2010/1/30

マチュピチュとサリンジャー  日常 時事


マチュピチュを脱出し得しは新幹線架線の火事と相前後して
人外境の空中都市で観光客が見舞はれた豪雨は自然のやむない力ですが、文字通りの都市の事故は消耗劣化を見落とした果ての始末か責任を問はれるところです。

生きながら己れ葬りたる彼はライ麦畑に何を隠せし
こちらは文字通りの自然死で、「自らの楽しみの為には書いてゐる。」とのことなれば
その作品が死後公開されるものか、或いは文字通り自ら書いて自ら破棄したものかどちらであつてもそれは彼らしいといへるでせう。幻滅させられるよりは後者の方がましか。何分人中の人外境に自ら閉ざした人ですから取材といふ経過を欠いた「作品」の実体感はその出来栄えの如何は問はず危ぶまれるからです。
僕はサリンジャーのかなり齢過ぎてから読んだもので、受け取る感銘の鮮度はあやしい。思春期に読むべきであつたと悔やんだものでした。
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