2018/10/6

青木鈴翁先生の告別式  音楽

8月21日、私の尺八の師である青木鈴翁先生{1935(昭和10)年10月〜2018(平成30)年8月}が肺炎で亡くなられた。82歳。

青木鈴翁先生は二代青木鈴慕であり、琴古流尺八の人間国宝であった。

今年5月に息子さんの彰二氏が三代青木鈴慕を襲名したのに伴い、鈴翁(以下青木先生)と名乗った。

青木先生の告別式が10月3日に青山葬儀場で行われ、午後1時開始の連絡を受けたが、早めにと12時前に到着した。

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式場は「乃木坂」駅から歩いてすぐだった。

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鈴慕会の方々が受付などを担当しているので、懐かしい面々ばかりである。
式場に入ると、青木先生の遺影が大きく飾られ、先生の演奏である、素晴らしい「奥州薩慈」「鹿の遠音」が聞こえて来た。私も購入したレコードを流しているようだった。

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葬儀委員長は筝曲の人間国宝である富山清琴師がつとめ、弔辞をやはり筝曲の人間国宝の米川文子師と、鈴慕会代表の竹内鈴白氏がつとめた。

献笛として鈴慕会のメンバーが「三谷菅垣」を演奏。正面向かって左側が1尺8寸管で、僧侶の裏側が三代青木鈴慕である。

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右側は2尺管である。
マイクの音量が大き過ぎたのは残念に思った。むしろマイクが無くても良く聞こえた。

式場内は満員で、場外にも並んでいたので300人位は出席したのではないだろうか。
最後は全員によるご焼香で、7人ずつ並んで出来た。

私は尺八界、筝曲界にご無沙汰していたので、知人や先生方などを見つけると懐かしさで胸がいっぱいとなった。

式場を後にした時に、大橋鯛山など5人の知り合いがいたので、式場前の「デニーズ」でコーヒーでもと乗り込んだ。
あまりの久しぶりで話が尽きず、一杯だけのコーヒーで1時間30分も粘ってしまった。

先生の思い出は尽きない。今日こうして尺八を吹いていられるのも、先生のお蔭である。

高校時代はブラバンだった。大学合格と同時に三曲研究部に入って尺八を習った。その時の先生が二代青木鈴慕師であった。

2年生の時だった。M大の学生会館での合同練習で、一人づつ「千鳥の曲」を演奏した時、先生に「いいね」と言われ、すぐに「直接習いたいんですが、よろしいですか?」と言い、門下生になった。

この項続く。
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