2017/12/28

キタサンブラック優勝  随想・徒然竹

第62回有馬記念が12月24日中山競馬場であり、「キタサンブラック」が優勝した。
騎手は武豊で、オーナーは北島三郎である。

「キタサンブラック」は史上最多タイの中央G1 で7勝目を挙げた。過去には「ディープインパクト」がいる。

レースをテレビで見ていたが、最初から飛ばして先頭で、最後は少し追いつかれそうになった。しかし最後まで先頭だった。

通常の馬より、筋肉が発達していて、登り坂の訓練を何回も繰り返したそうだ。やはり練習がものをいう。

余談だが、私は会社勤めのころ同僚に「キタサン」と呼ばれた。
「北原」だから「キタさん」である。でも腹黒ではないので、ブラックでは無い。

「サブちゃん」とは、私が浅草国際劇場の「北島三郎ショウ」で10日間尺八伴奏をした仲(?)である。

「キタサンブラック」は競走馬としてはこれが最後で引退するが、有終の美を飾った。
私は引退するわけにもいくまい。

競馬はやらないが、思い出がある。1965(昭和40)年の有馬記念は「シンザン」が優勝をした。
「シンザン」は八大競争の勝利数から「五冠馬シンザン」と言われた。

その年だったか、暮れの紅白歌合戦を見た時のことだ。
司会は宮田輝アナウンサーで、男性のコーラスグループ「ダークダックス」の時に「藤田まこと」も現れて、その時「五冠馬シンザンのいななきです」と鳴き声が流された。

藤田まことは役者であり、お笑い芸人、歌手でもある。あだ名は顔が長いので「馬」であって「来年は藤田まこととダークホースと名前を変えます」と笑わせた。

当時は録画するビデオは無いので、テープレコーダーに録音をして、何度も繰り返して聞いたので良く覚えている。

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ブラック関連で思い出した。
これは「長谷園(ながたにえん)」の炊飯土鍋「かまどさん」である。
お茶漬けの「永谷園」と読み方は同じだが別会社で、我が家で重宝している。
東日本大震災の時大停電があり、それまでは電気炊飯器を使用していたのだが、ガスによる土鍋に変えた。

元々は前からあった、料理用の白い土鍋でご飯を炊いていたが、蓋が壊れ、ガラス製の蓋で飯を炊いていた。ところが蒸気孔が無いので見ていないと、すぐに吹きこぼれてしまうので工夫して、割りばしを蓋と土鍋の間にはさんで、吹きこぼれそうになると、あわてて蓋を開けていた。

そんな時にテレビ東京の「カンブリア宮殿」で紹介されたのを見て、直接窯元へ電話して今年の4月に2合用を購入した。

土鍋は約10分間中火で、蒸気が出たら2分後に火を止めて、20分蒸らすだけ。中蓋がしっかり押さえているので吹きこぼれ無く、楽である。
これは旨い。特に最初に目留として炊いた「おかゆ」がとても旨かった。

三重県伊賀市の伊賀焼窯元で、テレビで見た7代目の長谷優磁(ゆうじ)氏の笑顔がとても良かった。

最近ではK百貨店やアートマン、高尾イーアスの「織部」でも売っている。


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こちらは「めしびつころりん」である。
上記「かまどさん」を買う前に、新宿にあった「通販生活」の店舗で見つけた。

「残りご飯の余分な水分を吸う陶器だから、電子レンジで温め直しても味が落ちない」と宣伝文句にあった。これも伊賀焼である。

炊き込みご飯など、大量に作った時などこれに入れて「チン」すれば、パサづかず美味しい。

いよいよ年の瀬である。

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我が家の庭には今年も「万両」の赤い実をつけてくれた。今年は良く出来た方だ。

万両は葉の下に実が成り、千両は葉の上に実が成る。

時々小鳥が来て、実を食べて、そこらへんに糞をするものだから、その糞のところから、又「万両」が生えて来る。
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2017/12/25

