グルジア(現ジョージア)の叙事詩『虎皮の騎士』(ショタ・ルスタヴェリ作、袋一平訳)が理論社から刊行されたのは1972年のことです。
グルジアを度々訪れ、グルジアをこよなく愛していた父にとって、この作品の刊行については、特別な思いがあったのでしょう。 袋一平・葉那子夫妻が、日本における唯一のルスタヴェリ紹介者として、詩人の生誕八百年の記念行事に参加されたころ、私もまた全ソ作家同盟の招待によるソ連の旅にあった。
それまで、この詩人について一片の予備知識すらなかった私が、全く時間的な暗号から、モスクワにおける盛大なルスタヴェリ記念行事に出席し、やがて惹かれるようにグルジアへの道を志望したのは、なんとなく運命的なしあわせであった。
編集者の本性は、この詩人の偉大さに対する直感的な洞察に酔い、憑かれたように邦訳の夢を抱いてしまった。(編集後記より) 「友愛」───。
グルジアを語る時、必ず父が口にした言葉です。
ラド・グディアシビリ、ニコ・ピロスマナシビリ(ピロスマニ)、そして『虎皮の騎士』。
父にとっては、それらが「友愛」というひとつの線でしっかりと結ばれていたのだと思います。 (前略)
やがて私のグルジアへの旅も重なり、人びととの交流が深まるにつれて、この「友情」ということばにこめられた厚ぼったい意味が、まるであぶり出しの文字のように浮かびでてくることになりました。
《愛》とか《善》とか、《真実》とか・・・・・総じて近代が抽象化し、概念化してしまった徳目が、オレとオマエの愛であり、きみとぼくの善であり、あなたと私をつなぐ真実として、握手や頬ずりのように生き生きと語られる。そういう人間関係の最上の徳目として、この国の人びとが語る《友情》の底に、『虎皮の騎士』の永遠的な主題の息づきを、感じないわけにはいかなくなったのです。(グルジアの人びとと『虎皮の騎士』──作品風土記的解説 より)
この『虎皮の騎士』を、かって仏語訳で出版したのが、パリの「ガリマール出版社」です。
父の編集後記にそのことが記されていて、それを知ったせいでしょうか「ガリマール出版社」には特別な親しみを感じるのです。
そして、偶然と言えるかも知れません。この二十年間、パリに行くと必ず滞在するホテルの、一軒おいた隣が「ガリマール出版社」なのです。ホテルのレストランには、ガリマール出版社の編集者の方たちがよく訪れています。
その雰囲気が、編集者の娘の私にはなんとも馴染み深いのです。
パリへ着いた日の翌朝は、必ず「ガリマール出版社」のある通りをぬけて、セーヌ河畔に出ます。
そんなふうに始まるパリの1日目。
ことしも数日後にそんな日を迎えます。2018.11.28 荒井 きぬ枝

ミュージアムにはグルジアのコーナーがあります。
2007年パリ。ガリマール出版社の社屋の前で。
『星の王子さま』もこの出版社から刊行されました。