2002年10月、父小宮山量平にとって初めてのひ孫、悠吾が誕生しました。
”かけがえもなく恵まれたいのちの愛らしさ”―――父はそう記しています。
そのひ孫に語りかけるように、「ふるさと人への手紙」と題して『週刊上田』紙に
連載を始めたのは、2004年の春のことです。
「敗戦後の祖国の痛みを聞き取ることが、編集者としての私の仕事でした。」
そして60年を経た今―――
「この国は”第二の敗戦”とも言うべき時を迎えている。
祖国の痛みは更に深く、そのうめき声が聞こえてくるのです。」
そうつぶやきながらも父は続けます。
「けれど”絶望”ではなく”希望”を……」と。
2006年3月、連載が一冊の本にまとめられて刊行されることになりました。
『悠吾よ!−明日のふるさと人へ−』
”じっさい悠吾の瞳ときたら、何という澄みようなのでしょう。(中略)
「未来」とは、正にこんな色なのでしょう”(本文より)
その瞳に向けて、「悠吾よ!」、そう語りかける父の言葉を、
私は今一人の”悠吾”として、この胸にしっかり受けとめねばならないと
思っています。
多くの人々の胸に、父の言葉が届きますことを、こころから願っています。
2006年3月 エディターズミュージアム代表
荒井きぬ枝
(小宮山量平長女)