不安の中で人々の心が荒れている───、
そう思えてならない日々が続いています。
自分の身を守るための暴言、暴力、そして差別。
心の中にひそんでいたものがむき出しになっていく恐ろしさを感じます。
煽られての行動も異常になっていきます。
3月8日付の朝日新聞 “日曜に想(おも)う” の欄で、編集委員の大野博人さんは、現状を、アルベール・カミュの名作「ペスト」に重ねていらっしゃいました。
大野さんは灰谷健次郎さんの教え子として、2018年5月の「うの花忌」にお見えくださいました。
大野さんが「ペスト」を引いて書かれた部分が強く心に残っています。 不気味な病と向き合う社会で、「最初のうちの驚きは次第にパニックに変わっていった」───
登場人物の一人が嘆きの言葉を吐き出す。
「このいまいましい病気め。かかっていない連中まで心は感染している」──
楽観的な見通しで対応が後手に回り、迷走する行政機関。
言い争う電車の客たち。─── けれど文章の最後で大野さんは私たちに“救い”を示してくださっているのです。 (前略)
主人公のリュウ医師は増え続ける犠牲者の数に打ちのめされながらも睡眠時間を4時間に削り闘い続ける。
(中略)
リュウ医師は新聞記者との会話で、自分たちがやっていることは「英雄的行為」ではないという。「笑われる考え方かもしれないが、ペストに対するただひとつの闘い方は誠実さです」
そして誠実さとは、と問われてこう答える。「自分の職務を果たすということだと思っています」
静かな言葉に不条理に抵抗する強い意志がこもる。不安が覆うグローバル時代に自分を見失わない手がかりに思えた。 “誠実”でありたい───。
私が生まれた日に父が私に送ってくれたひと言が甦ります。 1947.11.5
とうとうおまえは生まれてきた。
(中略)
おまえの生命の出発に際して私が送ることばは、平凡なただひと言。
誠実に!ということだ。 (後略)(『愛になやみ死をおそれるもの』1950年理論社刊−私はお前をえた より)
一律休校になってから数日後、5年生の孫の、若い担任の先生が、朝、孫を訪ねてみえました。
「元気か?」
いくつか言葉を交わされてから、先生は地図を片手に次の生徒さんの家へ向かわれました。
一日かけてみんなの顔を見て回るとのことでした。
困惑しながらも仕事と向き合う先生の姿に私は、“誠実”を見ていました。2020.3.11 荒井 きぬ枝