2009/8/7

手櫛  戀さまざま

我が髪を手櫛にかくる君が肩日灼け水ぶくれしを剥がせる

くちづけをあらぬところに降らし合ふ西瓜漬け置きたるも忘れて

いもうとがみまかれる日の樹陰より洩れ來し笛の音を語る祖母

ひとしきりわが肩揉ませ送りやる遺愛の娘映畫館へと

避暑地より來し繪手紙は燃ゆる頰麥藁帽の瞳きよらに
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2009/8/7

百人一首應答歌 二十五  日記と歌論

み垣守衛士の焚く火の昼は燃え夜は消えつつものをこそおもへ大中臣能宣朝臣


晝の星しみらにたづね夜半の日をすがらに求むあらぬ戀かも
ながれのおも

本歌は序歌の形式で夜の篝火にかがり火の消えた昼を対照させてゐます。
和して昼の星夜半の陽光を配してみました。いづれも恋の悶えは通底してゐませう。
昼しみら 夜すがらと対になつてゐます。
しみらは殆ど使はれなくなつたやうですが。




君がため惜しからざりし命さへながくもがなと思ひけるかな藤原義孝


逢ひ得ての後の心にしくぞなき命惜しむも君がためにこそ
ながれのおも



命にかへてもとの思ひがかなへられて逢瀬遂げた今となればこの契りをいく久しく保ちたいものと長き命を願ふ義の本歌にやや説明蛇足気味ですが一首。
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2009/8/7

自他一元の家集  日常 時事

近代の歌集を読んで僕は実にさまざまな刺激影響を受けたが、上古からの歌集も渉猟するにつれて、或る点で窮屈を覚えるやうになつた。

それはつづめていへば著作権に掣肘せられてか他者との問答の形式が存分に生かされずまたその辺の配慮が過ぎて歌集中に著作者以外の作を載せることが絶無か、稀にあつても詞書の中に遠慮しいしい小書きし埋め込まれてゐる体のものであつた。

必然的に歌集内容は作者の自伝告白暮らし向きの報告のごとき趣にながれて枯痩し貧血して行つたところなしとせぬ。戦後のアララギの歌などは指導層の老齢化につれて自然自己一元に写生の規律に縛られてさながら老の嘆きの一大饗宴に成り果ててゐたではないか。

著作権観念なく版木もなかりし写本時代の家集群中に主格の歌同列にこだはりなく組まれてある姿が却つて大らかで懐かしみを覚えるに至つた次第であるが、さりとて確かに著作権がある以上、まして和歌を応酬する知己もない以上は、製作は全く一元的に僕自身の手を経由するが、代述心緒の方便を借りてその内容は不確定多元式な自家製の家集をとブログをはじめてややあつて方針づけたものである。

たとへばそれは図書館で出会ひ書店で拾ひ読みして気に入つて書き留めて置いた歌を自己の歌集の間に書き付けて置いた体としてみて貰へればよい。さうしたはからひで詠史と恋歌との部立を分けてみたものである。今風の口語歌なども散見したりするが、元々僕は戦後から今日までの歌を立ち読みでしか読んだことがない。

作風にも主義主張のどの派にも義理はないので世評の至る機会もなかなかあるまいとはおもふが、心ある士には刻みつけて置きたい。

僕の作物は茂吉の「自然自己一元の写生」を少し言ひ換へて

自然自他一元の家集といふのだと。
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2009/8/7

折にふれて  日常 時事

顏出して名乘るなき裁判員らが面引き締めて誓ふ守祕義務

マドンナはいつの間にかも亡せゐしか日照りややすくなきこの夏

辿り行く非常階段踊り場に末期の蝉の羽震ひつつ

原爆忌の傍らで賣るかエノラゲイ圖案のTシャツマグカップなど

雲千々に風漉しゆけり特賣の野菜かかへし妊婦の薄着を
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2009/8/7

夫の顛末 のりぴーの行方  画像歌

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画像 msn
途中より駆けつけ夫の顛末を知りて泣き崩れし道玄坂

今現に展開してゐる時態を詠むは気が重いのですが、ご亭主が覚醒剤所持容疑で逮捕されし酒井法子さんが、長男とともに失跡行方不明といふ今の状況には胸がいたみます。一刻も早く親子共々ご無事の報が到らむことを祈ります。

薄倖の佳人といふ役柄がこれほど似合ふ人もさうゐない。しかし私生活では堅実な幸福を築いてゐるものとよそながらおもひゐしにかかることになり、最近サイトからダウンロードして嵌まつてゐる中国映画歌謡の不滅のアイドル[ http://china.alaworld.com/modules.php?name=ChGeno&op=person&on=video&rid=79 周璇]のことなどもふと思ひ起されます。「何日君再来」他の名曲で記憶される不滅のアイドルの彼女も男運にはめぐまれなかつたらしい。
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