吹奏楽フェスティバル  音楽

12月23日(祝)に「八王子市内高等学校吹奏楽フェスティバル」に行って来た。
サブタイトルは「100年目のサウンド〜八王子市に咲く笑顔の花〜」だった。

元ブラバン出身者としては、入場無料の上、どの高校も上手く、垂涎の演奏会であった。

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場所はJR八王子駅の「オリンパスホール」で10時30分に入り、最初から聞いた。
1番目は「都立八王子北高等学校吹奏楽部」のZ.ジ.アヴァレウ作曲「ティコティコ」で始まった。

前から五列目に座ったものだから、すごいボリュームで迫力があった。次の「インザムード」で私はすっかり乗ってしまった。

2番目は「帝京八王子中学高等学校吹奏楽部」の久石譲作曲「千と千尋の神隠しより」他。
高校生だけかと思ったが、中学生も合同で大編成となった。

3番目は「都立翔陽高等学校吹奏楽部」のK.バデルト作曲「パイレーツ・オブ・カリビアン」
4番目は「工学院大学付属中学・高等学校吹奏楽部」の久石譲作曲「もののけ姫セレクション」

もうここで満足していたのだが、11時30分を過ぎていたので、昼食をとる為に一旦外に出た。

12時を過ぎれば飲食店は混むので、いつも早めに行っている。
近くに蕎麦屋「凛や」を知っていたから、駆けつけた。「蕎麦御膳」でこれが美味い。
新潟名物の温へぎそば(カツオ汁が旨い事)と天婦羅は塩で、かやくご飯、和菓子、ゆずゼリーつき。満足して店を出た。

さらに、吹奏楽の休憩時間が12時45分から13時15分までだったので、ベローチェに行って「カフェラテ」を頼みゆっくりした。

午後は10番目から聞く事になったが、会場はかなり混んできた。
「八王子市内中学校合同バンド」は、J.バーンズ作曲「アルヴァ―マー序曲」と「あとひとつ」。
8校の合同であるにもかかわらず、ピッタリと演奏が合い、上手いんだ。
制服が皆違うが、一緒になって音楽を作るのは、楽しい。

11番目は「帝京大学中学高等学校吹奏楽部」のナーゴ作曲「パラダイス・ハズ・ノー・ボーダー」や「カリブソ・クリスマス」より「シルバーベル」。
サンタのコスチュームや帽子が可愛い。

12番目は「都立富士森高等学校吹奏楽部」の西村朗作曲「秘儀V〜旋回舞踊のためのヘテロフォ二―」は現代曲で統一感があり、十分聴きごたえがあった。

冒頭ではいきなり不協和音で始まり、高校生が理解できるのかなと思った位、難しい曲を良くこなしたと感心する。

13番目は「穎明館(えいめいかん)中学高等学校吹奏楽部」の真島俊夫作曲「ナヴァル・ブルー」や「サンバ・エキスプレス」に至っては、スイングは良いし、まるでプロである。

14番目は「八王子実践中学高等学校吹奏楽部」の真島俊夫作曲「ジェラート・コン・カフェ」や「ハウルの動く城」も見ごたえが十分。

15番目は「明治大学付属中野八王子中学高等学校吹奏楽部」のG.ホワイト作曲「吹奏楽のための第一組曲 変ホ長調」とB.ホワイト作曲「愛のテーマ」は、まさに吹奏楽の醍醐味で十分聞かせてくれた。

私が担当した「ユーホニューム」は中低音域で、特に対旋律が素晴らしい。
中音域のホルンやトロンボーン、そして大バス、コントラバスが重厚な低音を聴かせると、もうオーケストラである。

ここにもう一校、飛び入りで入ったが、校名は忘れた。

16番目の「都立片倉高等学校吹奏楽部」の和泉宏隆作曲「宝島」や「ライオン・キング・・メドレー」は最高だ。指揮者がいなくても、生徒たちがきっちりした演奏で、前に出てきて歌まで歌い、マーチングバンドの様に、楽器を右に左に、上に下に、手拍子と忙しい。まさに楽しんで演奏をしているのだ。

