2018/1/18

正月のテレビ特番  テレビ

落語には、本題に入る前に「マクラ」を語って、知らない内に本題に入るテクニックがある。誠に上手いもんである。

昨秋、聞きに行った立川談修の芸術祭参加落語は、残念ながら受賞できなかった。(落語は大衆芸能部門)
代わりにと言ってはなんだが、音楽部門で「善養寺恵介の尺八独演会」が芸術祭大賞を受賞した。

音楽部門は洋楽、邦楽と分かれてないから大変である。
尺八での受賞はなかなか難しいが、青木鈴慕師も過去に優秀賞、大賞を受賞している。

私はたった一回のリサイタルで満足している、レベルである。
さて、正月に室内に置いておいた花が咲いた。

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左はシクラメン、右はシャコサボテンである。
いずれも昨年頂いたり、買ったりした花を、その後も育てた結果である。
よりによって、シクラメンもシャコサボテンも一輪だけ咲いた。

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両方とも、花後は外に置いていたのだが、芽が出だしてから部屋に取り込んだ。

しかし、シャコサボテンは急な寒さで、取り込んだのが遅く、ことごとく芽が枯れた。
たった一つだけ咲いてくれて、感動した。ありがとう、お礼の為ここに飾りたい。

正月にテレビで特番があった。
「芸能人格付チェック」を元日の夜6時からのテレビ朝日で見た。
100万円のワインと5000円のワインを飲み比べる、プロとアマのジャズバンドを聴き比べる、高額のバイオリンなどの聴き比べなどがあった。

中でも和楽器を使った聴き比べが、私も試された。

プロの「日本音楽集団」と「関東学生連盟」は三曲合奏の「八千代獅子」だった。
「関東学生連盟」は早稲田大学、明治大学、法政大学などの選抜である。

何れも最初の同じ部分を演奏した。二組演奏した後、私も実際は迷った。
しかし、もう一度聞かせてくれた時の、尺八の音色、音の伸び、迫力、安定感は「プロ」だった。

さすが、YOSHIKIは正解だった。

偶然だったが、1月6日の午後、TBSラジオ「久米宏ラジオなんですけど」を聞いていたところ、「今週のスポットライト」のコーナーで尺八が聞こえてきた。

なんとドイツ人の「アーミン・ローベック」さんで、チェロの奏者でありながら、尺八も演奏すると言う。

日本に何か月間か来て、竹盟社の松山龍盟氏に習ったそうで、スタジオで尺八古典本曲「下野虚霊」を演奏した。久米宏が盛んに「いい音ですね」と言っていた。

その松山氏は山口五郎の弟子で、私が新宿で印章店を経営していた頃、名刺の注文や、お弟子さんが師範になった時に上げる「角印」を注文頂いた。

16日にはNHKラジオ朝の「すっぴん」に邦楽ジャーナル編集長の田中隆文氏が出演して、邦楽界に付いて語り、自らも尺八持参で、尺八本曲のある部分を演奏していた。
やはりアナウンサーは「いい音ですね」と言っていた。

余談だが、1月14日に不覚にも結婚時に会社の部下に頂いた大事な掛け時計を壊してしまった。
100年は経っていないが、丸いSEIKO社のクォーツ時計である。

裏面には結婚式を挙げた記念日の「壽 昭和53年11月17日」と金色で書かれている。
私の洋間の押入の扉をちょっと強めに閉めたところ、漆喰の壁にかけてあった時計が反動で釘から飛び出してしまった。

針がだらりと垂れ、裏側の電子機器が壊れ、歯車など部品が飛び散った。
記念の時計だから直したい気持ちもある。だが、もう39年間も働いてくれたから処分しよう。

幸い2階に亡き義母の掛け時計が余っていたから、それをかけて置いた。

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2018/1/13

星野仙一氏死去  スポーツ・健康

喪中だったが、とにかく新年は開けた。

1月6日いつものように朝7時にNHKラジオをつけると、開口一番に「1月4日に星野仙一氏が70歳で亡くなりました」と告げられ、瞬間的に心にグサッと来て、涙があふれあわてて起きた。

70歳は今現在、私と1歳違いではあるが、大学での学年は2年先輩である。
星野仙一氏がM大学野球部に属していた頃は残念ながら、六大学での優勝の経験は無い。

同時期にライバルだった法政大学の山本浩二・田淵幸一らや、早稲田大学にも荒川など凄いのがいたからである。
野球は一人では勝てない。(彼は在学中にノーヒットノーランを達成している)

しかし、彼には不運と言うか、彼が卒業して中日のプロに入ったその春の六大学(昭和44年)にM大学が優勝したのである。なんと皮肉なことであろうか?

我々はその時、学園祭の「和泉祭」で尺八を校外の舞台で演奏する予定だった。
同僚のK君と私がアレンジした、尺八二重奏「子象の行進」を必死で練習していた時に、「優勝したぞ」の一報が入り、「和泉祭」をほったらかしにして、提灯行列に向かった。

ところが、もう終わっていたと思う。(今みたいに携帯やスマホがあったら、情報は早いのに)
結局「京王百貨店」の屋上に向かい、もう「ビアガーデン」は、オープンしていたのでそこへ乗り込んだ。

気勢を上げ、バンド演奏を乗っ取り、「校歌」を歌い出した。
バンドマンも仕方なく、適当に合わせてくれた。

星野仙一氏は岡山県倉敷市出身である。
母子家庭で育てられ、苦労した事だろう。その上奥様に先を越され、可哀そうであった。
「闘将」と呼ばれるが、反骨精神で良く頑張った。

NHKで「ファミリーヒストリー」を見たが、涙ものだった。

その岡山県倉敷出身者が、我が門下生にいるのである。若いE君だ。
長野県と岡山県は不思議な縁?で、年末に高校生同士の戦いがあったのだ。

まず、12月24日の全国高校駅伝競走大会で長野県代表と、岡山県代表が優勝争いをしたのである。

優勝したのは「佐久長聖高校」で、9年振り2回目である。
その模様をテレビで見ていたのだが、途中岡山県代表「倉敷」に追い抜かれて一時二位になった。その後挽回して最後は、トップだった。

12月28日には、全国高校ラグビー大会の一回戦が大阪花園であり、何と我が母校の飯田高校が長野県代表で出場したのである。
しかも相手は、岡山県代表の「倉敷工業」で飯田高校が26対5で勝った。

飯田高校は県立の進学高校ではあるが、毎年のように県大会は岡谷工業と決勝戦を戦っている。
たいしたものである。

しかし、2回戦は神奈川代表の桐蔭学園で120対0で負けた。圧倒的な差であった。
長野県代表になった時に同窓会から、寄付のお知らせが来て、わずかばかりの寄付をした。

「倉敷工業」に勝った時にE君に早速メールをしたところ、誠に残念がっていた。

私は岡山県には最近良く行っている、と言うか通過拠点として行っていると言うべきか。

一昨年11月には、四国旅行の帰りは岡山駅で新幹線に乗ったし、昨年11月の出雲旅行は行きも帰りも新幹線の岡山駅だったので、駅構内を知り尽くしているとはオーバーだろうか?

いやいや駅構内のコンビニや、駅ビルの販売店やレストラン名など良く知っていて、「門下生より知っているよ」なんてな話をしている。

倉敷は以前一人で旅行して、倉敷川一帯と大原美術館などを見たことがある。

「星野仙一記念館」があるようだ。いつか行ってみたい。
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