2019/8/25

津軽三味線 輝&輝  音楽

7月14日(日)ラドンナ原宿で行われた津軽三味線デュオ「輝&輝」(キキ)のライブに行って来た。
ラドンナ原宿はミュージックレストランで、原宿にある。

家内、娘と行ったのだが、新宿で軽く昼食を取ってしまい失敗したと思った。

ラドンナは食事を取りながら演奏を聴くライブハウスで、他人の食事が美味そうだったのだ。
我々は、コーヒーなどで済ましたので、私は反省をした。

ライブは12時から始まった。輝&輝は白藤ひかりと武田佳泉(かなみ)の2008年結成のデュオで、共に数ある津軽三味線のコンクールで優勝の経験のある、若手実力派の演奏家である。

最近は売れっ子で、毎日のように演奏会があるし、NHKテレビ火曜日の「うたコン」にも出演していたから知っている人もいよう。

今回は武田佳泉の「三十路祭」と題して、30歳をお祝いしての演奏会だった。


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不思議な縁であるが、私は9年前に通りすがりの新宿西口広場で、白藤ひかりの津軽三味線を聞いていたのである。


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2010年、これが偶然私の携帯で撮った写真で、いずれ出て来る人だと大事にしていた。したがって私は9年振りに彼女に会った事になる。
その上、娘が何年も前から輝&輝のライブに行っていたのだった。

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そんな縁で行って見ると会場は満席。もちろん我々は1か月前に予約をしていた。

第一部は民謡を中心として、津軽じょんから節や、熊本出身の民謡歌手「平山美里」を迎えて、おてもやんを聞く。可愛くもあり、美声である。

輝&輝の色違いの浴衣も良いし、太鼓まで交互にたたいていた。

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こちらのゲストは民謡の「先生」と呼ばれていた、梁川氏(NHK出演者名鑑によると福士豊桜)で斉太郎節を、きれいな透き通った高音の声で、上手に歌った。

今度、私もカラオケ店で歌おうと思う。

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第二部は服装も洋装のドレスに変わり、ピアノ、パーカッションも交えてノリの良い演奏をした。

武田佳泉の誕生日祝いにとメンバーがメイプルウィスキーをプレゼント。「うれしい」とだきしめる。

修了後は白藤ひかりさんと面識のある娘は話をしたが、私も「9年前新宿の西口広場で聞きました」と喜ばせた。

♪♫♩♭♯♮♪♫♩♭♯♮♪♫♩♭♯♮♪♫♩♭♯♮(音楽の記号)以下話が変わっていきます。

ところで私は津軽三味線と縁が深い。かなり演奏会を聞きに行っていた。

津軽三味線と言えば初代高橋竹山(1910年〜1998年)で、私が20歳台の頃、渋谷のジャンジャンで脚光を浴びていたので、レコードを購入し当時、川崎市のアパートで毎日出勤の前に聞いていた程である。

竹山は北島三郎の「風雪ながれ旅」のモデルであるし、映画「竹山ひとり旅」(林隆三主演)はDVDを借りて見た。

昨年、映画「津軽カマリ」(カマリ=匂い)を見たが、初代高橋竹山とその弟子たちの話や演奏が聞けた。
二代高橋竹山がメインで出演しているが、彼女が竹与を名のった頃からの知り合いである。

当時、尺八を教えていた預かり弟子の親類が竹与さんで、大和市つきみ野に住んでいる頃、自宅にいらっしゃった。

その竹与さんに未だ小さかった娘が、だっこされた写真もある。

そのおかげで、初代高橋竹山と竹与さんの演奏会を新宿厚生年金会館で聞いたのは貴重だった。
竹山の話す津軽なまりが懐かしい。

津軽三味線は叩き三味線と弾き三味線があるが、竹山は弾き三味線である。
野太くも繊細なきれいな音色で、感動した。

竹与さんは二代高橋竹山を許され、渋谷ジャンジャンでの演奏会を聞きに行ったし、CDもいただいた。

津軽三味線の大御所は、木田林松栄(?〜1979年)、三橋美智也(1930年〜1996年)、山田千里(1931年〜2004年)、沢田勝秋(1944年〜)などがおり、若手では木乃下真一(1965年〜)、上妻宏光(1973年〜)、踊正太郎(ようしょうたろう)(1977年〜)、吉田兄弟らがいる。

踊正太郎は全国大会で優勝もしているが、つきみ野の町内のKさん宅の敷地内に「やまぼうし」なるプチホールを作った時に聞きに行った。

さらに女性デュオの「あんみ通」がいる。1999年結成。
安仲由佳と金田一公美である。

公美ちゃんは私の大学の先輩M氏の仲間の金田一氏の姪で、最初は大田区のアプリコホールに聞きに行った。

(M氏とは不思議な縁で、大学生の時に長野県の寮に入っており、その時の先輩でもある。2006年には稲荷町龍谷寺で、柳家福治の古典落語勉強会をM氏が企画した時に私は、尺八演奏を頼まれて何曲か演奏をした。その時は他に相撲甚句、かっぽれの踊りなども出演して、打ち上げもご一緒出来た)

津軽じょんから節やテイクファイブ、オリジナルまで演奏。公美ちゃんは歌も上手い。

次は渋谷クラシックス、そしてめぐろパーシモン、お江戸日本橋亭まで聞きに行った。
毎回ゲストが変わり、箏や笛、長唄三味線も楽しめた。

さらに演奏会後はM氏や金田一氏らと飲み会で、楽しさは倍増した事は事実だった。

六本木のバーでは尺八のゲストが私ではなく、ブルース・ヒューバナー氏。
彼は芸大出で上手く、初代青木鈴慕師にも習ったと言う。
休憩時に話を聞いたところ、青木先生は「厳しいね」と言って笑っていた。

知り合った金田一氏からあんみ通のCDを2枚もいただいたし、私が西新宿の印章店を経営していた関係で、年賀状の印刷を何年も承った。
さらに、公美ちゃんの母から封筒の印刷を何回か頼まれた事もある。

上妻宏光は「題名のない演奏会」に良く出演するし、サントリーホールで藤原道山の尺八リサイタルで共演したのを聞いた。誠に器用である。

公美ちゃんと上妻氏は同じ先生に習ったそうで、そんな関係か、私の店に奥様が見えて、シャチハタネームの特注をされた。

「上妻」と聞いて私は条件反射で「あの津軽三味線の上妻さんですか?」と。

こうした縁も尺八をやっていたお蔭である。
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