片倉高校は全国大会で銀賞を取る等、非常にレベルが高い。

17番目は「八王子学園八王子中学高等学校吹奏楽部」の長生淳作曲「トリトン・エムファシス」やクリスマスヴァージョンだった。

八王子だからと侮るなかれ、片倉高校に限らず、東京都大会でも素晴らしい成績の高校もある。

最後は市内高等学校の合同で、制服が当然ばらばらだ。しかし演奏は凄かった。
曲はおなじみのR.ワーグナー作曲「歌劇 ニュルンベルクのマイスタージンガー」で十分素晴らしい演奏を聞く事が出来た。

その曲の編曲者が「藤田玄播(げんば)」と見てびっくりした。
実は私と面識があるのだった。
私が新宿で印章店を営んでいる時に、お客様として見えて「名刺」を注文されたのだ。

藤田玄播(1937〜2013)は作曲家で吹奏楽のコンクールの課題曲に採用されたことがあり、彼と吹奏楽について話をしたことがあったのだ。4年前に76歳で亡くなられて残念である。

最後は「宝島」で楽しく終わった。

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各高等学校のチラシをいただいた。
八王子の高校は凄く上手い。まるで全国大会のようで、皆上手く甲乙つけがたく、私が審査委員だったらどこに優勝にするかは、迷うだろう。それ位上手いし、ソロでも堂々と前に出て来て、ある人はアドリブ的に、立派に演奏した。

気になったのは、男子が少なく女子が多いのである。
女子ばかりで、重たいユーホニュームや大バスなど持つのは大変で、私も高校の練習では、楽器が重くなり、姿勢が段々悪くなっていった。
その上、唾は出るし、腹が減って仕方なかった。皆さんどのくらい練習をしているのだろうか。

我が飯田高校も今年長野県大会で優勝して、東海大会までは行って銀賞で、全国大会にはあと一歩だったと言う。
私が高校2年生の時には、25人以下の小編成の部で自由曲「フィンランディア」を演奏して長野県大会を制したが、今では50人近くの部員がいるだろう。

皆さん吹奏楽の腕をメキメキ上げ、レベルが高いし、ある高校では7人ものフルーティストを揃え、私の高校では2人だったので、音楽の厚みが全然違うのである。

時々日曜日の朝早くTBSラジオを聴くと吹奏楽の演奏をしている時があるが、プロだと思ったら、「ただ今の演奏は○○小学校の皆さんでした」と放送されていた。驚きである。

高校を卒業しても是非、楽器を続けてもらいたい。せめて音楽に携わってもらいたいし、出来ればその中から、尺八演奏者を目指す人が現れたら、私の本望である。
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2017/12/5

'17出雲旅行記 そのW  旅行

出雲旅行4日目(11月29日 水曜日)
前日の夜から雨が降りだした。旅行中は初めての雨である。

三朝川沿いのホテルだったので、川の流れの音は就寝中もしていた。
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ホテルから見た三朝川。川の右端左岸には露天風呂があり、おじさんが入っていた。

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朝風呂は昨夜とは入れ替え、右の湯に入った。とにかくいくつもの湯船があるので楽しめる。
日本一のラジウム温泉で、回遊式の大庭園風呂である。

ホテルエレベーター前では、7時には朝市を行っていた。
鳥取に来たら、錦織圭が言った「のどぐろ」である。自分達への土産とした。

昨夜、行けなかったホテル近くの「三朝バイオリン美術館」は雨の為、見に行けなかった。

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朝食はシルバー(魚)焼き、梅干し入り茶わん蒸し、天婦羅、湯豆腐、のり、ジュース等だった。

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ラウンジで珍しい「栃の実コーヒー」を飲む。美味い。独特の香りもある。

