オカンにばれたコロナ給付金詐欺 19歳が自首するまで(朝日)
まあまあ大きな金が手に入るねんけど――。友人に誘われ、気安く応じた確定申告。やがて国から100万円が振り込まれ、60万円を「上の人」に差し出した。少年(19)は気付けば、詐欺の実行犯になっていた。「ほんまに後悔ばかりです」。関西地方のファミリーレストラン。母親に連れられ、やってきた少年はそう語り、うなだれた。すでに警察の事情聴取を受け、スマートフォンも調べられた。この先どうなるのか、不安を抱えて過ごす。
「大丈夫。おれもやってるし」。きっかけは昨夏、高校時代の友人からの電話だった。「40万円もらえるねん」。会うと、スマホの画面を示された。100万円が振り込まれた口座記録が写り、「ジゾクカキュウフキン」の文字が見えた。「リスクがないとは言われへんけど、大丈夫。おれもやってるし」。ただ、差額の60万円は「上の人」に渡す必要があるという。少年の月収はコンビニバイトの15万円前後。40万円でも十分に魅力的に思えた。
持続化給付金は、新型コロナウイルスの影響で収入が落ち込んだ個人事業主や中小企業を救うための制度だ。少年は何かわからないまま誘いに乗った、と振り返る。数日後、「これで確定申告してきて」と友人から税金関係の書類を渡された。指示通り、税務署で書類を出して判子をもらい、控えを受け取った。このとき少年がしたことは、自分が個人事業主で、前年に100万円超の所得があったとする虚偽の確定申告だった。給付金をもらうには、前年比で収入が半減した月があることを証明しなければならない。そのため、前年に収入があったよう装ったのだ。
その後、ハンバーガーチェーンで友人と待ち合わせると、ブランド品を身につけた20〜30代ぐらいの見知らぬ男が一緒にいた。男は少年が差し出した書類の控えを見ながらノートパソコンを操作し、終わるとコンビニに行って、少年の免許証や通帳をコピーした。男は「1〜2週間で金が入るから、(友人に)60万渡しといて」と言い残して立ち去った。給付金の申請手続きはすべて中小企業庁の専用サイト経由で行われる。減収の「証拠」として確定申告書の控えや売り上げ台帳も電子データで提出する。これらの作業は、少年の知らぬ間に男が済ませたとみられる。
実際に、1週間余りで少年の口座に100万円が振り込まれ、友人に60万円を渡した。残りは何に使おうか――。特に欲しい物はなく、代わりに「回らないスシ」などの外食が増えた。給料日前はいつも金欠で困るのに、焦らずに過ごせた。ただ、40万円は1カ月ほどでなくなった。秋になり、不正受給者が逮捕されたという報道をツイッターで知った。「おれがやったことって、これなんか」と初めて不安を覚えた。やばいんかな、でも大丈夫だって言われたし……。そんなモヤモヤとした気持ちを抱えながら迎えた年の暮れ。母親にばれた。
「まさかうちの子が…」 そのとき母は
母親は自宅に届いた住民税の通知書を見て、異変に気付いた。月15万円前後のコンビニのバイト代とは別に、100万円超の「営業等所得」が少年にあったからだ。何かの間違いちゃうのん――。役所に問い合わせると、9月に個人事業主として確定申告をしていたことがわかった。「どういうこと」。母親は少年を問い詰めた。少年は観念し、落ち込んだ様子で、友人に誘われて給付金を不正に受け取ったことを打ち明けた。母親は、不正受給が若者らに広がっていることをニュースで知っていただけに、「まさかうちの子まで」と驚いた。同時に、「何でおかしいと気付かへんの」とあきれたという。
少年は以前にも、クレジットカードでブランド品を買い、代金を支払えないなど「後先考えずに行動し、失敗することがあった」という。母親はそのたびに叱ってきた。だが、今回は税金をだまし取る犯罪だ。「私が怒るだけでは、何が悪かったのかよく理解できないやろな。仮に逮捕されたとしても、この子自身で責任を取るべきちゃうか……」。悩んだあげく、「警察に行かなあかんな」と少年を諭し、ともに警察署を訪れた。事情を聴かれた少年は「あなたは詐欺罪の被疑者」と告げられたという。かつて夜遊びで補導されたときの制服姿の警察官に比べ、スーツ姿の刑事の視線や口調は厳しく感じられた。「何年ぐらい刑務所に行くんやろ」と途方に暮れた。
中小企業庁によると、少年のように60万円を「ピンハネ」された場合でも、申請者に全額の返還義務が生じる。母親は年内に返還する意思を同庁に伝え、少年は「毎月10万円ずつをためる」と母親に約束した。バイトの際も節約のため、「弁当を作って」と頼むようになったという。今後、より給料の高い建設現場で働くことも考えている。少年は「ぜんぶ自分の責任。友人に恨みはないけど、もう会わない。あんなこと、やらんかったらよかった」と話した。母親は「これを機にちゃんとした生活をして、ちゃんとした友人と付き合って、心配をかけさせないような大人になってほしい」と願う。
弁護士「返金の意思、有利に働く可能性も」。コロナ禍の緊急経済対策として、昨年5月に始まった持続化給付金制度。個人事業主に最大100万円、中小企業に同200万円とされ、1月18日時点で約407万件、総額約5・3兆円が支払われた。
困った人に現金を早く届けることが重視される一方、審査は甘くなり、不正受給が各地で相次いだ。警察庁によると、22日までに41都道府県警が計399人を詐欺容疑などで逮捕、書類送検した。被害総額は約3億1千万円にのぼり、今後さらに膨らむ可能性がある。
経済産業省は昨年10月、給付金を誤って受給した人は返すよう呼びかけ、調査前に申し出れば、加算金を科さないと表明した。申し出は21日までに1万2513件あり、うち8915件、計約95億円が戻った。
元検事の落合洋司弁護士(東京弁護士会)は「詐欺事件では被害弁済が焦点になり、受給額を国に返したかどうかが重要になる」と指摘する。「すぐに返すのが難しい場合でも、意思や計画を示すことができれば不起訴処分(起訴猶予)になるなど有利に働く可能性がある」と言う。
一方、ある警察本部の捜査幹部は「返金したからといって捜査を免れるわけではない。警察が把握した事例はすべて立件対象だ」と話す。不正受給は詐欺罪にあたり、法定刑は10年以下の懲役。幹部は「事情がよくわかっていない人らをそそのかし、受給額からピンハネして稼ぐような指南グループの摘発に今後も力を入れていく」と明かした。(国方萌乃、茶井祐輝)

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