2010/7/28

居直りのごとくに刑を  日記と歌論

居直りのごとくに刑を執行す議席取り落せし法相は

改選を控へて増税をいふ類と同じか工夫のなきにかけては
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2010/7/27

通し鴨  日記と歌論


通し鴨翼切られし白鳥とこもごも見つつお濠端よぎる


鮎食はぬままに炎暑の到れりと田舎にて病む友の便りは


今日も暑いことになりますか。お互ひ水分補給はマメにしませう。
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2010/7/26

雲海を見晴らす尾根  日記と歌論


泡分けて覆ひ支ふる地なほ虹追ひゐぬ。瀬々ゐる音も澄め血染め歌

雲海を見晴らす尾根へ辿り來てむつれ呼ぶその鳥聲かなし

永遠の眞闇に夫は消えゆけれ骸行方もあらぬ世ごろや

あわあわけておほひささふるちなほにじおひゐぬせせゐるねもすめちそめうたうんかいを
みはらすをねへたどりきてむつれよふそのとりこゑかなしえいゑんのまやみにつまはきえゆけれむくろゆくへもあらぬよころや
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2010/7/25

脱線の因は不明の  日常 時事

脱線の因は不明の後尾車を殘して列車は橋渡り終へゐし

スイスでの観光列車事故の報は未だ確たる原因を特定出来ずゐるといふことでよそごとながら日頃の蒸し暑さいや増す思ひ。

緩いカーブで何ら危険の余地を見ぬ地点での惨事であつたやうで、その上やりきれぬは二百人からの乗客の中被害にあつたのは七十名ほどの日本人客に集中してゐることで、以前にもヒマラヤ山麓のトレッキング観光中、イタリア人の群れが通過した後に通り掛かつた
日本人の一団に向けて雪崩が襲ひ少なからぬ死傷者を出してゐる。

何か日本全体のツキが落ちてゐることの象徴のやうで嫌な気分がされたものだが、又も山岳関連とはよくよく山とは相性が悪いものか見込まれたか、国運を担ひ得る満足の指導者の材も払底したかに見える不徳の一端がはしなくあらはれ出て要らざる被害にあふなどとおもふはこぢつけに過ぎるか
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2010/7/23

河童忌は明日か  日常 時事

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河童忌は明日か墓畔に吸付けを逆さにさしてせめての手向けとす

洗濯すんだ後で明日が芥川忌なることふと思ひ出し、近くに居住してゐることでもあればと気まぐれなお参りをしてみました。彼の住所と方角は違へ同じ半時で行き着く場所で染井霊園を抜けた猫額の地に慈眼寺の墓所あり、畳四枚ほどの敷地に右一族の墓左「芥川龍之介之墓」があります。

墓誌の筆頭が龍之介本人であることに胸うたれました。十四代目にして子無き芥川一族が
同族から譲り受けた龍之介にかけた期待はいかばかりであつたか。彼の出世を願ふ為にこそ維新後は落伍者が住まふ町と成り下がつた本所を去つて田端に居をさだめたのでした。「累代の墓」を去り「代々の墓」を建てたはいつか知りませんが。

 「父」道章は彼の自殺後一年ならずして身まかつてゐます。

 歴々の墓誌に昭和十八年附で童女の戒名あるは長男比呂志夫妻の夭死した子か。それに続いてビルマで戦死した次男多加志。令夫人のその後の辛苦のほどもしのばれます。

「同類jの筈の菊池寛からさへ人生を銀のピンセットで抓み取つてゐるやうなとやつかみ半分な評を受けた芥川ですから真実ありのままを標榜する「不人気作家」連から受けた嫌味や圧迫のほどはいふまでもないか。しかも人一倍潔癖で他者の立場に気を使ふ性格であつたといふのだから、その後おめおめ長生きして文学報国会の仕切りに立ち働く彼の姿など想像するだにおぞましい。

自殺は時代の必然であつたのか。

今となつてみれば彼が稀有の材であつたことを素直に受け入れられます。代表作傑作を考へても諸家忽ち十数編と下らない候補作をあげて議論容易に決せずゐるはその証明でせう。
短編中篇のみをこととして世界に名を馳せた作家にボルヘスがゐますが、訳本を読んで見てさほどとも思はなかつたはわが国に既に芥川がゐるせゐです。該博な知識を駆使して古今東西あらゆる事象に発想の材を求めるは何を今更といふ感じか。痒きに届かせんとする気遣ひは彼の方が上です。

彼が海外であらたに獲得しつつある読者は関口安義氏によればカフカやボルヘスと同列に
考へてポストモダンの方向付けを探る手がかりとしてゐる由です。

とまれ彼の死後の生がすこしでもよきものにならむことを願ひつつ、好物の煙草をそなへました。日に百八十本も吸つたといふ人ですからさぞ排便の後には濃厚なニコチン臭が残つたらうなどと余計な想像をしながらその場で吸ひつけちゃ煙草を手向けた次第です。

 




