『自立的精神を求めて』小宮山量平 著 こぶし書房 2008・12刊 琉球新報 2009・1・25の書評に掲載
長野県上田市の「エディターズ・ミュージアム」に、小宮山量平さんが敗戦後、理論社を創設してから発刊した全書籍が展示されている。
それを見ると、彼の出版活動がどれほど戦後思想と文化に影響を与えたか一目瞭然である。単行本ばかりか、季刊雑誌「理論」も編集出版して気を吐いていた。
戦後になって一挙に族生した「○○理論」誌に対置して、小宮山さんが「理論」にこだわっていたのは、「心臓のところに耳を押し付けて、日本が本当に言いたいことを、聞いてあげようというふうに考えた。それが評論的ではない、理論的な生き方だと思うんですよ」と、この本の聞き手である社会学者の渡辺雅男氏に語っている。
理論と言えば、頑固で修正の利かない非情なものと思われがちだが、小宮山さんの理論は「涙もろくて、泣き虫」という。
理論には人間の生き方が投影されるものだ、という信念で出版を続けてきたのである。
九十二歳になる著者は、九十歳でないとできない仕事があるという。それは、「そのとき、そこにいた」という歴史の臨場感を伝えることである。
戦前、戦中、戦後と一緒に活動してきた学者や物書きたちの理論と生き方を語っているのだが、その強靭な記憶力と現代への感覚のみずみずしさには驚嘆させられる。
今また理論と理念が求められる時代に入った。現代を生きるためには、社会は段階的に発展していくという信念と、「なぜだ」とすべてを疑う精神が必要だと強調している。
と同時に相手の立場に立って考え、それを理解した上で批判する。戦後の論争にはその精神が足りなかった。「まだまだ通用しないような状態がある」という。
戦後六十年以上も社会思想の現場で活躍してきた人物が、今なお「希望」を語り続けている。
出版は人間の生きる光を求める気持ちを活字にするものといい、「言葉を輝かせるための戦い」ともいう。この言葉に込められた小宮山さんの楽観性が、明るく前途を照らし出している。
(ルポライター 鎌田 慧氏)