2017/4/9

かあさんの歌  音楽

NHKの「みんなの歌」で多く知られるようになった「かあさんの歌」は作詞・作曲とも窪田聡である。1956(昭和31)年発表。

戦時中、窪田の母親が長野市に住んでいたらしく、歌詞の3番に「もうすぐ春だで」と言う箇所がある。
これは長野県の方言である。

3月30日の夜、母が亡くなった。

母は童謡が好きで、介護施設ではいつもピアノを弾いていた。

それを思い、母の葬儀があった4月4日の葬儀では、読経のあと私は尺八独奏で「かあさんの歌」を演奏した。

実は告別式のあと、葬儀のセッティングがあった時、マイクのテストをさせてくれた。やはりプロの葬儀屋さんだから、感度・エコー・ボリュームなど完璧だった。会場(かざこしホール)いっぱいに響き渡った。

満足して、控室に行ったところ「まる聞こえ」だったと聞かされ、冷や汗をかいた。

何より、不必要な発言をしなかったのは良かった。妻はハラハラしていたそうだ。

そして本番。気分は高揚してくる。昨晩から緊張で寝つきは良くなかった。
通常の演奏会と違い、どうも近親者がいると、カッコつけか上がってしまう。

今回は慣れた竹の尺八では無く、最近手にした「木の尺八」だった。
不慣れもあり、強めに吹こうとした瞬間、高音の「ピ」音が鳴ってしまった。

我慢して、最善を尽くし曲を終えた。

その後、「弔辞」は何と、甥の娘の小学3年生の女の子が、実にハッキリと堂々と、上手く「弔辞」を読んで参列者を感激させて、私は恥ずかしかった。

母は97歳の老衰で、静かに逝き、大往生だった。精進落しの後の会食では「赤飯」が出た。まるでお祝いではないか。

今後は49日や「新盆」、一周忌に飯田に行く事になる。飯田を通るリニアは未だ先の事で、当面私は中央高速のバスで飯田まで往復する。

実家は祖父が、繭糸店を営み、父は宅地建物業を始めた。
今は兄が「平和不動産」を営んでいる。

リンクに「平和不動産」を表示したので、ご覧いただければ幸いである。
リニアが通ったら、飯田は東京を出たらすぐに着く。いまのうちに別荘などいかがだろうか。
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