2010/10/13

二の矢  日常 時事


引拔きてうかがふ二の矢取り押ふ迄なく委員長の眼鏡摺り落ちて


銃殺に処せむといふか決然と捕虜ら逃がせし看護婦我を


開戰に傾く社論嫌氣して退社の彼らがおもはくさまざま


紅毛に月代剃りて潜み入れるその碧眼を縛せり屋久に


圖らざる纞の悶えに引き込める美女は代々の刑吏の娘か
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2010/10/8

ちらばる吸殻  日常 時事


買溜めは底付くハチ公前廣場を若きらたむろ居てちらばる吸殻


国民の健康維持の観点から来年度も煙草の税率を引き上げるべきと厚労省。
対して日本たばこの社長氏は断固反対、そんなことをすれば引き上げで対処せざるを得ない云々。この社長氏も元は官僚出でせうから何やら出来レースみたいな。
仕事遅く終へての帰路、乗り継ぎの渋谷で一服付けに立ち寄つたハチ公前は買溜め尽きる寸前のヤケ喫ひとおぼしきこんな光景もありました。
二昔前に嫌煙権の認知を訴へる団体の演説を聞いたのも同じ場所だつたこと思ひだされます。確立された今は朝野の風潮喫煙者いぢめに転じたか。誰も声を大にしては抗議し辛い性質の問題ですから、かかるささやかなお行儀の悪い抗議の形になるのでせうか。
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2010/10/6

失せし記憶取り戻すごとく  日常 時事

失せし記憶取り戻すごとく投函す国勢調査票十月六日の朝


二三日前に書いては置いたのですが出掛けに持ち忘れたり持つて出ても投函し忘れたりで遷延し今朝になつてしまひました。面白くもない一人所帯といつても記入項目は結構あるものですね。


昨日又夏日なりしか去りやらぬ暑熱の記憶トラウマのごと


その国も又ご存知のごとき暑さですが。
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2010/10/2

秋定まる  日常 時事


疲れ寝る夢のなかにて作る歌さまざまなれど忘れてあはれ


雲らみな見交はしながら爭はぬ秋の朝にあひにけるかも


彼岸まで押し及ぼしてうだる暑のやうやくかへる記憶の域に


バザールにいそしむ公園をよぎる我により來るタコ風船よ


煙草葉をいたはりながら喫ふこともこの秋よりのならひとせむか
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2010/9/10

「処暑」  日常 時事



コーランを火刑で何脅かし得るや否九・一一十回忌は明後日

拿捕されし違法操業船の爲に盗人たけだけしき厳重抗議

白露さへ過ぎてやうやく暑は鎮まる水滴射貫く銃彈の圖よ

國民は不在の代表選擧の爲の豫想調査はさもあらばあれ

蝉の殻踏み潰されし柱陰を不承不承に響く蟲が音



種々不穏な兆しがあるやうで、酷暑一息したところでこれで安堵といふわけにも参りませんか。尖閣諸島での違法操業船拿捕を巡る中国当局の理不尽な抗議は兄弟牆内に鬩ぐ愚を繰り返してゐる折を奇貨と侮り下風に追ひ詰めんとする手管を弄するは古今変らぬ外交手段の常套といふ実例ですかな。

米国務長官は同盟国の名を列挙するに韓国の次においたとか。前総理の基地移設問題に関する不様な対応に怒り呆れての意趣晴らしでせうが、今はあの国も足元を見る時期だ。委細は九・一一を過ぎてから歌なり文章なりにする積りですが。
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2010/9/2

日本語といふフィロソフィー  漱石の秋声論を解きつつ  日常 時事


私は文藝文学の使命とはその拠てたつ言語の器を究め知ることにあり出発点も帰結点もそれにつきると思ふ。つれて以前から気になつてゐたひとつだが。


嘗て夏目漱石は「あらくれ」評といふ形で徳田秋声の作を論じて現実其の儘を書いてゐて其処で彼の作品にはフィロソフィーがないなどと難じた。


読んで了ふと「御尤もです」といふ言葉はすぐ出るが「お蔭様で」といふ言葉は出ない。





現実其の物がフィロソフィーなら、それまでであるが、目の前に見せられた材料を圧搾するとかういふフィロソフィーになるといふ様な点は認めることが出来ぬ。フィロソフィーがなければ小説ではないなどといふのではない。又徳田氏はフィロソフィーを嫌つて居るのかも知れないが、さういふアイデアが氏の作物には欠けて居ることは事実である。


フィロソフィーといいひアイデアといふぐにやぐにやしたものいひは哲学なり理念なりの訳語が定着する以前の時期であらうから仕方ないとしても徳田坊ちゃんに対する夏目赤シャツの厭味にしか聞こえぬといつてはいひ過ぎであらうか。


秋声の文学は最近の健康飲料の謳ひ文句によくあるノンカロリー糖質オフの文学だと思へば済む。熱帯雨林の樹下の水は樹木があまりに急激に大量の水を吸ひ上げる為に全く養分を欠いてゐるさうだがその類と思へば却つて稀少価値を覚える。その上に亭亭繁茂するフィロソフィーなりアイデアなりの多種多様な枝葉のほど暗示するところあり、彼らをポジとすれば秋声はネガか。しかし視点を変へればポジとネガは逆転するところがあるであらう。


そこに自分等のフィロソフィーやらアイデアを汲み上げ現実其の儘を書いてゐてしかも「御尤もです」のみならず「お蔭様で」と思はせるものも多分に含んでゐるものとの信用が漱石を今日なほ群を抜いて愛読せられる作家たらしめてゐるのであらう。


