2009/9/21

本望  戀さまざま

花投げてなびけし彼に指輪を投げ刺し殺さるる彼女の本望

モデルハウスの寫眞に凍りつく毆る蹴るほしいままなりしかつての彼が

祝ひ事に黒の着物は不吉といふ新郎妊婦の前に固まる

四十年連れ添ひたるに傳へ聞く週の半ばは彼女と逢へりと

愛と死の掘り貫き合へる間道をつくづくおもふカルメン聽き了へて
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2009/9/21

彼岸  日常 時事

ものなべてしづけき彼岸到れるか四海の波の行方は問はず

崖際を覗き込む寫眞を一期とし滑落したるうつせみもあり

ダム止めて何にて食ふやと迫られてやや舌鋒もをさまり頃を

すはと寄る濱の氣色をしのび食む解凍したる鰊の卵

せめてもの望みは潰えみづからの食を斷ちたまへりし佐渡の院
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2009/9/21

百人一首應答歌五十  日記と歌論

人も愛し人も恨めしあじきなく 世を思ふゆゑにもの思ふ身は
後鳥羽院


沖遠き波に隠りぬいと愛しおもふ世ゆゑのうらみの嵩は
ながれのおも

この御製は掉尾の順徳院のそれとともに鎌倉幕府の意向を憚り別作が置かれてゐたとのこと。
そのご生涯のほどおもひやりつつ一首。

百敷や古き軒端のしのぶにも なほ余りある昔なりけり
順徳院


涯とほき都の方をのぞませて軒のしのぶも朝開けにけり
ながれのおも



隠忍のなかにわが子孫に帝位履む期もあらむと、佐渡の配所に学問を励まれてゐた順徳院でしたが、後鳥羽院崩御後はすべての望みを捨て御自ら食を絶たれてお隠れでした。諡號に徳の字入る天皇は安徳崇徳と共にすべて非業に恨みを含んで隠れられた天皇です。後世祟りを恐れてかかる追號おかれてあるわけです。
返しはまだしも望みを抱いてをられた頃の院の佐渡にての明け暮れはかくもありしかと推し量りつつ一首。
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