五木寛之の『デラシネの旗』(1969年文藝春秋刊)。
『五月革命』直後のパリで、“黒井”はかつて学生運動の仲間であった“九鬼”の消息を追っています。手がかりを得るためにある場所に向かう時の描写です。
パリ左岸、サンジェルマン・デ・プレ教会の前を通って右に曲がって、やがて・・・・・ (前略)
なかなか目的の広場はみつからない。勝手にその辺を歩いていると、やがて左手に、ぽっかりと壁にかかったタブローのような小さな広場が現れた。
全く小さくて可憐な広場だ。左右二十五メートル位の正方形の広場で、真中が円形のテーブルのように一段高くなっている。
その円形の縁には、四本の見事な樹が対角線上に植えてあり、真中に五・六個のランプを束ねた街燈が広場にやわらかな光りを投げかけている。木のベンチには誰もいない。
黒井はその広場の中央に立って、大きく息を吸った。サンジェルマン・デ・プレの繁華街のすぐ近くに、こんな静かで典雅な広場があるのが嘘のような気がする。 (後略) その広場───、“フュルスタンベール広場”。
毎年パリに到着した日の夜、夫と私が必ず訪れる場所です。
ああ、またこの場所に来ることができた・・・・・。
翌日から過ごすパリでの何日間かを思い、静かに喜びがわきあがってくるのです。
『デラシネの旗』は私をパリへ引き寄せたもののひとつでした。
けれど、この広場がこんなふうに描かれていたことを知ったのはずっと後年、この本を読み返した時です。
私がパリで一番好きな小さな小さな広場。
今年も一週間後、私はこの場所に立ちます。
1968年の『五月革命』。
学生たちの抗議のデモが心に残っています。
ふと、香港の若者たちの姿が重なります。 2019.11.27 荒井 きぬ枝

いせひでこさんは絵本『ルリュールおじさん』(2006年理論社刊)の中で、
この広場を描いています。

少なくとも3回は読み返した『デラシネの旗』
“デラシネ”(dérachiné)とは、フランス語で
“根なし草”を意味します。