昨夜にライトアップされた庭園のもみじはきれいだったが、目の前は雨の庭園だった。

向こうに見える茶室みたいなところに、天皇陛下がお泊りになったそうである。

いよいよ最終日である。着替えをしようと思ったら、何とバッジが出て来た。二ケ目である。
考えたら、私はバッジを帽子につけており、初日の晩に「どじょうすくい」を見に行く為に外して、ニットウエアのポケットに入れたのをすっかり忘れていたのだ。

そして翌日、鏡台の前にあるバッジを私が着けてしまったのだ。
妻には悪かった。もちろん添乗員さんには内緒だった。

バスが9時出発の頃には、もう雨は上がっており、旅行中は一度も傘をささなかった。
いよいよ最後の見学地は鳥取の砂丘である。

バスは倉吉市の「鳥取二十世紀梨記念館」、「琴桜銅像」がちらっと見えた。さらに中国庭園や「はわい温泉」を左に見て、日本海に突き抜けた。

その後は、日本海を左に見ながら、沿岸を走る。
座席は毎日指定されるが、7列目だった。隣がいないので妻は左端窓際、私は右端窓際だった。妻は日本海が良く見えたハズである。

浜村温泉を通過するときには、吉永小百合主演「夢千代日記」の話を聞いたり、白兎伝説、鳥取砂丘コナン空港ではまさに飛行機が飛び立って行く様を見られた。バスガイドが走行中に見られるのは珍しい、と言っていた。
日馬富士が乗っていたのかしら。

やがて鳥取砂丘に着き、先ず「砂の美術館」を見学する。
屋外の展示でいきなりトランプ大統領に会う、とは思わなかった。

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ここは毎年テーマを変えており、今年は「アメリカ編」である。
見たい方は、来年の1月3日までである。

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展示室のエントランスは「ハリウッド」で私の好きなマリリンモンローが迎えてくれた。
その他チャップリン、ジョンウエイ、ジャックレモン、オードリヘプバーンかな。

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テーマは「アメリカの音楽」で後方に、ルイ・アームストングも見えた。
やはり砂であるから、写真は上手く写らなかった。

それにしても巨大な作品で、作者もアメリカ人のみならず、ロシア人までもが製作していた。

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奥は「マウントラシュモアとグランドキャニオン」であるが、その迫力が出せない映像で歯がゆい。

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「砂の美術館」を出ると、鳥取砂丘であった。ラクダが見える。

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有名なくぼみである。朝方雨が降ったので砂は湿っていて、砂は飛ばないし良かった。

我々は29日だったが、この砂丘で「ポケモンGO」のイベントが24日から26日まで行われ、約9万人も集めたそうで、週刊誌にはこのくぼみに大変な人出が写されていた。

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確かに、縞模様が出来ている。

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砂丘の突端は高くなっており、その先はやや急な坂で日本海はすぐ目の前だ。
帰りはリフトで上がってきて、着いたところがレストランだ。上手く出来ている。

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昼食は2階に上がり、四段重ねのせいろ(アサリご飯、イカスミ入りそば、鮭、など)と蟹酢、ボタンエビ。

蟹は食べやすかったが、ボタンエビは皮が剥いて無く、何匹も食べるのに手が汚れて、臭く大変だった。旅行中はほとんどが宍道湖(?)のシジミ味噌汁、カニ三昧、エビ三昧だったのは良かったが。

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鳥取砂丘を後にして、バスは鳥取自動車道を通り、一路岡山駅に向かった。
ずっとしゃべり通しだったバスガイドさんは、昼寝タイムを設けてくれた。
旅行中、私はバスガイドさんの話に聴きほれていたし、疲れも無くほとんど寝なかった。

途中ここでトイレ休憩をした後、ご当地ソングとして伊吹友里が歌った「好きだから松江」を歌ってくれた。上手い。
ご当地ソングの水森かおりが歌った「鳥取砂丘」ほどヒットしないので、残念だと言っていた。
(バスガイドさんは松江出身である)

