2004/6/26  15:05

主治医への手紙  主治医との話
再発してから、私と主治医はどことなくぎくしゃくしていた。
入院時の主治医交代事件や、退院後も初診から違う医師に回されたり。(これは単なるミスのようだが)
私は、主治医の知り合い医師からの紹介患者である。私は、再発したときも、その医師に相談してる。「このまま、今の主治医の病院に入院しても良いのか」と。
そんなことも、主治医に伝わっているし、また定期的に受診してたのにも関わらず、再発の発見が遅れたこともある。
私だけでなく、私の周りの人々も主治医に対する不信感を持っていたのである。
主治医の私に対する態度がとても神経質のような感じがして不快だった。
その反面、私は入院中、外来での治療、アドバイスも信頼の置けるものであると感じていた。すれ違いはままあったが、信頼が出来ないわけではなかったのである。

私は、不信と信頼の間で揺れ動きながら、治療を続けていた。

一番困ったことは、率直な話が出来ないことである。主治医との間に、奇妙な緊張感を感じていて、自分の不安な気持ちや、辛い気持ちを話すことが出来ないし、治療についても、私の意見をあまり述べられない雰囲気を感じていた。

そして、私が最初に行ったことは「セカンドオピニオン」を受けるということであった。
自分の病気について、自分なりにも勉強はしてきたが、やはり専門家に今の治療について話を聞いてみたかったのである。
主治医とぎくしゃくした関係だったので、これは内緒で行った。
セカンドオピニオンの医師は30分ほど時間を取ってくれ、よく話を聞いてくれた。そして、自分ならこういう治療をすると、いくつかの提案をしてくれた。色々な治療方法を聞け参考になった。その医師は感じもとてもよかった。でも、一番心に残った事は「今の治療がこれだけの効果を示しているのであれば、それがベストだと思う」という言葉である。

私は治療に対しては、自分が納得して行われたものであれば、その結果についても、自分なりに責任を持つという気持ちをもっている。それが死という結果になろうとも、その責任をとれるのは私自身でしかない。

私は主治医に手紙を書いた。あわただしい外来の診療の中で、とてもこの今の自分の微妙な気持ちを上手く表現できるとは思えなかったからである。その手紙を主治医は読んでくれ、こう言っていた。「患者さんは、良くなると僕にありがとうと言ってくれるが、悪くなると、僕がどんなに一生懸命に治療しようと僕を恨むんだ」と。互いの緊張感がなんとなく溶けていったように感じた。

医師も一人の人間である。患者も一人の人間である。
治療を通して、それぞれの役割の責任を持って、いい治療、納得できる治療をして行きたい。

最終的な決定権は私にあると思う。そして最終的な責任も私にあるのだから。
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