2010/1/17

ハイチへと日本醫師団  日常 時事

ハイチへと日本醫師団發ち行くはあたかも震災忌の前夜なる

既に十七日になりました。後数時間でその時刻到れば多くの市民らが早起きして寒さに震へながら黙祷し犠牲者の数だけの蝋燭を灯すのでせう。
 今回の地震は犠牲者の数からして阪神淡路大震災五十倍にも達する見通しとのことでインド洋沖大津波や中国の唐山地震に匹敵する被害はどうも不可避のやうです。
 恩恵を与へるも自然ならば災厄を齎すも自然であればこれを天災といふわけですが、天災の中に潜む人災の因子を見極めて他日の災厄に備へるが防災といふものでせう。
 ハイチの場合は大統領宮殿を始めとした公共施設が軒並み崩壊したといふ報道であれば
人知の域を越えた規模ではあつたのでせうが、政争の激しい国でもあり、そこに多くの精力が裂かれるあまりインフラの整備に立ち遅れる面も間々あつたものか。

生き埋めの聲を勵まし
朝夕慣れぬる大屋根割り
力揃へて救ひ出せども
罪獲む世に居ん

いきうめのこゑをはけましあさゆふなれぬるおほやね
わりちからそろへてすくひたせともつみえんよにゐん

当時僕は地震後一月ほどの間に各種記事報道映像を参照して「おほなゐ」と題してこの大震災をいろは字数歌に依る五十一首の歌集に詠み手沢本を各所に寄贈したことがあります。
上はその一首ですが、あれから十五年過ぎましたか。

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