そうこうしている間に、別れの挨拶が始まり、無事岡山駅に着いた。
バスガイドさんが旅行中話しをしていた内容を取って「50年後に又来るよ」と、冗談を言ってバスを降りた。

後は16時53分発の新幹線に乗るだけだが、待ち時間は1時間もあったので、買い物とコーヒーが飲みたかった。

買い物は新幹線の中で飲む「独歩」ビールと、ワンカップ「雄町」は自分の自宅用だ。
岡山駅ビルの「さんすて館」のVIE DE FRANCEでメロンパンとコーヒーを飲む。

やがて「のぞみ42号」が来た。

最高齢は89歳のおじさんで、杖をついてはいるもののカメラに必死であり、奥さんそっちのけで本当にバシャバシャ撮っていた。

旅行中は天気に恵まれて、大社様のご利益があったと思われます。

新幹線の中ではタルタルフィシュサンドと、キッシュロレーヌ、独歩ビールを堪能した。独歩は独特の苦みがあって旨い。

新横浜駅に着く頃、添乗員さんとお別れの挨拶時、デッキで家内が「早くお嫁さんに行くといいですね」と言ったので、私はすかさず「いや、結婚しない方がいい」「何で?」「ずっと添乗員さんでいてくれたら、又会えるから」と言ってしまった。

新横浜駅(19時54分着)では、添乗員さんは一度座席に戻ったが我々が見送っていたので、再びデッキに出てきて見えなくなるまで別れの手を振っていた。
やはり情の厚い日本人である。
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2017/12/4

'17出雲旅行記 そのV  旅行

出雲旅行3日目も晴れである。(11月28日 水曜日)
6時起床で、朝風呂に入る。

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9Fのラウンジから大山の日の出が見られると聞いたので、7時前に行ってみたのだが未だ早かった。(ピンボケしてる)

ラウンジは別のお客さん達の朝食場所だったので、日の出まで待てず部屋を出た。

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朝食は画像設定に失敗。残念ながら旨そうに見えないが、ハタハタ、カレイ、温泉玉子、蕎麦と湯豆腐、とろろなど。
ご飯が少なめだったので、珍しくおかわりをした。

バスは今度は前から2列目の左側で、良く前が見えた。

いよいよ期待していた「足立美術館」である。
ここは地元の実業家、足立全康(明治32年〜平成2年)が昭和45年に開館させた。

美術館と一体となった50,000坪の庭園は日本一と言われる。足立全康は小学生の頃から庭に興味を持ったそうである。

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団体で入ると、皆にスマホ的な音声ガイドを一人一人くれる。
日本人には説明書きを見れば分かるので、結局あまり使わなかった。
英語や中国語もあり、外国人には便利だろう。

名画、陶芸のコレクションもさることながら、庭園も素晴らしい。
ここは、館内にある「寿立庵茶室」の前である。

茶室の撮影に失敗したので映像が無いが、ここで和菓子と抹茶をいただいた。
抹茶はコレクションの器だから、一人一人違うのだ。

係りの若い女性から一人一人の前でお辞儀をして、抹茶を置いて行くのだが、その器の作者を述べて行く。

私のは巨匠「河井寛次郎」の息子さんの作品だった。
羊羹風の和菓子をいただいて、抹茶を飲んだがやはり苦い。

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枯山水庭は午前中の為、手前が日陰になってしまい残念である。
しかし、きれいだ。

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見事である。この日はNHKの中継もやるらしく、機材が運ばれていた。
ここに限らず、道中も天気に恵まれ、紅葉が実に綺麗だった。

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ここは池庭。やはり現地に行って見るのが一番だ。
美術館内は撮影禁止だから、映像は無い。

大展示室には、文化勲章受章者の作品ばかりを集めていたが、壮観である。
竹内栖鳳、上村松園、「王昭君」の安田靭彦、「楊貴妃」の小林古径、河合玉堂、鏑木清方、前田青邨、西山翠嶂、川端龍子、徳岡神泉。