しかし日本語あつての漱石であり、その逆はない。


その視点からすると彼が日本語にとつてまことに掛替への無い貢献をしたかとなると己名をなして日本語そのもののの帰趨については「後は野となれ」式のものではなかつたか。
経緯図にして語法語格の調整機能として考案せられた五十音図といふ方程式が「歴史的勘違ひ」により穴あきにされて無機質な羅列と一般に扱ひそれに疑念呈する者を官の権威と衆愚の惰性と無関心を背景に「ムズカシイ」「ワカラナイ」を繰り返し曖昧な微笑とともに受け流す輩に何度も出会したが、これ彼一時は兌換券の肖像に採用されるに真に値するものを残してゐたならば決して起こり得ぬぬことであつた。


即ち秋声にはフィロソフィーがないと漱石は難ずるが、日本語とは五十音経緯図といふ人類他言語に類を見ぬ字母構成そのものが既にフィロソフィーなのである。その点に無知なるは両者同断なればまさしくこれ他の鼻糞を云々する目糞の類である。


官の庇護振り切りて彼言葉の為になさねばならぬもの何ありし


と私が嘗て詠んだはその意味である。自分の得手勝手で新聞社に落籍されて行つた者を揉み手して国家的顕彰の場に迎へるなどは国も随分と不見転なと顰蹙したものだ。むしろ
一方の雄たる鷗外の方こそふさはしいかと思つたが、その仮名遣意見は西洋のオーソドキシーの受け売りでありかつ冒頭にいきなり軍の威光をちらつかせてその場を抑へたは後になると逆効果であつた。「歴史的勘違ひ」を制定した徒党はこれに戦後民主主義の象徴たるかのごとき装ひをさせたのである。のみならず軍医としての彼が師説墨守のあまり実験を無視して脚気防止の為の兵食への麦飯混入拒み続けて兵員に多大の損耗を及ぼした無能漢であつたとの説はもはや動かしがたい。


すべては「経緯図」といふ仮名構成に加へて、無機質な表記部品の羅列たるアルファベット等と全く材質を異にして仮名字母それぞれが各固に意味生命を宿す「品詞」でもあるといふ即ち「有機的細胞組織」ですらあるといふ「現実」に根ざして日本語の帰趨は定められなければならない。福田国語教室にはアルファベットで単音にして品詞定義あるは不定冠詞と一人称代名詞のみとの言及はあるものの未だその意味を掘り下げて考へられてはゐないやうである。


ついては五十音図の方程式構造と、その種字の選択を一の暗号文として訓読したものを以前にこのブログに送つて置いた故拙文を読んで多少とも関心もたれた向きは参照いただければよい。

和といふことを詠める御製ならびに應製
http://blogs.yahoo.co.jp/jungleroad91/25610049.html
アイウエオの思想「中庸」
http://blogs.yahoo.co.jp/jungleroad91/26022769.html
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2010/9/2

樟の木の梢の花も  日常 時事

樟の木の梢の花も散り過ぎて雀まばらに寄り来る昼下がり

二百十日も例のごとき酷暑。お互ひ体調管理に気をつけたいところですね。
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2010/8/30

日向は牛を再た  日常 時事

バテバテになりて夏過ぎ行く兆し日向は牛を再た競りはじむ


口蹄疫終息で家畜競り再開=参加者多く、価格は低め―宮崎
8月29日17時0分配信時事通信


 口蹄(こうてい)疫が終息した宮崎県で29日、約4カ月ぶりに家畜の競りが再開された。風評被害の影響で参加者の減少が心配されたが、この日開かれた高千穂町の市場を運営するJA高千穂地区によると、通常より多くの買い手でにぎわったという。担当者は「次につながる」と胸をなで下ろした。
 口蹄疫で出荷できなかった牛が通常より育ち過ぎていたため、価格はその分下がったが、担当者は「それ相応の価格で取引してもらった」と話す。競りは9月末までに順次、県内各地で再開される。 
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2010/8/29

怪談は洒落にもならぬ  日常 時事

怪談は洒落にもならぬ詐欺と堕して明けて猛暑の空仰ぐかな

 ギリシアでも類似の事例があつたやうだが、高齢者行方不明事件ではつひに詐欺容疑で逮捕者まで出た。年金の口座封鎖されるのが怖かつたと」百二歳」女性の五女。
 十件やそこいらならばジョークケアレスミスの範囲だが数百の事例を挙げられては折柄の猛暑に加へて鬱陶しいことこの上ないか。高齢記録で信用できるはつい先日亡くなられたソフトバンク球団会長王貞治氏の母堂くらゐといふところか。シーズン中なるを気遣つて近親者のみで密葬を済まされたさうであるが。
この間にも生活は続いて行くし更に鬱陶しい政局も続いてゐるわけだが、一歩一歩足元を踏みしめつつ行くしかないか。
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2010/8/26

遠地の満月  日常 時事


月縮む説傳はりてほどなきに遠地の満月昨夜は見ずて寝ぬ

楕円軌道の最も長い地点で望になつたやうですが。視認し得るほどのものではないといふことですね。

蝉聲を詠むこと稀に拾ひもつうつせみの羽少しく欠けゐき

去年は随分蝉時雨を読み今年も蝉鳴くは変りないに、一種心境の変化関心の移動があつたかと自ら訝つてゐるところです。後れ先立ちはありながら彼らも徐々にはかない一生を終らむとしてゐますね。
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