武幸四郎の最後の騎乗がやって来ます。父が武邦彦、兄が武豊という栄光の一族の中にあって地味な存在ながら20年を超える旗手生活で693勝を挙げました。
調教師試験を驚愕の猛勉強で突破し、父の歩んだ道を継ぐことになりました。
武幸四郎、騎手生活で最後の週末。兄・豊は「うらやましくもありますね」。
※以下引用です。
難関の調教師試験を、周囲を驚かせるほどの猛勉強を実らせて突破した武幸四郎騎手は、今週末、2月25、26日の阪神競馬場での騎乗がついにラストライド。
土曜6鞍、日曜7鞍と集まった騎乗依頼に「閉店セールにお客さんがたくさんやってきてくれたみたいな感じですね」と照れ笑いを浮かべたあと、「でも、本当にありがたいことだと思います。いつもと変わらない自然体で臨むつもりですが、そのときにならないと(自分の気持ちがどう動くか)想像がつかないですね」と、すぐに表情を引き締めた。
丸20年間務め上げた騎手生活を「あっという間でした」と振り返りながら、その顔には最高の形で幕を下ろす覚悟が記されている。
感慨に浸るのはもう少し先の話。
日曜の最終レースの後検量を終えるまでは、騎手・武幸四郎を貫き通すつもりだ。
武幸四郎「地獄の日々でした」。
年にたった一度の調教師試験。
大した準備もせずに臨んだ最初の受験は、門前払いに近い形で一蹴されてしまった幸四郎だったが、2年目は目の色を変えて勉強に打ち込んだ。
「地獄の日々でした」というのは本人の表現。
騎手として、毎朝の調教や週末の騎乗に手を抜くわけにはいかない絶対の縛りがあるわけで、昼寝や夜の付き合いから時間を割いて机に向かう毎日。
中学卒業から競馬学校に入り、そこでの学科の授業以外には勉強というものをしていなかったのが彼の人生だけに、1日5〜6時間、長いときで10時間も集中して、面白くもない参考書に釘付けにされるのは想像以上に大変だったことだろう。しかも、サボったところで誰も非難さえしてくれないのだから、自分との戦いは文字通りの地獄だったに違いない。
調教師を目指すのは「もっと深く馬と関わる」ため。
武幸四郎が騎手を目指したのは8歳のとき。
「親父が調教師になって、兄貴もジョッキーになった。その前から競馬を見るのが大好きでしたが、兄貴が騎手になったタイミングで、僕も絶対に騎手になる、と勝手に決めたことをハッキリと覚えています」という、強固な意志を持った子供だった。
そんな彼が調教師転身を目指したのは、「もっと深く馬と関わる仕事を続けたいから」だ。
近年は騎乗数そのものが目に見えて減っていたが、「だからこそ一頭一頭の馬と毎日付き合って、競馬までとことん工夫できている。こういう関わり方もいいなと思ったのが1つのキッカケです」と、逆境もプラスに変える強さもいつの間にか身につけていた。
引退前日の重賞制覇も十分有り得る!
騎乗技術は20年間でいまが一番高いところにいる実感がある、と言う。
それでも調教師を目指して受験勉強に多くの時間を割き、合格をかち取ったことで騎手免許を返上しなければいけない皮肉。
「それはもちろん覚悟ができています。それよりも、今年も受からなかったらまた地獄に戻って行かなくてはならないわけで、そっちの覚悟のほうが大変でした」と、幸四郎は微笑んだ。
あっという間の20年間でも、その中身の濃さは余人には思いもよらぬものだったはずだ。
土曜日のメーン、アーリントンカップ(芝1600m、GIII)のミラアイトーン(牡3歳、栗東・池江泰寿厩舎)は、3戦全て幸四郎騎手が騎乗して2勝をマークしているお手馬。
「チャンス十分の馬を最後に用意してもらえた、その感謝の気持ちを結果で表したい」と言う、今週一番の期待馬だ。
デビュー2日目で重賞制覇('97年のマイラーズカップを、父・武邦彦厩舎のオースミタイクーンで1着! )という世界新記録保持者だけに、引退前日の重賞制覇も現実味があり、しかも絵になりそうだ。
武豊「騎手として、最高の引き際でしょう」
最後の日曜日は、最終12レースまで騎乗したあと、安藤勝己騎手以来の引退式も用意されている。
胴上げの輪には「騎手として、最高の引き際でしょう。うらやましくもありますね」と弟を見送る武豊騎手もいるはずで、天上から見下ろしているはずの武邦彦さんの、目尻が一層下がったにこやかな表情がいまから想像できてしまう。
週明けからは馬房を持たない技術調教師に立場がかわって、厩舎を構えるまでの1年間、様々な場所で修行を積むことになる。
「決めているのは、月曜日に親父の墓参りに行くこと」と幸四郎。
週末に調整ルーム入りしない生活に慣れるまでには時間がかかりそうだが、墓前に調教師となる覚悟を報告して、あとは幸四郎流の厩舎作りに邁進するつもりだろう。
前途洋々の38歳。
兄弟によるビッグレース挑戦は、もはや夢ではなく、時間の問題となっている。
(「競馬PRESS」片山良三 = 文)
父に似て来たと評される昨今、38歳にして調教師に転身するのは、天才騎手の兄と一線を画する新たな世界を切り開きたかったからでしょうか?
今後の活躍を祈ります。

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