「さあ、いこうで」「オッケー、ナイスボール」。矢掛運動公園野球場に声が響く。キャッチボールをするのは矢掛3年生の藤井将大、石井祐充、高下勲。野球部としては少々寂しい人数だが、表情も、動きも、実に生き生きとしている。
2004年、矢掛商との統合を機にスタートした矢掛の硬式野球部。生徒数の減少で、もともとあった軟式野球部との併存が難しくなり、昨春から部員の募集をやめた。昨年の夏の大会は藤井ら3人と上級生4人、他部からの助っ人を合わせた10人で出場、1回戦で敗れた。
上級生は部活動を引退。藤井らだけが残った。たった3人の野球部。その後について考え、話し合った。軟式に移ることもできたが、藤井と石井は「大学でも硬式をやりたい」、高下は「続けて来たものを最後までやり遂げたい」と活動の継続を決めた。
■好きで選んだ道
当然ながら試合はできない。放課後2時間と土日に練習を繰り返すだけ。だが、好きで選んだ道。決してだらけてはいない。「何なら、そのグローブの並べ方は」。中江秀樹監督の大声に直立不動の3人。道具を粗末にしない、大きな声で挨拶をする─。高校球児の基本が徹底され、伝統校顔負けのきびきびとした雰囲気を保つ。
それぞれが目標を持っている。投手の藤井は「大学に入るまでにシュートなど変化球を覚える」と自宅でもトレーニングを積む。「走攻守すべてのレベルを上げる」と石井。高下は「球場のフェンスを越える打球を放つ」。3人が野球を続ける原動力になっている。
5月初旬、実戦で腕を試す機会が訪れた。中江監督の働きかけで、OB約30人が集まり、同球場で試合を行った。左翼線二塁打を放った高下は「久々に試合ができて心の底からうれしかった」。他の2人も野球ができる喜びをかみしめた。
■プレゼント
藤井らはこの夏の大会を機に引退し、部活動に区切りをつける。卒業すれば部もなくなる。最後の夏を前に、思わぬプレゼントが届いた。岡山大会の開会式の入場行進で国旗を持って歩くよう要請があった。「最後にユニホームを着てマスカット球場を歩けるなんて。多くの人の支えのおかげ。精一杯歩く」と藤井。試合には出られなくとも同じ舞台に立てる幸せを感じている。白球への尽きぬ情熱を燃やし続けてきた3人。いよいよ高校野球生活をまっとうする。

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