Depressed human input and output.
HN:ロケットサラダ
♡₍₍ ◝(・ω・)◟ ⁾⁾♡
※最初から2005年7月30日まではHNのりの『私の闘病日記』です。
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2004/12/26  14:46

生きるための最善。  病状・生活
既に、過去のことになったが、高熱が出て今までにない苦しみを経験して、死の予感を感じた。身体が死んでいくような感覚を感じていた。あのまま何も手を打たなければきっと死んでいただろう。苦しみでのたうつ私の身体を旦那さんはずっとさすっていた。旦那さんも私と一緒に苦しんでいた。私は生きるための最善の手段を考えていた。抗生物質を飲んだ。病院に電話した。鎮痛解熱剤を飲んだほうがよいのか、悩んだ。痛みを感じなくなってしまったら、死んでしまいそうだった。熱が下がったときに死んでしまいそうだった。それでも、苦しくて鎮痛解熱剤を飲んだ。

朝になって、熱が下がり痛みが楽になったら、やっと自分が死から逃れられた感じを味わう。私は生きていた。

病院で主治医に診てもらうと、主治医は「これで、死んだ人はいないよ、生きて帰れるよ。」と私の心を見透かすようなことを言った。肺炎を起こしていなかったことが幸いだったのだ。私の思考は、もうその時には、死ぬということより、次回の治療のために、最短の道で回復することを考えていた。そのまま病室まで車椅子で運ばれる。

ベッドにたどり着くとまた寒気が出て、熱が上がって痛みが出た。若い女の医師が点滴を入れにきた。なかなか、点滴は入らない。すまなそうにしてる若い医師に私は「大丈夫、点滴の痛みより身体の痛みの方が強いから」と慰めるつもりで言ったのだが、若い医師は「我慢しないでください、○○さん」と叫んでいた。私は我慢してるつもりはなく、耐えているだけだったのだ。自分が生きるための最善を尽くしたかった。楽になりたいのではなく生き続けたいのだ。そのためだったら、痛みでも熱でも耐えたかった。

私は身体の消耗を最小限にしたかった。強い解熱剤は使いたくなかった。電気毛布より湯たんぽが良かった。そんなことを看護師や医師にわかってもらうのに、私は闘わねばならなかった。寒気がある私に「氷枕は必要か?」と聞く看護師に「今はいらない」と言わなければならなかった。
                (つづく)
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2004/12/26  12:07

白血球400で入院。  病状・生活
具合が悪くなって、日付も定かでないが、たぶん月曜日夜から発熱していた。39.3度の高熱が出た。身体は全身いたる所に血が回らなくなって腐っていくような激痛が走る。痛みと熱にのたうち回る。

病院に電話をすると(夜中)もちろん主治医ではない違う医師が対応。手持ちの薬を飲んで明日受診するようにとのことだった。抗生物質と消炎鎮痛剤を飲んで朝を待つ。
朝になると熱が下がり何とか歩ける状態になっていた。予約外で主治医に受診する。検査の結果、白血球が400まで下がっていた。否応無く入院となる。

抗生物質の点滴とノイトロジン、食事が取れなくなっていたので栄養剤の点滴を受ける。3日間発熱は続いたが、その後落ち着き退院してきた。
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