エディターズ・ミュージアム㉝ 『星の牧場』 2013.6.1掲載
当エディターズ・ミュージアムスタッフの山嵜庸子さんが、地元紙「週刊上田」に『本の森に囲まれて−私の図書館修業時代』と題して連載をしている内容を、ご本人の承諾を得て転載しています。
モミイチの部隊は戦地に行くことになりました。そこでツキスミという名の馬を世話する係になります。ツキスミは寝食をともにして一生懸命面倒をみてくれるモミイチが大好きでした。モミイチの乗る船は、フィリピンのマニラ沖で敵の潜水艦の魚雷を受けて沈みます。モミイチは不思議にうまいことハッチから船の外に放り出されて助かりますが、その後悪性のマラリアに罹って記憶を喪失してしまいます。
なんとか故郷の牧場に帰ってきたモミイチは、「頭がおかしい」と言われるようになります。心にあるのは戦地で別れたツキスミのことでした。ツキスミの蹄の音がたえず聞こえたり、走る姿が目の前を通り過ぎたり、夢か現実かわからない日々をさまよっていました。牧場の人たちはみな、不憫な青年としてそっとしておくより仕方ありませんでした。
モミイチは牧場の仕事のかたわら炭焼きに精を出し鍛冶屋の仕事もしました。馬が少なくなったので蹄を作る仕事はあまりありませんでしたが、ツキスミの蹄に合わせた蹄鉄を幾つもこしらえました。牛にも首に下げる鈴を作ってやりました。モミイチの鈴は美しく澄みきった音が鳴るので、牛たちも喜びました。
ある日、蹄の音がすぐ近くで聞こえた気がして林の奥へ歩いてゆきましたが、ツキスミはいませんでした。もっと遠く、山の奥の方にいるような気がしてなりませんでした。
エディターズ・ミュージアム ㉞ 『星の牧場』 2013.6.8掲載
この物語にはモミイチだのツキスミだの、カタカナの名前が登場します。漢字で書いたらどんなだろうと、樅一、月澄と当ててみましたが、やはりこれでは硬くてピンときません。本通りの方がファンタスティックなイメージがふくらむというもの。文字の使い分けを見せてもらった気がしました。
さて前回の続きです。その山の奥には谷川が流れて、馬が水を飲みに来ているのではないかと思われたのです。
ツキスミを探しているうちにモミイチは、蜜蜂を採る蜂飼いに会いました。彼はクラリネットの奏者でした。ほかに蚕を飼い糸を紡いでいるヴァイオリン弾きの少女や、草木の汁から採った染料で布を染めているトランペット吹きなどにも出会います。
蜂飼いは、オーケストラを奏する人数は揃っていると言いました。モミイチは自分が何もできないことを寂しく思いました。また蜂飼いは自分たちのことをジプシーと呼んでいて、オーケストラの仲間はみなジプシーだと言います。モミイチは案内されて、いろいろなジプシーに会いました。
もちろんジプシーとはクラリネット吹きの蜂飼いが面白半分につけたもので、ヨーロッパのジプシーとは別のものでした。山のなかの美しい森と谷川の水や雲、霧、群舞する蝶を愛し、そのなかをさまよい自由に暮らす人をジプシーと呼んだのです。彼らは山が好きで音楽好きでした。