エディターズミュージアム「私の大学」講座
毎日新聞編集委員の城島徹さん、
名編集者・小宮山量平さんの“仕事”を語る
週刊上田 2019.6.15 掲載
上田駅前のエディターズミュージアム「小宮山量平の編集室」で先ごろ「私の大学」講座が開かれ、毎日新聞編集委員の城島徹さんが理論社を創業した名編集者・小宮山さん」の仕事や、自身のアフリカ特派員時代の経験などを語りました。
城島さんは、南アフリカ・ヨハネスブルク支局長を経て長野支局長となり、取材をきっかけに小宮山さんと交流。1960〜70年代に理論社がアフリカ関係の書物を精力的に出版したことや、「南アフリカ政治犯救援国際美術展」を開いてアフリカの人びとを支援したことなどにふれ、「小宮山さんは本を作るだけでなく、行動し闘った編集者。アフリカ関係の研究者にとって、とても大きな存在でした」。
特派員時代の写真を映しながら、「戦争と混乱しか知らない子どもたちに『平和って何?』『学校って何?』と聞かれ答えられなかった」ことなども紹介しました。
また聞き手を務めた松本市在住のフリーライター・金井奈津子さんは、憲法について取材を重ねた信濃毎日新聞主筆の故中馬清福さんが「小宮山さんは自分で痛みを引き受けられる人」と話していたと紹介。城島さんは「小宮山さんはノヴァーリスの詩『同胞よ/地は貧しい/われらは/豊かな種子を蒔かなければならない』を掲げて本を作り続け、子どもたちに希望を託した」とし、「自分の足で立ち、自分で考える≠アとを大事にしていました」。
また反則タックルをした日大アメフト部の選手の謝罪会見をきっかけに上梓した自著『謝る力』について、城島さんは「大人たちが責任を取ろうとしないなか、正面から引き受けようとした彼に力を感じた」と話しました。