そして横山大観特別展示室は、横山大観のオンパレードであった。
それは見事な「紅葉」などがあった。

陶芸館には「河井寛次郎」「北大路魯山人」の陶芸作品、新館では現代日本画の大きな作品が展示してあった。

タップリと時間を取ってくれたので割合しっかり見られた。

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美術館を出ると竹垣があり、本物の「紅葉」であったのでここで記念写真を撮った。

昼食はすぐ目の前の薬膳料理の「双葉」である。

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我々のツァーで昼は貸切。黒ムツ焼きに天婦羅などいただき、またもや「どじょうすくい」を見させてくれた。

ここのご主人で、「どじょうすくい」にも資格があり、彼は準師範だそうだ。
だから、前日の「どじょうすくい」より、幾分不慣れを感じた。

腰ふって歩くのが難しいらしい。鼻に一文銭を付けるのが本物だと言う。

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ここは国宝松江城である。四重五階天守、地下一階付となっている。1611(慶長16)年に堀尾吉晴が築城。

好天で素晴らしい。

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全国に現存する12天守の一つで城の高さは約30m。階段は急勾配だ。

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松江城の周りには堀川があり、遊覧船で見学できる。
このツァーは松江城見学か堀川遊覧船を選択出来て、我々は松江城にしたのだ。

昨年は松山城に高知城で、名城めぐりもかなりしてきた。

松江城からバスは宿泊地の、鳥取県三朝(みささ)温泉へと向かった。三朝温泉は有名らしいが私は恥ずかしながら、名前も読み方も知らなかった。
高濃度のラドン含有量を誇る。

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ホテルは三朝川に面している「依山楼岩崎」だった。

夕食まで時間の余裕があったので、温泉街を散策することにした。
すぐ近くにラジウムで有名なキューリー夫人の銅像があった。毎年キューリー祭りがあるそうだ。


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地図を頼りに散策をしたのだが、繁華街と言っても昭和の風情を残した、こじんまりとした町だった。

風呂は一階にあるのだが、幾つもの湯船があり、階段を上がって二階にも風呂があった。左の湯に入る。
ラジウム蒸気風呂もあったが、時間外だった。

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夕食は最終日の宿泊だから解禁して、生ビールを飲む。

食前酒は北条ワインかりん風味に始まり、砂丘長芋蟹豆腐、刺身、マーブルポーク蒸し焼き、カニみそ豆腐、海老芋、鳥取牛・とちもちしゃぶしゃぶ、紅ズワイ、らっきょう、プリン等だった。

仲居のおばさんが一人で、てんてこ舞で見るに見兼ねて、私はタジン鍋の蓋をワゴン車に置きにいった。

夕食中、携帯電話がブルブル鳴ったので出てみると、尺八の後輩から飲み会の知らせで「今は出雲の方に旅行中だから、後程連絡する」と言って、この時の話を肴に後日飲んだのだ。

手荷物を減らすため、宅急便の手筈を取った。

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夜8時30分から、1階のラウンジでビィオラの演奏があると聞いたので出かけた。
生原幸太さんで「ふるさと」や葉加瀬太郎の曲を演奏してくれた。

彼は「山陰のトワイライトエクスプレス瑞風」車内でも演奏をしているそうだ。私は独奏を聴くのは初めてだった。

ラウンジのガラス越しのライトアップされた、もみじが実に綺麗で、ビィオラはその豊穣なる響きとテクニックの素晴らしさで聴きほれた。特に和音まで綺麗だった。

近くに「三朝バイオリン美術館」があり、バイオリン製作の講師を昨年まで行っていたそうだ。

演奏終了後は話がしたくなって、尺八の「藤原道山を知っていますか?」と聞いたところ知っていると言う。

もう客はいなかったが、私のリクエストで「A列車で行こう」を頼むと、ものの見事に演奏してくれた。音楽仲間は話が合う。

彼の演奏はYouTubeで「ビィオラ 生原幸太」で聴けます。
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