、よくぞこんなに集まったものだと感心します。50冊分の書名を列記してみたらどんなでしょうか。何か食指を動かさずにはおれない書名にきっと出合うはずです。けれど解説も書かず、ただ書名のみとしても、この紙面の1回分では書ききれません。
あなたならどの本を選びますかと聞かれたら、私も困ってしまいます。50冊すべてを読んではいないということもありますが。
『宿題ひきうけ株式会社』『チョコレート戦争』『荒野の魂』を当欄で紹介してきましたが、山ほどある傑作のなかから、もう少しだけ取り上げてみたいと思います。
まずは、庄野英二著『星の牧場』です。
著者は「はじめに」でこう書いています。
―ものがたりの人物たちが、いまからあなたにおめにかかるかとおもうと作者は、なんとなくソワソワしてきます。―まるで、ぼくじしんはじめてのかたにおめにかかるような気持です。ことに主人公のイシザワ・モミイチなんか、とってもハニカミヤでろくろくあいさつもいえない男なのです―と、主人公モミイチのことをあらかじめ知らせています。
『星の牧場』の表紙絵は長新太によるものです。ながれ星が野原いちめんにふってきて、星の花園になったようななかを、馬に乗ったモミイチが虹色に染まって描かれています。
エディターズ・ミュージアム㉜ 『星の牧場』2013.5.25掲載
図書館現役時代、児童文学の評論家、赤木かん子さんをお呼びしてお話を聞く機会がありました。
そのとき、「子どもたちは長新太さんって名前を言っただけで笑いだすんですよ」と話されたことが甦ってきます。けれど『星の牧場』でいえば、幻想的で楽しい、不思議な雰囲気の絵なのです。この物語にピッタリです。
著者・庄野英二さんは毎年夏になると絵の具箱をかついで信濃の高原や牧場をさまよい歩き、花野に寝転んで雲の行方を眺めたりしたとか。だからこんなにたくさんの花の名前を知っているんですね、だからこんな蝶のことまでわかるのですね、と得心がゆきました。
モミイチは、幼いときに両親をなくしたので、山の牧場にひきとられて大きくなりました。戦争にいくまでは牧場きっての元気な若者で、かいがいしく働きました。
戦争が始まってモミイチは軍隊に召集されたのです。馬がいる部隊でした。モミイチは鍛工兵といって鍛冶屋の仕事をする部署にまわされました。鍛工兵の主な仕事は、馬の蹄鉄を作って馬の蹄にうまく打ちつけることです。馬は口では言わないけれど、どの鍛冶屋が上手でどの鍛冶屋が下手か知っていました。
牧場で育ったモミイチは馬が好きでしたし、馬にも好かれる鍛工兵になっていました。モミイチの作る蹄鉄は馬たちのほめものだったのです。モミイチもそれを知っていました。