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2011/5/13

わかりやすい北方領土  根室振興局

今日、手元に届いた「北方領土」の新パンフレット!
特に「小学生用」が、すばらしい工夫がされています!

では、パラパラとのぞいてみましょう〜

まずは「なぜ北方四島」が日本の領土なのか・・・
歴史的なことがとても分かりやすいように説明されています
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そして、このような半透明シートをパンフレットの「白地図」に重ねると領土の移り変わりがひと目でわかるようになっていますこりゃ〜、すごい!

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では「半透明シート」を白地図に重ね合わせて、ちょっとお勉強してみましょう〜


@日露通好条約(1855年 安政元年)
江戸時代の終わりごろ、ロシアが日本に取引を求めてたびたび姿を現すようになりました。すると北方領土の周りでトラブルも発生するようになったので”話し合い”で正式日本とロシアの国境を決めました。
ウルップ島から北はロシア領(赤)南は日本領(緑) 樺太(ピンク)はロシア・日本両国の島
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A樺太千島交換条約(1875年 明治8年)
明治時代になると、国境を決めていなかった樺太にロシア人が多く入るようになった。争いも絶えなかったので”話し合い”をして・・・
樺太をロシア領(赤)に、交換としてウルップ島から北の島々(千島列島)全部を日本の領土(緑)にした
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Bポーツマス条約(1905年 明治38年)
1904年に日本とロシアとの間で戦争がありました(日露戦争)
戦後の取り決めで、樺太の南半分(北緯50度線から下)が日本領土(緑)になります
(かなり、ぶれまくり画像)
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Cサン・フランシスコ平和条約(1951年 昭和26年)
第二次大戦のあと、日本は「平和条約」に調印。南樺太・千島列島を放棄しました(白)
しかし、歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島の四島は、もともと日本の領土(緑)です!
放棄した千島列島に四島はふくまれてはいません!
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ということで・・・
おわかりいただけましたでしょうか?

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おまけ
この前、Sさんと「喫茶ロア」にいきました。
実は・・・「ロア」っていう名前が・・・ずーーーっと出てこなかったんです。
店の前まで行き、ドアに書かれた「ロア」の文字を見てようやく「スッキリ」しました

また、黄色い写真・・・
Yさんオススメ「ビーフシチューセット」です。
最近、濃いものばかり食べてるなぁ〜
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Sさんからお土産です!
「柚子味」のかりんとう〜
名づけて「柚子花凛」(ゆずかりん)
新宿「中村屋」さんのかりんとうです!
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かりんとうなのに、油のしつこさがなく・・・
しかも、程よい柚子味がさわやかで・・・なかなか手が止まらず
危うく「かりんとうの一気食い」をするところでした
タロが、手を伸ばしてくれてセーフ

うま肥ゆる春・・・

ごちそうさまでした!



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