エディターズ・ミュージアム「小宮山量平の編集室」での日々のできごとをお伝えするページです。
2019/8/7
富良野GROUP公演2009夏 「歸國」────、
倉本聰さんから父あてに送られてきた台本を今読んでいます。
8月15日深夜の東京駅の地下ホーム。
軍用列車から降りてきた“英霊”たちは、それぞれの思いを胸にそれぞれの場所へと散ってゆきます。
ある者はかつて愛していた人のもとへ・・・・・
ある者はもう一度、その目で確かめたかった場所へ・・・・・
木谷少尉は、洋子をたずねます。
音楽学校の学生だった二人。
木谷が出征した時、洋子は18歳でした。 (前略)
15 洋子の部屋
目の見えぬ洋子が、ピアノの前に座り、静かに弾いている「月の光」。
室内を照らしている青い月光。
椅子に座って見ている木谷。
洋子、弾きつつ突然ささやく。
洋子 「あなたね」
木谷 「─────!!」
洋子 「そこにいるんでしょ、ゴーシュさん。」
木谷 「─────!」
洋子 「判るわ。その椅子に座っている」
木谷。
洋子 「返事して!」 木谷。
木谷 (かすれて)「はい。────ここにいるよ」
間
洋子 「やっぱり帰ってらしたのね」
木谷 「───はい!」
間
洋子 「私、────夕方から予感があったの。今夜はあなたが帰ってくるって」
木谷 「────」
洋子 「いつまでいられるの?」
間
木谷 「夜が明けるまでには行かなくちゃならない」
洋子 「そう」
木谷 「────」
洋子 「そうよね」
木谷 「────」
洋子 「でもいいわ。もういちど逢えたンだから」
木谷 「────」
洋子 「あなた全然変わってないわ」
木谷 「────」
洋子 「東京駅で、別れたままの姿」
木谷 「────」
間
木谷 (かすれて)「見えるのか俺が」
洋子 (うなずく)「はっきりと」
(中略)
洋子 「おぼえてる、あなたが検閲の目を盗んで、送ってくれた宮澤賢治の童話集」
木谷
洋子 「あの本の中のひら仮名を選んで、綴ってくれた秘密のラブレター」
木谷
洋子 「すぐ判ったわ。ひら仮名を追いかけて。 “ 君ニアイタイ。話ガシタイ。二人デ音楽ノ話ガシタイ”」
木谷の目から涙が吹き出す。
洋子 「“ 戦争ガ終ッタラ、君ガ云ッタヨウニ、スグニ結婚シテ一緒ニナロウ。
貧シクテイイカラ、人ニ気ガネセズ、音楽ノ話ヲシテ、子供ヲ作ッテ静カニ
暮ソウ。
僕はオーケストラノ楽団員ニナッテ、君ハピアノヲ小学校デ教エロ” 」
木谷
洋子 「(笑う)そうしたのよ本当に。上原の小学校で音楽を教えてずっと生きたわ。
目を悪くする何年か前まで」
木谷
間
木谷 「お子さんは────いないのか」
洋子 「結婚しなかったの。ずっと一人よ」
間
木谷 「僕は───。まず君に謝らなくちゃいけない。───。
君と一緒にいてやれなかったことを」
洋子 「────」
間
木谷 「君は、───独りで。───倖せだったか?」
洋子 「────」
木谷 「日本は本当に倖せになったのか?」
間
洋子 「日本は───もの凄く豊かになったわ。だけど───」
木谷 「────」
洋子 「倖せなのかどうか、それは判らない。」
木谷 「───どういう意味だ」
間
洋子 「日本はたしかに豊かになったけど、────、日本人はどんどん貧しくなって
いる気がする」
木谷 「────」
洋子 「小学校で子供たちを教えてて、───子供たちを見ててそう感じるの」
木谷 「────」
間
洋子 「子供たちは歌を歌はなくなったわ」
木谷 「────」
洋子 「何を教えても無反応で、うつむいてケイタイでメールを打っているわ」
木谷 「────」
洋子 「歌を忘れたカナリアの群れみたい」
木谷 「────」
長い間
洋子 「ねえ。」
木谷 「────」
洋子 「私、もうそろそろそっちに行っていい?」
木谷 「────」
洋子 「そっちの世界に、つれてってくれない?」
(中略)
木谷 「集合時間がもう迫ってる。君はがんばって、もっともっと生きろ」
洋子 「────」
木谷 「子供たちが歌を忘れちまったなンて、そんな悲しいこと云わないでくれ!」
木谷 「俺たちのあの頃の純粋な気持。行きたくない殺戮の場に、国の命令で刈り
出され、あの頃のどうしたら死ねるか毎日悩んだ。───純粋な俺たちの気持を、
今の子供たちに頼むから伝えてくれ!」
(中略)
木谷 「君はこの世にもう少し生きて、今の子供たちに歌を、───胸の底からもう一度、
歌はせろ!」
(中略)
洋子 「判ったわ。───ごめんなさい」
間
洋子 「さよなら。セロ弾きのゴーシュさん」
洋子、ゆっくりとピアノのふたを閉める。セロの旋律、一瞬裂くように入って
消える。 “日本はたしかに豊かになったけど──
日本人はどんどん貧しくなってる気がする”
敗戦後74年。
洋子の台詞に、父のことばが重なります。
2019.8.7 荒井 きぬ枝
(前略)
そして、今や祖国は、このていたらくである。人によっては、あの死者たちのお陰で結構な日本の今日があると合掌もしていよう。けれど死者たちの目から見て、どうだろう。昨今のニュースのあれもこれも、死者たちの祈りから見れば、到底許されるものではあるまい。今こそ、声なき人たちにざんげする思いで戦後史をかえりみたい。 (「昭和時代落穂拾い」1994年週刊上田社刊 100今こそざんげの時より)
投稿者: エディターズミュージアム
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