2009/12/5

愕然と動員明けの娘の掌  画像歌

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愕然と動員明けの娘の掌つぶれし肉刺に藥塗れるかな

小津安二郎は滅多に原作物を撮らない監督であつた。「文学作品とはそれ自体で完結してゐる物ですから」とて渇仰措く能はぬ志賀直哉の作品も取り上げることはなかつた。

映画は上映時間の制約からしても原作に対する絵本程度のものにしかならぬは当然であり、僕も何度か名作の映画化されたものを見て幻滅した経験がある。

分をわきまへたあり方といふべきであり、又それに徹した人であつた。

おそらく映画監督にして小津より面白いとか目を楽しませるとかダイナミックである等の点で立ち勝る作家はいくらもゐようが、分をわきまへたといふ点では一人の匹敵するものも見出し得ぬのではあるまいか。世界各国に敬愛私淑する仁を持ちしかも多くがそれぞれの国に於ける指導的映画人であるといふ事実。映画で出来ることと出来ないこととのけぢめに一際苦悩するところあつたであらう彼等が何がしかの救ひの糸口を小津に求めるに到る経緯はそれぞれではあつたらうが。

一語たりとも書き加へや削る余地ないまでに磨き上げた脚本で臨む彼の映画は、逆にこれを文藝作品に翻案昇華させようとしてもまさしくそれ自体で完結してゐるものであり、感興の割り込む隙はない。無理に捏ねあげてもそれこそ「わからせようとする下衆」の思ひ入れにしかならぬ。

九月頃詠んだ歌がからうじて間接的ながら小津の余白への書き入れ程度にはなつてゐるかと思ひ提示し置く。
早くに妻を亡くしたらしい鰥夫の父教授と戦時中の動員で体を壊し婚期を逸しかけながら家事と父の助手の務めとを無上の幸福と信じて嫁ぎたがらぬ娘との穏やかな日常が、叔母にほのめかされた父の再婚話を機にややさざ波立つて来る場面に載せて送る。

訪ねて来た女学校の同級生と語らふ娘の部屋へ珈琲とサンドイッチを運んでやる風な教授であるから、まして勤労動員明けた最初の日にはきつとこんな場面もあつたのであらうかと余計なお世話である。
周吉の呼びかけをむくれて無視し立ち上がらうとする紀子が「まあ、こつちへお座り」といはれて振り向く場面と届けられた服部助手の結婚写真を周吉が見つめてゐる以前の場面とがダブつてゐる。編集ソフトのいたづらであるが、父娘の互ひを思ひやる心の微妙な揺れやすれ違ひを描き得てゐるかと思ふ。

この映画では又原節子の表情の変化が実に見所多い。能面打ちの方々は泥眼といふ嫉妬に狂ふ女人の面を作るに、ヒステリーを起こした原節子の表情を何度も見て霊感得られてよいかとおもふ。

小津の死と前後して映画と訣別し今は一般人となられてゐる原節子氏が幽明を別たれる頃には先の森繁の逝去にもまして昭和の終りを実感するのであらうか。

何度もとりあげようとして躊躇して来た小津をここで取り上げたのは彼の命日が近いからであらうか。
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2009/12/5

生體認證  日常 時事

暴走は減れども生體認證を掻い潜らるる警戒網は

と今年の始めに詠んだ。
原油高ではとてもガソリンを湯水のやうに使つてストレス解消の次手に街や高速道を騒がす元気も出ないであらうか。
景気対策で四苦八苦のこんな国へパスポートを偽造し指紋を変造し燃油サーチャージを払つてでも入国して稼ぎ甲斐はあるものかとふと微苦笑した。或る程度の犯罪発生は国の活力を一端のあらはれなのかなどと埒もない考へを詠んだものだ。
ところが犯罪捜査の技術は日進月歩と見えて

生体認証破り、初摘発へ…指紋変造で入国容疑
12月4日14時34分配信 読売新聞

なる記事が配信されて来た。


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