墓畔に吸付けを逆さにさしてせめての手向けとす

洗濯すんだ後で明日が芥川忌なることふと思ひ出し、近くに居住してゐることでもあればと気まぐれなお参りをしてみました。彼の住所と方角は違へ同じ半時で行き着く場所で染井霊園を抜けた猫額の地に慈眼寺の墓所あり、畳四枚ほどの敷地に右一族の墓左「芥川龍之介之墓」があります。

墓誌の筆頭が龍之介本人であることに胸うたれました。十四代目にして子無き芥川一族が
同族から譲り受けた龍之介にかけた期待はいかばかりであつたか。彼の出世を願ふ為にこそ維新後は落伍者が住まふ町と成り下がつた本所を去つて田端に居をさだめたのでした。「累代の墓」を去り「代々の墓」を建てたはいつか知りませんが。

 「父」道章は彼の自殺後一年ならずして身まかつてゐます。

 歴々の墓誌に昭和十八年附で童女の戒名あるは長男比呂志夫妻の夭死した子か。それに続いてビルマで戦死した次男多加志。令夫人のその後の辛苦のほどもしのばれます。

「同類jの筈の菊池寛からさへ人生を銀のピンセットで抓み取つてゐるやうなとやつかみ半分な評を受けた芥川ですから真実ありのままを標榜する「不人気作家」連から受けた嫌味や圧迫のほどはいふまでもないか。しかも人一倍潔癖で他者の立場に気を使ふ性格であつたといふのだから、その後おめおめ長生きして文学報国会の仕切りに立ち働く彼の姿など想像するだにおぞましい。

自殺は時代の必然であつたのか。

今となつてみれば彼が稀有の材であつたことを素直に受け入れられます。代表作傑作を考へても諸家忽ち十数編と下らない候補作をあげて議論容易に決せずゐるはその証明でせう。
短編中篇のみをこととして世界に名を馳せた作家にボルヘスがゐますが、訳本を読んで見てさほどとも思はなかつたはわが国に既に芥川がゐるせゐです。該博な知識を駆使して古今東西あらゆる事象に発想の材を求めるは何を今更といふ感じか。痒きに届かせんとする気遣ひは彼の方が上です。

彼が海外であらたに獲得しつつある読者は関口安義氏によればカフカやボルヘスと同列に
考へてポストモダンの方向付けを探る手がかりとしてゐる由です。

とまれ彼の死後の生がすこしでもよきものにならむことを願ひつつ、好物の煙草をそなへました。日に百八十本も吸つたといふ人ですからさぞ排便の後には濃厚なニコチン臭が残つたらうなどと余計な想像をしながらその場で吸ひつけちゃ煙草を手向けた次第です。

 




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2010/7/23

日に幾本の髪の毛落すや  日常 時事

通り雨過ぐれば明けて猛暑日といへども通ふ風は涼しく

今朝まででも降り続けてくれてよかつたのですがね。

絨毯を濯ぎつ思ふ人生きて日に幾本の髪の毛落すや

暇得たこともありこの際洗濯をまとめてしました。春物の床敷きは濯ぐほどに髪の毛が切もなく出る。人間の頭髪は平均二十万本といふことですから、年々生え際が後退し行く身ではあつてもまだまだ毛髪の成長力は健全といふところですか。日に十本内外と仮に見積もつてみましたが、これでペットを飼つてゐる家庭だと日に何百本になるものやら。
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2010/7/22

獨り連勝を  日常 時事

桝席もがら空きの夏堪へつつ獨り連勝を延ばしてゐるか

売り上げ半減以下といふ夏場所ですが、これで白鵬の連勝まで途切れては見るに堪へぬことになるか。来場所一杯まで延ばして国技を建て直して欲しいところです。

流れ着くペンギンの骸の大半は空腹に死せりと聞きて聲呑む

南半球の異常気象はちと想像の他か。南米のみならずワールドカップ終へて後のアフリカの景気気象状況も気になるところです。
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2010/7/21

猛暑つれづれ  日記と歌論



袋突き破る嘴音手際よく鴉の咥へ去れるポテトチップ


早朝の公園での嘱目です。彼等の生存競争も猛暑に入りましたか。
   

暑に中り死せると時を同じくして寒波にて死す南半球は


今年は南アフリカでワールドカップが開催されたせゐで地球の北と南では季節が逆といふことをあらためて意識させられました。南極のジェット気流が長期にとどまつてゐるやうですね。
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2010/7/19

つれづれ  日記と歌論


水蟲の藥を塗れり蝉の聲まだ聞こえ來ぬ短夜の明け

去年の水虫薬がまだ残つてゐました。
今日も暑くなりさうですね。海の日祝日とはいへ生憎の野暮用でこれから世塵に塗れて来なければなりません。
皆さんもおからだには気をつけて。
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2010/7/18

梅雨明け  日常 時事


梅雨明けの早朝電車に乗合はす髪を手で梳き倦まぬその娘よ


雲おのれほぐれ行きたる彼方には秋雲めきて筋曳くもあり


年々の酷暑冷夏を閲し來て女らは裾丈やや伸びしか


植込みの反吐あたらしき驛前に袖曳く支那娘の生欠伸


蒸し鶏のサラダで呑まむゆとりしてくゆらせ見入る煙りのなりを
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